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2011年02月19日

トーマス・グラヴィニチ 西川賢一訳『ドローへの愛』書評

 これを最初に知ったのは小川洋子が『猫を抱いて象と泳 ぐ』を書く際に参考にした小説リストだった。ずいぶん新しい作品なのを知ったのは読み始める前で、作者は私より10歳も若いド イ ツ人。訳者はゲルマニストと称するほどのドイツ語の専門家らしいが、古い言い回しの中で妙に現代風の言葉が浮いているのが気になる。ユーモアの処理はうま いのだから、そんなことは媚びずにやった方が良かったのではないかと思う。
 いきなり訳の話になってしまったが、それでも『ディ フェンス』と比べると読後感はさわやかだ。主人公カール・ハフナーの不器用で切ない生き方や、その祖父の時代まで断片的なエピ ソードを遡る手法などは『ディフェンス』そのままなのに。これが小川氏に最も影響を与えた作品に違いない。

 20世紀初めのヨーロッパ、当時の実際の世界チャンピオン、エマヌエル・ラスカーにハフナーが10番勝負で挑戦する。その前半5局(ハフナーのホーム、 ウィーン)と後半5局(ラスカーのホーム、ベルリン)が舞台となっている。カールというドローの名人でラスカーに挑戦したといえば、分かる人もいるだろう が、ハフナーは当時ドロー・マスターと呼ばれたカール・ シュレヒターをモデルにしている。
 他にも、登場はしないが当時の強豪たちの名前がいろいろ出てくる。作者が学生の頃チェスの選手だったから、この処女作にチェスを織り込み、評判が良かっ たから日本でも翻訳されたということらしい。90年代のことだから、河出書房新社にまだチェス好きの山本氏がいたのかもしれない。私が『ボビー・フィッシャーを探して』の翻訳の話を 持ちかけたときにはもういなかったのは確かだが。

 ハフナーは前半の最後に勝って1勝4分で折り返し、後半も4局目まですべて引き分けて最終局までもつれる。ハフナーは世界チャンピオンになれるのだろう か? 現実にはラスカーはカパブランカに チャンピオンを奪われるのだから、それを覆すような展開にはしないだろうと予想はつくが、これ以上のネタばらしはやめておこう。
 具体的な手順は出てこないが、英訳には最終局の棋譜が載っているらしい。訳者はチェスにそれほど関心がないからか、それを本書に引用していないのが残念 だ。ドイツ語の原題Die Arbeit der Nachtを直訳すれば『夜の仕事』だから思い切ったタイトル訳だが、これはチェスファンに対しても本質を突いた名訳といえよ う。

ドローへの愛
トーマス・グラヴィニチ 西川 賢一 Thomas Glavinic
ドローへの愛
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2011年01月14日

カスパロフ著 近藤隆文訳『決定力を鍛える』書評

 カスパロフが政治家へ転身したときにいずれこういう本が出ると思ったし、それを仕事で訳せればいいなぐらいには考えていた。本書は一般書、といってもビ ジネス書(実際は自己啓発書)としてもかなりの評判になったようだ。しかし、いくら一般人も読めるといっても、やはりチェスの特にチャンピオンの系譜等を 知っているかどうかでは、かなり説得力が違うだろう。パンドルフィーニの類書『チェス思考に学べ!』(カスパロフは参考にしただろうか)を未読なので、こ んな本を読むのは初めての経験となった。

 2005年にチェスを引退する前から本書の構想はあったのだろう。様々な団体の前で講演をした経験が、数多く散りばめられたたとえ話からうかがえる(こ れには少々うんざりする)。My Great Predecessorsシリーズを物したときに本書用にアイデアをいろいろ書きためたはずだ。読者は、カスパロフが引用する著名人、特にチャーチル、孫 子等を学べば、自分のチェスも彼にあやかれると思うかもしれない。私は自分のチェス書出版に彼のノウハウを照らし合わせて読み進んだ(笑。

 訳に関しては量をこなすノンフィクション翻訳の平均的なプロという感じで、読みやすいわりには今ひとつこなれていない訳語が散見される。しかし、この 400ページほどの量を3か月でやれと言われれば、私はこの水準ではできないだろう。チェス関係のチェックで小島、馬場の両日本チャンピオンが関わってい るから、チェスに関してはほぼ問題ない。棋士名の日本語表記も正確で、私も参考になった。このへんはNHK出版だからだろう。誰もがタルタコーワとしてい るTartakowerを私はタルタコヴェルとしているが、本書によると後年フランスに帰化したかららしい。私も調べたはずなんだけど。

決定力を鍛える―チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣
ガルリ カスパロフ Garry Kasparov
決定力を鍛える―チェス世界王者に学ぶ生き方の秘訣
日本放送出版協会 2007-11

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チェス思考に学べ!―チェスの十五大原則に学ぶビジネスと人生の戦略 チェス戦略大全〈1〉駒(ピース)の活用法 どうしたらチェスできみのパパに勝てるか チェス戦略大全U チェス 終盤の基礎知識
posted by 水野優 at 21:55| Comment(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月20日

ルノー&カーン 水野訳『チェックメイトの技法』宣伝

 発売直前にトラブルが起き てしまいました。印刷所から 届いて表紙が丈夫で見栄えも良くなったと喜ぶ暇もなく、その日にamazonへ初回納入分を発送し たのですが、よく見ると局面図以外、棋譜と本文中のキングの駒フォ ントが白黒逆になっている! そんなはずはないと目をこらすとそれぞれの白黒が反転され て印刷されているのでした。
 これは文字化けではありま せんが、見かけ上駒の白黒が逆になるというのは大問題です。1冊目の「チェス 終盤の基礎知識」では、すべて局面図用のフォントを使ったのでこういう問題は起きなかったのです。chess alphaフォントでは、正方形の真ん中に駒がある局面図用以外に、少し下寄りのテキスト用(?)フォントもあり、今回は図以 外にこれを使ったために こんなことになってしまいました。

 幸い今日やっと印刷所に連絡が取れると、先に謝られて刷 り直しを快諾してくれました。しかし、残念ながらamazonの予約発送分はもう発送センターへ 送られており、止めるのは間に合いませんでした。そこで、21冊の印 刷不良版を手に入れてしまわれた方には、交換サービスでフォローします。方法はい ちばん下を参照ください。
 それにしても久々に憂鬱な週末でした。棋譜で「K」、本文で「キング」としてれば、こんなトラブルはなかったし、編集も楽だったのにとまで思いました。 私自 身、棋譜に関しては絵駒よりアルファベット 駒の方が読みやすいのです。

 さて、今回からチェス・クラシックと いうシリーズを銘打ちました。チェックメイトは、 その1冊目にふさわしいテーマです。内容については原書のレビュー 通りなので、具体的には1月中旬頃に対応するamazonの「なか見!検索」を参照ください。
 もう一言だけ、「どうしたらチェスできみのパパに勝てるか」 で、訳者の浜田寛氏は「チェ スの歴史上、これまで分類さ れることの無かった、さまざまなメイトの パターンを身につければ、読者の実力は飛躍的に向上し、ゲームに対する自信が増し、まちがいなく勝利が得られるでしょう」と述 べていますが、この本を忘れて もらっちゃあ困ります!

amazonで発売日前予約で購入された皆様へ

 印刷不良品の交換を受け付けております。詳しくはHP「チェストランス」を参照ください。

チェックメイトの技法 (チェス・クラシックス1)
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チェストランス出版 2010-12-20
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posted by 水野優 at 22:21| Comment(7) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月29日

ナボコフ、若島正訳『ディフェンス』書評

 最近は読書に時間を使えず(ついチェスマスターで遊んでしまうからでもあるが)、読破に1か月以上もかかった。結論から言うと、意図がよく分からない小説だ。ナボコフ自身が経験したロシア革命前後の混乱とロシア文学の伝統への反逆が反映されているそうだが、私はどちらにも疎い。
 それでも、この異様なほど多い隠喩的描写によって、著者が新しいものを創造しようとする気概は感じられる。しかし、重訳という形でこれが伝わったのかどうかは分からない。若島正に無理なら誰にもできないような気もする。

 ルージンという内向的な少年がチェスに魅せられ、プロ棋士になっていく。ストーリーもその前後を映画のフラッシュバックのように回想する。チェス以外は全く冴えないルージンにまさかの恋人ができ、チェスと人生の頂点を迎えるが、そこを折り返し点とし、健康のためにチェスを禁止された後半は、過去から逃れるように破滅へと突き進む。
 ライバル、トゥラーティ(訳者によるとレティへの暗示)との決戦が指し掛けのまま、チェスまでやめてしまい、その後はチェスを通してすべてを見るような生活が描かれる。チェスのこういうネガティブな描写は、日本の坂田三吉的棋士像とも全く異なる。カスパロフも『決定力を鍛える』で、知性的なチェスと非社会的棋士という世間が抱くイメージのギャップを指摘している。
 訳者によると、ナボコフのプロブレム作家としての実力は大したことなかった。実戦力はもっと低かったのだろう。思うに、彼はプロ棋士の地位をおとしめることで時間ばかり浪費させるこのろくでもない知的活動にささやかな復讐をしたのだと思う。私がチェス小説を書いても同じようなことをするだろう。

 チェスの具体的な手順は全くといって出てこないので、そのへんを期待する向きにはつまらないだろう。本書は著者の英語版への「まえがき」があるという異例の構成だが、そこに出てくる不滅局等を訳者が「解説」で触れているくらいだ。
 別物とまで言われている映画版「愛のエチュード」はスカパーに入った頃に見たが、さっぱり覚えていない。女性監督がラブストーリーに仕立て直したそうで、またの機会があれば見てみたい。

 正直なところ、チェス小説の最高傑作がこれやツヴァイクのSchach Novelleと言われているようではチェスが浮かばれない。ノンフィクションでの最高傑作「ボビー・フィッシャーを探して」でもプロ棋士の悲哀は存分に描かれているが、そこにはまだ温かさがある。「不滅の60局」と同時期に出せれば最高だ。

ディフェンス
ウラジーミル・ナボコフ 若島 正
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透明な対象 (文学の冒険シリーズ) ベンドシニスター (Lettres) ロリータ (新潮文庫) ナボコフ自伝―記憶よ、語れ セバスチャン・ナイトの真実の生涯 (講談社文芸文庫)
posted by 水野優 at 12:46| Comment(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月17日

アヴェルバッハ著 水野優訳『チェス 終盤の基礎知識』宣伝

 ついに、やっと、とうとう出ました! 未だに出ない『ボビー・フィッシャーを探し て』が書店に並ぶのを想像するより、しょぼい装丁でも編集ま で独りでやった本書がamazonで表示されるのが見られて満足しま した。これで「オオカミ中年」返上です。
 今は、初版第1刷の500冊が印刷製本会社から届き、amazon からの 発送依頼を待っているところですが、amazonでの和書ランキングで最高562位ま で上がったのには驚きました。予約だけで数十冊になっているでしょ う。ありがとうございます。

 本書は、原書のレビューをすでにしましたが、ロシア人グランドマスターで終盤研究の第一人者ユーリ・アヴェルバッハが1960年にロシア語で出版した本の英訳をさらに和訳 したものです。古くても終盤には定跡のようなはやりすたりはないし、代数式表記になって未だにロングセラーを 続けています。

裏表紙より:

 重要なのに軽視されるチェスの終盤
 そこで日本語初!のチェス終盤本
 入門書の次に読める本
 原書はチェス終盤の古典的名著
 著者は終盤に定評ある名人
 必要にして十分の実戦的内容
 本文に駒絵文字を使用
 レッスンやセミナーの教材にも最適
 訳者はチェス経験豊かな翻訳家

 具体的な内容に関しては、後に対応する「なか見!検索」を見ていた だくしかありませんが、最大のポイントは、棋譜はもちろん本文にも駒の絵を 使ったことです。白黒も区別したので、「白のビショップ」という7文字が絵文字1つで表せ、100ページにしてはかなり凝縮した内容となっており、「絵文字世代」にも受け入れられるでしょう。

訳者あとがきより:

 チェスにおける終盤戦の重要性は改めて強調する必要がないほどですが、私 の知るかぎりでは日本語で終盤戦だけについて書かれた本は今までありません。入門書が ほとんどという状況ではしかたないことでしょう。
 序盤や中盤のような底なしの研究に比べると、終 盤は本書を一読して身に付く知識だけでもかなりの自信につながると思います。今まで洋書の 分厚い終盤本で挫折した方も、本書は難なく読み通せたのではないでしょうか。
(中略)
 『チェス戦略大全』の成功を見て中級以上のチェス書の需要を確信し、翻訳権を取らなくてもいい古典書の個人出版を決意 しまし た。今後、年に3,4冊のペースで出し、つましい生活の糧としていけるかどうかは、皆様のご支援にかかっています。私も ご期待に違わぬものを世に出していく覚悟です。

チェス 終盤の基礎知識
ユーリ・アヴェルバッハ 水野 優
チェス 終盤の基礎知識
チェストランス出版 2010-10-20
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2010年10月08日

小林秀雄『考えるヒント』書評

 また小林秀雄だが、実は『モーツァルト』のときにこれをやるはず が、図書館で帯出中だったから先延ばしにしていた(汗。これを選んだ理由は1つだけ、最初の昭和34年6月「文藝春秋」所載のエッセイ「常識」の冒頭で、著者がポーの「メー ルツェルの将棋差し」を仏訳から和訳した話から数ページ、オートマトンから人工知能の話をしているからだ。
 冒頭のこの部分はamazonの「なか見!検索」でけっこう読める から一瞥をお勧めする。ポーのこのエッセイは、いずれ訳す「チェス短編&エッセ イ集」の冒頭に予定している(締めはツヴァイク)が、技法書優先なの で出すのは当分先になりそうだ。ちなみに本書はわりと軽いテーマの話もあって「役者」 などは特におもしろかった。慧眼の士小林だけでなく軽妙洒脱な面も見せてくれるシリーズだ。注も充実している。

考えるヒント (文春文庫)
小林 秀雄
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おすすめ平均 star
star小林秀雄という人の波長
star批評家の心意気
star及ばない域

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2010年09月30日

ヴァン・ダイン日暮雅通訳『僧正殺人事件』書評

 チェスが出てくるミステリーの最高傑作だからいずれ読まねばとは 思っていたが、こんな長編を読み切るのはしんどかった。最初の殺人が 起きるストーリー初日だけで100ページを超えるのだから。これで も、作者の確立したミステリーの王道は余分な虚飾をはぎ取っている。代わりに、事件に関係あるとはいえ、ずいぶんペダンチックな説明が語られる。
 チェスはたしかに重要な要素となっており、タイトルの僧正はもちろんビショップの 駒のことで、犯人が手紙の署名に使う謎の名前でもある。さらに、自分の名を冠したギャンビット定跡まで発案したパーディーという容疑者の一人がいて、彼と 実在の棋士ルビンステインとのマッチまで出てくる。以下は1敗1分後 の最終第3局で白のパーディーが投了した局面(原注より)だが、黒のメイトは簡単だ。最後にビショップを使うのがミソ。

局面図
45 Rxc2 Nxc2 46 Kxc2 b1Q+ 47 Kxb1 Kd3 48 Ka1 Kc2 49 d3 Bb2#

 しかし、最後のどんでん返しは手に汗握るという感じで、新訳もいい か らお勧めだ(台詞の処理に関しては不満があるが)。東野圭吾の「鑑 賞」と題する解説も、作家の観点から書かれていてとても興味深かった。
 著作権が切れているとはいえ私も訳して張り合う気はないが、チェス に 関する部分の訳を公開すればおもしろいかもしれない。その間の話はダイジェストにして?

僧正殺人事件 乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10(3) (乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10) (集英社文庫)
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おすすめ平均 star
star劇場型犯罪の嚆矢
star駒鳥は誰が殺した?

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2010年05月31日

若島正編『モーフィー時計の午前零時』書評

 やっと読んだ。翻訳ものや日本語で書かれた小説を読むことにあまり時間を取られたくないの で、文体の参考程度にするつもりだったが、案の定内容より文体ばかり気になった。

 小川洋子が少年チェス棋士を主人公にした『猫を抱いて象と泳ぐ』 (これも読んだが訳あって書評は後に)を書いた縁で序文「チェスという名の芸術」を寄せている。彼女が編者から教えられた「最強の手と最 善の手は違う」の真意は何だろう。駆け引き的な意味(セオリー的に最善な手より相手がいやな手の方が最強)か、名局の成立に関して(1手で もメイトを引き延ばす最善の悪あがき防御より、相手の絶妙手を誘発する手の方が最強?)なのか。

 フリッツ・ライバー(Midnight by the Morphy Watch)若島正訳「モーフィー時計の午前零時」。 本書のタイトルにもなっている作品だが、ライバーについてはThe Dreams of Albert Morelandを最近読んだ(後に書評する)。これは未訳だそうで、短編は既訳かどうか等が調べにくいので、本書ではこういう情報がたくさん得られてあ りがたかった。
 本作は、モーフィーが実際に持っていた金時計と金銀製のチェスセットが様々な強豪棋士へと受けつがれていく話である。多くの実在棋士名が出てくるので 「編者あとがき」でもプロフィールと棋譜まで紹介されている。実在棋士に関しては予備知識がある方ががぜん楽しめる。私の訳したファインの『チェ ス棋士の心理学』を事前に読んでおくのもいいだろう(笑)。
 訳に関しては、「金門橋」と書いてわざわざゴールデンゲートブリッジとルビを振ったり、いらかの波、丑三つ時、曼荼羅等、原文がすごく気になる表現が出 てくるのが若島さんらしい。すでに雑誌連載で訳されていた(そんな仕事は考えたこともなかった)ものの単行本化。

 ジャック・リッチー(To the Barricades!)谷崎由依訳「みんなで抗議を!」も、雑誌で の訳の単行本化で、編者がリッチーの短編にチェスねたがあったと覚えていたから。チェス自体はストーリーのおまけに過ぎないが、スリリングな傑作だ。

 ヘンリイ・スレッサー(The Poisoned Pawn)秋津知子訳「毒を盛られたポーン」は、郵便戦を使った傑 作。郵便戦は本人が指しているかどうか分からないからミステリーのテーマになりやすいのだろう。訳は対戦の描写が多いからおそらくチェスが苦手な女性訳者 の苦労が忍ばれる。他には、やんちゃ男の一人称語りとはいえ、ここまで浮いた言葉が多いと、大げさに男を演じる宝塚女優のようだ。男も、女言葉語尾でさん ざんステレオタイプの女性像を描いてきたのだが。

 フレドリック・ブラウン(The Cat from Siam)谷崎由依訳「シャム猫」は、チェス・アンソロジーの洋書 (後に書評する)で持っているが未読だった。チェス自体は全くといって関係ないが、最後のオチがすごいし、この訳はちょっと硬いので私もいずれ訳したい。

 ジーン・ウルフ(The Marvelous Brass Chessplaying Automaton)柳下毅一郎訳「素晴らしき真鍮自動 チェス機械」は、数多くの「トルコ人」もの(日本人すらこのテーマで書いている)の1つで、舞台はドイツで文明が過去のものになったという 不思議な時代。この手の話を多く読んだわけではないが、かなり変わった「トルコ人」話だろう。訳は、全体的に時代がかっているのはいいとしても、地の文中 で台詞だけ太字で強調するのはいかがなものか。元々の雑誌でのレイアウトなのか。

 ロジャー・ゼラズニイ(Unicorn Variation)若島正訳『ユニコーン・ヴァリエーション』は新 訳。ユニコーンやグリフォンといった伝説の生き物が出てくる変わった話のわりには、実際のゲームを下敷きにした現実的な対戦が進行する。手順の説明は残念 ながら原文か訳のどちらかが間違っているので追いにくいが、「編者あとがき」を見れば分かる。ここでも郵便戦が使われる。

 ヴィクター・コントスキー(Von Goom's Gambit)若島正訳『必殺の新戦法』も新訳。荒唐無稽な話。パッ ハマンまで出てくる。

 ウディ・アレン(The Gossage-Vardebedian Papers)伊藤典夫訳『ゴセッジ・ ヴァーデビディアン往復書簡』。ウディ・アレンまでチェス短編を書いていたのかと思ったが、内容は郵便戦でのののしり合い合戦のみで、断片 的な指し手だけではゲームのイメージもわかない。訳も、手紙の文面で慇懃丁寧さを出しているのだろうが、硬い。

 ジュリアン・バーンズ(TDF: The World Chess Championship)渡辺佐智江訳『TDF チェス世界チャンピオン戦』だけはノンフィクションで、1993年のカスパロフ対ショートPCA世界選手権での主にショートの悲惨さを描い ている。どういう経緯でこんなマニアックなエッセイが訳されたのか。「編者あとがき」によると編者が、ロンドン在住でこの選手権をテレビで見た訳者と知り 合ったからだという。
 それにしてもチェスの裏側を描写した皮肉だらけの凝った文体は、チェス用語と概念だけでも大変な翻訳が功を奏しているとは言いがたい。軽妙さは見事だが 修飾範囲の曖昧さが多いのは、訳者自身も分からなくて逃げているようだ。たびたび出てくる「マーケティング」は、明らかにPCAがチェスをもっと金儲けに つなげる試みを指しているから直訳では困る。p267の「番勝負」は「盤勝負」の間違い?
 チェスがしょせん一般人の支持を得られない(チャンピオンが英雄視されるに過ぎない)ことについては、『ボビー・フィッシャーを探して』以来ずっと考え ている。今後出版する本の解説とかで触れたい。

 ティム・クラッベ(Meester Jacobson)原啓介訳『マスター・ヤコブソン』は、本ブログにもコメントを寄せてくださる原さんの翻訳 は、初文芸作品訳とは思えない名訳。p297「起こりうる結果を示す傾向に過ぎない」といった処理は数学者らしい?
 ヤコブソンの「棋力で劣ってもチェスを真に愛する自分こそが本当の棋士」というコンプレックスは、私から見てもちょっとひねくれすぎているが、本作が本 書の最高傑作なのは間違いない(ますます原さんがうらやましい)。郵便戦はここでも代理指しを仕立てる方法として使われる。ポーンのただ捨て手 8...d5?!は現実味がないが、カスパロフがシシリアンのポールセンか何かで放った新手を連想させる。

 ジェイムズ・カプラン(In Miami, Last Winter)若島正訳『去年の冬、マイアミで』は、若島さんにして は訳が冴えないから急いで訳し下ろしたのかと思ったら25歳頃のものだった。p351「都名人戦」のような日本語への移し替えをするわりには、歳の離れた アメリカ人同士の会話がタメ口だったりする。p350「現代チェス序盤戦法」はModern Chess Openingsだろう。The Queen's Gambitにも出てくるが、私は「現代チェス定跡事典」にしている。
 この話でも主人公の棋力のコンプレックスがテーマを成す。作者も下手の横好きだったりするから、その心中と重なるのかもしれない。訳者のかなりお気に入 りの作品だそうだが、私はあまり好きになれなかった。それにしてもほとんどの作品は1970年代以降に書かれている。フィッシャーの申し子のように。

 その後ロード・ダンセイニのレトロ風「プロブレム」1題と「編者あとがき」が続く。

 チェス小説も長さやジャンルを問わず訳したいが、「編者あとがき」で未訳作品として触れられているウォルター・テヴィスの長編The Queen's Gambitは半分弱くらいまで訳したまま、優先順位のために放置している。早く『ボビー・フィッシャーを探して』が出版されて、若島さんに読んでもらいたい…。

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star「猫を抱いて象と泳ぐ」の後に読みました

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2010年04月23日

渡辺暁著『ここからはじめるチェス』書評

 暁氏は中級向けの本を出すと聞いていたのと、紙のチェスセット付きは新しい渡井本だと思っていたので、この2つが結びついたのは意外だった。先日の帰省 時に丸の内丸善でチェックしただけだが、デザインにかなり触発される本である。ちなみに他にあったチェス書は、東本2、渡井本、権田本2、増田本、小笠本 (残念なが らまだ初 版)。本書は平積みにも8冊あった。

 奥付にある編集スタッフがずいぶん充実しているが、多色刷りでレイアウトが見やすい。見開き左側の各テーマ基本局面図は特にページの半分以上を占める 大きさで、図中に矢印等の説明がいろいろ入っている。この辺りは渡井本からの流れだろう。洋書でもこういう趣向は見られるようになった。
 私も思いつかなかったのは、白黒の手順をそれぞれ枠で囲み、白の手は白背景の黒抜き、黒の手はその逆に表示していることだ。これなら、白黒まとめて1手 と表示する見にくいストレスを初心者が感じなくて済む。そのうち「萌えるチェス」なんてのが出てくるかもしれない。

 192ページ中、ルールと記譜の説明で1/3近くを使っているので中級の入口止まりなのは他の入門書と大差ない。それでもピノー本のレベルに迫る内容を もっと分かりやすく見やすく書いている点でロングセラーになりそうだ。

ここからはじめるチェス
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star日本のチェス本では一番では!

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2008年12月12日

パッハマン著、小笠誠一訳『チェス戦略大全1』

 ルディック・パッハマン著、小笠誠一訳『チェス戦略大全1』、270ページ、評言社。めっきりチェスの記事を書かなく なったが、いよいよamazonで買えるようなので紹介しておこう。メジャー出版に限れば、日本語初の中級以上向けのチェス書となるのだろう。ルールくらいは知っていることが前提で 書かれている。
 著者パッハマンは理論派で知られるチェコのグランドマスターで、本書は著者自身の対局を含めた啓蒙的な実戦解説集となっている。内容は戦略テーマ別に分類されており、原書と同じく全 3巻で完結する。後2巻が出そろうまであと1年かかる予定である。

 原文と比較した全面的な翻訳の洗い直しに協力したが、棋譜や解釈の 誤りを指摘するので手一杯、他人のしかも私とは相容れない文体の文法的な誤謬だけを指摘する作業が何とも歯がゆかった。翻訳学校からの講師のオファーを受 けなかったのは正解だった(笑。
 しかし、直訳調の文体にはそれなりの格調があるもので、原文と付き 合わせなければそれほど気にならないかもしれない。実用書にしてはちょっと回りくどいくらいか。原文の名詞節を名詞句に変えればすっきりする部分は山ほど ある。

 訳者が(二度のマイナー出版を含み)30年間も温めてきた壮大なプロジェクトは、まだ始まったばかりである。継続するかどうかは、チェスファンの支援にかかっている。

チェス戦略大全 1 (1)
ルディック・パッハマン
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2007年04月02日

モフラ著/成相・小倉訳『チェスへの招待』

 久々のチェス和書書評、ジェローム・モフラ著、成相恭二小倉尚子訳『チェスへの招待』(143ページ、'07年1月、白水社文庫クセジュ)をしよう。もうチェス関連のブログ等で何人かの方が触れていて賛否両論のようだが、一言で言うと「おもしろいが技術的な入門書ではない」。
 30年ほど前に出た同文庫『チェスの本』に比べれば、成相氏は共訳者や元日本チャンプ鈴木知道氏の助けを得てかなり読みやすい本に仕上げたと言える。しかし、最近躍進目覚ましいフランスの国内チェス事情は日本の手本になる可能性があるとはいえ、一般の読者には縁遠い話である。

 以下、章ごとに見ていこう。


目次(最下位見出しまで含む)

まえがき ジョエル・ローティエ(ACP会長)、ジャン=クロード・モワン(FIDEマスター…)
第1章 ゲームの歴史、世界の歴史
 I 起源から19世紀まで
  1 チェスの起源
  2 中世のアラブとヨーロッパ、地中海のルネサンス
  3 18世紀のフランスと英国−百科全書と産業革命
 II 産業革命から1914〜18年の第1次世界大戦まで
  1 19世紀のなかばから1914年までのアングロ・サクソンの優勢
  2 チェスにおけるロマン主義
  3 ドグマ的なリアリズム
 III 1918年からこんにちまで
  1 古いヨーロッパの最後の火
  2 ソビエトの覇権と冷戦

 チェスの起源からそのルールの変遷を政治文化史と照合する試み。ハイパーモダンシュルレアリスムはたしかに対応していると思うが、明らかにできすぎたシナリオも見られる。しかし、ここは細かい詮索はせずに著者のファンタジーに身をまかせるのが得策だろう。
 どこかで聞いた気もするが、いちばん笑えたのはp.46「このほっそりした虚弱児カルポフは、ボトヴィニクによってすぐに『保育器に』に入れられた」。現代の棋士が出てくる部分では、その背景知識がないとおもしろさは半減するだろう。

 最初から翻訳に触れずにいられない。「まえがき」の訳がひどいのでどうなることかと思ったが、文章の流れは30年前よりずいぶん良くなった。しかし、不十分な主語・代名詞処理、場違いに硬い漢熟語、こなれない表現(p.33「2人の強い対局者の」→「二人の強豪同士の」)等が多く、私の親ほどの世代の学者がこういう日本語で良しとする神経を疑う。
 直訳調から英語とは違う仏語の慣用表現がかいま見えるのは、かえっておもしろいかもしれない。仏棋士St. Amantは聖アマンと訳される場合が多いが、サンタマンとリエゾンで書かれると別人のようだ。まさか著者への敬意ではなかろうが、ドイツ名の発音は少しおかしい。それでもピノー本ほどではない(笑。

第2章 チェスの世界
 I ゲームのやり方
  1 チェスは儀式である
  2 チェスのいろいろな形
  3 組織による実践
 II 大衆的活動、プロフェッショナル・スポーツ
  1 大衆的活動
  2 プロフェッショナルなスポーツ
  3 ショーとしてのゲーム
 III 簡単なルールのゲーム(ラーセン対スパスキー)

 遅ればせながらゲームとしてチェスを解説するが、ルール説明は散文的で分かりにくい。それを踏まえて棋譜の書き方の説明がてらラーセン対スパスキー戦に挑む大胆な構成だが、この辺りの訳が特に分かりにくいので一般の読者には酷と思われる(例えば、p.94「心配なくg4のビショップで守られているラーセンのクイーン」のような長い修飾)。
 ポジション、マテリアル、オーバープロテクトなる用語も続出するが、巻末の「用語集」を参照すべし。MIやGMIのような略号は英語と異なるので、英語がスタンダードな(しかしFIDEの本部はフランス)日本向けにはどうすべきか迷うところだ。用語はほぼ英語で表記されている。

 本書を手に入れた一般の方のために、明らかな間違いを指摘しておこ う。p.83「1万120」は1万の120乗で、「チェスの指し手の数」というより「チェスのありうる局面数」の方が分かりやすいだろう。p.95「g2へ、さらに」はいらない。

第3章 チェス、世界のゲーム
 I チェスを通じての人間
  1 チェスのゲームと精神分析
  2 チェスのゲームと精神医学
 II チェスと芸術
  1 チェスは文学の素材であるか
   (A) 手ほどきの小説
   (B) 冒険小説
   (C) テーマ小説
   (D) 象徴的な小説
   (E) 謎の小説
   (F) チェスの構造による小説
  2 チェスと造形芸術
  3 映像のチェス
 III チェスを通してみた社会
  1 社会および政治のモデルとしてのチェス
  2 軍隊のモデルとしてのチェス
   (A) 古典的な戦争からこんにちまで
   (B) こんにち
おわりに
用語集
訳者あとがき
参考文献/邦語参考文献(訳者による)/参考ウェブサイト(訳者による)

 一転してチェスのよもやま話だが、『完全チェス読本』とは趣が異なる。Iはファインの『チェス棋士の心理学』(拙訳中)のエッセンスで、またもやモーフィーの独り言(出典は『地獄の季節』らしい)が引用され、「チェスは延ばされた狂気」で締めくくる(訳が締まらないが)。

 IIで紹介されている芸術作品では、ツヴァイクの小説が未訳なら訳したい。IIIチェスがどれほど社会や軍隊のモデルたり得るかについては、著者は第1章と同じく想像力たくましく、戦争とのパラレルな歴史観は妙に説得力があり、最後は碁まで引き合いに出す。
 ドレスコードまで規定する大会があるのはチェスの昔ながらの高貴なイメージを引きずっているからだろうし(単にスポンサーの都合だったり)、おかげで幼少時にチェスをさせてもらえなかったピノー氏の例もある。実情はホームレスのハスラーからウェブ上のオタクまで幅広い。

 「用語集」、p.134「3年に1回出版」は1年に3回の間違い。 「参考ウェブサイト」では、現JCCA(日本通信チェス協会)のURLがまだJPCAのものになっているのが残念だが、和書でもこれほどウェブの現状に触れた本はないだろうし、翻訳を差し引いてもおもしろい本である。
チェスへの招待
4560509085 ジェローム・モフラ 成相 恭二 小倉 尚子

白水社 2007-01
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2006年08月15日

坂口允彦『チェス上達法』書評

 坂口允彦の『チェス上達法』(206ページ、'90年、虹有社)である。もう入門書は今さらという頃だったが、この再版を本屋で見つけたから買った。タイムリーな(私が合わせた?)maroさんの「戎棋夷説」13日分 によると、'79年初版と分かった(しかし、「序」は'76年となっている)。
 今は亡き将棋のプロ棋士の著者は、JCAの前身日本チェス連盟の会長をするほどチェスにも尽力した。私が小学生のときにたまたま買った将棋の本が、この著者の『将棋に強くなる』だったことには、何かしら運命のようなものを感じる。

目次
序 三田村篤志郎
はじめに

1.エチケットと棋譜の読み方
 1.対局上のエチケット
 2.棋譜(きふ)の読み方
  駒の記号・ポーンの記号・タテ線の説明・
  ヨコ線の説明・盤面の記号・記号の説明・
  棋譜の読み方の実例

2.チェスの基本戦法
 1.チェスの攻め方
  ・ダブル・チェック
  ・フォーク(両取り)
  ・ピンアップ(釘づけ)
  ・ディスカバード・チェック(あき王手)
  ・有利な交換をねらう
   有利な交換をねらっての攻め方
   フレンチ・ディフェンス
 2.エンド・ゲーム(終盤戦)
  ・クイーンの寄せ方
  ・ルックの寄せ方
  ・二ビショップの寄せ方
  ・ビショップとナイトの寄せ方
  ・ポーンの寄せ方

3.オープニングと中盤戦の要点
 1.センター・ゲーム
 2.ダニッシュ・ギャンビット
 3.スコッチ・ゲーム
 4.エバンス・ギャンビット
 5.ギューコ・ピアノ
 6.ツー・ナイト・ディフェンス
 7.フォー・ナイト・ゲーム
 8.ルイ・ローペズ
  モッフィー・ディフェンス
  ステェインツ・ディフェンス
 9.ペトロフ・ディフェンス
 10.キングズ・ギャンビット
 11.フォークビア・カウンター・ギャンビット
 12.シシリアン・ディフェンス
 13.フレンチ・ディフェンス
 14.カロ・カン・ディフェンス
 15.ビエナ・ゲーム
 16.フィルダー・ディフェンス
 17.クイーンズ・ギャンビット・アクセプテッド
 18.スラブ・ディフェンス
 19.ニムゾ・インディアン・ディフェンス
 20.クイーンズ・インディアン・ディフェンス
 21.キングズ・インディアン・ディフェンス
 22.ダッチ・ディフェンス
 23.イングリッシュ・オープニング

4.中盤戦−攻防の急所
 1.ネクスト・ムーブ(次ぎの一手)
 2.手筋による攻め方
 3.チェスの攻め方

5.エンド・ゲーム(終盤戦)のテクニック
 1.キングとポーン一対キング
 2.キングとポーン二対キング
 3.キングとポーン一対キングとポーン一
 4.キングとポーン二対キングとポーン二
 5.キングとポーン三対キングとポーン二

6.実戦棋譜の解説
 1.1961年クリスマス国際親善チェス大会
  N. Sakaguchi(日本)対Alvarez(フィリッピン)
 2.世界チェス選手権試合1961年
  M. Botvinnk(挑戦者)対M. Tahl(チャンピオン)
 3.世界チェス選手権試合1937年
  Dr. M. Euwe(チャンピオン)対Dr. A. A. Alekhine(挑戦者)
 4.世界チェス選手権試合1937年
  Dr. A. Alekhine対Dr. M. Euwe
 5.世界チェス選手権試合1927年
  J. R. Capablanca対Dr. A. Alekhine
 6.世界チェス選手権試合1927年
  J. R. Capablanca対Dr. A. Alekhine

附録 チェス競技法

 14ページだけとはいえ、メイトではなくポーンの終盤にこれだけ目を向けた和書は初めてではなかったかと思う。シリーズらしき本に『チェスの打ち方』 『ゲームとチェスの遊び方』『チェスの詰手(翻訳)』があるが、私はなぜか書店で背表紙を見た記憶くらいしかない(汗。
 「序」には、昭和初期からの日本のチェス事情が書かれていて興味深い。昭和24年に『チェス入門』、36年に『チェス』を刊行とあるが、第一次ブームと 呼べるものは本書の刊行時期のようにフィッシャーの登場を待たねばならなかったようである。
チェス上達法
4770900066 坂口 允彦

虹有社 1990-04
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2006年08月01日

有田謙二『やさしい実戦集 チェス・マスター・ブックス5』書評

 有田謙二の『やさしい実戦集 チェス・マスター・ブックス5』(199ページ、河出書房新社)である。持っているのは'76年の初版本で、'96年の改訂内容は分からないが、他のマスター・ブックスと合わせてカバーや定価の変更をしただけだろう。
 「はじめに」では、'75年に元世界チャンプで当時FIDE会長マックス・エイベ来日の話に触れている。日本でのチェス普及に本の出版を提言された。本 シリーズ出版の契機となったのだろうか。エイベにもいい本がいくつかあるが、絶版が多くて残念だ。

目次(定跡名の英語表記を割愛し、対局者名と年を付け加えた)
はじめに
盤の読み方と駒の動きに関する記号
第1局 ファルクビア・カウンター・ギャンビット
 リボ対クーパー1974
第2局 キングズ・ギャンビット
 ミィク対リュビィテエリ1859
第3局 フィルドール・ディフェンス
 コノバロフ対モルドコビッチ1969
第4局 ペトロフ・ディフェンス
 アレキン対レビトスキー1914
第5局 ルイ・ロペス−I
 ツカルトート対アンデルセン1865
第6局 ルイ・ロペス−II
 リュボェビッチ対カルボ1973
第7局 センター・カウンター・ゲーム
 ティマン対バカリ1974
第8局 シシリアン・ディフェンス−I
 クホース対ファンシングバウア1958
第9局 シシリアン・ディフェンス−II
 ペダーセン対ゾグラフスキ1950
第10局 シシリアン・ディフェンス−III
 ケレス対フデレラ1955
第11局 フレンチ・ディフェンス
 タル対バガンヤン1973
第12局 カロ・カン・ディフェンス−I
 佐々木宏対中川笑子1970
第13局 カロ・カン・ディフェンス−II
 ボトビニク対スピールマン1935
第14局 アレキン・ディフェンス
 ジブス対シュミット1968
第15局 クイーンズ・ギャンビット
 エネボルデセン対オルテガ1952
第16局 クイーンズ・ギャンビット・アクセプテッド
 コルチノイ対メシュトロビッチ1969
第17局 スラブ・ディフェンス
 カパブランカ対ジャフェ1910
第18局 ニムゾ・インディアン・ディフェンス
 ジツェスク対フィッシャー1960
第19局 ボゴ・インディアン・ディフェンス
 マーシャル対ペトロフ1930
第20局 キングズ・インディアン・ディフェンス
 ホルト対バーン1962
第21局 グリュエンフェルド・ディフェンス
 バラショフ対トゥクマコフ1975
第22局 ベレソフ・オープニング
 ウェデ対キンゼル1962
第23局 イングリッシュ・オープニング−I
 ペトロシアン対リー1971
第24局 イングリッシュ・オープニング−II
 ドロシュケビッチ対トゥクマコフ1970
第25局 ラーセン・オープニング
 ラーセン対スパスキー1970
第26局 バード・オープニング
 有田謙二対ラーセン1973
まとめ 序盤の指し方−初めよければ終りよし

 一手ずつ局面図があって駒を並べる必要がない(変化筋は別)のが売りだから、短手数で決まったミニチュア・ゲームが必然的に多くなる。だから世紀の名局と呼ばれるようなものはほとんどない。ゲームの最初には、名人や定跡等についての豆知識が紹介されている。
 最後の「まとめ」では基礎中の基礎である8つの指針が示される。英語以外の固有名詞のカナが気になるが(アリョーヒン(Alekhine)はでかい英和辞典にも出ている)、日本語で書かれたこれほど分かりやすくてためになる実戦集は他にない。
やさしい実戦集
4309721753 有田 謙二

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star強くなるための本
star1手1手がわかりやすく、驚きと理解の連続?

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2006年07月18日

東公平『チェス次の一手 チェス・マスター・ブックス4』

 東公平チェス次の一手 チェス・マスター・ブックス4』 (230ページ、'76年、河出書房新社)である。翻訳も含めて著者のチェス書の3冊目(いずれも同出版社)にあたり、私も'85年に前2書に続いてすぐ 買っている。'96年新装改訂となっているが、特に変わってはいないだろう。
 「はじめに」によると、著者はチェスの敷居が高くならないように、できればややこしい記号(記譜法)など使いたくなかった。結局は使わないとよけ いに説明が困難になるから使っているが、ちなみにパンドルフィーニの入門書等には使っていないものもある。

目次
はじめに
問題1−30
 定跡クイズ−クイズ形式で定跡をおぼえよう
問題31−60
 NEXT MOVE−次の一手をあてる問題
問題61−90
 エンドゲーム・スタディ−終盤で勝ちか引き分けかを考える問題
問題91−111
 プロブレム−規定の手数でチェックメイトにするパズル
付録@ 【豆知識】−27箇所
付録A 【チェス用語辞典】−16箇所

 すべて問題は右側の奇数ページに大局面図付きで載せられており、60問目までは3〜4個の解答選択肢もある。偶数ページの解答も小さな局面図を使い、誤答の理由まで解説されている。付録は、この解答の下欄の空きを利用している。

 「はじめに」で著者が懸念する「強い人が読むと、多少の抵抗を感じる部分」は、「定跡クイズ」にあると思われる。特に問題4〜6のツー・ナイツ・ディフェンスに関しては、誤答にも定跡になっているものがあり、正解が最善手かどうか決着が付いていないものさえある。
 そもそも定跡は、1ページ足らずの解説で最善手うんぬんを実証するのはひじょうに困難である。それ以外の問題は、入門書にしてはなかなか歯ごたえのあるものも多く、終盤(エンドゲーム)や詰めチェス(プロブレム)まで網羅しているのは楽しい。
チェス次の一手
4309721745 東 公平

河出書房新社 1996-04
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2006年07月04日

フィッシャー著東訳『ボビー・フィッシャーのチェス入門』

 集合住宅の名称は住所が長くなる元凶だ。未だにローテクな相手や重要な確認手続き等、電話で住所を伝えねばならない場合があるが、奇抜な名称だと、カナさえちゃんと聞き取られない上に文字の説明をするのもうっとうしい。
 今だから言えるが、前の住所のマンション名は「タニーマンション」だった。家主が自分の名前を付けたいのは分かるが、素直に「谷口マンション」としてくれた方がずっといい。「谷井ですか?」と聞かれて「タ・ニ・−とカタカナで伸ばします」と答えねばならない。

 外国だと、「ABCstreet 99, DEFcity, 郵便番号、国名」で終わりなんてケースがざらだからうらやましい。今住んでいる松戸市は役所の登録にマンション名を含まないのに、実際には部屋番号だけでは済まないケースが多い。「タニーマンション」も今のアパートも、名称表示は出てないというのに。
 自分の名前(本名)も、カナで言うだけで漢字が一義的に決まってしまえば楽でよかったが、そもそも名字からして無理な話だった。山田太郎や花子(華子もあるけど)はそれなりに便利だろうが嘘っぽくて信じてもらえないかもしれない(笑。いちばんうらやましいのは男女共通の名前だけど。


 東さんの続きで、ボビー・フィッシャー著、東公平訳『ボビー・フィッシャーのチェス入門』(336ページ、'74年、河出書房新社)、私が初めて買ったチェスの本である。本屋には先週紹介した 『ヒガシコウヘイのチェス入門』と2冊並んでいたが、著者が世界選手権者なのでこちらを先に買った(笑。
 原著"Bobby Fischer Teaches Chess"は、フィッシャーが世界チャンプになった'72年にまずイギリスで出版された。フィッシャー人気も後押しして異例の10万部を売り上げ、 '74年に満を持して史上初のチェス和訳書が生まれた。

 東さんは'70年西独ジーゲンでのチェス・オリンピックでアメリカと対戦したときにフィッシャーと出会った。'73年にお忍びで来日したときにも会った ので、そのときにこの翻訳の話が出たか、もしくはもう進行中だったのだろう。
 未だに原書は持っていないが、2ページ分の「訳者からもひとこと」とカバーデザイン以外はひじょうに忠実に訳されているようだ。右側のページだけを読み進めていき、左ページは最後まで読んでから本を逆さにして逆順に読むという最大の特徴もそのまま再現されている。

目次
まえがき(目次以前)
ボビー・フィッシャーからひとこと
驚くべきボビー・フィッシャー
共同執筆者について
序章 チェスの指し方
第1章 チェックメイトをするには
第2章 最後列でメイトしよう
第3章 最後列でどう守るか
第4章 守りを破るには
第5章 ポーンの壁を破るには
第6章 まとめとテスト
ボビー・フィッシャーからもうひとこと
訳者からもひとこと

 チェックメイト問題に重点を置いた単純な内容に思えるが、フィッシャー以外にIM以下の実力者が数人プログラム学習作りに参加している、というより本書のような読者参加型の革新的な入門書を作るためにフィッシャーのような名手が待ち望まれていたらしい。
 1手メイト問題に至るまでにも、「キングはこのルークが取れるでしょうか?」といったルールを確認するような問題もあって、無理なく進めるようになっている。定跡は全く学べないが、チェスを取っつきやすく始めるには最適の一冊と言えよう。
ボビー・フィッシャーのチェス入門
4309260349 ボビー・フィッシャー 東 公平

河出書房新社 1974-12
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おすすめ平均star
star間違いない!
star初めて手にするべき本
star鉛筆がなくても出来るパズル感覚の本

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2006年06月27日

東公平『ヒガシコウヘイのチェス入門 定跡編』

 安いだけで買った「ローズラップ」というサランラップ(これも商品名)が切れにくいわ食器にくっつきにくいわでどうにもならない。業を煮やしてクレラップを買ってきた。これはサランラップとともに有名だから大丈夫だろうと思いつつまだ使っていない。
 私はこういう日常的でささいな「ぼやき」ネタを無数に持っているので(お気楽生活ゆえ、ささいなストレスが我慢ならない)、これぞブログねただろうと言われるし、ブログ・ランキングとかを目指すなら最適とは思うが、この最初の一言話にとどめておく。


 チェス和書評「定跡編」を続けよう。東公平ヒガシコウヘイのチェス入門 定跡編』(207ページ、'75年、河出書房新社)である。'00年に復刻されているが、古いのしか持っていな いので改訂されているのかは不明。好評の訳書『ボビー・フィッシャーのチェス入門』の姉妹編として出版された。
 フィッシャー本はほとんどメイトだけを扱っていたので、それを補完する意味もあって本書は定跡編と銘打たれた。著者は著名な将棋記者であり、日本チェスの黎明期には選手としても活躍し、チェス・オリンピック代表や日本チェス連盟時代の第2期選手権者('65年。第1期は大山康晴)を務めた。

目次
まえがき チェスはゲームの王様です

 6ページで、チェスの起源から(当時)最強のソ連、日本の黎明期の話まで。日本は弱いから、特に女性は日本のトップになれるチャンス大と力説(笑。歴代世界と日本のチャンピオンも載っているが、それぞれ'75年のカルポフと浜田健嗣まで。

第1章 チェスのルールは簡単です
 チェスボード チェスメン
 駒の動き方@ルーク Aビショップ Bクイーン
  Cナイト Dキング Eポーン
 ポーンのプロモーション チェック チェックメイト
 キャスリングというルール
 アンパッサンというルール
 『待った』はいけません

 「30分でわかる”西洋将棋指南”」と銘打つ。駒の名称や動き方を歴史から紐解く東節がおもしろい。後のチェス和書は、この説明の仕方にかなり影響を受けたと思われる。「待った」という言葉が英語やロシア語にないという説明も説得力がある。

第2章 チェスは戦争ゲームです
 国際式記号の読み方 駒の評価点をおぼえよう
 手筋をいろいろおぼえてください
 手筋1〜10 卒業試験問題
 チェスには引き分けもあります
 『ステールメイト』という奇妙なルール
 繰り返しのドロー
 ”合意”及び”50手ルール”について
 英米式記号 数字だけの記号もあります
 "BAKA"なんて手もある こんなときどうする?
 チェスクロックという道具

 定跡書といっても「手筋」の例題と問題も最低限おさえてある。"BAKA"とは、もう行われていないだろうが、電報チェス用の指し手例。「こんなときどうする?」は7つのQ&Aで、主にルールに関するものである。
 著者の推薦書は、アリョーヒンの"My Best Games"、"Marshall's Best Games of Chess"、"Great Brilliancy Prize Games of the Chess Masters"。

第3章 チェスには定跡があります
 定跡ってなんだろう?
 第1手はどれがよいか?
 基本型
 定跡1 ツーナイツ・ディフェンス−1
 定跡2 ツーナイツ・ディフェンス−2
 定跡3 フォーナイツ・ゲーム
 定跡4 スコッチ・オープニング
 定跡5 ジオッコ・ピアノ
 定跡6 エバンス・ギャンビット
 定跡7 ルイ・ロペス−1
 定跡8 ルイ・ロペス−2
 定跡9 ルイ・ロペス−3
 定跡10 ルイ・ロペス−4
 定跡11 ルイ・ロペス−5
 定跡12 ルイ・ロペス−6
 オープンゲーム
 定跡13 ペトロフ・ディフェンス−1
 定跡14 ペトロフ・ディフェンス−2
 定跡15 フィリドール・ディフェンス
 定跡16 ビショップ・オープニング
 定跡17 ビエナ・ゲーム
 定跡18 センター・ゲーム
 定跡19 ダニッシュ・ギャンビット
 定跡20 キングズ・ギャンビット・アクセプテッド
 定跡21 キングズ・ギャンビット・ディクラインド
 定跡22 キングズ・ギャンビット・マチガエタド
 セミオープンゲーム
 定跡23 シシリアン・ディフェンス−1
 定跡24 シシリアン・ディフェンス−2
 定跡25 カロカン・ディフェンス
 定跡26 センター・カウンター・ゲーム
 定跡27 ピルツ・ディフェンス
 定跡28 フレンチ・ディフェンス−1
 定跡29 フレンチ・ディフェンス−2
 クローズゲーム
 定跡30 クインズ・ギャンビット・アクセプテッド
 定跡31 クインズ・ギャンビット・ディクラインド
 定跡32 ケンブリッジスプリングス・ディフェンス
 定跡33 キングズインディアン・ディフェンス
 定跡34 グリュンフェルド・ディフェンス
 定跡35 ベノニ・ディフェンス
 定跡36 ブタペスト・ディフェンス
 定跡37 カタラン・オープニング
 定跡38 クイーンズインディアン・ディフェンス
 定跡39 ニムゾインディアン・ディフェンス−1
 定跡40 ニムゾインディアン・ディフェンス−2
 定跡41 ダッチ・ディフェンス
 ユニークな作戦
 定跡42 アレヒン・ディフェンス
 定跡43 オランウータン
 定跡44 バード・オープニング
 定跡45 イングリッシュ・オープニング
 定跡46 パリ・オープニング
 定跡47 レティ・システム
 定跡48 チャイニーズ・ギャンビット

 有田本より定跡数は多いが、各1,2ページの割り当てで図面が2/3を占めるから解説は簡略。そのせいかメインラインよりもあえておもしろい変化を選 んでいる定跡もあるようだ。ところどころに過去の名人の逸話等が挿入されている。
 「定跡22 キングズ・ギャンビット・マチガエタド」は、はめ手を茶化している。ユニークなものでは、「定跡46 パリ・オープニング」(1 Nh3)が特にレアもの。「定跡48 チャイニーズ・ギャンビット」(1 e4 f5)は、もはや定跡なんてものではない(笑。

第4章 情無用頓死定跡
 頓死定跡1 カロカン・ディフェンス
 頓死定跡2 カロカン・ディフェンス
 頓死定跡3 カロカン・ディフェンス
 頓死定跡4 シシリアン・ディフェンス
 頓死定跡5 ツーナイツ・ディフェンス
 頓死定跡6 フィリドール・ディフェンス
 頓死定跡7 キングズ・ギャンビット
 頓死定跡8 キングズ・ギャンビット
 頓死定跡9 ブタペスト・ディフェンス
 頓死定跡10 ブタペスト・ディフェンス

 定跡が本来白黒双方が最善を尽くした手順とすれば頓死定跡とはおかしな表現だが、その実体は主に窒息(smothered)メイトである。メイトの理由 「検死報告書」があり、定跡9の死因黒死病(ペスト)は、定跡5の考案者ブラックバーンへ回したいところだ(笑。

第5章 実戦解説・ビギナーからチャンピオンまで
 実践1 ビギナーのチェス
 実践2 筆者と初心者の対局
 実践3 チェスオリンピック日米戦から
 実践4 思い出の同時試合
 実践5 世界選手権の名局

 実践3は、'70オリンピックでの第3ボード、著者対ベンコー(米)戦。GMに対して終盤まで持ちこたえただけでも大したもの。ちなみに、第1ボード:宮坂幸雄対フィッシャー、第2:レシェフスキー対松本康司、第4:ロンバーディ対星野栄造という豪華な組合せだった。
 実践4は、'73年にラルセンが来日したときの著者との同時対局戦。当時、自由圏ではフィッシャーに次ぐ強豪にドローも立派(だから掲載なんだろうけ ど)。実践5は、スパスキー対フィッシャー戦(世界選手権第5局)でアニメ「美少女戦士セーラームーンR」にも使われた局面を含む(笑。

あとがき

 これほどよくまとまった本書が、著者が最悪に忙しい'75年に生まれたのは意外だった。東さんを始め日本チェス界黎明期を支えた方々には、当時の話を風化させずに何かの形で後生に残していただければと願う。
ヒガシ・コウヘイのチェス入門 定跡編
4309260012 東 公平

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2006年06月20日

有田謙二『定跡と戦い方 チェス・マスター・ブックス1』

 久々にチェス和書評をしておこう。すでにHPでは少し書いていた有田謙二の 『定跡と戦い方  チェス・マスター・ブックス1』 (209ページ、 '95年、河出書房新社)である。私はチェスを始めた頃から必要なときに図書館で見るだけだったが、去年古本屋で見つけて300円だから買った(笑。
 '80年初版は手元にないが、43の定跡は同じで解説が少し変わったようである。古いレアな定跡も多くて、例えばフロム・ギャンビット(1 f4 e5 2 fxe5 d6)に関してはBCOにもない変化が載っていて、おかげで郵便戦で命拾いをしたことがある(もちろんECOには載っている)。

目次
はじめに
定跡1 キングズ・ギャンビット
 キングズ・ギャンビット・アクセプテッド
 ファルクビア・カウンター・ギャンビット
定跡2 ダニッシュ・ギャンビット
定跡3 センター・ゲーム
定跡4 ラトビアン・ギャンビット
定跡5 ビショップ・オープニング
定跡6 ペトロフ・ディフェンス
 バリエーション1,2
定跡7 ポンチアニ・オープニング
定跡8 フィリドール・ディフェンス
定跡9 スコッチ・ゲーム
定跡10 ツーナイツ・ディフェンス
定跡11 スリーナイツ・ゲーム
定跡12 フォーナイツゲーム
定跡13 ジオッコ・ピアノ
定跡14 エバンス・ギャンビット
定跡15 ルイ・ロペス
 バード・ディフェンス ベルリン・ディフェンス
 クラシカル・ディフェンス
 シュタイニッツ・ディフェンス
 シュリーマン・ディフェンス
 エクスチェンジ・バリエーション
 オープン・バリエーション
 マーシャル・ギャンビット クローズド・バリエーション
定跡16 センター・カウンター・ディフェンス
定跡17 ビエナ・ゲーム
定跡18 アレキン・ディフェンス
 フォー・ポーン・アタック バリエーション1
定跡19 ニムゾビッチ・ディフェンス
定跡20 カロカン・ディフェンス
 メイン・ライン パノフ・ボトビニク・アタック
定跡21 フレンチ・ディフェンス
 メイン・ライン クラシカル・バリエーション
 タラシュ・バリエーション
定跡22 シシリアン・ディフェンス
 ドラゴン・バリエーション ナイドルフ・バリエーション
 シュエベニンゲン・バリエーション
 ラウザー・システム ポウルセン・カン・システム
 クローズド・バリエーション その他のバリエーション
定跡23 ピルツ・ディフェンス
 バリエーション1,2,3
定跡24 クイーンズ・ギャンビット・アクセプテッド
定跡25 クイーンズ・ギャンビット
 オーソドックス・ディフェンス
 ボンダレフスキー・マカゴノフ・システム
 ケンブリッジ・スプリングス・バリエーション
 タラシュ・ディフェンス
 ラゴズィン・システム ビエナ・バリエーション
定跡26 スラブ・ディフェンス
定跡27 アルビン・カウンター・ギャンビット
定跡28 チゴリン・ディフェンス
定跡29 カタラン・オープニング
定跡30 ブダペスト・ディフェンス
定跡31 ダッチ・ディフェンス
 メイン・ライン スタウトン・ギャンビット
定跡32 キングズ・インディアン・ディフェンス
 クラシカル・システム ゼーミッシュ・バリエーション
 フィアンケット・システム
定跡33 クイーンズ・インディアン・ディフェンス
定跡34 ニムゾ・インディアン・ディフェンス
 ゼーミッシュ・バリエーション
 ルビンスタイン・バリエーション
 レニングラード・バリエーション
定跡35 グリュエンフェルド・ディフェンス
 メイン・バリエーション スミスロフ・バリエーション
定跡36 ベノニ・ディフェンス
 メイン・ライン フィアンケット・システム
 オールド・ベノニ
定跡37 ボゴ・インディアン・ディフェンス
定跡38 イングリッシュ・オープニング
定跡39 レティ・オープニング
定跡40 バード・オープニング
 メイン・ライン フロム・ギャンビット
定跡41 ラーセン・オープニング
定跡42 ソコルスキー・オープニング
定跡43 ベンコー・ギャンビット

 著者は'70年代にチェス・オリンピックにも出場した。平均すれば1定跡につきB6で5ページほどのスペースしかなく、主変化に関しては白黒1手ずつ進 むごとに局面図(1ページの1/6もの面積を占める)が入るが、その少ない紙面の中で名称の言われから解説する苦労が忍ばれる。
 定跡名のカナ表記が原語発音を反映していないものが多い等の問題は、改訂時に直してほしかった。しかし、チェス定跡に関する最大の和書である。私はチェ スの入門から上級レベルの洋書へ進むまでに和書が必要なくなるよう、ウェブ上の資料を充実させるつもりだが(本を出せないひがみ)。
定跡と戦い方
4309721710 有田 謙二

河出書房新社 1995-10
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2006年02月10日

スマリヤン著野崎訳『シャーロック・ホームズのチェスミステリー』

 最近3日に1度くらい急にXPが再起動するのでブログの下書きとHPページは、ヒヤヒヤしながらこまめに上書き保存しながら書いている。原因のレポート は「ウィルスセキュリティ」のK7エンジンやデバイスドライバと一定しないのでどうしようもない。XPのアップデートは自動でやっているのだが。
 先日は「シフトキーを8秒以上連続で押されたので…」というメッセージが初めて出て、何だそりゃと「キャンセル」を押したら、以後マウスクリックでカー ソルからクリックポイントまでが反転表示になるモードになり、作業にならないので再起動するしかなくなった。なんでこんなおせっかいな機能があるのだ ろう。
 ちなみにhtml文書は全部ネスケのコンポーザーで作っている。いろいろ不満はあるが、フリーだし、下カーソルを押し続けるだけで最終文字までカーソル が来るのがいい。意外とWordなどでは対応してない機能である。


 レイモンド・スマリヤン著、野崎明弘訳『シャーロック・ホームズのチェスミステリー』(207ページ、'98年、毎日コ ミュニケーションズ)である。'79年出版の原著"The Chess Mysteries of Sherlock Holmes"を私が大阪の紀伊国屋で偶然見つけたのが'87年で、それから10年以上たってまさか和訳が出るとは思わなかった。
 原著によって「逆解析プロブレム」の世界を初めて知らされた。買った帰りの車中で表紙の「白黒それぞれの最終手を当てる」簡単な問題をながめてもたしか 解けなかった と思う。チェスを始めて2年の頃、普通のプロブレムにあまり関心がなかった私も、これにはすっかり参ってしまった。

 タイトルから分かるように、名探偵ホームズが実はプロブレムを解く名手でもあったという設定で始まる。それも通常の「未来」を読むプロブレムではなく、 ホームズらしく盤上に残された手がかりを元にそのゲームの「過去」を暴いていく。本家同様ワトスンの回想という形で進行する。
 ホームズに指南されても飲み込みが悪いワトスンはやはりホームズの引き立て役に甘んじ、さながら出来の悪い読者代表である。脇には、ハドソン夫人から宿 敵モリ アーティ教授まで登場し、何とモリアーティはホームズをしのぐ「逆解析プロブレム」の名人だった!

 この翻訳が出たときは忘れもしない。毎日コミュニケーションズのチェスのシリーズ企画などつゆ知らず、翻訳学校へ通っていた。訳者は『ゲーデル・エッ シャー・バッハ』の共訳で日本翻訳文化賞を取っただけあって、『天才スマリヤンのパラドックス人生』の高橋昌一郎よりはずっとうまくて正直ほっとする。
 それでもすでに読んだ原著が手元にあるとなると気になるのは訳のことばかりで、一般読者には十分の水準かもしれないが、私にはまだまだ直訳調を中心に粗 が目立つ。特に会話処理だが、ワトスンを中心にイギリス紳士らしからぬ、くだけた軽い口調がなじまない。敬語も使ったり使わなかったりと不安定だ。

目次
第1部 チェス盤の前のシャーロック・ホームズ
 どちらが白?
 すてきな変奏曲
 小さな練習曲
 駒の色は?
 もうひとつの単色問題
 生き残りの問題
 なくなった駒の謎
 入城はできません。そうでしょう?
 2つの小曲
 レジナルド卿の戯れ
 お返しの訪問
 マイクロフトの問題
 位置の問題
 「過去を知るには」
 虚の王手の研究
 未解決の問題

 「逆解析プロブレム」は、過去の手順を当てるだけではなくいろいろなヴァリエーションがある。タイトルのようにそれが音楽にたとえられたりしている。実 戦のゲームでこんな問題になる局面ばっかり出てくるわけないと言ってしまえば身もふたもないが、ホームズ自身も最初に実戦ではめったに起こらないと言って いる(笑。
 用語訳は王手や入城等、徹底した漢語だが、「虚の王手」imaginary check、あり得ないはずだったチェックの訳は、imaginary number「虚数」にちなんだ名訳だと思う。第1部タイトル「チェス盤の前の〜」at the Chessboardについて言わせてもらうと、私なら「チェス盤に向かうシャーロック・ホームズ」とする。

 「未解決の問題」では、実戦主義者にも見逃せない問題が出てくる。以下の局面で、改正前のルールなら1手メイトだというのだ。実戦で生じたこの問題のせ いであいまいだったルールが改正されたという話はどこまで真実か分からないが、解答がお分かりだろうか?

  a b c d e f g h  
 8   8 
 7   7 
 6   6 
 5   5 
 4   4 
 3   3 
 2   2 
 1   1 
  a b c d e f g h  

 解答は、1 b8=「黒の」N#!!! 現行のルールでは相手の駒になることはできない。以前のルールでは、それが厳密に言うと抜け道になっていた。話は、相手がポーンが昇格したルックでキャス リングができるかにまで及ぶ。

第2部 マーストンの島で
 船の上で
 インディアン・チェスの謎
 位置についての新しい問題
 ホームズ、議論を終わらせる
 落ちたポーン事件
 どこから?
 むずかしい?
 論理学者の考え方
 昇格の問題
 過去の影
 ある恐ろしい思い出
 ズレたビショップ
 すばらしい単色問題
 アシュレー夫人の問題
 ちょっと煙に巻く
 マーストンの島で
 ホームズの説明
 エピローグ
付録●モリアーティの問題と解答
   あとがき
   ※チェスのルールについて

 第2部はマーストンの島に眠る宝探しの冒険談が展開する。宝のありかを示す地図がもちろんプロブレムになっている。そしてちらつくモリアーティの影…。 モリアーティ作という背景までリアルに設定されたスマリヤンの超難問が巻末に10題おまけに収められている。
 「論理学者の考え方」はスマリヤンらしい論理パズルに脱線するコーヒーブレークである。宝の地図解読に必要な本『アラビアン・ナイト』が実はもう一つの スマリアンの「逆解析プロブレム」本に関連しているのがおもしろい。私も当時注文していればこれも買えたのだが。

 「あとがき」によると、訳者が若島、松田編集委員以外にスマリヤン自身ともやり取りをしたそうである。「ホームズファンが抵抗を感じないように」という 編集者の助言はもっともで、スマリヤンのせいで明るいホームズになったという訳者の言い訳にはちょっと納得できない。
 ホームズがワトスンを「坊や」my boyと呼ぶ、学者さんの台詞訳を責めるのは酷だが、訳者が正確だと模範にした深町眞理子訳はどうだろう。本文でもスマリヤンがルイス・キャロルから引用 しているが、「あとがき」の最初でも、ホームズが大笑いなどしない例として『サセックスの吸血鬼』の冒頭が引用されている。

Sir Conan Doyle:The Original Illustrated 'STRAND' Sherlock Holmes p.1015
HOLMES had read carefully a note which the last post had brought him. Then, with the dry chuckle which was his nearest approach to a laugh, he tossed it over to me.
深町眞理子訳:創元推理文庫 p.174
 ホームズは、最終便で届いた手紙のひとつに注意ぶかく目を通していた。そのうち、乾いたくすくす笑いをもらすと−彼としては、これがいちばん声を立てて 笑うのに近いのだが−その手紙を私のほうへほうってよこした。

 「笑うのに近い」という直訳に引っかかるが、私もこれよりいい表現がすぐに出てこない。本書がシャーロキアンにどう受け入れられたかも興味深いが、チェ スが分からないとちんぷんかんぷんなのは間違いない。チェスファンならたいてい理屈っぽいから、解かずに読むだけでも誰もが楽しめると思うのだが。
 表紙を初めとするイラストはピノー本でおなじみのTakako Pineauさんだから、ピノーさんがホームズになったようにも見える(笑。冗談問題でホームズが逆にしてやられるスマリヤンらしい趣向も楽しい。詳しい ことは知らないが、演繹推論チェスではコンピュータは人間に永久に勝てないのではないだろうか。
シャーロック・ホームズのチェスミステリー
4895636798レイモンド スマリヤン Raymond Smullyan 野崎 昭弘

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2006年02月02日

ディドロ著本田&平岡訳『ラモーの甥』

 amazonからの発送も遅れているし、序盤ページの構築はおいおいやっていくとして、次の翻訳本をどうしようかと考えていたら、pontaさんからニ ム ツォヴィッチの『マイ・システム』をお借りできそうだ。このエポックメーキングな本はやはり訳しておかねばならないし、そういう声もよく聞く。
 独文からの英訳が新旧版ともにひどいから、ドイツ語原文が手に入ればそれからとも本気で考えていたが、いずれ参考として必要だろう。メタファーの森をい かに 整地していくか、今から楽しみだ。


 ドニ・ディドロ著本田喜代治・平岡昇訳『ラモーの甥』(224ページ、 '64改訂、岩波文庫)である。これを最初に知ったのは、maro_chroniconさんの「戎棋夷説」04/09/08だった。「天才」についての批 評が印象的ですぐにでも読みたいと思いながらやっと念願を果たした(図書館で借りてくるだけなのに)。

 作品自体の解説は本記事の主旨ではないので、岩波書店のHPから以下に引用するにとどめる:
 「百科全書派の巨匠ディドロ(一七一三―八四)の最高傑作とされる対話小説.大作曲家ラモーの実在の甥を,体制からはみ出しながら体制に寄食するシニッ クな偽悪者として登場させ,哲学者である「私」との対話を通して旧体制のフランス社会を痛烈に批判する.生前は発表されず一八〇五年ゲーテのドイツ語訳に よって,俄然反響を呼んだ.」

 本記事では、フィリドールら当時の名手がカフェ・ド・ラ・レジャンスで指していたチェスに言及する4か所だけを原文とともに引用する。フランス語の原文 はプロジェクト・グーテンベルクからダウン ロードできる。

“Si le temps est trop froid, ou trop pluvieux, je me réfugie au café de la Régence; là je m'amuse à voir jouer aux échecs. Paris est l'endroit du monde, et le café de la Régence est l'endroit de Paris où l'on joue le mieux à ce jeu. C'est chez Rey que font assaut Légal le profond, Philidor le subtil, le solide Mayot, qu'on voit les coups les plus surprenants, et qu'on entend les plus mauvais propos; car si l'on peut être homme d'esprit et grand joueur d'échecs, comme Légal; on peut être aussi un grand joueur d'échecs, et un sot, comme Foubert et Mayot. Un après-dîner, j'étais là, regardant beaucoup, parlant peu, et écoutant le moins que je pouvais; lorsque je fus abordé par un des plus bizarres personnages de ce pays où Dieu n'en a pas laissé manquer.
 訳本p.5〜6より
陽気があまり寒かったり雨がひどかったりすると、わたしはカフェ・ド・ラ・レジャンスに逃げこむ。わたしはそこでひとが将棋を指しているのを見て楽しむ。 世界じゅうでパリが、またパリではカフェ・ド・ラ・レジャンスが、この遊びの一番うまい手合せの行なわれる場所である。深謀遠慮のレガルや感の鋭いフィリ ドールや手堅いマイヨなどが腕くらべをするのも、驚くばかりの妙手が打たれるのも、またひとが実にひどい会話を聞くのも、このレーのところだ。というの は、ひとは、レガルのように才人であって将棋の名手であることもできるが、またフベールやマイヨのように将棋の名手であって馬鹿であることもありうるから だ。”

 訳は古いからこんな文体だし、文化相対的な感覚が乏しいからか堂々と「将棋」と書かれている。そこまで言うとフランスだから「エシェク」か。当時のチェ ス は(私が「マスターズ」で引用するように)ジョージ・ウォーカーといったマニアによっても今日まで伝えられているが、本書によって一般にも知られるように なった。
 訳書には作品解説以外にも40ページ近くの懇切な訳注がある。それによると、ディドロ自身もカフェ・ド・ラ・レジャンスに足繁く通い、コーヒー一杯でね ばっ て主に見る方で、ルソーにはよく負けたらしい。レーは、カフェ・ド・ラ・レジャンスの開設者である。フベールは今では無名だが外科医だった。
 本書の注釈者ファーブルは、棋力の順序をレガル、フィリドール、マイヨとしている。レガルがフィリドールの師とはいえおもしろい。二人ともと交流のあっ た ディドロは、『百科全書』でフィリドールの名人ぶりを特記している。

“Il m'aborde... Ah, ah, vous voilà, monsieur le philosophe, et que faites-vous ici parmi ce tas de fainéants? Est-ce que vous perdez aussi votre temps à pousser le bois? C'est ainsi qu'on appelle par mépris jouer aux échecs ou aux dames.
MOI. -- Non, mais quand je n'ai rien de mieux à faire, je m'amuse à regarder un instant, ceux qui le poussent bien.
LUI. -- En ce cas, vous vous amusez rarement; excepté Légal et Philidor, le reste n'y entend rien.
MOI. -- Et monsieur de Bissy donc?
LUI. -- Celui-là est en joueur d'échecs, ce que mademoiselle Clairon est en acteur. Ils savent de ces jeux, l'un et l'autre, tout ce qu'on en peut apprendre.
MOI. -- Vous êtes difficile, et je vois que vous ne faites grâce qu'aux hommes sublimes.
LUI. -- Oui, aux échecs, aux dames, en poésie, en éloquence, en musique, et autres fadaises comme cela. A quoi bon la médiocrité dans ces genres.
 訳本p.10より
 「おやおや、あんたですか、哲学者先生。ところで、こんなのらくら共にまじって何をしてるんですか。あんたもやっぱり木屑を押して時間をつぶすんです か。」(将棋や碁をやることをひとは軽蔑してこんなふうに言うのである。)
 私−いや、そうでもないが、これといってすることがほかにない時は、上手に木屑を押す連中をしばらく見て楽しんでいるのさ。
 彼−それだと、あんた、めったに楽しめはしませんな。レガルとフィリドールをのけりゃ、ほかの連中はなんにもわかっちゃいませんからね。
 私−じゃ、ド・ビシーさんはどうかね。
 彼−あの人は、将棋の指し手としては、まあ俳優としてのクレロン嬢のようなものですな。二人とも、その道のかけては、人の覚えられるくらいのものはすっ かり心得ていますがね。
 私−君はなかなか点が辛いな。どうも抜群の人だけしか君には大目に見てもらえないようだね。
 彼−そうですとも。将棋や、碁や、詩や、弁舌や、音楽や、そういったくだらないものではね。こんなたぐいのもので凡庸だったら、何に役に立ちますか。”

 へぼ棋士には頭の痛い話である。ここから本書の一つのテーマであるmaroさんが触れた「天才論」へなだれ込んでいく。碁もダームという西洋碁を指して いる(今おせっかいなatokが「碁は打つもの」と教えてくれた)。ド・ビシーは文人、クレロンは女優である。

“Et pour me donner une juste idée de la force de ce viscère, il se mit à tousser d'une violence à ébranler les vitres du café, et à suspendre l'attention des joueurs d'échecs.
 訳本p.71より
 そういって彼は、この肺臓の力強さをわたしに正しく理解させようとして、カフェの窓ガラスを揺るがし、将棋さし連中の注意を一時中断させるほどにはげし く咳ばらいをしはじめた。”

 「私」と「彼」の対話は、カフェ・ド・ラ・レジャンス内で続き、その傍らでチェスもずっと行われている。

“Tous les pousse-bois avaient quitté leurs échiquiers et s'étaient rassemblés autour de lui.
 訳本p.120より
 木屑を押している連中は皆その将棋盤を離れて彼の周りに集まっていた。”

 「彼」の道化芝居はカフェ・ド・ラ・レジャンス中の見物だったのである。

 本書は、チェス以上に当時の音楽にも触れているのが私には興味深い。ラモーやリュリに関しては聴く機会がけっこうあるので、また違った見方ができるかも しれない。チェスに関する記述はおそらく以上で網羅したと思う。
ラモーの甥
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2006年01月26日

フォックス&ジェイムズ若島訳『完全チェス読本3』

 『いけないチェスの指し方』の一昨日アップした訳が納得いかない。ideaが多義的に使われていて、(局面の)イメージ〜考え方〜計画〜作戦 の4段階くらいのニュアンス差を場面によって感じる。訳し分けて流れを損ねると読者も戸惑うからできるだけ一つに統一したいが、まさか全部 を「アイデア」にはできない。
 原著者ズノスコ=ボロフスキーの名前を「ユージン」としてきたが、以下の本でやっと気付いて直した。Eugeneはドイツ語ならオイゲン、ロシア 語ではエフゲニー、同じ綴りでこうも違う。全部有名な指揮者の名前にあり、ユージン・オーマンディーがハンガリー人だから何となくそれでいいと思ってい たが、Euをユーと読むのは思いっきり英語だった(汗。


 マイク・フォックス&リチャード・ジェイムズ著、若島正訳『完全チェス 読本3 盤上盤外こぼれ話 チェスを指した犬から謎のプロブレムまで』、やっと最後の第3巻である。1と同傾向ながら、バカバカしさをさらに追求した全巻中の最高傑作である。その分 訳者も消化不良で分かりにくくもあるのだが。

目次
 ★用語解説
 ★表記法
恐怖
変則チェス
禁手
驚異
奇怪
無人島チェス
 ★参考文献
 ★人名索引
訳者あとがき

 「恐怖」は、「どん底の話である。最大のポカ、最短の負け、最弱のチーム、最悪の大会成績など。…最も愚劣な助言、最悪の棋譜解説、最もくだらないオー プニング定跡や、その他もろもろの大失敗…」と始まる。「最」の字がいくらあっても足りないくらいである。
 「26個のお饅頭(26敗)」や「自滅流」など、声を出して笑ってしまうほどの内容と表現がおもしろい。これはやはり原著自体がいかれているのだ。も ちろん、ミニチュアゲームの多くは有名だからすでに知っていたし、カルポフの序盤でかまされたフォークは、当時どの雑誌でも見ていたのだが。

 自分も時間切れが多かったので、ゼミッシュの同大会13個の時間切れ負けは同情する。「1 c4 1-0」等の超短局シリーズは独特の世界観を物語る。コルチノイが審判にキャスリングの規則を聞いた話は、松田さんの著書にもあったが、一般人にも分かり やす いから「トリビアの泉」に採用されるには最適かもしれない。

 ナレーション:「ゲーム中、審判に駒の動かし方を聞いたチェス選手がいる」
 へえ〜 へえ〜 へえ〜
 八嶋智人:「では、こちらのVTRをご覧ください」
 ○井○代○:「はい、たしかに、ゲーム中に、審判に駒の動かし方を聞いたチェス選手がいます。それはヴィクトル・コルチノイという選手で、このことはこ の『完全チェス読本3』にも書かれています」
 ナレーション:「チェスに関するトリビア本『完全チェス読本3』によると、『コルチノイは主審のところにゆっくりとやっ てきて、初心者がよくやる質問をした。「ルークに取りが掛かっているときにキャスリングはできるのか?」』」
 へえ〜 へえ〜 へえ〜
 八嶋智人:「キャスリングというルールは、どのチェスの入門書にも書いてある基本的な駒の動かし方ですが、ど忘れしたコルチノイ選手は後にこう語ってい ます。『こんなことは実戦で初めてだったもので』」
 へえ〜 へえ〜 へえ〜
 八嶋智人:「なお、コルチノイ選手は、世界チャンピオンの挑戦者になったこともある強豪です」
 へえ〜 へえ〜 へえ〜
 高橋克実:「私はキャスリングより、この番組のキャスティングの方が気になります」

 「最悪のオープニング」にされているアイルランド・ギャンビット(1 e4 e5 2 Nf3 Nc6 3 Nxe5?)だが、これはChessvilleに大真面目な分析があってバカにできない。早指しなら使えそうにも思えてくる。イバネス博士の「最悪の精神 分析」はファイン博士よりひどい(笑。
 「最も退屈な一戦」は、私も「マスターズ」で触れているチェスクロックがなかった頃の1851年ロンドン大会でのゲームだ。いずれもっと詳しく紹介 したい。「最悪のポカ」は、理由を聞いても釈然としないものがあるが、1 e4 d5 2 exd5 Qxd5 3 Ke2?? Qe4#に関しては理由を聞いてやっと納得できた。

 「変則チェス」は、ルール、駒、盤等が違うチェスの解説や実戦集で、他の各種ボードゲームも一緒くたに含めて概説している。
 「禁手」は、「最悪の醜い場面のコレクション」で、カムスキーの毒入りジュース事件や郵便戦で女子チャンプになった男子学生の話はすでに知っていた。ペ トロシ アン夫人の厚かましさぶりは「あげまん」どころではない。横にあった塩のビンを駒の代わりに使ってごまかす話はさすがに眉唾過ぎる。

 「驚異」は珍しい記録集、「奇怪」は今までのどれにもあてはまらないよた話だ。フィッシャー語録では、彼の「品がない」という発言ほど説得力がないもの はない。プレーヤーの趣味に関しては第1巻と内容が重複する。カルポフの好きな音楽ジェームズ・ラスト楽団(最も地味なイージーリスニング)は似合いすぎ (笑。
 デシャペルが栽培したものを私はカボチャとしたが、本書ではメロンだ。pumpkinの語源はメロンだが、ネタ本のどちらが正しいのやら。猿プレー ヤー、郵便戦の葉書をスパイ暗号と思われたシュタイニッツ、霊界のプレーヤーと指すコルチノイもぶっ飛んでいる。トーレの名局が贋作と判明したのは残念 だ。

 「無人島チェス」は、主に変わったプロブレムのコレクションで、主旨はかなりまともだ。ナイトツアーのコツでメイソンの"The Principles of Chess"を引用していて、私は持っているのに知らなかった。参考文献で挙げられている本をもっと手に入れたいなあ。


 もう発音は気にしないつもりだったが、パッハパンがp.183「パックマン」になったりと、若島さんのドイツ語はどうもおかしい。p.29「ポーン1 枚」や p.91「紐付き」等の将棋的表現もちょっと浮いている。逆にp.58「K1」も、英米式記譜法の説明がないのだから不親切だろう。
 第1巻とともに、駄洒落の処理や本巻では誤植ネタまでうまく日本語に移植しているが、p.61の「ライアル・オーパス」が何とか・オープニングの間違い らしいが分からない。p.105の「19手」は原文と照らし合わせて間違いと確認したことがあるが、正着を忘れた(汗。

 p.107ブラックバーンのあだ名Black Deathが東公平と同じく「黒死病」と訳されているが、私は「マスターズ」であえて「黒い死神」とした。いろいろ理由はあるが、この方が格好いい。本人 自ら黒死病なら「お前こそもう死んでいる」ではないか。しかし、シュタイニッツと同じくけんかっ早いのは意外だった。
 p.122「76倍」はどう考えても何かの間違いだ。p.156最初のオランダ語とスウェーデン語の用語は、オチが少なくとも訳文では分からない。ああ 疲れ た。もう当分チェスの和書レビューはやりたくない。
完全チェス読本〈3〉盤上盤外こぼれ話―チェスを指した犬から謎のプロブレムまで
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2006年01月18日

フォックス&ジェイムズ若島訳『完全チェス読本2』

 昨日の「N'sあおい」もおもしろかった。昼は「白い巨塔」の再放送も見てしまう。「タンホイザー序曲」をバックに唐沢寿明が手術のイメトレ(?)をす るシーンは滑稽でさえある。昔の田宮二郎版では弱さも見せた財前は、唐沢版では本人は心底悪くないと思っている。千人助けても一人死なせてとがめ られてはたまらないというわけだ。


 1に続いて、マイク・フォックス&リチャード・ジェイムズ著、松田道弘訳『完全チェス読本2〜偉大なる天才たちの名局 ラスカーからカスパロフまで』(287ページ、'98年、毎日コミュニケーションズ)である。本書は全3巻の中では、普通にすごい記録を集めたいちばんま ともな内容なので、逸話集としてはいちばんおもしろくないとも言える。

目次(その前に著者紹介あり)
 ★用語解説
 ★表記法
最強
 偉大なる天才児たち
 輝ける老友たち
 偉大なるものの伝説
 名局ベスト64
未来
終末?
現代の名局ベスト10 日本語版特別編集
 ★人名索引
 ★オープニング索引
訳者あとがき

 ずいぶん目次があっさりしているのは「名局ベスト64」で100ページほど費やしてるからで、一局につき数個の局面図以外は全くといって解説の ない棋譜の羅列である。名局鑑賞ならもっと優れた本に頼るべきだろう。ショートの世界選手権挑戦でイギリスが湧いていた頃なので、著者のイギリスびいきも 全般に見られる。
 「偉大なる天才児たち」は、タイトルとは裏腹にいきなり「ウルトラ餓鬼」(若島調?)と揶揄されている。今ではあらゆるジャンルで珍しくもなくなった、 日本のマスコミ風に言えば「スーパー小中学生」の特集である。「輝ける老友たち」では二人のラスカーの遠縁説が気になった。

 「偉大なるものの伝説」は、レイティングシステム以前のゲームにさかのぼって過去の名人たちも含めたレイティング最強を決める興味深い試みを紹介し ている。それ以外にも著者の主観で論じており、見方によって最強者は様々に変わる。多人数同時対局等の「曲芸」記録にも触れる。
 「未来」では、フィッシャーの伝記映画製作の話があったことを初めて知った。この話は結局流れてしまったのだろうか。フランスと日本のハーフ、ローチェ に触れて「日本のチェス界に何らかの影響を及ぼさないだろうか」とあるが、ナカムラヒカル同様、日本語を話さない日本人ではだめだろう。

 私的にいちばんおもしろかったのは「終末?」である。からくりチェス人形「トルコ人」が、力織機の発明のきっかけになったことは教科書の産業革命で触れ てもいいほどの話だ。対戦相手に発砲されることもあるというたいへんな「内蔵プレーヤー」は、後にピルズバリーも務めた。
 その後ディープ・ブルーまで続くのだが、1890年にK+RvsKを解くほんとうのロボットが作られていたのは驚きである。他の研究者も理論を実現する ハードウェアがないのが不運だった。チェスコンピュータの歴史は人間プレーヤーの悲哀の歴史でもある。著者はまだ人間に楽観的だが。

 「現代の名局ベスト10」は、カスパロフがディープ・ブルーに破れる2回目のマッチ前で尻切れになった「終末?」を渡井美代子が補足した章である。これ も解説は「名局ベスト64」と同様シンプルだが、私的にはブランクで疎かったカスパロフ以降の動向を補えた(汗。


 またレビューはここまでとするが、1巻の若島さんに比べると松田さんの翻訳はかなり見劣りする。本人の文体を想起させる気の利いた訳語は多いが、構文処 理が今一つである。特に「未来」からへばりが見られる。後ほど調子が出てくる私とは正反対だ。
 発音に関しては、私も'92年に観戦しに行ったオランダのティルブルフ(Tilburg)がティルバーグと混在している。ピルズバリー (Pillsbury)がピルズベリーになるのは慣例的に仕方ないのだろうか。リーヴィ(Levy)は私もレヴィと間違っていた(汗。 他の巻との整合も取ってほしい。

 p.22脚注はつじつまが合わない。p.27「2つの年代」とはいかなる意味か。p.35ミーゼスが1950年にGMになって1948年(誤植?)まで プレーした。オックスフォードのChess Companionが『チェス必携』(笑。「マッチ」と「試合」が混在し、その局数も「○局目」と「○番目」が混在している。
 p.144「模範的なポジショナルによる勝利」ポジショナルは形容詞だ。p.176「フルポイント」全勝でいいだろう。p.181「カルポフは用心深い ミニマリスト」p.182「カスパロフはアグレッシブなマキシミスト」これは単に身長のことではなかろうか。p.205「タタール人だけあってたたりが」 ここだけ原文を確認したかった(笑。

 いずれにせよ、どう調べても疑問が残るところは原著者にメールで問い合わせるくらいはしてほしい。こんなマニアックな本をさほどチェスに人気がない極東 のかなたで訳す者に、感謝こそすれ面倒くさいなどとは絶対思わないはずだから。
完全チェス読本〈2〉偉大なる天才たちの名局 ラスカーからカスパロフまで
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2006年01月11日

パンドルフィーニ東訳『ボビー・フィッシャーの究極のチェス』

 テレビドラマに長らく触れてなかったが、フジの火曜21〜23時、前クールの「1リットルの涙」と「鬼嫁日記」は見た。前者は、昼ドラで見たときから出 てくるなと思ってた沢尻エリカと美形ではないが何とも味のある錦戸亮の好演も良かったが、不治の病の話は、なまける自分に活を入れるためにも見た。
 「鬼嫁日記」は、観月ありさの鬼嫁とゴリ(どんな形にせよピンで「紅白歌合戦」紅組出演はうらやましい)の髪型が嘘くさくて今一だった。昨日から始まっ た後番「N'sあおい」は、ありさの見飽きただめナースから一転した石原さとみ演じる凄腕の看護師もので、期待大だ。


 パ ンドルフィーニ東公平訳『ボビー・フィッシャーの究極のチェス』 (120ページ、'95年、河出書房新社)。原著は昔たまたま梅田の紀伊国 屋で見つけて持っていたが翻訳が出たこともあって手放した。といってもこれをわざわざ買ったわけではない。
 出たときは、英語が読めなくても何と か解ける問題集をわざわざ訳すより他にいい本があるだろと思った。パンドルフィーニの初版が'85年で、'92年にフィッシャーがユーゴで復活したのに刺 激されて'93年に再版した。それがなけれ ばこの訳がなかったとすると、フィッシャー復活のおかげだ。"... Goes to War"の訳が出れば、それも最近の事件のおかげか。
 原本も難しい問題は解かずどころか見ずじまいだったが、今回訳本を借りてきてやっと全部目を通すと、自分のブランク前よりよく解けた。しかし、素材が フィッ シャーの旧知の名局ゆえ、記憶で答が分かってしまう点も否定できない。

目次(ページ数さえないので以下に作った)
この本について
1993年版 序文
ボビー・フィッシャーについて
記号表記について
 記号の説明
 ゲームの記録の読み方
GAME 1 Bobby Fischer vs Bent Larsen
(中略)
GAME 101 Jose Agdamus vs Bobby Fischer
フィッシャーの101局 全記録集
訳者あとがき
(著者・訳者略歴)

 装丁もそっくりな『ボビー・フィッシャーのチェス入門』で東さんの翻訳力は分かっていたが、「この本について」を読むとずいぶんぎこちなくて自分の文体 のおもしろさが影を潜めてしまっている。「訳者あとがき」にあるように、英語が分からないところを出版社に助けを求めたくらいだから仕方ないのだろう。
 しかし、Outrageousを「究極」としたのは、出版社の意向もあるだろうが適切だったと思う。各問題の解説文に入ると、「素」の文体とまでは行か ないが、本来の調子が出てくる。各問題について気の付いたことを記す。

6 1手メイト問題もある。もちろんレベルは1(1〜5の5段階)。
17 「エクスチェンジ・サクリファイス(見かけは損な交換)」とあるが、エクスチェンジの意味を説明していない。
36 原文はいざ知らず、ファイルをこじ開けることを「開けゴマ」としているのは、コマにもかけてあるようでおもしろい。
68 目標が駒得でもメイトでもなく、投了時点でポジショナル優位だけという意味で難問。
71 勝つ手はすぐ見えるが、最善手2手メイトを見つける意味でレベル1というのは疑問。
74 実戦的に役立ついい終盤。

GAME 74  Tigran Petrosian vs Bobby Fischer








黒番。解答はいちばん下。

84 初手は何となく分かるが、その後の構想がすごい。
89 なまじっか戦略概念に強いと戦術にマイナスになる例?
92 「世紀のゲーム」。対ドナルド・バーン。13歳のとき!
96 羽生さんに辛口のハンス・リーもいちころ(笑。
99 昔「JCA通信」で出題されたとき、解説がおかしかったような。
100 有名な対レシェフスキー。これでもレベル4なのか。

 「フィッシャーの101局 全記録集」では、各問題局面の現れたゲームが完全に収録されている(解説なし)。その前書きが極端なまでの直訳、これは編集者の仕業と思いたい。パン ドルフィーニの英語は、フィッシャーへの思い入れか、この原文に限ってはずいぶん凝った文体だった記憶があるから大目に見よう。
 「訳者あとがき」で東さんの素の文がやっと出てきてほっとする。「一般の愛好家にはややレベルが高い」のは同感だが、「終盤の知識がないと分かりにく い」も言われるのもなるほどと思う。本書では戦術自体を学べないから仕方ない。
 当たり前の解答がある反面、決め手が数手先にある静かな初手が難しい。目標(駒得やメイト)や戦術テーマが分からないから難しく考えすぎてしまうことも ある。答を見てああなるほどとフィッシャーの妙手を鑑賞するだけでもその価値はあるのだが。

 訳語に関して「将棋用語を使って駒、交換、利き道、投了などとしたが、王手や詰み、キャスリングを入城とするなどは避けた」は、最近の私の好みとも一致 する。チェックやメイトはゲーム中に発声する可能性や認知度からしてカナにすべきだが、投了はわざわざリザインとするほどチェス独自のものとも思えない。
 実際は「プレイ」「アウトサイド」「エクストラ」等を使っており、「努力してみた人名のカタカナ書き」も「ラーセン」と「ラルセン」の不統一が見られ る。記譜間違いはパンドルフィーニの十八番だから原文のせいにしておこう(笑。最後、訳者略歴にわざわざJCA退会まで載せているのは意味深長だ。

74解答。1...Nd4! 2 Kd5 Nf3からhポーンを取る等。
ボビー・フィッシャーの究極のチェス―創造的で、大胆で、驚くべき革命的な珠玉の戦術101
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posted by 水野優 at 13:22| Comment(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月05日

ピノー『ジャック・ピノーのダイナミックチェス入門』

 HPの方のチェス書翻訳は、昨日『いけないチェスの指し方』を再開しようと読み直すと、それまでの訳のひどさに愕然とした(汗。結局最初から目を通して 手を 入れたが、原文の文体(おそらく編集したラインフェルドの英訳)に律儀に引っ張られすぎていた。
 後ほどましになっていくのは、自分がうまくなっているのではなく、原文と訳で文体の折り合いがついて落ち着いてくるからだろう。昔の本は、初心者向けの 内容 でももったいぶった書き方で、最近のジュニア向けの入門書とはえらい違いだ。訳はせめて中学生がスラスラ読めるくらいにはしたい。


 一度読んだ和書を書評のためにまた読み直す作業はたまらなく苦痛だ。レ ビューページで数行でお茶を濁している今さらブログで取り上げるほどでもない入門書は、本棚にあってももう手に取る気にならない。読みながら書き留 めるとメモは膨大になるが、ほとんどは内容の誤りばかりで使えない。
 洋書なら売れそうなネーミングの本書は、サン・テグジュペリの有名な言葉で始まる。全体的には、著者の後発本と比べるとずいぶん普通だが、湯川さん のお目付に抑圧されながらもピノー節が全編に垣間見られる内容になっている。目次(最下位分類等省略)とともに章ごとに見ていこう。

第1章 チェスのルールを覚える
 1 チェスボードと駒
  チェスボード
  駒の種類と並べ方
 2 チェスのルール
  駒の動かし方
  チェック&チェックメイト
  キャスリング
  駒の強さの比較
  アンパッサン
  ステールメイト
  「チェス語」を覚えよう
 練習問題・1[ルールについて]
        2[1手詰]

 ルールと基本戦術の同時進行説明は基本的には反対だ。クイーンをルックと交換するのは損だと最初に教えられると、それを禁手と誤解される恐れが あるからである。しかし、紙数が少ない中ではそれもやむを得ないだろう。逆に、歴史まで引用し、ルール説明が単調にならずに成功している例である。
 ルールの最初で「相手のキングを動けなくした方が勝ち」とあるが、「取った方が勝ち」と同じく厳密には正しくない表現だ。「”チェック”と言うことに なっています」も、意外と見られる。著者が誤解しているわけがないから、初心者はチェックを発声すべきという考え方だろうか。

 本書の特徴として最も多く指摘されているのは局面図のビショップだろう。著者のこだわりで、僧正帽子でなく道化師の形になっている。読み終わる頃に慣れ るとは思うが、本書で初めて接する人にとってはどうだか分からない。図面に書き込まれる多くの記号(駒の効き、ライン、動き、境界)は大いに役立つ。
 ポーンの動きの説明からいきなり3個同士の見合いポーンの突破手順まで飛躍するのが難しい。p.21のポーンの進め方の説明では、1図の手は必要と思え ない。p.23のポーンのブロックの仕方は、意外と他書で見かけないのですばらしい。p.24アンパッサンは、ピノーさんなら由来の説明も欲しかった。

第2章 エンディング
 エンディングで練習する
 1 クイーン・ルーク・ビショップ・ナイトのエンディング
  1 キング対キング+クイーンの場合
  2 キング対キング+ルークの場合
  3 キング対キング+2ビショップの場合
  4 キング対キング+ビショップ+ナイトの場合
  5 キング対キング+2ナイトの場合
  6 キング+2ナイト対キング+1ポーンの場合
  チェス小曲集1〜4
 2 ポーンのエンディング
  キングの正方形
  オポジション(見合い)
 練習問題・1[クイーン・ルーク・ビショップ・ナイトのエンディング]
        2[ポーンのエンディング]

 章の扉からp.35「手を打つ」が気になるが、序盤より先に終盤を持ってきたのはうまい。古くは私が翻訳中のメイソンもそうしており、むしろ標準的かも しれない。誤植が目立ってくるが、3と8、aとdの間違いが多いのは、チェスを知らないスタッフの読み間違いか。湯川さんは未だに原稿を手書きしてそうだ し。
 p.42「キングとビショップ、またはナイトを合わせて角の2マスしかコントロールできない」は、見過ごせない。キングだけで2マスだから合わせて3マ スだ。難解なB+Nメイトは局面図の活用で分かりやすい。ポーンの終盤で「正方形」が場合分けで詳説されているのは秀逸。p.75、1〜3図の正方形は意 味不明だが。

 p.74「(c7の黒Kが)Kc6と後ろに下がらず」とあるのは気になる。黒にとってc6はc7より前だ。白黒不変に表現するなら前後より上下を使えば いい。占拠(駒のいるマス)と支配(駒が効くマス)の混乱が少し見られる。英語でもoccupyとcontrolのあいまいなときがあるが、微妙な終盤で は重大な問題になる。
 p.83「勝てるゲームを引き分けにしてしまいました」いずれにせよ引き分けのはず。p.88下段「Qg3チェックメイト」はあり得ない。p.90解答 6のように、チェスを知らない人がピノー原稿を直訳したような文体が散見される。湯川さんがノータッチの部分なのだろう。

第3章 オープニング
 オープニング…定跡への序章として
 1 キングを中心とする「斜めライン」
  斜めラインの威力を知る例題6
 2 キング斜め前のポーンは「アキレスけん」
  f7とf2のポイント
  実戦から学ぼう
 3 ナイトの動きに注目!!
 練習問題[テーマ別のオープニング]

 序盤は、定跡の前にキングが危うい典型例に触れる二段構えでおもしろみが増している。p.99キングズ・ギャンビットの別名「ロマンチック」や p.106「ひつじ飼いのチェックメイト」は著者らしい。p.113釘付け(ピン)に対する「釘抜き」は湯川さんの言葉遊びっぽい。
 著者二冊目の『クレイジー・チェス』とダブるゲームがけっこうあるが、それは先に出た本書のせいではない。著者の持ち味はネタそのものより切り口だか ら、それもありなのだろう。最初から出し惜しみしなければ、そう新しいものばかり出せるわけがない。読まなくても『チェスの花火』が想像できる。

第4章 定跡・選抜20ゲーム
 定跡・テーマと狙い
 1 白e4のゲーム
  Aグループ
  Bグループ
  1 天才モーフィーの芸術的な速攻
  2 強烈ダブルルーク攻め
  3 センターライン、恐怖のピン
  4 早過ぎたキャスリング
  5 センター支配の威力
  6 速さと圧力
  7 ポーンの壁
  8 フィッシャー神話
  9 クイーン詰め
  10 出過ぎたポーン
  11 モダンとクラシック
 2 白d4のゲーム
  Aグループ
  Bグループ
  12 団結の強さ
  13 最後に笑うもの
  14 タイミングのミス
  15 システムの勝利
  16 理論的展開
  17 ザイツェフの夢
  18 一瞬の終局
 3 白Nf3のゲーム
  19 新定跡で一世風靡
  20 クイーンとナイト

 定跡も3つの初手をバランスよく配置するが、詳細に目をつぶったのは賢明だ。例えば、p.136ではペトロフ・ディフェンスは無視されている。その わりには、『クレイジー・チェス』にもあるp.138のイタリアン・ピノー変化(アクセレレイテッド・メラー・アタック?)に触れずにいられないという感 じ。
 p.56「ペルペチュエル」(パペチュアル)くらいのフランス語発音はいいが、p.139「スティニッツ」(シュタイニッツ)やp.155「ステグバー ト・タラッシュ」(ジークベルト・タラッシュ、原綴りも違う)はさすがに勘弁してほしい。d4ゲーム辺りから締め切りに追われたか、おかしな日本語が増え てくる。

 p.184エイベについての書き出し「オランダの人。」には腰が抜けた。人間なのはみんな知っている(笑。p.197「クローズゲーム(ポーンが中央を 占領 する)」はちょっと違う。スラッシュだけで区切った変化手順は見づらいから変えるべきだろう。
 p.162「キングのこめかみ」(黒のf7等のこと)はフランス語原文の直訳だろうが、p.157親父ギャグ「とんでもナイト」は湯川さんの仕業だろ う。 頻出するポーンの「2段バネ」(最初の位置から2マス進むこと)は、跳躍をバネにたとえる古い表現が分かりにくい。私は最初、わざと1つずつ進める意味と どちらか迷った。

第5章 チェスの歴史と変形チェスゲーム
 1 オールドチェスに挑戦
  シャトランジーにトライ
  シャトランジーの問題1〜3
  チェスのその昔…
  変形チェスゲーム
 2 詰チェスは芸術作品
  ロイドの問題:1〜2
 練習問題[詰チェス]
第6章 チェックミステリー劇場
 「アンパッサンの謎」
チェスの組織
あとがきにかえて

 入門書と銘打っておきながらここまで欲張るかと思うが、読んでみるととてもおもしろい。この辺りはピノー、湯川両氏の共通フィールドゆえかひじょ うにいいできだ。特に第6章はスマリヤン顔負けのうまさで驚いた。
 皇帝さんを初め、本書をチェス和書ナンバー1に推す人は多い。私も個人的には小野田本がやはり1位だが、入門、上達、エンターテイメントの三拍子そろっ た 点では、たしかに最高のできばえである。これからチェスを始める人には誰にもお薦めできるし、買って損はない。
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posted by 水野優 at 18:31| Comment(4) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

フォックス&ジェイムズ若島訳『完全チェス読本1』

 浅香唯主演のTBS昼ドラを見ている。娘が小説のコンクールで入選して出版を提案されるが、30万円を自己負担せねばならないという展開になっている。 出版社とは電話のやり取りだけだし、悪い話というイメージではないが、こういう現実を初めて知った視聴者も多いだろう。
 翻訳コンクールや通信教育でも、トップなら無条件で一冊任されるのに、次点だと自腹出版か単にスタッフ登録だけという同様なシステムがある。志願者の皆 さんは、くれぐれも「金を払ったけど仕事を回してくれない悪徳通販会社」と同じ結果にならないように。


 マ イク・フォックスリチャード・ジェイムズ著、若島正訳『完 全チェス読本1 はまってしまった人々 ローマ法王からハンフリー・ボガートまで』(256ページ、'98年、毎日コミュニケーションズ) である。これは原書を持っていたが、数年前に本書を借り たとき(たしか2巻目)に初めてその訳だと知った(汗。
 入門書を出すのもたいへんなチェスなのに、よくこんな「逸話集」を豪華な装丁のハードカバー3巻組で出せたなと思う(安いとよけい採算取れないが)。訳 者あとがきによると、出版社にチェス好きの担当者がいたらしいから、湯川・ピノー組の第二次(?)チェス出版ラッシュに乗っかったという感じだろうか。

目次
初版へのまえがき
第2版への序文
パトリック・ムーア博士による序文
 ★用語解説
 ★表記法

チェスとは何ぞや?
有名人
 国王
 聖職者
 犯罪者
 音楽家
 美術家
 作家
 エンターテイナー
 スポーツ選手
 思想家
 政治家
 軍人
 貴族
 実業家
 その他

 ★参考文献
 ★人名索引
訳者あとがき

 目次で分かるように、この第1巻ではチェスも強かった(または単に下手の横好きだった)有名人をかき集めている。原著者の二人もあまり強くはないからこ そ、情熱がこういう形の本に結集したのだろう。目次の前には「フィッシャーへの献辞」、珍しい写真8ページ、著者紹介がある。
 とんでもない裏話を引用しながらも、ジャンルごとに最強チェスチームを作る試みでまとめられている。ジャンルをまたがる人は戦力均衡のために移籍された り、他ジャンルの人との対局ゲームにまとめられてそちらを参照となっていたりする(棋譜が残っていればの話だが)。他の巻を参照する場合は面倒だ。

 古い話ほど誇張もあるからかとんでもない。「国王」では、『ハリー・ポッター』ではないが、取られた駒がほんとうに処刑される囚人チェスの話、『アラビ アン・ナイト』に出てくる興味深い話はスマリヤンの例の本以前に読んでおかねばと思う。
 「聖職者」では、ヨハネ・パウロ二世が自作のプロブレムを投稿した話が秀逸だが、バチカンの便せんまで使った巧妙な偽造だった。しかし、神の子のチェス 好きはほんとうだったらしい。「音楽家」に関しては『チェスの本』で読んだくらいしか知らなかったので、これほど強豪ぞろいとは思わなかった。
 しかし、フィリドールはともかく、スミスロフやタイマノフは我々の認識ではチェスが本職だ。実は、食えないチェスより音楽で稼いでるとしても、名声は チェスの方が上に決まっている。他には肖像画家のグロブもそうで、こういう「玄人」メンバーは反則だ(笑。

 「美術家」はデュシャンに尽きるが、我がマグリットはやはり下手の横好きレベル、チェスのモティーフを含む版画が多いのにM.C.エッシャーは、なぜか 名前も出てこない。「作家」では、チェスに言及しながらも「永久追放」とされる一人に、意外にもレイモンド・チャンドラーがいる。彼らの(負け惜しみ?) 意見は「チェスは時間の浪費」で一致している。
 「エンターテイナー」では、昔友人から聞いたことのあるロマークの必勝法が出てくる。白黒一局ずつ同時に指して、相手の白の手を自分の白番で真似て一つ は勝とうとする作戦だが、うまくいくのやら。「スポーツ選手」では、チェッカーのチャンプが出てくるが、他のプロゲームプレーヤーも反則の部類だろう。

 「思想家」チームは意外と弱い。コンピュータチェス史に名を連ねるチューリングがど下手で、UNIX開発者の一人でもあるケン・トンプソン(訳はトムソ ン)は、指したこともない! 「軍人」では、ナポレオンは言うに及ばず、『戦略論』のリデル・ハートもへぼだった。チェスにも通じる原則「弱いところへ戦 力集中」を生かせなかったのだろうか。
 チェスがなければアメリカ独立はなかった?というエピソードもおもしろい。「貴族」には、棋力を金で買う奴が出てくる。でっち上げの名局を作らせるの だ。モーフィー の有名なゲームの相手も出てくるが、本書でもそのときのオペラの演目については意見が分かれる(「ノルマ」か「セビリアの理髪師」)。

 「その他」で私的に気になるのは死ぬまで性別不明と言われた女装のボーモン公デオン、ちょっと調べてみよう。他にも、エドワード・ラスカー『チェスの冒 険』や チェスに関する文芸書など、入手可能で翻訳したい文献を見つけられてよかった。本書原本の第三版はさすがにもう出ないかな。


 またレビューはここまでとするが、新聞の書評等で名文を拝読したことがある文学者若島正といえども、翻訳者としてはこのまま見過ごすことはできない (笑。先に弁護しておくと、翻訳自体が助教授の職に比べて余技であり、本書など文芸作品でもないからそのまた余技であるのだろう。
 訳者の文体は文芸作品の訳でも、正格だがドライな印象がある。原文がはちゃめちゃな本書の訳では、そのドライな部分が強調されて、結果的には訳者の予想 以上にユーモラスになったと思われる。訳者は取り立てておもしろさを強調しなかったにもかかわらずである。
 もちろん原文の内容的なおもしろさは申し分ない。しかし、訳がその生死を左右する。エマヌエル・ラスカーの名言を「チェスは喧嘩だ」とする思い切りや、 「クロウリーだから黒…」という駄洒落の見事な処理(原文はカラスと黒?)などはすばらしい。

 でもあら探し(笑):p.116「…チェックを放置してもよかった。しかしそれだと、キングを逃げたのが偶然なのを認めることになるだろう」。意味不 明。
 p.134「…『リア王』には、シェイクスピアの全戯曲の中でチェスへの言及が4回しかない、そのうちの1カ所が含まれている」。原文に引っ張られす ぎ。書き直す。「…『リア王』には、シェイクスピアの全戯曲の中で4回しかないチェスへの言及のうちの1カ所が含まれている」。
 p.145「ソープ・オペラ」。これがメロドラマ(石鹸のCMが多いため)のことと若島先生御存知なかったか。もう外来語として通用すると思ったか。私 なら「昼ドラ」や「昼メロ」としてしまいそう。「熱心家」や「冷やし屋」なんて言葉も出てくるくらいだから、使えないことはないはずだ。

 原著があればもっとほじくり出せるかもしれないが、はっきりおかしいのがこれだけならかなり優秀である。固有名詞の発音を初めとして、著者のイギ リスローカルなネタはやっかいだっただろう。文化的背景まで読者がスラスラ理解できるような理想訳は遠い。
 文学ではないのだから、もっと思い切って料理してほしいところはたくさんあった。意外すぎて分かりにくい隠喩は直喩に変えてもいいし、括弧等の処理も (おそらく)正直すぎてまだるっこい。ピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインがアーサー・〜になっているのだけは個人的に許せない(笑。
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posted by 水野優 at 17:09| Comment(4) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月14日

スマリヤン『天才スマリヤンのパラドックス人生』

 主にチェスと翻訳、そのうちクラシック音楽も充実させたい新サイト「チェス トランス」だが、昨日は1/5ほど訳してあったユージン・A・ズノスコ=ボロフスキー(読み方合ってるのかしらん)の『いけないチェスの指し方』も公開し た。こういう初心者向けで読み物的なものは今後増やしていきたい。
 ちょっと前から訳していたから今見ると下手なところもあるが、そのうち手を入れる。著者は'54年の大晦日になくなったロシア人なので51年後の元日、 つまり今年の元日に著作権切れになった。それ以前に切れていたかもしれない。今後目移りせずどの翻訳を優先させるかが問題だ(汗。


 レイモンド・スマリヤンは、哲学者、論理学者、数学者、音楽家、手品 師、ユーモア作家、そして多彩なパズル創作家の融合した、唯一無二の人物である。−マーティン・ガードナー(扉より)

 「通信チェス」のha4shu2さんに刺激され、私もレイモンド・スマリヤン著 高橋昌一郎訳『天才スマリヤンのパラドックス人生』を読んだ。著者に ついては、'87年に大阪紀伊国屋で偶然見つけて買った"The Chess Mysteries of Sherlock Holmes"の「逆解析」プロブレムに魅せられたが、その翻訳が出た時点でまた先を越されたと思ったくらいで、他の本は読んでなかった。
 本書は最初の段落を読み終わる前に、訳者の直訳調に気持ちが悪くなった。この程度の生硬な訳文は、翻訳を学ぶ前にも読んで自分自身も書いてきたのだろう が、今となっては職業病とでも言うべきか、とても読み過ごせるものではない。削れる主語や所有代名詞を極力拾わないように気をつけて読破した自分をほめた いくらいだ。

 それはともかく、私には前書の論理学者のイメージくらいしかなかったスマリアンが、ピーター・フランクルをはるかにしのぐ多芸多才だったことは、副題の 「ゲーデルもピアノもマジックもチェスもジョークも」で知った。前書 の裏表紙にある白髪の髭を蓄えたヒッピー老人のような写真が印象的だったから、まだ生きていることさえ意外である。
 本書は自叙伝だが、本筋より多いくらいのジョークが挿入されて脱線しまくり、脱線そのものが「パラドックス」に思えてくる。時間も単純に未来へは進んで くれない。そこで巻末に時系列順のまとめ(本文訳のつぎはぎに過ぎないが)があるのは、訳者に関して唯一感心したところだ。

目次
第1部 ピアノ、チェスそしてマジック−ジョークで綴る天才学生時代
第2部 ゲーデル、論理パズルそして哲学−ジョークで綴る天才教授時代
第3部 スマリヤンの印象
スマリヤンの著書
パズルの解答
訳者あとがき

 各部内の項目は多いので省く。第3部は著者の知人(各界の専門家ばかり)からの言葉なので、第1,2部が本論だが、この2つの分け方さえもあいまいなほ ど話題は自由奔放に展開している。どの話題もおもしろいが、多すぎるためにまずはチェスに絞るしかないだろう。
 37ページから、ha4shu2さんが触れていた郵便戦の話に続いて「逆向きの解 析」チェス・パズルの話が出てくる。スマリヤン自身は特に強いプレーヤーでもなかったらしく、郵便戦の相手、いとこのアーサーからこのパズ ルのアイデアを聞いたことがきっかけだったと述べられている。

 続いて元アメリカチャンプ、フランク・マーシャルの眉唾ものの話で、これは『完全チェス読本』にあったかもしれない。そして、ナイトだけ一度に2手動か せるルールだと白番の初手でいきなり詰ませられるというトリックが出てくるが、これは自ら音楽やチェスはよく知らないと言う訳者の「手」違いだろう。
 その際、相手を賭けに引き込むためにハンデをあげる話になるのだが、○○の駒を「プレゼントする」や「渡す」という表現がなされている。原文でgive ...と書かれているのだろうが、もらった相手がその駒を使えるわけではないから駒落ちとする方が誤解は少ない。そして、「プライム・チェス」というルー ルの話でこの部分のチェス話は終わる。

 76ページには、チェスのプロブレムでも有名なパズル作家サム・ロイドが手品師でもあったことに触れている。続いて手品の種明かしにまで話が及ぶ。最近 よく見る、卵の中からカードが出てくる手の込んだトリックなどである。
 96ページでようやく、『シャーロック・ホームズのチェスミステリー』 と『アラビアン・ナイトのチェスミステリー』出版へのいきさつが出て くる。これほどおもしろい本が、フィッシャー人気で火がついた後のアメリカでも、いったんは出版が没になったという事情を聞くと、私もあきらめてはいけな いと思わされる。特に『アラビアン〜』はまだ邦訳がないからぜひともやりたいが、原本がない。amazonの中古は1万円を超えている(汗。

 後は、180ページにマーティン・ガードナーが『サイエンティフィック・アメリカン』で「チェスが白で絶対に勝つ方法(初手ポーンでクイーンをロッ ク)」というコラムを書いていること(もちろん内容はジョーク)に触れているくらいである。
 だから、本書のチェスの部分にしか興味ないという人は、上記のページを本屋で立ち読みする程度でいいだろう。私は、他にカメラ、天文(望遠鏡製作)、 オーディオ等まで共感するところがあり、高校生のときロジックのおもしろさを教えてくれた友人のことまで思い出した。

 私の以前の記事『グールド・フィッシャー・チェス』は、ホフスタッターの『ゲーデ ル・エッシャー・バッハ』をもじったものだが、彼もスマリヤンの影響を受けた一人である。スマリヤンを取り巻く各界の著名人は把握しきれな いほどだが、彼の親戚だけに限っても学者や芸術家であふれている。
 彼はテレビの出現によって人がピアノ等の楽器を弾かなくなったことを嘆いている。これほど才能のあふれた家系は、遺伝より「生まれたときからピアノが あった」といった環境によるものだろう。戦後17年の日本で生まれた私には望むべくもないうらやましさである。

 彼のような天才にはありがちだが、学生時代の成績はよくなかった。自分がある点で先生より優れていることに気付いて高校を中退し、学士を取ったのがなん と36歳である。だが、学歴と彼の業績のギャップをおもしろおかしく強調しても何の意味もない。
 学士を取るまでに大学を渡り歩き、院生のときにすでに講師を任されるほどの実績を重ねている。彼は学位になどとらわれずに興味のある分野へ次々と転身し た。その間の生計を立てるためのピアノ講師や手品でさえ、何一つ嫌いなものはやらなかったのがスマリアンのすごいところだ。


 レビューはここまでとするが、この悪訳をこのまま見過ごすわけにはいかない。まずは最もひどい部分を2行引用する。第3部は、著者の知人が本書に寄せた 言葉なので、訳者が気を抜いたのか、人によって文体が様々だから慣れなかったかのか、特に訳が生硬である。
 「レイモンドは、常にとても大らかで親切で親身になってくれる人格を持っている。 とくに彼がもう一人の偉大な人間、彼の妻ブランシェと一緒にいるのを見ることは楽しかった

 他にも、「3/2音階」は半音と全音のどちらが基準か分からない。作曲家シェーンベルクをショーンバーグとしている。犬を受けた代名詞(her)を「彼 女」と訳している。子供に犬を呼ばせるなら「犬ちゃん」より「ワンちゃん」だろう。ジョークを言う人の意味で「ジョーカー」と言っても、日本人はトランプ のカードしか思い浮かばない。おそらく不定のyouを「あなた」と訳出している。くそ真面目な会話処理も目立つ。
 百歩譲ってこういう表現は訳者の専門ではないからと擁護すればどうだろう。原文を持ち出さねば説明のしようがない駄洒落も、文学でなければ仕方ないだろ う。明かな誤訳も全部なくすのは難しい。否定疑問に対するイエスノーの日英の違いは扱いにくい。バーモント州の会話を東北弁を使ってユーモラスに表現する 等の工夫は見られる。

 しかし、以下の論理パズルはいただけない。これも、訳者がしょせん一般人向けの論理学の本を書かないからで済まされる問題だろうか。「パズル6」の問題 (意味を損ねない範囲で簡略化)と解答を以下に引用する。
問題
 王は三人の大臣志願者に目隠しをさせて、彼らの額に切手を貼り、切手は赤か緑のどちらかだと告げた。実際はすべて赤だった。目隠しが外されて各人は他の 二人の額は見ることができた。王が「少なくとも赤い切手が1枚見える者は手を挙げよ」と言うと、全員が手を挙げた。「それでは自分の切手の色がわかる者は 手を下ろせ」と言うと、三人の中でいちばん賢い者が手を下ろした。どうやって見分けたのか?
解答
 三人の大臣志願者をA,B,Cとする。さらに自分の額の切手を見分けた賢い者をCとする。Cは、もし彼の額の切手が緑であれば、Bは、Aが赤い切手を見 たと知っていることから、Aが見たのはBの額の赤い切手であることを知り、その結果、Bが手を下ろしたはずだと考えた。ところが、Bは彼の手を下ろさな かったため、Cは彼の額の切手が緑ではないことを知ることができた(同じ理由から、もしCの額の切手が緑であれば、Aもまた手を下ろしたはずである)。

 ベストセラー『頭の体操』等で周知の人でも、この解答の分かりにくさ(読みにくさ)には閉口しないだろうか。リライトしてみる。こういう説明は分かりや すさを優先して大なたを振るわねばならない。
  三人をA,B,Cとする。そして賢者をCとする。Cはまず、自分の額の切手が緑だと仮定してBの行動を推理した。Bは、Aがまず手を挙げたのは、Aが Bの額の赤い切手を見たからだと考える。それならBは自分の額の切手が赤と分かって手を下ろしたはずである。ところが、Bは手を下 ろさなかった。だから、Cは自分の額の切手が緑ではないと分かったのである(Aの立場から考えても、もしCの額の切手が緑であれば、Aも手を下ろしたはずで ある)。

 「訳者あとがき」には、『この本の名は』からの引用に[原文から直 訳]と但し書きを付けたり、本文に関しては、「できるだけ日本語の文章として読みやすくなるよう意訳した部分が多いことを、最初にお断りしておきたい」 と、最後まで笑わせてくれる。意訳より主語と所有代名詞を削る方が先だろ。
 訳者が、本書がスマリアンの論理学における専門的な話に触れていないことを残念がり(だからうまく訳せないのか?)、さじを投げた音楽やチェス等につい ては専門家の解説を聞きたいと、本音で締めくくっている。スマリヤン本の訳が3冊目の訳者の発言とは思えない。今後読むなら原書にする。
天才スマリヤンのパラドックス人生 ゲーデルもピアノもマジックもチェスもジョークも
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posted by 水野優 at 17:27| Comment(3) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月07日

マインゾーン著安田訳『チェスの教室 3 より強くなるには?』

 日曜のNHK「トップランナー」で造形作家の松村しのぶを見た。海洋堂に入りながら動物のフィギュア製作にこだわり続けた頑固さがおもしろい。最初は絵 を志したが背景が描けなかったとか(ここは見損ねた)で立体へ活路を見出すべく転向した。
 私など、美術の教育は義務教育しか受けていない。絵は幼稚園のとき、母親の絵を描く時間にひたすら信号機を描いて父に怒られ、自分から描くことをやめ た。写生で木の葉を緑一色に塗る私は、赤や黄色も混ぜなさいと言われたが、私にはそんな印象派のような色彩は見えなかった。

 松村の「平面より立体の方がかんたん」という言葉にはひじょうに共感した。立体の光と影を平面に写し取る「絵」など私も描きたくない。写真に写った物を 見て元々の立体にもどすのが性に合っている。キャラクターイメージ全盛の時代に、「実際にある物」を作るという点でも松村と同じだ。


 今回は久しぶりに和書、フランシス・マインゾーン著フランス・チェス連 盟協力、安田哲訳、日本チェス協会監修『チェスの教室 3 より強くなるには?』(122ページ、'81年、白水社)で ある。松戸市の図書館では、全3巻中この第3巻しかなかった。
 借りるまでは読んだことがあるかどうか思い出せなかったが、目を通してみると少し覚えている部分があった。すでに洋書を買っていたし、当時で1冊 1500円はそろえる気にならず、図書館で済ましたのだろう。

 このシリーズはもちろん1〜3とレベルアップしていくのだが、第1巻『さあチェスをはじめよう』はミシェル・ドルイー、第2巻『実戦のたのしみ』はジ ム・ピショと、別の著者となっている。元々フランス・チェス連盟の企画として書き下ろされたからである。
 フランスに帰化したアリョーヒン以降強豪を生み出せずにいたフランスは、フィッシャーの影響もあってか、本シリーズを出版した。フランス滞在中に成相訳 『チェスの本』でチェスを覚えた訳者は、息子のためにこの第1巻の原著を買う。そういういきさつから邦訳にまで至った。

 例によって、目次に沿って少しずつ見ていこう。

目次
はじめに 表記法
第1部 チェスの原則
 初心者があいてのときの勝ち方
 初心者あいての中盤戦
 3つの実戦例

 役駒(ピース)、(大)入陣((クイーン側)キャスリング)、筋(ファイル)、対角線(ダイアゴナル)、棋理(general principle?)等、純日本語による訳語が支配的で、時代とJCA監修を考え合わせれば当然である。役駒は「キングとポーンを除く駒」と最初に説明 があった。他も第1巻に説明があるのだろう。

第2部 基本的終局
 2つのビショップによるメイト
 ビショップとナイトによるメイト
  デレタンの三角形 ビショップとナイトによる押さえ込み
 キングとポーン対キング
  基本形 「勝点」をめぐる戦い 「ポーン損」をどう引き分けるか はなれた見合い 正方形 「トレビュシェ」 敵陣へのキングの侵入
 良いビショップ対ナイト
 ナイトの終局におけるポーン得
 駒割り
  ルーク対ビショップ 悪い隅にいるキングとビショップ−ルークの勝ち 良い隅にいるキングとビショップ−引き分け ルーク対ビショップの終局で勝つた めの基本形 ルークとポーン対ビショップとポーン
 良いビショップ対悪いビショップ
 ポーンの昇進
 ポーン1つ多いルークの終局
  リューセナ定石の勝ち フィリドール定石の引き分け 実戦の例

 「デレタンの三角形」という呼び名は初めて見たが、2ビショップのメイトを図示するには、「効き」をマス目に書き込んだ×印とともに役立つ。K+ PvsKでは、「ポーンが6段目に達していればオポジションに関係なく勝ち」等原則を示す配慮が見られる。和書では意外と見逃される点である。
 「トレビュシェ(投石機に似たポーンの残り方)」という言葉も初耳だったが、西村氏の小辞典にはある。ボウリングのピンの残り方の名称もそうだが、西洋 人はこういう命名がうまい。しかし、チェス用語でもない「フィネス」(finesse巧妙な術策)を、英単語でもあるとはいえカナのままにしているのはい ただけない。
 この紙数でピースの終盤まで扱っているので、フィリドール局面(定石はおかしい)は読者自身で検証されよと無責任な内容となっている。当時のフランスの みかもしれないが、メイトの記号が「≠」なのはおもしろい。互角の正反対だから理にかなっている。今「#」と書かれるのは縦棒を一本増やしただけなのか も。

第3部 戦略、戦術、実戦
 目標の変更
  1つの側から他の側へ 第2前線の開戦
 ポーンを捨てて圧力をかける
  第1例 第2例
 危険にさらされている駒
 反撃に注意
  第1例 第2例
 2重ポーンの弱点
 強い3重ポーン
 ビショップのペア
  第1例 第2例
 ポーンのラッシュ
 色違いのビショップ
 キングが攻撃に参加するときにおきる危険に注意
 勝局を勝つ
 戦略構想を忘れないこと
 まちがいを誘う
 ゲーム中にメイトの基本形を頭に描こう
 相手が予想していない手をさす
 予想もしていない手で相手が来たらどうするか

 「廊下のメイト」には面食らったが、フランスではバックランク メイトのことをそういうらしい。Mat du couloirかな。「ポーンのラッシュ」は英語と同じだが、ストームの方がよく見るかも。第3部から急に内容が高度になり、おそらく'80年代のチェス 和書では最高レベルに達する。シリーズ本ならではである。
 最後の「わざと相手が予想しない手を指せ」という駆け引きは、麻雀の捨て牌に迷彩をほどこすほど難しく、無理にはできないだろう。しかし、局面とその後 の方針だけを示して後の手順を考えさせる試みや、優勢側が徐々に敗勢になっていく実例等、一筋縄ではいかないおもしろさがある。

第4部 トレーニング、チェス以外の準備、序盤定石の選択
 もっとも良い手を見出す方法
 チェス上達のために
 スポーツの必要性
 序盤定石の選び方
 第3部にでてきた盤面までの実戦手順
第5部 練習
 白の手を見つけてください
 練習問題の解答

 第3部で戦略戦術の具体例を見た後で、第4部は一転抽象的にまとめようとするが、紙数がないのでかなり無理がある。おまけに、一般原則を示すわけでもな い(訳者が「棋理」と呼ぶそれらの事柄はすでに前巻で紹介されているのだろうが)。例えば以下のごとく。

 一手ごとに
●最大限の可能性を続く手に残し、
●相手の可能性を最大限にもぎ取ってください。

 まるでコンピュータチェスのプログラムを作るかのようだ(笑。少しかみ砕いた説明が続くが、訳者自身がかみ砕けてないらしく、意味が通らない。全般的に ひじょうにいい翻訳(JCAのおそらく用語訳のフォローも)なのでここだけが悔やまれる。
 トレーニング法の一つとして座禅が上げられているのはおもしろい。Zenは本国以上に普及しているかもしれない。練習問題は中級レベルのメイトか駒得に なる34問である。当たり前のことかもしれないが、この時期の本で記譜の誤りがほとんどないのはすばらしい。
 「序盤定石の選び方」では、相手があまり知らないがあまり不利にならない、黒なら反撃できるものを選べと解く。白だと、シシリアン3 c3やルイ・ロペスのエクスチェンジ、QGDのエクスチェンジ、黒では、ピルツ、モダン、シシリアン、東(キングズ)インディアンかグリュンフェルト。局 面を地図に見立てた「東西」表現がおもしろい。

第6部 基本となる10のゲーム
 ラルセン布局(ラルセン対スパスキー)
 クイン・ポーン布局(スパスキー対ペトロシアン)
 モダン・ベノニ(スパスキー対フィッシャー)
 フランス防御(フィッシャー対ラルセン)
 シシリア防御(カルポフ対コルチノイ)
 シシリア防御(フィッシャー対スパスキー)
 シシリア防御(バーン対フィッシャー)
 ニムツォビッチ防御(ボトビニク対カパブランカ)
 グリュンフェルト防御(スパスキー対フィッシャー)
 東インディアン防御(ペトロシアン対スパスキー)
訳者あとがき

 ラルセン布局のゲームは「チェス・マスター・ブックス やさしい実戦集」にも載っているからおなじみ。定跡名はともかく、ストーンウォールを「オランダの駒組み」とされるとちと分かりにくい。JCAは昔、石壁 戦法としてたっけ。見ての通りやはりフィッシャーのゲームが多い。
 奥付の訳者略歴の主要訳書に成相氏の『チェスの本』と書かれているのは、同じ白水社ゆえの微笑ましい誤りだ。訳者は理学博士だが、そんなことを感じさせ ない分かりやすく自然な日本語を操る。原文がフランス語だけに、誰かさんの本と比べたくなるのは私だけだろうか(笑。


 私も最近は、カタカナより短い漢熟語の方が表現も締まっていいと思うようになってきた。「漢熟語=強引な将棋用語の転用=将棋を知らないと分からない」 という偏見があったのかもしれない。話し言葉では「役駒」などと言わないだろうから、「役駒」と書いてピースと読むかそうルビをふってあると思えばいいの かも。
 オープンファイルという訳語を使うからといって、ファイルをオープンにすると言わねばならない道理はない。「開く、閉じる」とはあまり書かないが、ファ イルを「開ける、ふさぐ」は自然に使えるようになった。訳語の「縛り」が文の流れを阻害しているケースは多そうだ。

表紙画像 南 海書林(古書店)に発見。
posted by 水野優 at 16:14| Comment(2) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月21日

湯川博士&若島正『将棋ファンにも楽しめる初めてのチェス1手・2手詰集』書評

 昨日から、7月末に松戸チェスクラブで行われたサマートーナメントの棋譜入力作業をしている。序盤から相手の意表を突くプランでレイティング的に下のプレーヤーが金星を上げたゲームなどが興味深い。
 レパートリー・ブックの話で私も触れてきたとはいえ、実際に序盤からメジャーな定跡を避ける傾向は強い。松戸の例会メンバーだけとしか今まで指していない私としては、少々驚いた。
 しかし、実戦では相手だって、わざとであろうとなかろうとなかなか本の通りには指してくれない。刻々と変化する局面に対して、当初のプランを貫くか臨機応変に対応するかは難しい問題だ。
 
 和書の書評はしばらくお休みと言ったばかりだが、読んだことのある本を覚えているうちに紹介しておこう。将棋とチェスの橋渡しに尽力してきた湯川さんと、プロブレミスト若島さんがタッグを組んだことがタイトルにうまく表現されている。
 王手(チェック)の連続である必要がないために、プロブレムは詰将棋とは全く違うパズルの道をたどってきたが、それを将棋ファンにも分かりやすく説明しようというのが本書の狙いである。
 
第1章 やさしい1手詰(1手詰のルール ルック詰 ほか)
第2章 連続王手(チェック)の2手詰(連続王手の2手詰のルール 2枚ルック ほか)
第3章 チェス式の2手詰(Mate in 2)(2手詰とは 逃走阻止 ほか)
第4章 チェスガイド(序盤の指し方 4つの定跡(オープニング) よく使う戦術用語と例題 ほか)
 
 なので、2章までの半分は詰将棋的なプロブレムになっている。19世紀の前半まではプロブレムの主流も連続チェックだったらしいが、駒が減っていくチェスでは複雑なものが作れないからすたれていったそうである。
 湯川さんが関わっている朝霞チェスクラブの会報『チェックメイト』も、創刊頃にはあえて「新」スタイルとして初手チェックの投稿プロブレムが多く載せられていた。将棋からチェスに入る人はまずこの方がとっつきやすいし、本書のアイデアの源泉がここにあることは間違いない。
 
 プロブレムは苦手だからいやという人も食わず嫌いの人も、これほど親切で周到な前置きがあれば、3章のプロブレムも答を先に見ずにすべて解けるのではないだろうか。プロブレムは門外漢の私でさえ全部解くことができた。
 プロブレムもレアなケースでは実戦に役立つし、John Nunnのようにプレーヤーとプロブレムの両方で一流という場合もある。中途半端ながら普通のチェスを扱う4章は、チェスの普及には欠かせないし、ご愛敬というところか。
 
 大阪で会って以来10年以上ぶりに湯川さんに再開したのは、ちょうどこの本が出たときだったので、「買って!」と言われたが図書館で済ませた。書評書いたから許してちょんまげ(汗。 
将棋ファンにも楽しめる初めてのチェス1手・2手詰集
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posted by 水野優 at 17:17| Comment(2) | TrackBack(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月16日

松田道弘『チェスの楽しみ−松田道弘 あそびの本 6』書評

 amazonアソシエイト(アフィリエイト)はその注文内容も確認することができる。最近はライブリンクから以外に書評を見ての注文が増えているのがありがたい。これからもレビューをメインに続けるので皆さんよろしくお願いします。
 左下のライブリンクも種類を増やしてみた。あまり重くなるのも困りものだから、もう減らそうかとも思っている。もっとカスタマイズして便利にできればいいのだが。
 
 この松田さんの本は、すでに書評した岩波ジュニア文庫の『将棋とチェスの話−盤上ゲームの魅力』のプロトタイプといえる。多くのコラム等が転載されているが、本書はチェスだけなので棋力向上に役立つ内容からプロブレムまで内容は盛りだくさんだ。
 筑摩書房「松田道弘 あそびの本 6」6冊シリーズの最後となる本である。縦書きで英字の棋譜まで縦なのは何とかしてほしいが、チェスだけのシリーズじゃないから仕方ない。詳しい目次とともに章ごとに見ていこう。
 
大統領夫人と握手する方法 東公平
はじめに
 
 東さんの話は抜群におもしろい。松田さんのルール説明に関して「かゆいところに手が届く(配慮)」と述べているが、私も全く同感である。といっても他の本に比べてであって、まだ理想的とはいえない。
 
T Let's Play Chess
 チェスを始める前に
  まずチェスの道具を
  チェス・ボードとチェスメン
  アレイ−駒の配置
  将棋とのちがい
 駒の動き方と駒のとり方
  ルークの動き方
  クイーンの動き方
  ビショップの動き方
  ナイトの動き方
  ポーンの動き方
  ポーンのプロモーション
  アンパッサン
  キングの動き方
 キャスリングというルール
 チェックとチェックメイト
  チェック
  チェックメイト
 ドロウ(引きわけ)に関するルール
  *「昼と夜・白と黒」
 
 目次でも分かるように、「アレイ」など見慣れないカタカナ用語も散見される。もちろん意味は最初に説明しているし、英日対照的な用語の扱いは、私も将来この手の本を出すなら採用するつもりだ。
 しかし、カタカナ表記自体に難もあり、「ドロウ」は二重母音でもないのだからおかしい。「チェック」は発声しなければいけないというルール説明も困ったもの。一昨日例会に初めて来られた方もそう覚えていた。
 
 将棋だと、「王手」と言わずに次に王将を取るのを卑怯とするへぼ棋士の悪あがきが生んだ慣習かもしれないが、チェスだと早指しの特例を除けばチェックを避けないキングの手は反則だから、そもそも発声の必要性は少ない。
 この違反手(illegal move)を「ありえないムーヴ」としているのも気になる。額面通りに受け取ればそれでも意味は通るだろうが、「ありえな〜い」"Unbelievable!"と連想すると絶妙手のようにも思えてくる(笑。
 
 話がもどるが、そういえば勝利直前の儀式は他のゲームにもある。トランプのページワン(ローカル名かもしれないが)では、上がる1枚前に「ページワン」と言わないと上がれない。麻雀でリーチせずに上がるのがいやがられるのも同じことだ。
 
U Chess Notation
 チェス・ノーテイション
  実戦例−レティ対タルタコベール戦
  まぎらわしいときの表現
  英米式表記法
  * ベア・キングのたたかい
  * チェス・ゲームのマナーについて
 
 記譜法は、国際式以外にも、読者が古い洋書を読むことまで配慮して英米式にも触れているのがいい。ベア(bare)・キングは、初心者が裸の王様同士で延々とゲームを続けた話である。熊(bear)王ではない(笑。
 
 最後の「マナー」では、すでに例のレイモンド・チャンドラー『プレイバック』の話が出てくる。著者が、「待った」はプレイバックだがコンピュータ・チェスではテイク・バックという、としているのにはどうも引っかかる。
 「待った」は普通take backであって、play backはチャンドラーが少し強引にチェスに結びつけたように思える。play backは、もどすことよりもやり直す行為の方に力点があるのではないか。識者の意見を仰ぎたい。
 
V Chess Tacticsー攻撃のテクニックを知ろう
 アタックの基本的考え方
  ダブル・アタック
  ピンまたはピンアップ
  ディスカバード・チェック
 ビギナーへのヒント
  * Next Move−次の一手
 
 少ページながら戦術指南である。「ビギナーへのヒント」は効率よくまとめた条文だが、これで次のNext Moveの数題がスラスラ解けたら読者は天才だ。ここはそれよりも、華々しい各コンビネーションの解説を強化して鑑賞に徹した方がいいと思う。
 
W World Chess Champions−チェス名勝負ものがたり−
 キング・ハントに賭ける情熱
  ロマン派の末裔−アドルフ・アンデルセン
  チェス界の神話−ポール・モーフィー
  チェスの求道者−ウィリアム・スタイニッツ
  ファイティング・スピリットの驍将−エマヌエル・ラスカー
  仮借ない、冷たくて非情でぞくぞくするゲーム−カパブランカ対ラスカー
  チェスを母国語とした男−ホセ・ラウール・カパブランカ
  カパブランカの「不思議な対局」
  盤上の魔術師−アレキサンダー・アリョーヒン
  ワールド・チェス・チャンピオン
  * チェスとその仲間たち
 
 第W章の扉に「私は観衆のリアクトをきくのが好きだ。 フランク・マーシャル」とある。原文は"I like to hear the audience react to my move."とでもなっていたのだろうが、この「リアクト」はせめて「リアクション」としてほしい。
 モーフィーの話では、あのオペラ座での対局時のオペラはロッシーニの「セビリアの理髪師」としている。Sergeantのモーフィー本が巻末資料にあるので、これに従ったと思われる。「フィガロの結婚」とするピノー説はやはり謎だ。
 
 エマヌエル・ラスカーの碁の相手をしたドイツ生まれのアメリカン、エドワード・ラスカーもけっこうなプレーヤーで、本も残している。相手のキングを自陣の第1段まで引きずり込んできてキャスリングでメイトするという有名なゲームは、皮肉なことにこっちのラスカーのものである。
 
 「ユーベ」って誰?と思ったらエイベだった。Euweだから徹底英語読みなら「ユーウィー」か。ドイツ語読みの「オイベ」もよく見るが、オランダ人だから「エイヴェ」がいちばん現地読みに近い。この意味で最も不遇な世界チャンピオンかもしれない。
 本書の初版が'86年だから、その前年に世界チャンピオンになったカスパロフは、まだ名前の頭文字"G"もリストに載っていない。どうでもいいが、世界チャンピオンに「頭文字D」はいないようだ。
 
X Chess Problems
 チェス・プロブレム−人口のパズル
  チェス・プロブレムの実例
  チェス・プロブレムのたのしみ
  プロブレムを解くためのヒント
  サム・ロイドのツー・ムーヴァー
  スリー・ムーヴァーなど
  一手メイト
 フェアリー・チェスの世界
  セルフメイト問題
  フェアリー・ピースを使った問題
  逆推理プロブレム
 
 プロブレムがルール上起こりうる局面でないとならない説明で、「白のQが8つあってもいいが、白のPが9個あってはならない。(P8個が全部Qになることはあっても、PがPにプロモートすることはできない」等とある。
 重箱の隅をほじくると、どうせ極端な例を引き合いに出すなら「Qは9つ(最大値)あってもいい」としてほしい。「PがPにプロモートできない」という説明も無意味だ。PがPになってもPの数は増えないのだから。
 
 プロブレムをまともに解いていると帯出期間中に図書館へ返せないし、既知の問題も多いのであっさり答を見て進んだ。それでも間違いを見過ごせないのは私の性である(汗。









 これは図130、サム・ロイドの2手プロブレムで、解答 1 Qa1は正しいが 2 Nf7#が間違っている。それだと 1...Kg5 2 Nf7+ Kh4で詰まないではないか。初手さえ当てればいいとはいえ、このミスはちょっと悩ましい。図153は逆に詰み上がり図なのに詰んでない。
 プロブレムは、実戦に役立たないからプレーヤーに白眼視されてきたとか、『将棋とチェスの話』では、プレーヤーとしての実力がない人がプロブレムにはまる傾向がある等と、著者の扱いは低い。
 しかし、著者の嗜好はむしろこちらにあるようだ。対局せずに名局鑑賞だけする人とプロブレム好きとに大した違いがあるとも思えない。ただ、詰将棋とプロブレムが似て非なるものであることはたしかだ。
 
 フェアリー・チェスでは、スマリアンの逆解析プロブレムまで出てくる。早くに読んでいれば、スマリアンの本にももっと早く出会えて先に翻訳できたかもしれない(可能性はかなり低いが)。
 小野田さんも出しているようにパズルの本はけっこう売れる(最近は特にボケ防止)から、チェス本の中ではこの手の本はかなり有望な部類なのだ。パズル好きな人ならチェスの駒の動きくらいはたいてい知っているし。
 
参考文献
あとがきにかえて

 「参考文献」は、私の「チェス書レビュー」並に古い(笑。「あとがきにかえて」は、当時のコンピュータ対局ソフトの進化について触れている。サーゴンとか懐かしい名前が出てきた。この頃まだチェス専用機を追っかけていた私はもっと遅れていた(汗。
チェスの楽しみ
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posted by 水野優 at 17:41| Comment(8) | TrackBack(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月10日

金田英二『チェス入門−短期間で上達する−』書評

 和書は書評で洋書はレビューとなんとなく使い分けている(笑。本書は実家にいたチェスを始めた頃に、近くの須磨区役所横の小さな図書館で見つけたが、読んだ記憶はない。
 著者のプロフィールが全く書いてなくて、ネットでも情報が見つけられない。将棋関係者と思うが、何も書いてないのでプロ棋士ではなく、ライターか評論家筋だろう。目次は書評がいらないくらい細かいので章ごとに見ていこう。
 
 はじめに
 第1章 簡単な基礎知識
  1 駒
   1 チェス盤
   2 駒の種類と名称
   3 駒の並べ方
   4 駒の動かし方
    T キング   @動かし方 A取り方
    U クイーン  @動かし方 A取り方
    V ビショップ @動かし方 A取り方
    W ナイト   @動かし方 A取り方
    X ルーク   @動かし方 A取り方
    Y ポーン   @動かし方 A取り方
            Bポーンの昇格 Cアンパッサン
  2 棋譜
   1 盤面・駒の呼び方
   2 各枡記号
   3 棋譜の説明
   4 棋譜の読み方
  3 キャッスリング
   1 キング・サイド・キャッスリング
   2 クイーン・サイド・キャッスリング
   3 キャッスリングの条件
  4 駒の価値
 *チェスの歴史
 
 順当にルールからだが、最後はチェスの起源やチャトランガに触れている。棋譜が英米式なので、'84年発売は初版じゃなく増版の年だろう。この時期は先行した河出書房新社に続けとばかりに多くの入門書が出たのに、全体的に古くさい本書の表現はそれらの本を参考したとは思えないのである。
 
 またあら探しだが、棋譜等のケアレスミスまでは多いので省く。Q側キャスリングは、Rを先にKの横に付けてからKを反対側へ動かすとしている。説明上の都合とは思うが、実戦ルールでは当然ながらR単独の手とされてしまう。
 「Q側キャスリングではRが孤立するのでK側キャスリングの方が防御も強い」という説明もおかしい。Rを防御駒としてだけ考えた場合のことだろうか。Q側の場合Kがbファイルに寄らないと危ないことならよく言及されるが。
 キャスリングができる条件も、私が嫌いな最大の5箇条となっていて、「キャスリングを行おうとする枡」などという分かりにくい表現が出てくる。他の条件と照らし合わせると、Kの移動先のマスのことらしいが。
 
 第2章 ゲームの決まり方
  1 チェック
  2 チェック・メイト
  3 ステイル・メイト
  4 パーペチュアル・チェック
  5 メイティング・マテリアル
 *チェスの起源@A
 
 メイトの問題では、黒が最善の受けをするとメイトにならない例を使っているのが気になった。このことから洋書とかの種本からの引用ではなく、著者自身が作図したことがうかがえる。
 用語の訳はわりと英語重視で、将棋的に「中合い」としそうなところが「インターポーズ」になっていたりするが、ステイルメイトを「捨て詰め」と言い換えたりと誤解を招く表現も出てくる。意味は別に説明しているのだからカタカナで通せばいいものを。

 以下の、パーペチュアルチェックかステイルメイトという例はひどい。










 著者は 1 Qh5+ Kg8 2 Qg5+ Kh8 3 Qh5+ Kg8(国際式表示に変更。以下同様)でパーペチュアルのドローとしているが、白が4手でメイト(1 Qg1 Kh7 2 Ke7 f5 3 Kf6 f4 4 Qg7#等)できる。たしかに、B筋PがQに対してステイルメイトがらみのドローにする手筋はあるが、2段目のPではさすがに無理だ。
 
 第3章 簡単なテクニック
  1 ダブル・チェック
  2 ピン・アップ
  3 スキュアー
  4 フォーク
  5 ディスカバード・チェック
  6 駒の交換
  7 チェック・メイトの基本
   1 クイーンによるチェック・メイト
   2 ルークによるチェック・メイト
   3 二つのビショップによるチェック・メイト
   4 ビショップとナイトによるチェック・メイト
   5 ポーンによるチェック・メイト
 
 「ピンアップ」は用語としてはピンと短縮形で使うことが多いので逆に新鮮な感じがする。「フォーク」の説明で、ルール上フォークと呼べるのはNとPがかけるときだけという旨がある。べつにルールの話じゃないし、queen forkという言い方は現に存在する。
 例題で、防御側の他の応手に触れない説明不足も見られる。「K+B+N 対 K」の説明で、「実戦の場合、一方がメイティング・マテリアルを失ったときには、いくら腕前が未熟で寄せきれないとしてもそれを残している人の勝ちになります」とある。50手ルールか時間切れでドローになりそうだが、当時はルールが違ったのだろうか。
 「Pによるチェックメイト」は実質「K+P 対 K」の終盤だが、Pが6段目まで進んでいるからオポジションに関係なく勝ちの例題で、わざわざステイルメイトになる失敗手順を見せながら正着の勝ちを載せていないのは不親切だ。
 
 第4章 序盤戦
  1 ある簡単な実戦例
  2 序盤戦のパターン
   1 センター・ゲーム
   2 スコッチ・ゲーム
   3 ヴィエナ・ゲーム
   4 フォー・ナイト・ゲーム
   5 ツー・ナイト・ディフェンス
   6 ダニッシュ・ギャンビット
   7 エバンス・ギャンビット
   8 キングス・ギャンビット
   9 クイーンズ・ギャンビット・アクセプテッド
   10 ギュオコ・ピアノ
   11 ルイ・ロペズ
   12 シシリアン・ディフェンス
   13 フレンチ・ディフェンス
   14 スラブ・ディフェンス
   15 ダッチ・ディフェンス
   16 イングリッシュ・オープニング
   17 ペトロフ・ディフェンス
   18 カロ・カン・ディフェンス
   19 フィルドール・ディフェンス
   20 キングズ・インディアン・ディフェンス
   21 クイーンズ・インディアン・ディフェンス
   22 ニムゾ・インディアン・ディフェンス
 
 序盤の前に一つ紹介する「実戦例」はレガルのメイトのゲームだが、この解説は無声映画の弁士のような臨場感を感じさせてすばらしい。どうやら著者の真骨頂はこういうところにあって、堅苦しい理論の解説には向かないのだろう。
 「スラブ・ディフェンス」で図も指し手も 2 c3となっていたことは指摘しておく。コーレ対スラブで対称形になっている。序盤の並び方に何の配慮もない点も気になる。時代、手順、50音順のどれでもない。
 「ニムゾ・インディアン」で「中原の理論」という言葉がいきなり出てきて面食らった。中原誠ではない(笑。center fieldの直訳だろう。著者がニムゾのドイツ語原書"Mein System"にまで当たっているらしき点には敬服するのだが。
 同じくニムゾの最後の方で、








Position after 14. ... bd7

 この後、15 Nxh7 Nxh7と進んだ最終局面図があって、「どうやら白側が駒得をしているようですが、…」とある。白のh7の攻撃など全然決まっていないし、どこが駒得やね〜ん! どういうレベルの間違いなのか見当も付かない。

 第5章 ネクスト・ムーヴ
  例題1〜6
 
 手順と勝ち負けともに最もひどい間違いがある。









 これが白番黒勝ちなのだという。解答はこうなっている。「1 Nxf6 Bxf6 2 Bb7 Rb6 3 Bxa8 Rxb2+ 4 Kxb2 Qb5+ 5 Kc3 Ne2# 黒は白のBにフォークをかけられたRには頓着せず、ダブルチェックで白をしとめます」
 2 Bb7がフォークだって? フォークがNとPだけという話は別として、なぜ 2 Bxa8と取らないのかとどんな初心者でも疑問に思うだろう。2...Rxa8 3 Bc3とでもすれば、白はエクスチェンジアップとQ側パスPで勝ちだ。
 2 Bb7??が大緩手としても、2...Rb6!には 3 Bb4+も時間稼ぎにしかならないところはうまくできている。3 Bb4+ Rxb4 4 Bxa8 Rxb2+ 5 Kxb2 Qb5+ 6 Kc3 Nf3+ 7 d4 Bd8! 8 Rb1 Ba5+ 9 Rb4 Bxb4+ 10 Kb2 Bd2+ 11 Ka3 Qb4#.
 しかし、さかのぼって黒は 1...Rxf6でBをピンする方がいいだろう。それでも 2 Bxa8! Rxf2 3 Rxf2で白の勝ちと思うが、1...Bxf6よりは抵抗できそうだ。これらの間違いからすると、著者が将棋等に堪能なのかも怪しい気がしてくる。
 
 第6章 エンド・ゲーム
  例題1〜9
 
 前章の難しい問題とは打って変わって易しい1〜3手メイトである。エンドゲームとメイトの混乱は初期の入門書には多く、本書はPの終盤が逆にメイトに入れられていた。
 
 第7章 名局譜
  1 モーフィー対アンデルセン
  2 ツカートールト対ブラックバーン
  3 シュタイニッツ対ツカートールト
  4 シュタイニッツ対チゴリン
  5 タラシュ対シュレッヒター
  6 ゼーミッシュ対ニムゾヴィッチ
  7 レティ対ボゴルジュボワ
  8 アリョーヒン対レーシェフスキー
  9 キャパブランカ対スピールマン
  10 ボトヴィニック対オィヴェ
  11 ケレス対スミスロフ
 日本のチェス
 
 お口直しというとなんだが、解説がなくても名局を一手ずつ意図を考えたり予想したりして並べるのがやはり勉強になると再認識した(遅い)。「日本のチェス」に関しては1ページだけで、内容からして本書の初出がかなり古いことが分かる。
 古いと売れないと考えるのは分かるが、和書も奥付にはほんとうの初出年を表示して欲しい。洋書は出版社が替わってもたいていちゃんと載っている。
 
 目次では省いたが、本書には章末以外にも多くのコラムがある。駒の動きの変遷から世界チャンピオンまで多岐に及んでいる。Qが強い駒になったのはエリザベス女王のせいという話も出てくるが、フェミニストならずとも気になるところだ。
 アンデルセンが初代世界チャンピオンとされているのも、後にシュタイニッツ以降を正規のチャンプとする前の話なら仕方ない。人名表記は英・独・ローマ字発音寄りだが、アリョーヒンはロシア語発音。来日したことがあるからかもしれない。
 
 20世紀初頭までまだインディアン・ディフェンスが異端だった頃、堅牢な 1 d4に対して「黒の暗黒時代」が続いた。チェスをやり始めた頃大学で一緒に指していたK君がよくそう言っていたのを思いだした。元ネタはおそらくこの本だったのだ。
 ニムゾヴィッチのコラムで、hypermodern schoolを「前衛教室」としているのは傑作だ。教室はともかく、前衛は「超現代」などより当時の時代精神を感じさせる名訳に思える。これから「前衛派」と呼びたくなった。
 
 いくら内容がずさんとはいえ、黎明期の先人の労作のあら探しをして茶化すのは本意ではない。いろいろ検討したおかげで結果的には勉強になった。日東書院はこの後、渡井氏の入門書を出したから本書の復刻はもうないだろう。

 局面図を載せるのはHPと同じ方法でできるはずなのに、駒の画像を上げたディレクトリの相対パス指定が通らないのでフルパスにし、テキストの設定で改行を<BR>扱いとしてるのでhtml出力した局面図から改行を抜かねばならなかった。今後もブログで局面図を入れるだろうから、なんとかHP用局面と楽に共用できるようにしないと(汗。
チェス入門―短期間で上達する
452800495X金田 英二

日東書院 1984-01
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posted by 水野優 at 16:35| Comment(2) | TrackBack(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月02日

ジャック・ピノー『クレイジー・チェス』書評

 チェスの伝道師ピノーさん(日本人の伝道師は小笠さんらしい)は、『ダイナミックチェス入門』という名著で特に知られている。これほどチェスとその歴史を愛した元日本チャンピオンをJCAは除名にした。
 
 しかし、内容については例によって辛口でいく。まず、「私は(が)」が多い。多すぎる。翻訳の基本的技術では初心者レベルだ。自分の話ばかり続くのなら逆に主語は省けるはずである。これでは著者が自己中に見えてしまう。
 著者のフランス語を日本語に訳したのは、あとがきによると知人の新谷優さんとなっている。訳は日本人の奥さんが担当と聞いていたが、最終的なニュアンスの修正だけらしい。しかし、お二人はあくまで協力者だろうし、チェスに詳しくない点は仕方ない。
 
 まえがき  序章 チェスと私
 第1章 基本からゲームまで
  1 招待客  2 基本からゲームまで
 第2章 ブリッカブラック・チェス スタイルの玉手箱
  1 ナイト・パラダイス
  2 ビショップ・ペア
  3 キャスリングをするべきか否か……それが問題だ
 ウイーン・オープニング−あとがきにかえて
 
 第1章は、著者がチェスを始めるきっかけから始まり、「招待客」ではチェスのルーツから各国のボードゲームに松田道弘さんのように触れ、「基本からゲームまで」でやっと駒の動かし方に入る。チェスを覚えようとする読者にはまどろこしいかもしれない。
 ルールと記譜法の説明が後回しなせいで、その前に少し出てくる手筋や実戦譜が、結果的に分かりにくくなっているのは残念だ。第1章では、第2章のように実戦譜の本譜が変化手順と区別できるように太字になっていないのも見にくい。
 
 洋書と同じような大袈裟な表現も多いのだが、直訳調の文体ゆえとも考えられる。私がリライトするだけでもかなり変わるだろう。ただし、著者が女主人とチェスを指したり、昔のヨーロッパへさかのぼったりする文章上の演出は別の問題だ。
 私はフランス語は分からないが、内容につっかかって立ち止まっても、たいてい「原文」の言いたいことは想像できるから、誤訳か誤植かとかは判断できる。しかし、チェス用語にも不慣れな初心者が読んだらどうなるだろう。
 
 致命的と思ったものを挙げておく。p.33「駒得したいなら、駒をできる限り交換しなさい」は、「駒得したなら〜」の間違いだろう。これを初心者が鵜呑みにするとちょっと困る。
 p.50「ナイトが斜め前のマスに行くには最低何手必要でしょうか?(中略)最低でも4手必要です」斜め前のマスなら2手で行けるから、これは斜めに2つ目のマスのことだろう。
 
 キャスリングのルール説明の最後に、クイーン側キャスリングできるかどうかを審判に聞いたコルチノイの話が出て来た。Kittiさんが何かで読んだとコメントされてた話はこれだろう。
 最初の実戦譜は、パリのオペラ座でモーフィーが二人の貴族相手に快勝したあの有名なゲームである。このときゲームをしながら見ていたオペラはモーツァルトの「フィガロの結婚」だったと書いてある。
 
 些末なことだが、Znosko-Borovskyは"How Not to Play Chess"でこのときのオペラは「ノルマ」(ベルリーニ)としており、モーフィーのゲーム集を書いているSergeantは「セビリアの理髪師」(ロッシーニ)としている。フィガロは物語としてはセビリアの続編に当たるが、いったいどれが真実だろう。
 
 間違い探しはまだ続く。p.90ではReuben Fine(1888-1942)となっているが、これがほんとうなら私は十年留保に頼らずとも彼の著作を翻訳出版できるからひじょうにありがたい(笑。これはカパブランカの生没年だ。
 しかし、Chessvilleにある著作権切れの文献にはカパブランカの"Chess Fundamentals"はない。権利が更新されているのだろうか。Ed. Laskerの"Modern Chess Strategy"しかないのでは話にならないが、まずはこれを訳すべきという気もする。実はこれも持っていたのに手放してしまった(汗。
 
 p.149「致命的な正方形」。これは明らかに「致命的なマス」の間違い。しかし、フランス語のcarreもsquareと同じく「正方形」と「マス」の両方を意味することが分かった。他には、アルビン・カウンター・ギャンビットのはめ手筋に2回言及する無駄があった。
 あとがきにかえてのビエナ(フランス人でなくてもこの英語読みはいやん)・ゲーム集では、私も大好きな1900年頃のウイーンを舞台に話が進む。惜しむらくは、3つに枝分かれする5手目からの棋譜が全部1つずれて6手目〜になっている。
 プレーヤー名は、フランス語っぽくなっているのもあるのだろうが、仮名で書いてあるのを見たことがない名前が多いので、むしろ参考になった。p.118「湯川さんは『ビショップ・ペア』というタイトルを付けることをOKしてくれるでしょうか」は、内輪ネタとして笑わせてもらった。
 
 問題は、これが『ダイナミックチェス入門』という一般向けに徹した内容から一転して、次は好きなことを存分に書こうという著者の個人的な欲求から発していることだろう。といっても、内容は決して独りよがりのものではない。
 ルールや歴史から始まって濃い内容のミニチュアゲームが続くこの構成は、理論的には初心者でも読み通すことはできるが、基本的な戦略や戦術を知らずしてはその半分も理解できない。そのへんを扱った本を先に読んでおくべきだ。
 
 というわけで、チェスを愛する皆さんにお薦めできる本です(説得力ないなあ)。次にピノーさんに会ったら何て言おうかしら(汗。
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posted by 水野優 at 00:01| Comment(6) | TrackBack(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする