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2005年07月27日

松田道弘『将棋とチェスの話−盤上ゲームの魅力』書評

 チェス洋書翻訳を優先せねばと思いつつも、チェスコンテンツの充実を図るべくいろいろ手を伸ばしているが、書評はとりあえず図書館で借りられる和書を終わらせてしまおうと、今集中している。趣味でやってる感じがしない(汗。
 
 チェスに限らず多くのボードゲーム関連の本を執筆している松田さんには、一度お会いしたいと思っている。本書は2000年に出た比較的新しいもので、岩波ジュニア新書だからといって子供向けの内容でもない。
 
はじめに
第1章「遊びの知恵の文化遺産」
第2章「世界の将棋とチェス」
第3章「東は東 西は西−ルールをめぐる見方のちがい」
第4章「バリエーション−戦いのゲームはアイディアとの闘い」
第5章「フィクションの中のゲーム・シーン」
第6章「戦いのゲームの心理的な闘い」
第7章「勝ち負けのある風景」
おわりに 参考文献 索引

 見出しは「戦い」と「闘い」で戦闘ということだろうか。著者はこういう表現に凝る傾向があり、古典から前置きする引用は興味深いのだが、「ポライトリー」(p.149)など、英単語をカタカナで使う数箇所は浮いている。
 本書は将棋とチェスを中心に古今東西のボードゲームに言及する。各章末のコラムでは、バックギャモン、囲碁、ミル、リバーシ、キツネとガチョウ、チェッカー、ハルマ、マンカーラが、ルール説明を中心に解説される。
 
 私はどうしても文体や内容の間違い探しを無意識にしてしまうのだが、仕方がないのでそれを先に挙げておこう。おそらく、著者は将棋ほどはチェスに、特に実戦面には詳しくないようなのだ。
 p.48で指し手に付記する記号!?を「作戦」としていて、別のところでは「鬼手」としている。JCAは?!を鬼手としていたが、それも違うだろう。p.50の中盤で片が付く局面を「終盤戦」とするのは将棋的な表現だ。
 
 コラム以外でも他のゲームが取り上げられている。中国象棋、韓国のチャンギ、チェスの祖先といわれるチャトランガ、そしてタイのマークルックである。将棋の祖先は中国象棋じゃなくこのマークルックという主張は大いにうなずける。
 実はマークルックは、大阪にいた頃チェスの例会でもはやっていて、私はやらなかったが、ナイトにあたるマー(中国、韓国も、日本の桂「馬」も同じ発音!)がいちばん駒が大きくてなんとも見た目がおもしろいので印象的だった。
 誰か忘れたが日本の将棋棋士がマークルックのタイ・チャンピオンに挑戦しに行くテレビ番組があって、チャンピオンは面目を保ったが、定跡外れの手に面食らっていたように記憶する。残念なのは、本書ではルアの動きを書き忘れている。飛車と同じだが。
 
 第3章では、おなじみの民族差の話が出てくる。取った駒が使えるのを当たり前とする日本人の感覚は、グローバルな観点では異例なことと言うべきだろう。敵味方に同じ駒を向きを変えるだけで使えるから、取った駒を使うルールが生まれたことは想像に難くない。
 最初から敵味方で駒の色が違えば寝返ることなどできない。チェスのルールでいちいち取った駒は使えないなど、そもそも言う必要もないのだ。取った駒を使う発想が生まれても、それをどこにも自由に置けるとするところにまた次の飛躍があると思う。将棋のルールの英訳で、打ち駒を「パラシュート(部隊)」と形容するくらいである。

 GHQと升田名人とのやり取りはおもしろいので孫引用しよう。「日本の将棋は捕虜を戦争に使役する。これは捕虜虐待ではないか」「捕虜をもとの階級で優遇して再就職の機会を与えるのだ」「チェスは民主的だ。ちゃんと女性まで戦争に参加している」「日本では女性を野戦に連れていくようなことはしない。女王を楯にしてキングが逃げだすようなことはない」
 著者は英語があまり達者でないようで、ネイティブにチェックを頼んでいるが、それは私が大阪の頃、例会で指していたダビン・パトリックさんだった。お懐かしや。なんともチェスの世界は狭い。
 
 レイモンド・チャンドラーの小説に出てくる探偵フィリップ・マーロウがチェス好きとは知らなかった。チャンドラーは翻訳の勉強にもいいとさんざん聞かされてきたのに読んでない。こりゃ、クリスティーなんかより先に読まねば。
 "Play Back"という作品のタイトルが「待った」にも引っかけてあることが分からなかった訳者清水俊二の話はおもしろい。字幕翻訳の草分けで、戸田奈津子の恩人にもあたる翻訳家だが、皆さんチェスには疎い。
 
 本書は「将棋とチェス」がメインだが、実質はチェスの方をあまり知らない日本人向けに書かれている(最近の将棋も知らないジュニア向けでもあるのだが)。後半の逸話関係ではネタの豊富さでチェスの独壇場だ。
 戦争の名人がチェスではへぼだった代表にナポレオンがつるし上げられている。彼には誰かがでっち上げた快勝譜が多いのだが、私がはなやまのチェスに付いていたので最初に並べたのがそのナイトツアーの「名局」だった(汗。
 
 全体的にはチェスがメインだし、他のボードゲームについても一覧できる。チェスが強くなる要素は実戦譜1つを除くと全くないが、肩の力を抜いてこういうチェスの楽しみ方もいいと思う方には、お勧めできる好書である。
posted by 水野優 at 00:07| Comment(5) | TrackBack(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月12日

権田源太郎『LET'S BEGIN CHESS はじめてのチェス』書評

 今日は久々にブログを休もうと思ったが、レビューのために今日借りてきた本の批評を早速することにした。チェス書レビューもせっかくのネタだから、まずは記事に書かないともったいない。
 内容は、「はじめに」、第1章「コマの種類と動き方」、第2章「ルールと戦い方」、第3章「上達への道」、TESTの解答、あとがき。ご本人にお聞きすると、やはり自費出版であるとのこと。日本を代表するプレーヤーには出版関係でも頑張ってもらいたい。
 
 64ページと薄い本で、表紙にも擬人化したかわいい駒のイラストがあるので、一見すると子供向けの本のようだ。これは、チェスなんて難しいというアレルギーを抑えることに成功しているといえよう。
 しかし、難しい漢字にフリガナがあるわけでもなく、サクリファイスという言葉がいきなり出てくるなど、決して子供向けの本ではない。黒矢印が駒の動き、白抜き矢印が駒の利きという表示も、子供が理解するには難しいだろう。
 
 あら探しをしても、p.24のキャスリングのイラストでマス目の色が反対になっているくらい(イラストレーターはチェスの専門家じゃないし)しか見つからないから、よく校正されている。ちりばめられたミニコラムもいい。
 「ルールと戦い方」でポイントを箇条書きで列記するところや、メイトや終盤問題の説明不足(他の応手ならどうなのか)には、内容を凝縮する苦労が忍ばれるが、この紙数では致し方ないのだろう。総体的に、一冊目のチェスの本としてはいい内容だと思う。
 
 ルールに関しては、私は最初はなやまのチェスセット付属のやたら漢熟語の多いパンフレットで覚えたので、通過捕獲(アンパッサン)はともかくも入城(キャスリング)がよく分からなかった。こういうことは後々まで尾を引く場合があるので、ルールの説明に関して著者は細心の注意を払うべきだ。
 
 本書ではキャスリングの条件は4つ挙げられている。1.「キングとルークの間に駒がない」。2.「キングとルークがまだ一度も動いてない」。これはいいだろう。キャスリングする側のルークと明記した方がいいが。
 3.「キャスリングをする前にも、また直後にもチェックがかからないこと」。4.「キャスリングをするためにキングが通るマスに相手のコマが効いていないこと」。実例の局面図があるから読者に誤解は生じないだろうが、この2つの条件は説明の仕方と文章表現の両方で疑問を感じる。
 
 まず、3を書き直すと、「キャスリングをするときにはチェックがかかっておらず、キャスリングをしてもチェックがかかっている状態にならないこと」とすべきだろう。「する前にも、チェックがかからない」は意味不明だし、「直後にチェックがかからない」だと、キャスリングの直後の手で相手からチェックされてはいけない意味にも取れる。
 著者は、この「キングが動いてチェックがかかる状態になる」という表現を、違反手だからだめと念押ししながらもよく使っている。違反手ならそれを「チェックがかかる」と表現するのもおかしいわけで、「相手の駒の効いているマスに動く」でいいと思う。
 
 4はかねがね3に含めてしまえばいいと思っている。「キングが最初にいるマスからキャスリング後のマスまで移動する3つのマスに相手の駒が効いていないこと」でいいではないか。人によっては3をさらに2つに分けて全部で5箇条にする人もいるが(汗。
 
 そう考えると英文の記述はどうだったかと気になる。昔USCFの"The Official Laws of Chess"(Copyright 1989 by FIDE)から1 Laws of Chessを訳したのを思いだした。以下は、キャスリングの(違反)条件部分の原文と当時の訳を直したものである。
 
 5.1 (e) Castling is illegal-
  (i) if the king has already been moved, or
  (ii) with a rook that has already been moved.
  (f) Castling is prevented for the time being-
  (i) if the king's original square or the square which
  the king must cross over or that which it is to
  occupy is attacked by an opponent's piece, or
  (ii) if there is any piece between the king and the
  rook with which castling is to be effected.
 5.1 (e) キャスリングが違法になるのは、…
  (i) キングがすでに動いたことがある、あるいは
  (ii) キャスリングするルークがすでに動いたことがあるとき。
  (f) キャスリングが阻止されるときは、…
  (i) キングのもとのマス、あるいはキングが横切らねばなら
ないます、あるいはキングの移動先のマスに、
相手の駒が効いている。または
  (ii) キングとキャスリングをするルークの間に、駒がある場合。
 
 「動いたことがある」がキングとルークに分かれていることを除けば私の理想とするシンプルな3箇条である。誤訳があれば、JCAが「ルール著作に関する規程」に従って訂正の指示をしてくれるだろうから安心だ(笑。
 勝手に訳して配布するのも禁じると言うのなら、HPだけでなく『JCAハンドブック』にも載せてほしい。生硬な仮訳はいつ本訳になるのか。例会にも出ない地方の会員にとっては、「〜に関する規程」の羅列よりよほどありがたいことと思うが。
 
 1つ前の、5.1 (d) 「もしプレーヤーが、キャスリングをしようとして先にキングに触る、あるいはキングとルークに同時に触り、そのときキャスリングが違反手なら、プレーヤーは、…」
 この先を知っている人がどれくらいいるだろうか?
posted by 水野優 at 16:59| Comment(2) | TrackBack(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする