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2006年03月24日

精神分裂病(総合失調症)の弟

 私には一回り下の弟がいる。精神分裂病('01年から総合失調症)障害2級だが何とか介護の仕事をしている。そういう者を受け入れるとその場所もメリッ トがあるらしいから持ちつ持たれつの関係らしい。昔、弟と一緒に見ていたTBSのドラマ「聖者の行進」の世界が現実になるとは、思っても見なかった。
 弟の場合は自閉的要素が強く、若年性なので学力に大きく影響した。典型的な内弁慶なので外で友人や先生とろくに話もできなかったことに家族があまり気が 付かず、発見が遅れたのが致命的だった。大人になってからだと完治率は高いが、弟の場合は前頭葉の発育時期を逃したために一生直らないと言われている。

 いい医者を探すことを考えず袖の下を何万円も持っていく両親を見ながら、私にも何かできないかと思いつつ帰省時に話し相手になるだけできた。弟と世界一 似た甘やかされた環境で育った私には、弟がそうなる理由も今となっては理解できる気もするが、そうなりやすい因子を抱えている等弟特有の問題もあるのだろ う。
 私の抱える性同一や性嗜好の問題もかつては精神病とされていた。それ以外にも、騒音等に敏感な感覚は神経症かもしれないし、金銭より好きな仕事を求める ライフスタイルはパラノイアと言えるかもしれない。ホリエもんのような逆パターンよりずっとましだと思うが(笑。

 というわけで、読書予定は詰まっているのに総合失調症の本も読まねばならない。どうせ読むならそれも書評をするから精神病というジャンルが増えることに なるだろう。最近は食事療法が注目されているようだ。本人以外には、病気(脳)のせいか怠慢なのか、その境目が分からないのが歯がゆい。
posted by 水野優 at 12:11| Comment(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月22日

古川他『英語多読完全ブックガイド』

 日本が優勝したWBCは準決勝と決勝がともに休日だったという偶然も重なってすごく盛り上がった。準決勝の瞬間最高視聴率が50%で、決勝は平均で も40%を超えている。韓国に連敗や誤審騒ぎもあったが、結局アメリカの都合と言われる諸問題をバネにして結果オーライとなったようだ。
 大活躍のイチローの「熱さ」についてもいろいろ憶測されているが、結局のところは、地区優勝からも遠ざかっているふがいないマリナーズのせいではないだ ろうか。歳を取るほど落ち着いて丸くなっているようではだめで、常に反逆のエネルギーを糧にする私も、これを見習って熱くなり続けたい。


 帰省の復路で、久しぶりに東京の八重洲ブックセンターへ寄った。前回の 帰省時から大型書店でめぼしい洋書を手にとって見てみることを果たせずにいたからだが、1フロアある洋書売り場はタイムズスクエアの紀伊国屋よりずっと小 さくて拍子抜けし、うっかりチェス書の有無さえ確認し忘れた(汗。
 あくまで英語力を伸ばすために買って読む洋書は、本屋で一冊ずつめくってレベル等を確認するのもたいへんだ。amazonでそういう本をジャンル別でた どっても一箇所にまとまっているわけでもない。そこで、自分の「おすすめ」ページに入っていた『英語多読完全ブックガイド』を買った。

 これは「めざせ!1000万語」をうたっていて、姉妹本にはめざせ100万語もある。自分のことを考えると、学校教材等を別にして単行本では1000万 語は読んでないだろう。そのわりには語彙レベルの高い本まで読んでいるのは、ちょっと無理しているのかもしれない。
 SSS(Start with Simple Stories)方式の極意は、@辞書は引かないAわからないところはとばすBつまらなければやめる、である。これを実現するためには、自分がスラスラ読 める限界まで落としたレベルから始めねばならない。

 スラスラ読むためには、関係節を下から訳し上げるように読んではいけないが、私はこのフレーズはこう訳せるなとかと考えることが多い。単語が実際に使わ れる状況から漠然と意味を理解しているだけでは、いつまで経っても気の利いた訳語が出てこない気がするのだ。これは私なりの問題(利用法)だが。
 本書は8割以上がレベル別に分けられた1万冊の洋書案内となっている。英語勉強のついでといっても、自分が好きで得意な分野を読めばレベルアップも速く なる。基本的にフィクションに興味がない私にも、手頃なノンフィクションものがけっこうあって参考になりそうだ。

 amazonのレビューにある何となくしか知らなかった略語が、本書で明らかになった。GR(Graded Readers)は語彙数を制限した読み物、LR(Leveled Reader)はネイティブの子供用にレベル分けされた絵本である。本書では、他の児童書からMangaまでカバーされている。
 YL(Yomiyasusa Level)は、読者アンケートによる数値なので日本人には最も頼りになりそうだ。Yで始まる英単語は何だろうと考えていたので笑ってしまった。洋書案内 のジャンルもAD=冒険、AN=動物のように略号が使われているが、これは「冒」「動」とかの方がずっと分かりやすいと思う(笑。

 洋書の英語をスラスラ読みたい、一般向けのペーパーバックを読めるようになりたい人は、絶対買って損はない。CD付きの本も多く案内されているのでリ スニングにも対応できる。チェスの本だけでは語彙が増えないと悩む方や、もっとチェスの本をスラスラ読みたいという方にもお薦めする。
英語多読完全ブックガイド
4902091321 古川 昭夫 神田 みなみ 小松 和恵

コスモピア 2005-07-23
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posted by 水野優 at 16:09| Comment(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

九鬼周造『「いき」の構造』

 シーサーの緊急障害メンテで昨日のアップロードができなかった…。
 またフジテレビだが、昨日の「クイズ!ヘキサゴンII 2時間スペシャル」はおもしろかった。特に昼間にあった番宣で、熊田曜子が楽屋でいきなり出された 問題「金星と火星の間を回っている惑星は?」に「水金地火木…だから地、地星?!」と答えていた(汗。とにかく、本格歌手デビューを控えている彼女には頑 張ってもらいたい。


 九 鬼周造の『「いき」の構造』である。大学にいる間だけ でも人文から社会科学の先生にまで、必読書だと何度となく言われてきたのに読まずじまいだったので、思い出してきたように借りてきた。'03年に講談社学 術文庫から出た全注釈(藤田正勝)版を読めて分かりやすかったから結 果的にはよかったかも。
 岩波文庫の'30年が初出だが、本書の底本は'81年の同書店『九鬼周造全集』版である。前者は青空文庫で 読める。九鬼(1888〜1941)は東京生まれの哲学者で1921〜28のドイツ・フランス留学中に本書に取りかかった。主著には『偶然性の問題』があ る。目次に沿って見ていこう。


学術文庫版への注釈者まえがき
凡例

一 序説
 異言語に「いき」に相当する語がないことがまず語られる。古今東西からの多彩な引用に圧倒されるが、本文の難読語フリガナや原注にまで記された懇切な注 釈、各章ごとの解説には大いに助けられる。「いき」はあくまで具体例から採るという方法論も示される。
 フッサールの現象学からハイデガーの存在論への転向が見て取れるのは、正に九鬼のヨーロッパ留学が反映されている。「いき」を日本固有のものと意固地な ま でに主張する(これも書き始めた頃とは違う点)こととともに本作全体を支配する二大底流と言えよう。

二 「いき」の内包的構造
 内包的とは共通の性質や属性のことで、「いき」のそれは媚態、意気地、諦めの3つ、「いき」は「垢抜けして、張のある、色っぽさ」と定義される。私は 元々関西人だし日本の伝統芸能や古典に疎いから、そう説明されてかなり認識とのずれを感じた。

三 「いき」の外延的構造
 外延は、概念の広がりや属する個体の集まりを指す。「いき」は、含む要素、上品〜下品、派手〜地味、意気〜野暮、渋味〜甘味それぞれにおいて取りうる度 合いが限られる。それらを頂点として図示した正六面体がおもしろい。

四 「いき」の自然的表現
 五感で感じられるものすべてを対象とするが、主に視覚的な、姿態、表情、服装、所作に及ぶ。ここでも西洋の類例はことごとく退けられている。

五 「いき」の芸術的表現
 著者は詩や短歌も創る多彩なところがあり、邦楽にまで言及する点が興味深いが、やはりここでも分かりやすい視覚的な服装や建築が主である。横縞より縦縞 が、色では地味なグレー、茶、青系統が「いき」らしい。

六 結論
 著者の反省も込めた結論で、概念分析の限界を吐露している。つまり、「いき」の特徴を並べ立てたところで、そこから「いき」の実体を再構成できない。さ らには、日本固有の民族文化歴史を経ないとしょせん理解不能とまで言われると、異国の「いき」など端から眼中になかったということになる。
 本書執筆中にも方法論で揺れ動く著者は、ヨーロッパ留学中に書き始めた『「いき」の本質』時点では、諸外国にも「いき」に相当するものを見つける野心を 抱いていたようである。しかし、現実はそう簡単にはいかなかったのだろう。
 だから、注釈者も疑問を投げかけている著者の自文化閉鎖は、帝国主義などに根ざすものではない。プラトンのイデア、普遍論争の実在論、純粋現象学を退け た末のやむを得ない結論だったように思われる。

解説
注釈者あとがき
 さらに、著者の経歴や本書成立課程も含めた解説である。意外にも哲学書にはこういう試みは新しいものらしい。こんな企画が、特に難解な哲学翻訳書に増 えればいいのに。


 著者が「いき」を時代地域を超えた普遍的なものと定義する可能性を否定したとしても、数十年後の我々にはむしろ「普遍化」することでしか実感として理解 できない。それがいくら著者が望まなかったこととしても、我々は100年前に花柳界に親しんだ著者とは違う。
 特に「いき」の自然的表現に関して、「見えそうで見えない媚態」は今日のファッションにもあてはまる。「絶対領域」はその名残だろうが、そもそもメイド 服が「いき」とはほど遠いかもしれない(笑。そういえば、その使用人という文化的背景に疎かった私がメイド服ブームの理解を妨げていたのだった(汗。

 たしかに大雑把に考えると、西洋の媚態は丸見せ傾向が強いように思われる。だから「いき」でなく野暮なのだが、著者によると、逆にどんなに寒くても足 袋より素足が「いき」で、錯覚を起こさせる西洋の肉色の靴下(ストッキング)は「いき」ではない。私には生足の方がはるかに野暮に思える。著者は今で言う フェチを知るよしもなかっただろう。
 松岡正剛の千夜千冊第六百八十九夜でも本書は扱 われている。作者の内面まで肉薄するこの書評を先に読むと私ごときがありきたりのものを書く気も萎えてしまう(汗。この人もグールド好きで数冊に触れてい るが、私もチェス和書のレビューが落ち着いてきたからグールド本の全書評をやるぞ〜!


 昨日ラスカーを訳していて氷解した。情けないことにthe second playerの意味を十年以上間違えていた。二流プレーヤーではなく、二番目の、つまり黒番のプレーヤーだった。これで11日のコメントで触れたNo.2 最後の矛盾が解消し、ラスカーがベルリン・ディフェンスをルイ・ロペス最強の防御と考えていたことがはっきりした。
 たしかに「二流の」という意味にも取れるが、冠詞や単数複数、文脈で考えるしかないだろう。記憶をたどると、この用法は古い文献に多い。19世紀中 葉まで白が先手と決まっていなかったからだろう。キングズ・ギャンビットも、最初にキングズ・ナイト(ビショップ)ギャンビットという言葉があってその総 称 として生まれたような気がする。これはいずれ調べれば分かりそうだ。
「いき」の構造
4061596276 九鬼 周造

講談社 2003-12
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starドン・ファンとしての九鬼周造

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posted by 水野優 at 00:34| Comment(2) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

瀬戸『メタファー思考―意味と認識のしくみ』

 昨日の記事のコメントをヒントに膨らませてみる。「ハーフ」という言葉までPolitical Correctness(PC)の対象になっているとは知らなかった。「ダブル」と言い換えられるらしい。ダブルと聞いて私が連想するのは、ボウリング、 水割り、バックギャモンくらいだが。
 PCブーム(?)はそもそも、差別的恐れのある表現を徹底的になくすならここまでやらねばならないと皮肉を込めて書かれた本をきっかけにしている。あま りにも真に受けた人が多すぎてずいぶんな影響力になってしまった。しかし、言葉は通じなければ話にならないから、私は新しい言葉の知名度に貢献する気はな い。

 私的には、女性と見られるのが最善としても、たまに「ニューハーフ」と言われるのは素直にうれしい。水商売とは無関係に使われる場合も多いし、そう誤解 されてもかまわない。「笑っていいとも!」で創られた「ミスター・レディー」は却下だ。「ミスター」が入っているだけでネクタイをしていた感覚がよみがえ る。
 「ハーフ」には、両親の特質を半分ずつ受け継いだ「半分x2」という言外の意味があるのが明らかなのに、「ハーフ」という文字通りの意味ばかり問題にす るのは発想が貧困すぎる。これは、しょせん外来語にいいイメージしか持たない日本人の感覚にすぎないのだろうか。以下の記事に通じる問題である。


 瀬 戸賢一メタファー思考』(210ページ、'95、講 談社現代新書)である。この手の本を紹介するのも初めてだが、amazonで自分用にカスタマイズされたおすすめ本リストにあったので借りてきた。最近翻 訳本ばかり読んでいたせいもあって、スラスラ読める気持ちよさのありがたみを改めて感じた。
 私が翻訳で目指しているのはこれなのだ。例に挙げた英文の和訳もうまいし、文学者の中でも文章の構造そのものを研究している人はレベルが違うと感心し た。英語も多いのに縦書きなのはいただけないが、翻訳者にとっても必読書である。

目次
はじめに
序章 メタファー発見
 メタファーとの遭遇/メタファーとしての意味/英語と比べてみれば
第一章 視覚のメタファー
 第一節「見る」のメタファー
  視覚の優位/「見る」から「知る」へ/seeと「見る」/「見る」はどこまで広がるか/seeはどこまで広がるか/どのように「見る」か/「守る」と 「見守る」
 第二節 「分かる」とは何か
  見る・知る・分かる/デカルトのメタファー/どうしたら「目立つ」か/「平明」と「見通し」/discoverの構造/手に取るように分かる/一定の 形をなしていること
 第三節 光と闇
  対立する意味/光のメタファー/「照れる」の意味/もっと光を!/「明るい」再訪/光と文化

 賢明な人にはこれだけで流れがつかめるほど目次のタイトルも適確である。メタファーが文学上のレトリックにとどまるどころか日常に頻出することから始ま り、メタファーの説明にもメタファーを避けられない現実に気付かされる。第一章はメタファーの宝庫視覚を中心に、異文化を超越して共通するシステムを探 る。
 「見る」とseeの語義があまりにも一致することは序の口だ。glance「一瞥」にはlance「槍」が含まれる。だからcast「投げかける」こと ができるなど、驚きの実例がオンパレードで、単語の語源に長らく疎かった自分がいかに回り道をしてきたかも思い知らされる。
 watch「見張る」と「時計」は語源が同じで、見張りの交替を知らせるものが時計に転じたらしい。こういう話をなぜ中学で教えられなかったのかが不思 議でならない。不規則動詞にしても語源をたどれば決して不規則ではないことが分かるのだから。

第二章 空間のメタファー
 第一節 位置と運動
  視覚のメタファーの位置づけ/感性的メタファーと悟性的メタファー/悟性的メタファー/視覚のメタファーの内側/空間のメタファー/位置づけのメタ ファー/運動のメタファー/「発着」から「速さ」まで
 第二節 人生は旅
  旅のメタファー/出発のメタファー/到着のメタファー/方向のメタファー/動きのメタファー/《進行》のメタファー/進行の《手段》/《進路》のメタ ファー/《障害》が行く手を塞ぐとき/《複合》的な動き/速さのメタファー
 第三節 「道」のメタファー
  「道」の精神史/method(方法)/『徒然草』/「道」の目印/全体としての「道」−wayとの比較/道の形状/道で出会うもの/道をはずれるこ と

 メタファーを駆使しても名前を付けきれない典型例に「色の名称」が挙げられているが、名前の分からないものは意外に多くて、「正式名 称」がクイズ番組のネタになったりする。受験勉強で、throughには「〜を通って」以外に「〜のおかげで」という意味を習ったが、これもメタファーに よる意味の派生に過ぎないことが分かる。
 簡単な言葉でいろいろ表現できるのはメタファー最大のメリットかもしれない。だから『3語で話せる英会話』(ほんまかいな)なんて本が存在する。英語が 国際語であることと(あいまいすぎるとも言われるが)メタファーの多さは、鶏と卵のようにどっちが先とは言えない現象なのだろう。

第三章 メタファーと現代社会
 第一節 メタファーと心理
  レトリックと心理/夢のレトリック−フロイト/夢の作業−「圧縮」/夢の作業−「移動」/ヤーコブソンの夢/夢見るラカン
 第二節 メタファーと経済
  経済学のことば/時間の経済学/計量思考/「時間」と「とき」/「いのち」としての「とき」
 第三節 メタファーと科学
  アナロジーとは何か/アナロジーの質/錬金術とメタファー思考/科学的メタファー/理論を構成するメタファー/結語
理論解説−メタファー早分かり
読書案内

 本章はメタファーの応用面を3つの分野で概観するが、特に「時間」と「とき」の違いには著者の人生哲学が垣間見られる。ミヒャエル・エンデの『モモ』に 言及し、「時間とは生活なのです」という和訳を「ときはいのちです」の方がいいと提案する。もっともである。
 「命」と「生活」の違いもおもしろい。もちろんlifeは命から生物→生涯→生活のように派生してきたのだろう。昔翻訳学校の授業で、アメリカのティー ンエージャーが"Car is my life."と言ったインタビューでの会話を、私は「車は僕の生活になくてはならないものだ」と訳したら一蹴されたことがある。

 プロ翻訳家の大先生は「車は僕の命」だと半ば断定したが、未だにいい訳とは思えない。私訳はたしかにメタファーの「味」を損ねているが、遊び盛りの 十代の会話内容から判断しても、意味深に「命」と言わねばならないほど重い意味とは思えない。それとも十代にとって命はもう軽いものになったのか。
 フィッシャーの"Chess is life."に対して、グランドマスタードローにして早くテニスがしたいスパスキーの"Chess is like life."はおもしろい。「命みたいなもの」と直喩になれば、とたんに厳粛さから解放される。命を軽く扱えない理由がここにある。

 メタファーのあいまいさと無縁に見える自然科学でさえメタファーにあふれている。光が粒子か波動かということも、何かにモデル化しないと理解しようがな いかららしい。質量がエネルギーに変わることなど、現実はメタファーのはるかかなたにあるように思えてくる。
 「理論解説」では、メトニミー、シネクドキとの違いを分かりやすく説明する。メタファー(隠喩)「たい焼き」、メトニミー(隣接関係)「たこ焼き」、シ ネクドキ(包含関係)「焼き鳥」。だから「たこ焼き」にタコが入ってないと文句を言えるが、「たい焼き」に鯛が入ってなくても文句は言えない。「焼き鳥」 が鶏肉でなければどうだろう(笑?


 チェス書がメタファーだらけなことにも何度も触れてきた。駒の動きや戦略を戦争にたとえるのもそうだが、用語でもskewer「串刺し」や windmill「風車」な ど視覚的なものがやはり多いようである。これだけでも本が書けそうだが、余力があればいずれまとめてみよう。
メタファー思考―意味と認識のしくみ
4061492470 瀬戸 賢一

講談社 1995-04
売り上げランキング : 59,328

おすすめ平均star
starメタファーの入門書としてお勧めします
starまた理論書を探さなきゃ

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posted by 水野優 at 16:27| Comment(2) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

Webster『Daddy-Long-Legs』

 毎朝インターネットTVガイドとスカパーのページでその日の番組表チェックをするが、今日から前者のページがずいぶん詳しくなった。出演者に関してはさ らにクリックして詳細を見なくてもいいくらいだが、目を通すだけで時間がかかりそう。それでも4日朝NHKの松田聖子は、前日にチェックしなけりゃ分から ない。公式 HPにスケジュールが出ないというか会員オンリーらしい(汗。


 最近は、一般の洋書をうちから購入される方も増えてきた。私自身ももっ と翻訳や英語学習関連のことを紹介したいが、仕事はともかくもブログとチェス書翻訳を連日4,5時間していると、あまり時間がない。それでも日に最低和書 50ページ、洋書10ページは読むことにしている。
 そこで今回は単独記事では初の文芸洋書、Jean Webster(1876-1916)"Daddy-Long-Legs"、 ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』の原本である。児童文学は、内容の 概略を知っていて英語も易しいから洋書の取っ掛かりに最適だし、意外と知らない向こうの子供には当たり前のことが新鮮に学べる利点がある。

 本書はamazon注文を1500円以上にするための急遽策だったが、児童物からどうせ選ぶならまだ翻訳でも未読のものを思って選んだ。もちろん主 人公が孤児云々は知っていたし、おそらくアイデアを借用した日本の少女漫画『ガラスの仮面』や『菩提樹』も映像作品としては見たことがある。
 去年からちびりちびりでやっと読み終わったが、最初の導入部分以外は全部主人公アボットから「おじさん」への手紙というのが最大の特徴である。極限とも いえ る一人称文体だが、成長していくアボットの率直な語りが読者を飽きさせない。
 著者は大叔父がマーク・トウェインにあたるが、学生時代は文章が下手だったという。実話と錯覚しそうな内容は、著者が大学生のときのチャリティ活動が きっかけだった。気の毒なことに、結婚した翌年に1歳の娘を残して亡くなった。

 気の付いたことを記す。アボットが「David Copperfieldを読んだことがない」とあるので、何であのマジシャンがこの時代にと思ったらチャールズ・ディケンズの小説名だった(汗。黒人や 使用人を見下げる表現が若干出てくるが、これは時代的に仕方ないだろう。女性に選挙権がなかったくらいである。
 intensiveとextensiveをわざと対比させる表現やrain cats and dogs等の古いイディオム(おそらく作家を目指す主人公の意気込み)が勉強になる。私はboardに「まかない」の意味があるのを初めて知った(汗。 with board and tuitionで「授業料と(寮の)まかない込み」の意味になる。

 買うときには全く忘れていたが、本書はプロジェクト・グーテンベルクで読める。Daddy-Long-Legs, Dear Enemyもある。欠点は作者自身のイラス トが入ってないことで、これではイラストを説明する部分の意味が分からない。テキスト形式なので、強調の斜体単語は全部大文字に変えられている。
 無料で読める以外の最大の利点は、マウスカーソルを単語上に置くと意味を表示する辞書ソフトを使えば、ほとんど中断なくスムーズに読み進められることだ ろ う。私も最後の方でそれを使い、本はどこまで読んだかのしおり代わりに成り下がってしまった(汗。

 紙の本がスラスラ読みたいという方には、講談社ルビーブックスをお薦めする。かく言う私も昨年帰省したときに知ったのだが、単語の訳がルビで振ってある 洋書があるとは知らなかった。日本の出版社から出ていると和書だし、タイトルも訳表示だからamazonの洋書だけチェックしてては気付かないはず だ。
 特に半ページに渡って主人公が習いたてのフランス語をひけらかす部分は手に負えないので、ルビ付きならありがたい。これもイラストがないのが残念だが、 スラスラ読めて値段も洋書の1.5倍ならお得だろう。長い目で見れば辞書で語源等を確認しないと単語は身に付かないが、こういう方法もあるのである。
あしながおじさん
4770025971 ジーン・ウェブスター Jean Webster

講談社インターナショナル 1999-08
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starストレスなく英文を読める幸せ

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 読みながら私は、アボットの孤児コンプレックスが錯綜する心の叫びを現代のいわゆるギャル語にすればしっくりこないかと考えていた。際物になる気もする が、どうせ既存の翻訳は、孤児(見下すわけではないが)というにはお嬢様口調で書かれていると思えるからだ(確認してないけど)。
 日本語は老若男女の言葉遣いの差が大きいため、翻訳するときにhe saidとかを省ける利点がある。しかし、そのあからさまな強調が当たり前になりすぎ、現実の言葉遣いとの乖離が甚だしくなってきた。この状況を打破する 翻訳家 はいないのかと調べると身近にいた。

 上記のプロジェクト・グーテンベルクの翻訳版ともいえる「プロジェクト杉田玄白」 主催者山形浩生である。有名な(?)リンクに関する「リンクす るなら黙ってやれ!」等の歯に衣着せぬ物言いは痛快だ。数十冊の訳書をすでに出しながら著作権切れ文献の翻訳を無償で公開する翻訳界の鉄人であ る。
 彼のことは元々メルマガで知ったが、私も実力は現状維持でも彼のパワーの半分さえあれば、とっくに出版翻訳を果たしていたと思う。すでに誰かが翻訳した からといってあきらめるどころか、自分がもっとうまく訳して勝てばいいという気概は大いに見習いたい。

 「杉田玄白」に『あしながおじさん』はないが、山形がルイス・キャロルのアリス二作を訳して公開している。これにイラストが付いたものが出版されている のだが、間違ったアリスの言葉curiouser(正しくはmore curious)を「チョーへん」とかやっているのだ。
 予想通りこれは賛否両論分かれているようだが、キャロル原文の言葉遊びをそのままくまなく日本語で子供に伝えるなどどだい不可能なわけで、過去 の訳をバッサリ下手と切り捨てる山形を支持する。しかし、チェスの出てくる『鏡の国のアリス』は私もいずれ訳して一歩も退かないつもりだ(笑。

 好きなことを仕事にしても理想とのギャップに幻滅し、好きなことが趣味でさえなくなる「贅沢なへたれども」が多すぎる。そして、好きなことを仕事にして はいけないと分かったような説教まで始める。そういう輩こそ、鉄人山形の言葉を謹聴すべきだ。
 私が読んだイラスト付きでいちばん安い原著は↓
Daddy-Long-Legs (Puffin Classics)
0140374558 Jean Webster

Puffin 1995-06
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star子どもが読む本とはいうけれど・・・
starいもむしから蝶へ
star英語学習に最適

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2005年11月18日

Hirsch『The New Dictionary of Cultural Literacy』

 昨日風呂に入ってシャワーを2回目に開栓したら湯が出なくてあせった。いくら待っても冷たいままなのでまた服を着直し(まだ泡だらけの状態で なくてよかった)、外のプロパンガスメーターを見に行くと相変わらず分かりにくい表示ながら異常を示している。
 仕方がないから電話をすると、やはりリセットのようなボタンを押してくれということで、原因の説明はちんぷんかんぷんだった。ボタンを押すとしばらくし て 表示が変わり、その頃まだ電話をかけ直す(フリーダイヤルがない)と言ったガス会社から電話が来ないので、キッチン給湯器が使えることを確認してから風呂 に入り直した。
 「急激に使用量が変わったために内部切替が対応しきれずにいったん切断した」などと言っていたが、これは給湯器の火力切替のようなものだろう。ここ数日 で急に寒くなったことと私の帰省がちょうど重なったためだ。GWには原因不明で元栓が閉められていたし、前近代的な施設にはほとほと参る。オール電化の家 に住めるのはいつの日か…。


 今日はめちゃくちゃ久しぶりに一般の翻訳というか語学ネタである。しかもamazonマーケットプレイスに出品していて売れたのをきっかけに紹介すると いうのは チェス本と大差ない(汗。決して悪い本ではないが、でかくて重くてハードカバーだから気軽にパラパラと見る気になれないのが手放した理由なのだ。
 その本とは、E. D. Hirsch Jr.他の"The New Dictionary of Cultural Literacy" である。去年のテキスト日記には買ったときのことを書いたが、英語で英語の世界のことを学べるのは一石二鳥というメリットがある。同 著者の"Cultural Literacy"も持っている。

 ジャンル別に(ジャンル内ではABC順に)常識として知っておくべき言葉が並び、数行から数十行の簡潔な説明が付けられているいわば教養事典である。日 本だと冠婚葬祭や生活に役立つ情報まで網羅したものが多く、あまり類書は見かけない。たしか古い版の和訳が倍以上の値段で出ていたと思う。
 アメリカの文化や歴史にもかなりのページを割いているのでそういうところは原文で読まないとあまり意味がないだろう。広く浅くの内容は得意ジャンルに食 い足りなさを感じてしまい、不得手な分野は辞書がないと難しいという欠点もある。なので同種の子供向けの本からチャレンジすることを最近計画している。

 本書は、アメリカの若年層の学力低下と、世代間ギャップの原因の一つともなっている常識不足を長年憂いてきた著者の集大成でもあるのだが、「ゆとり教 育」が完全に裏目に出た日本もひどい状況だ。日本語に関するクイズ番組の多さは、この状況をどれほど改善できるだろうか。
 頭の悪いアイドル一位がアンケートでも実証された若槻千夏は、昨日の番組でも他を寄せ付けない「貫禄」を見せていた。北島三郎に憧れたのがきっかけで芸 能界入りした変わ り種、大沢あかねの「猛追」をどれだけ振り切れるかが今後の見物である(笑。

 しかし2000円から手数料引かれて半額近くで手放したのはちと痛かったかも(汗。
The New Dictionary of Cultural Literacy
0618226478 E. D. Hirsch Joseph F. Kett James Trefil

Houghton Mifflin (T) 2002-10-03
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star素晴らしい教養書
star日本に類書があればご教示下さい。

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2005年08月03日

翻訳の電子出版

 1億円あってもそれをさらに10億100億と増やしていきたいのが人の常だろうが、私には余生を過ごすのに十分すぎる額である。環境のいい田舎に家を買い、お面作りはやめて、自費出版の翻訳作業に専念するだろう。
 
 会社がせめて残業の多いソフトウェア業界でなければ、もう少し二足のわらじを続けていたかもしれないが、2社目は入るときからやめることを考えていた。やめたときは700万円あったが、翻訳の勉強期間中になしくずしで使い切ってしまった。
 その頃読んだ柴田耕太郎の『翻訳家になる方法』には、300万円ほど奮発してまず自費出版で翻訳書を出して実績を作ってしまうという究極の方法が書いてある。今なら100万で出せるが、私もそうすればよかったかもしれない。
 
 いずれにせよ、産業翻訳は論外で出版翻訳でも好きなものしか訳したくない私は、仕事として翻訳をするのは初めから無理だったのだろう。しかし、業界の事情がどうであれ、翻訳家志望の人たちにとってはそれで生計を立てることこそが憧れなのだ。
 翻訳の技術は、細かい単語レベルの変換と大きな意味や文化レベルの移し替えに分けられる。私はどちらも好きだが、好きな分野の翻訳でなければ後者の満足感は得られないのである。
 
 チェスの翻訳に関しては、ネット上での議論を見たり参加したりしたことがあるが、詰まるところ問題は金だけだ。私には、他に必要な翻訳技術もチェスの知識も時間もある。
 うちの両親のように、戦後から40年仕事ばかりしてきて、定年後に好きなことをやろうにも特にやることもないか、もう何をするにも頭も体もついてこないという事態を見ていると、好きなことを老後になど取っておけない。
 
 これ以上心情をぶちまけても愚痴にしかならないのでやめておこう。今、電子出版で訳書を出すと先方にどれだけアドバンス(部数に関係なく前もって払う著作権料)を払わねばならないか交渉を進めてもらっている。
 意外にも電子出版のみの契約は前例がないらしい。妥当な金額が出れば、今やっている技術書の翻訳は止めて、年末までそれにかかりっきりになるだろう。早く答えが出てほしい。

 古い本だが、業界の汚い裏側も分かる本なので夢見がちな翻訳志望者のためにいちおう下に貼っておく。amazonリンクはG-Toolsさん提供アプリのおかげで見栄えがよくなった。「チェス書レビュー」もこれに変更した。
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posted by 水野優 at 16:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月31日

十番目の惑星

 まだ自分の中のアニマに気付かなかった頃からの趣味は、少年の気持ちを思い起こさせてくれる。昨日の十番惑星発見の報は、一昨年から話題に上がっていたものの確認だった。冥王星の外側にも小惑星群があるから正式な惑星となるかどうかは別の問題らしい。
 
 私が天文学好きになったきっかけはよく覚えていない。テレビCMで流れていた「北斗星」(何かの家電)から「北斗七星って何?」となったような気もするのだが、いつ頃かも分からない。あえて「北斗星」は検索しないでおこう。
 小三で大叔父に天体望遠鏡を買ってもらう約束をしたからそれ以前なのはたしかである。そのときのカタログでは3万円で赤道儀が買えたのに、実際に買ってもらった6年生のときにはオイルショックの影響で経緯儀になってしまった。

 レンズの性能とかよりこの違いは重要で、動く天体を追ったり撮影するには赤道儀じゃないとお話にならないのだ。そのせいというわけではないが、中学に入ると興味の中心は音楽に移行していった。
 今でも思い出す至高の体験というか風景がその頃にあった。大叔父のいる親戚の家から通った今はなき高槻の西武百貨店の4階である。関西の百貨店では異例のだだっ広いフロアで天井も高く、そもそも建物が横長の構造だった。

 そこでは、本屋(Kobe Books)、レコード店(新星堂)、カメラ店等が隣り合わせになっていて、何も買わなくても歩き回って半日でもいられた。大阪万博から始まった'70年代がそこにあった。
 空気の汚れに加えて視力が低下すると、さらに星空を見上げることもなくなる。車は第一に騒音が嫌いだが、間接的にはその排気ガスとライトが星空を曇らせている。ウルトラセブンに出てくるアマチュア天文家に同情する気持ちがここにある。
 
 今の階下住人にドアのバタン閉めがうるさいことを指摘したら、それは収まったが、相変わらずバイクのメンテのために家の内外の行き来が激しく、代わりに室内のガラス戸(木造だからふすまでいいのに)をビシっと閉める音が前より増えた。
 家賃3万円のアパートの住人に多くを期待するのが無理な話だが、将来的に車の騒音が聞こえない家に果たして住めるかと思うと絶望的な気持ちになる。ヘリコプターの音までさえぎるなら地下へもぐるしかないだろう。

 ETVの若者向け職業紹介番組で、プラネタリュームの操作をするプラネタリアンを見た。こんなマイナーな職業まで紹介する意義があるかはともかくとして、今の自分の知識と技能ならやれるしやりたい仕事だと思った。
 しかし、残念ながらこういう仕事はほとんどが民間ではないから、たまたま回ってくるという場合が多いらしい。それでも好きで情熱を持っている人がやっているのを見られてよかった。
 そういえば、プラネタリアンの話すストーリーを出し抜いて「うみへび座!」などと叫んでいたことを思いだした。私はプラネタリアン泣かせの少年だったのだ(笑。

 古在由秀『十番目の惑星』は、まだ木星の衛星が12個だけだった頃の本である。副題「太陽系を再点検する」の通り冥王星発見までのお話がほとんどで、十番目の惑星については最終章だけだが、類書が意外とないのでこの未だに持っている本をいちおうお勧めしておく。
posted by 水野優 at 13:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月11日

高木仁三郎『宮沢賢治をめぐる冒険〜水や光や風のエコロジー』書評

 『人形の誘惑』のついでに借りた。最寄りの分館は小さいのであらかじめ予約しておいて、本館や他の分館から運ばれてきたものを借りるのだが、たまには分館にある本を気まぐれで借りてみる。賢治の本を何かまたと思っていた。
 150ページほどと薄いしイラストが多くてすぐに読めると思ったし、文章も著者が賢治の記念講演で話した口語口調そのものなので、冗長ではあるが読みやすかった。
 
 タイトルからして変わっている通り、著者の専門はなんと原子力や核化学である。全体(おそらく講演3回分)のうち、第一話「賢治をめぐる水の世界」は、賢治の作品を引用しながら、水が賢治にとっていかに重要なものであったかを力説する。
 私は賢治の詩はあまり読んでいないので、まずそれを読んでおくべきと思ったが、文学評論というほど踏み込んだものではないから、なるほどと気楽に楽しめた。門外漢の勝手な解釈だと謙遜する著者だが、目の付け所は鋭い。
 
 第二話「科学者としての賢治」は、著者の経歴が賢治の生き方に重ね合わせて語られる。理論重視で人間性を忘れた科学の世界に嫌気がさした著者は、研究所も大学も後にして原子力資料情報室を立ち上げて今日に至る。
 賢治が学校の先生をやめて羅須地人協会を作ったのとダブらせるわけだが、著者自身の話の方がかなり長い(笑。しかし、自分の気持ちに正直に、賢治のような偉人を自分の鏡とする著者の生き方にむしろ感動する。
 
 第三話「『雨ニモマケズ』と私」では、この最も有名でありながら、病床に伏した賢治の心境を綴ったというよりは、押しつけがましい説教のように受け取られてきた詩について語られる。
 私の経験も全く同じで、小さい頃からよく行った親戚の家には、この詩が壁に掲げてあり、夏休みにグッタリしていると、「夏ノ暑サニモマケヌ…」とよく言われたものだ。
 
 だから私の賢治に対する印象は当初悪かった。国語で習った「やまなし」など長らく忘れていたし、「銀河鉄道の夜」など粗筋を聞いただけで甘ったるくて読む気にはなれなかった。
 今では、他の好きな芸術家もそうだが、生き方を含めて心の糧になっている。この著者にしても、原子力研究から原子力の怖さを世に啓蒙する側に転身した。著作も多いし(だからこんな変わった本も出せる?)大した人だ。
 
 しかし、一つ気になった点がある。「一日ニ玄米四合ト」とある。私は体にいいと聞いて玄米に変えたことがあるが、消化で胃腸に負担があるらしくて断念したことがある。それは別として、おかずが少なくても一日に四合は粗食ではないと思う。
 私は一日に白米は1.6合である。おかずも栄養のバランスには気を配るが量は多くない。余談だが、何も食わずに生きられる人が実際にいる。自分の便や尿から再び栄養を取り出す効率がよく、太陽エネルギーを吸収する機能まで身に付けたらしいのだ。
 私はこれでも最近下腹が気になるから、必要に迫られて栄養吸収効率が高くなったのかもしれない。これは、著者が言葉が普及する前から取り組んでいる、まさにエコロジーの世界だ(笑。
posted by 水野優 at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月27日

松本富雄『人類2300年分の発想』書評

 おもしろかった。著者のことは『シーメール・レッスン』をamazonの「おすすめ」で見て知った。本書を読むと私もつくづくこんな該博な知識とバイタリティあふれる人に軟派されたかったと思った(汗。
 
 仰々しいタイトルとは違って文体は軽く読みやすい。章立てがユニークで大まかな内容の区切りはあるものの、後の章ほど短くなっていって最後は「0」で終わってしまう。
 すべてが卑近な話題から出発して偉人達の業績に「寄り道」してまた帰ってくるという筋立てもおもしろい。ページの下欄には引用した著者の推薦書がずらりと並ぶが、読んだことあるのはマックス・ウェーバーくらいだ(汗。
 
 ほとんどが理科系の話で、高校の数学で文化系へ寝返った(逃げた)とはいえ元来好きだった天文学・物理・数学の話は、かみ砕いて分かりやすく、久しぶりに興味がよみがえった。
 宇宙の果てと同じくらい謎なミクロの世界には最小単位があるはずと思っていた私は、それをデジタルだというプランクに大いに共感した。相対性理論で引っかかっていたこともすっきりした。
 カントールの無限論は昔ブルーバックスの『無限の話』で読んで印象深かったが、ゲーデルの不完全性定理がそれを反駁したとは知らなかった。これも分かりやすく説明されている。
 
 ユングが男女ともに異性の部分(アニマ、アニムス)を持っているとしたことを人間の不完全性定理と呼んだり、シンプレックス、コンプレックス、マルチプレックスをそれぞれ音楽では、プレスリー、ビートルズ、バッハにたとえる話なども、でまかせ以上の意味がある。
 世にはびこるオカルトや占いなどを弾劾し、読者を啓蒙する狙いも強い。血液型性格判断やUFOはバッサリ斬られている。最近では、レッサーパンダは風太だけが立つわけではないのに海外にまで珍しいと報じられた件はバカバカしい。
 UFOに関しては、私も中学まで天体観察をしていたから、いたらいいなとは思ったが、そういう際物根性だけの連中は大嫌いだった。科学は実際に観察や実験をして本と同じと思えるだけで楽しいのだから。
 
 そういう著者は、あの世などないから自殺はするなと繰り返す。私も生まれ変わりがあればいいとは思うが、実のところは信じていない。しかし、臓器移植やクローンで、記憶だけが引き継がれても意識は別だろと思うのは、意識が単なる脳の化学反応とする考え方に反する。人は偉く成りすぎてしまったのだろう。
 
 ちなみに、チェスの上達にはブリッツをたくさんやるのがいいと聞く。若いプレーヤーが特にそう言い、逆に弊害を訴える意見も多いが、これはスポーツや楽器演奏の技術のように、小脳へ覚え込ませる(体で覚える)ためなのかもしれない。
 しかし、この膨大な推薦図書。古典と呼ばれるものくらいは若い頃にもっと読んでおくべきだった(汗。
posted by 水野優 at 13:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月14日

横田庄一郎編『漱石とグールド 8人の「草枕』協奏曲』書評

 またお気に入りの横田さん本。この企画の元となった『「草枕」変奏曲−夏目漱石とグレン・グールド』は以前読んだ。それに触発された各界8名の寄稿を横田が編集している。
 最初にずばり斬ってしまうと、この本まで読む必要はなかったかもしれない。よかったのは、横田が全体を総括する序文と、ターニー、グエン、石田、樋口の4人くらいなのだ。
 
 グールドが愛読し、臨終時に聖書と共に枕元にあった『草枕』を英訳したアラン・ターニーは、短い文章だが、自らの英訳を通して漱石の「非人情」や「則天去私」に触れている。彼と生前のグールドが会っていたらおもしろかったろうに。
 サダコ・グエンは、二人の関係を「北のピアニストと南画の小説家」とし、寄稿者の中ではグールド側に属しながらも自らがたまたま漱石が大好きということで、ひじょうに両者のバランスが取れた内容になっている。
 
 ジョーン・ヘブは、グエンの友人で、グールド所有の『草枕』がパリで紛失(盗難)する前にその書き込みをメモった功績は大きいが、主張は日記風に散漫で、グエンの和訳も今ひとつ冴えない。
 音楽評論家、石田一志は、作曲家グールドの時代錯誤な面まで取り上げ、本書では音楽的に最も難解な内容になっている。それでいて漱石側の掘り下げも深い。
 
 同じ音楽評論でも相澤昭八郎は、グールドファンなら誰でも知ってるような話でお茶を濁している。ごく一般的な読者には石田より読みやすいからこれは両方あって正解なのだろうが。
 神経内科医の河村満は、脳内機構から非人情を理解しようという企てだが、まず脳の説明に多くのページを割いたわりには大した効果をあげていない。
 
 NHKアナウンサー長谷川勝彦も、同じく自らの経験から朗読の難しさを説くが、これも前振りが長すぎる。それでもグールドがカナダラジオ局で行った『草枕』朗読(これがグールドと漱石を結ぶ唯一の資料と言ってもいい)批評は鋭い。惜しむらくは文章が読みにくい。
 最後は文芸評論家、樋口覚。当然ながら漱石に関しての深い記述でいろいろ興味深いことを知らされた。おそらくこれを加筆した『グレン・グールドを聴く夏目漱石』も発売されているので読まねば。
 
 グールドがこの『草枕』とともに愛読したトーマス・マンの『魔の山』も芸術家の生きる苦悩を扱った内容だし、私もこの手の内容には共感するのだがなかなか読めないうちに歳を取ってしまった。
 そういえば阪大の独文学特殊講義でマンの『ブッデンブローク家の人びと』を無謀にも原書講読したことがある。もっとも課題はなく、先生の解説を寝ぼけ眼で聞いていただけで、残念ながらその原書はもう手元にない。
 プルーストの大著『失われた時を求めて』などは抄訳が出ているのに手が出せない。フィクションを読むには相当な大義名分が必要になりそうだ。
 
 樋口は、グールドに関連してベンヤミンにも触れていて『複製技術時代の芸術』はもちろん『翻訳者としての使命』も音楽解釈になぞらえている。後者は翻訳の課題として訳したことがあるのだが、ちくま学芸文庫の訳はひどくて参考にもならなかった。
 樋口はT.S.エリオットの『荒地』にも触れているが、これも英文学特殊講義の思い出がある。幸いこれは原書があるし、この第2章A Game of Chessは、何かのおりにネタにしたい。
 
 今回は文学ネタの方が多かったから文学カテゴリーに入れておこう。 
posted by 水野優 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月04日

辞書の話

 昨日フジテレビでまた『タモリのジャポニカロゴス』があった。前回、金田一秀穂が「ご苦労様」だけではなく「お疲れ様」も上司に使えないとしていたのは納得がいかないが、今回も敬語ネタなど似たような内容だった。
 毎度主観的定義で笑わせてくれる『新明解国語辞典』だが、第四版はスタッフがネットオークションで入手したほど稀少らしい。うちのは何版だっけと確認するとなんとその第四版だった。もう古い紙の辞書なんて売れないと思っていたが、これは大事にしなければ。

 『リーダーズ+プラス』と『ジーニアス英和大辞典』が入ったCASIOの電子辞書を去年買ったから英和辞典はかなり処分した。箱なしの『リーダーズ』初版と新品同様の『スーパーアンカー』(基本的な中辞典も必要かと思って評判だから買ったが物足りなかった)をヤフオクに出したが、後者でさえ定価の半値にもならなかった。
 そして引っ越し前に、大学時代からずっと愛用した『プログレッシブ』初版を勢いで捨ててしまった。当時から大きめの中辞典として、こなれた訳語や多くの例解で評判だったが、さすがに古くなった。新版は活字が気に入らなくて買っていない。
 この編者には大学の恩師が二人名前を連ねている。コメニウスに傾倒していた英語教育が専門の末延先生とアメリカの方言に詳しかった松村先生。特に、当時経済学専攻だから卒業単位の足しにもならないのに出席し、難しく厳しい松村先生の英作文の講義でほめられたことは未だに忘れられない。

 翻訳せずに洋書を読むだけならよほどのことか、学習目的でもないかぎり辞書は引かないし、英和より英英を使う。しかし、新版まで買っているLongmanのContemporaryはでかいからあまり使わず、今頃になって30年も前のOALDを引いている。これは初学者向きでないから買った頃は使いこなせなかったが、今では手短な定義がかえっていい。
 辞書は長い付き合いになるから最初に不向きなものを買ってしまうとなかなか買い換えられず、辞書にとっても不幸だ。もう買わないとは思うが、本屋でつい手に取ってしまうのが三省堂の『ウィズダム英和辞典』である。これなら『スーパーアンカー』のように売り飛ばさなかっただろうなあ。
posted by 水野優 at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする