今秋に評言社から出版予定の『ボビー・フィッシャーを探して』は翻訳を一通り終えて最初から見直しが9割ほど終わったところです。以下に最後まで未解決
の不明点を挙げます。文脈がこれだけでは分かりにくいと思いますが、なにとぞ識者の方々の助言を聞かせてくださいませ。かつて誤訳を指摘くださった方々の
コメントを懐かしく思います。最後の手段としては当該専門団体や著者に電話
やメールで問い合わせるつもりですが。
p.30
He'll spice up a technical rook-and-pawn endgame excercise with
basketball analogies, dares, popcorn, cupcakes and soft threats.
heはパンドルフィーニで、「ルークとポーンの終盤戦のテクニックをバスケットボールのたとえを使って分かりやすく教える…」ですが、dares以下を
「ポップコーンやカップケーキ、あめとむちを使って挑戦問題を出す」などと勝手訳していました。dareに挑戦問題を出すという動詞の意味はあります
が、ここは文法的にバスケのたとえを一つずつコンマで区切って羅列しているとしか解釈できません。しかし、いろいろ検索してもバスケの戦法にこんな俗っぽ
いものは出てこないのです。
p.115
The pomp and circumstance of the nationals greatly heightens the
importance of games between children, and naturally it makes both them
and their parents nervous. Parents are both excited and burdened by
winning and losing, results which seem to portend the future. Such
intensity plays havoc with one's perspective -- immortality itself may
seem like the prize -- and even the weakest players and their parents
dream of winning.
immortalityの解釈が分かりません。以下妥協訳:
「 選手権の威光によって、子供同士で行われる対局の重要性は大いに高まるが、当然ながら子供と親の双方ともを神経質にする。親たちは勝ち負けに興奮する
が、それが重荷にもなる。結果が将来を予感させているようだ。こういう熾烈さの中では、名声自体が賞のように思えてしまい、それが破滅を引き起こす。だか
ら、最弱の選手とその親までもが勝利を夢見るのだ。
」
不死不滅は論外なので名声としました。選手権に出られる名声そのもので優勝した気分になるから、最弱の選手と親も勝利(優勝)を夢見るという解釈しかな
さそうです。しかし、名声が選手権に出られることを示している(暗喩?)ことに確信を持てません。
p.130
bent-butt fishing rod
柄が45度ほど折れ曲がった釣り竿(おそらく船の竿立てに傾けた状態で刺すため)であることは画像で確認しましたが、日本語での言い方が分かりません。
ベントは竿が魚に引かれてしなることを主に意味するようです。「柄が折れ曲がった竿」では壊れているみたいだし、何か言い方があるはずです。
p.156
Parents of weaker players were silently indicting him for having
focused so much energy on chess for the past four or five years, for
not having been more relaxed and worldly about the game, like
themselves.
「弱
い選手の親たちは、四、五か月もチェスに膨大な労力をかけてきたのに、自分たちのように緊張してチェスに名利欲を感じることがない息子を無言で非難してい
た。」
訳は無理やり筋が通るようにしていますが、for having...とfor not
having...をコンマで並列しているのが妙です。like...がどこまでかかるのかも不明。どうも「弱い選手」がらみが癌です。
p.179
In sharp contrast to the gaucheness of his antics, his
contradictory demands and insults, was Fischer's deceptively simple,
pure style of play. He was the monster of the chess world but the
priest of play, an unrelenting chess moralist, appalled by fanciness
and flair for its own sake, by moves that were inferior, even if they
won.
「 愚行、矛盾した要求、侮辱のぎこちなさと好対照
なのが、フィッシャーの見紛うほど単純で純粋な棋風である。チェス界の怪物だが棋風は神聖、確固不動のチェス・モラリスト。空想力と直感力それ自体でぞっ
とさせるから、指し手が劣っていても勝つのだ。」
問題は第2文です。解釈はこれでいいと思うのに、フィッシャーについて「指し手が劣っていても」が引っかかります。上記のようにコンマの並列か挿入を読
み違えているのでしょうか。
p.188
There must have been an undercurrent of despair in this singular
and fanatical dedication. Perhaps at times Fischer felt the frustration
of a young mystic straining to make objects levitate, to make the
squares talk to him. The stakes were high and the culture was against
him.
「 こ
の奇妙で熱狂的な献身の裏には深い絶望感があったに違いない。フィッシャーはときどき、物を空中に浮揚させたりマス目に語らせる超能力に未熟なことに挫折
したのかもしれない。失敗する危険度
は高く、世間の考え方は彼に逆風だった。」
第2文、空中浮遊やマス目に語らせるのは超能力(mystic straining.
スティーヴン・キングのShiningのような用法?)としか考えられないのですが、young=未熟はやりすぎかも。いずれにせよ著者が意図が今一つ分
かりません。ここもto
makeの並列を読み違えてるのか。「物を空中浮遊させる若い超能力者に嫉妬し、マス目に語らせたい」なら何となく筋は通りますが。
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