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2007年03月18日

ホーキング等著、佐藤訳『ホーキング、宇宙のすべてを語る』書評

 スティーヴン・ホーキング、レナード・ムロディナウ共著、佐藤勝彦訳 『ホーキング、宇宙のすべてを語る』(252ページ、'05年9月、ランダムハウス講談社)を読んだ。オックスフォード出版の『Cosmology』を読んでから、あまり触れられてなかった最新の「ひも理論」等が気になっ ていたので、翻訳物で新しいのを選んだ。
 ホーキングが日本でもブレークしたのは原著が'88年に出た『ホーキング、宇宙を語る』だが、その原題はA Brief History of Time、本書はBriefがBrieferに変わっただけである。タイトルは全くの意訳だが、内容的には最新の情報を補足しつつも共著の形にして理解しやすくなったらしい。

 以下、目次に短い要約と感想(括弧内)をつけて概観する。


序文
第1章 宇宙について考える
 基本知識の確認と疑問提起。

第2章 進化する宇宙像
 アリストテレス、プトレマイオス〜コペルニクス、ケプラー、ガリレオ、ニュートン。

第3章 科学理論の本質
 一般相対性理論と量子力学の統合理論が本書の目的。統一理論に支配される我々にその理論が見つけられるかという哲学的な問い。

第4章 ニュートンの宇宙
 ニュートンは絶対空間の欠如に悩んだが、彼の理論内では絶対時間は通用した。

第5章 相対性理論
 レーマーの光速測定。マクスウェルの電磁力発見。相対性理論でエーテル理論が不要になる。(時間座標等の説明が難解)

第6章 曲がった空間
 (等価原理が分かりにくい)。重力場は時を遅らす。

第7章 膨張している宇宙
 宇宙が膨張していなければ重力で収縮するはず。アインシュタインが恥じた「宇宙項」。先駆けたフリードマン。背景ノイズの観測。膨張加速で宇宙項の見直し。(最新のニュースで宇宙年齢が200億年以上に延びたようだが大丈夫?)

第8章 ビッグバン、ブラックホール、宇宙の進化
 物質や力の種類は宇宙年齢で変化し、星や生物の進化も支配する。一般相対性理論は、無限を扱う特異点があるために不完全→次章。

第9章 量子重力理論
 ラプラスの決定論。光の量子=光子。ハイゼンベルクの不確定性原理。アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と反論。波と粒子の二元性。宇宙は自己完結。

第10章 ワームホールとタイムトラベル
 未来へは行ける。過去へ行く超光速(不可能)以外の方法。歴史仮説理論。

第11章 自然界の力と統一理論
 4つの力の統一へ。くりこみ論。超重力理論。ひも理論→10,26次元。人間原理。pブレーン理論。統一理論が存在し発見したとしても、応用はたいへん。

第12章 結論
 哲学的なまとめ。言語研究に閉じこもる現代哲学者批判。著者の願い。

アルバート・アインシュタイン
ガリレオ・ガリレイ
アイザック・ニュートン
 (ニュートンだけ悪人扱い。ホーキングも同じ英王立協会会員だからなおさら?)

用語集
訳者あとがき(訳者は本文でも言及される物理学者。長男が下訳!)
索引


 原文の良さは、たとえが日常的で分かりやすいこと、訳も専門家にありがちな直訳くささがほとんどなく、かなりこなれている。相対性理論に関しては(もちろん感覚的に)かなり理解したつもりでいたのに、新たな説明に触れるたびに実は分かっていなかったと気付かされる(汗。それでも今回は、閉じた(開いた)宇宙の説明でアハ体験があった。

 ホーキングの哲学者批判(哲学を言語研究としたウィトゲンシュタイン)には全く反論できない、というか最新の物理学と数学に通じていなければ宇宙論や統一理論に太刀打ちできない現状からすれば仕方ないだろう。
 むしろ量子力学以来の不確定要素という限界を認めながらも延命した物理学こそ科学哲学の方法論を取り込んだ新たな哲学という感じがする。もう少し和書にあたってから、最新のひも理論やpブレーンについての洋書に挑戦しよう。
ホーキング、宇宙のすべてを語る
427000097X スティーヴン・ホーキング レナード・ムロディナウ 佐藤 勝彦

ランダムハウス講談社 2005-09-30
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おすすめ平均star
starイラスト多数ですが、簡潔すぎます。
star素人でも理解しやすい
starぼちぼちです

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ホーキング 虚時間の宇宙 ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで ホーキング、未来を語る はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く 「相対性理論」を楽しむ本―よくわかるアインシュタインの不思議な世界
posted by 水野優 at 13:10| Comment(4) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月08日

ゲイビー・ウッド著/関口篤訳『生きている人形』

 また図書館通いが復活したので、久し振りに一般書の書評をしよう。ゲイビー・ウッド著、関口篤訳の『生きている人形(Living Dolls)』(290ページ、'04年1月、青土社)である。例によってamazonで芋づる式に引っかかってきたが、すでに「戎棋夷説」で紹介されているはずだ。maroさんがこれに触れていない訳がない(笑。

目次
はじめに
1 アンドロイドの血
2 不思議なゲーム
3 完璧な女を求めて
4 魔術のミステリー、機械の夢
5 お人形の家族
エピローグ
謝辞
訳者あとがき
索引

 「はじめに」の前に白黒のグラビアが8ページある。この18世紀の自動人形から20世紀の小人役者で、内容の察しが付く。チェスに関しては主に第2章だが、カスパロフ対ディープブルーは「はじめに」や「訳者あとがき」でも触れられてい る。

 「はじめに」で人間と機械の違いは何かという根源的な問い(本書最大のテーマ)を様々に呈示した後、第1章もいささかその混沌を引き継いでいる。デカルトとそのアンドロイド娘の話は明らかに眉唾だが、ヴォカンソンの自動人形(フルート奏者等)が伝えられている通りかどうかも怪し い。
 人間を機械の一種と見なす風潮は産業革命にも後押しされる。職を失うか機械の部品に成り下がるしかない職工たちと、人間の仕事を横取りし始めた機械が対照的である。
 ずいぶん冷めた感想だが、個人的に本章で最も興味深かったのは、私の製作活動に欠かせない素材ゴムだ。 ヴォカンソンがもっと人間らしい人形を作るために、南米に探検隊を繰り出す国を挙げてのプロジェクトが立ち上がる。結局ゴムは栽培が難しいこともあって、タイヤや消しゴムに使われるまではがらくた扱いだったと聞いている。

 第2章からは各章のテーマが求心的になり、本章はケンペレンが作り、メルツェル(ベートーヴェンの友人でもあったメトロノームの発明者)が受け継い だ「トルコ人」と呼ばれる盤付きの自動チェス人形の話である。エドガー・アラン・ポーでさえ、この人形のからくりには確信が持てなかった。
 たしかに駒をつかんで移動させるパンタグラフ構造だけでも大したもので、これは後に義 手の改良にも寄与したらしい。しかし、名人並にチェスを指すことが機械にそう簡単にできるわけないことは自明に思えてならない。
 ケンペレン自身も、一度壊して展示をやめたくらいだから最初は軽い余興のつもりだったのだろう。しかし、だまされる快感を味わいたい観客の人気で引っ込みが付かなくなってしまう。現代マジシャンのイリュージョンに対する観衆心理も、この点では大差ないかもしれない。
 一方、舞台裏の棋士間では誰が「内臓」かという話で盛りきりだった。興行主に抱き込まれた棋士たちは、狭い機械内で体の自由もきかずにチェスに専心するしかない。私が翻訳したばかりのモーフィーの奇行が本書でも引用され ているが、どちらも知性の行き過ぎが招くチェスの怖さを物語っている。

 第3章エジソンおしゃべり人形の話。発明王の伝記では脚注で触れられる程度と繰り返されるこの人形は55cm、1.8kgのの塊で、子供のおもちゃからはほど遠い。ここでも大工場での非人間的な流れ作業の社会問題化が語られるが、そこでパーツから組み立てられる人形もその擬人化ゆえに気味が悪かったらしい。
 先日NTV「世界一受けたい授業」で映ったリカちゃん人形の製造工程に対して、タレントたちが口をそろえて「見たくなかった」と言っていた。私は、実際に福島の工場(リカちゃんキャッスルとして公開)で裏にリカ頭がいっぱい転がっているのを見て、やはりと納得した程度だったが。
 しゃべる仕組みはもちろん蓄音機だが、当時この発明は、とりわけ死人の声さえ未来永劫残ることが衝撃だったらしい。エジソン自身も、録音再生が成功したときに戦慄を覚えたと告白している。

 本章では、エジソンをモデルにしたリラダンの小説『未来のイヴ』も引用される。これはピュグマリオン伝説の現代版だが、19世紀にはすでにお粗末なラブドールの原形もあったらしい。子供に疎いゆえにごつい人形を作ったエジソンは、女性観も変わっていて女性を作れるものと思っていた。
 ヴォカンソンの頃から進歩したのは、ゴールデン・ロッドという米国内で育つゴムの木を確保したことだが、結局鉄人形は故障がちで売れず、何千体もの在庫が工場内に散らばり、エジソンの興味は他へ移ってしまった。

 第4章は舞台〜映画のイリュージョンの話。ロベール=ウーダンという自分の劇場まで持った大イリュージョニストからの系譜では、スクリーンに映写する映画を発明したリュミエール兄弟(エジソンのは覗き式)がドキュメンタリー制作を指向したのに対して、ウーダンのエンタメ精神を受け継いだのは、「月世界探検」等で知られるメリエスだった。
 当時の無声映画は撮影時より速く動くだけでも滑稽だが(トリック撮影には好都合)、技術力がアイデアに追いつけない一種異様な充実感が伝わってくる。CGや特撮映像のクオリティが向上するわりにはストーリーが変わり映えしない現代のハリウッド映画とは対照的だ。
 結局、映画もエジソンのアメリカ側からの逆襲が始まり、メリエスの晩年は小さなおもちゃ屋の主人という寂しいものとなる。エジソンよりメリエスがいとおしく感じられるが、二人とも子供がそのまま大人になったようなもので、エジソンの方が少し世渡りがうまかったのだろう。

 第5章小人フリークの話。見せ物小屋での呼び物が機械から人間へ変わっていく。著者は人形のような人間に自分自身を見る観衆の恐怖を強調するが、現代人には、逆に自分も生身の肉塊に過ぎないことを自覚する方が恐怖に思えてならない。プラスティネーションによる人体剥製展示は宗教的な反対も受けているが、こういうものから目を背けてばかりいるから人工美偏重の美意識がはびこるとは言えないだろうか。
 最も有名なシュナイダー兄弟は、私も古い映画「オズの魔法使い」で見た気がする。その中の唯一存命する女性に著者がねばり強く会いに行くくだりで本書は幕を閉じる。エピローグでは、世界最先端のロボット工学について東京を取材する。最後に、著者が'71年生まれの女性と分かって意外だったが、そうでなければシュナイダー氏には会えなかったかもしれない。


 最後まで著者の「何が人間を人間たらしめているのか」という問いは解決されないどころか、人間←→機械のゆらぎに終始する。私はASIMOのような二足歩行ロボットを見ても、そんなものが揺らぐどころかあの常に膝を曲げたへっぴり腰は何年先に自然になるのかとばかり思う(笑。
 子供の頃に見せ物小屋の横を通ったときに、父親にいんちきだと言われて以来入ったことがないが、あのとき入り、入れ知恵もされなかったらどう思っただろう。

翻訳について:
 ウェブ上の他の書評を見ると訳は評判がいいし、私も読みやすくてうまいとは思った。訳書も多数出ている。しかし、減点法だといろいろ引っかかる。直訳調のところはもっと思い切ってほしいし、メタファーをそのまま処理するとしてももっと分かりやすく書ける部分がある。
 p.46の「手袋職人の息子(ヴォカンソンのこと)」のような括弧補足は格好悪い。ヴォカンソンは父子とも手袋職人なので、名前の繰り返しを避ける英語特有の言い換えだが、「父親ともども[譲りの]手袋職人のヴォカンソン」とでもすれば流れが妨げられない。

 「不吉な主音階」という表現が3度ほど出てくるが、これはメタファーというより慣用句としてもう少し普通の表現に読み砕いた方がいいだろう。原文が推測できないが、厳密な音楽の話ではないのだから、「不吉な不協和音」くらいでどうだろう。「不」がダブって変?
 p.265の「ハイウェー」は原文もhighwayだろう。高速道路(アメリカなのでexpress way)としたら明らかにおかしいが、ぼかした結果になっている。英語では主要幹線道路を指すが、たしかに郊外ならぶっ飛ばせるからハイウェーで問題ないのかもしれない。drivewayも和製英語の感覚だと間違えやすい。

 最後はやはりチェスである。p.104「ポーンと手番を与える」は「ポーン落ち先手のハンディを与える」、p.123「キングで序盤を仕掛けた」は「キングズ・ギャンビット」だろう。正しい定跡名にしても一般の読者には意味が分からないにせよ、序盤からキングがのこのこと攻めに行くのは明らかに間違い。
 こういう翻訳者がKing's Gambitが定跡名だとウェブ上で調べて分かる環境が必要だ。しかし本書は原書の翌年に出ているし、翻訳にはせいぜい3か月くらいしかかけられなかったのだろう。私が半年かけてもこの品質で訳せるかどうかは怪しい(汗。


 久々の書評で張り切りすぎて疲れた(汗。しかも明日から帰省なので13日までお休みします。「笑っていいとも!」のタモリのように年に2回の帰省くらいは数日ずつ休んだ方がよさそう。
生きている人形
479176093X ゲイビー・ウッド 関口 篤

青土社 2003-12-19
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posted by 水野優 at 20:30| Comment(8) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月04日

ベイカー、宮城音弥訳『フロイト−その思想と生涯』

 amazonのチェス書は、発行と同時に3〜5週間待ちになるものが多い(部数が少ないので予約しないと日本には回ってこないのだろう)。そこで今回は 久々に一般書、ラッシェル・ベイカー著、宮城音弥訳『フロイト−その思想と生涯』(246ページ、'75年、講談社現代新書)である。
 今連載で訳しているファイン『チェス棋士の心理学』がフロイト流精神分析に満ちているので、その用語訳だけでも役に立てばと思ってたまたま古本で見つけた。直訳くさい文章もこの時代にしては上出来の方だが、「苦痛な」というすわりの悪い形容動詞が目立つ。

目次(下位見出し省略)
まえがき
1−家族のなかの愛と憎しみ−家族ロマンス
2−天才の成長−レオポルトシュタットの生活
3−ウィーンの大学−大理石の柱
4−青春をパリに学ぶ−シャルコー
5−心の病気−ヒステリー
6−催眠と心の深層−アンナの症例
7−抑圧と性−奇妙なパートナー
8−心の奥底の傷−記憶の流れ
9−親子の関係−エディプスの話
10−夢判断−一〇〇〇例の夢
11−性の発達−「ひどい男」
12−精神分析運動の発達−三人が来た
13−アードラーとユング−反逆者たち
14−自我の構造−ジャングルと開拓地
15−文学・芸術・教育−名声
16−ナチスに追われて−脱出
訳者あとがき

 全体的には自伝の形を取っているが、フロイトの業績や専門用語等も分かりやすく書かれている点でバランスのいい内容である。エジプトの骨董品を集めていたことは初めて知ったが、ユングとの有名な駅のホームでの出会いのシーンがないのがちょっと残念。
 女性を人と思わなかったとする向きも多い中で、本書のフロイトは女性にひじょうに優しい。自分を実験台にして確立した精神分析だけに、女性のことは実際のところ分からなかったのだろう。娘アンナは精神分析技術を父から受け継いでいる。

 アードラーとユングを反逆者たちとしているのは、さすがにフロイトにひいき目だ。フロイトは、将来のためにユダヤ人ではないユングを国際精神分析協会会長に推したが、自分の亜流学派は異常なほどに拒んでいる。
 訳者あとがきはそれを補完するかのようだ。同時期に同じような考えを抱いていたフランスのジャネの用語をフロイトが自分流にすり替えて流用したという事実がある。成功するまでは手段を選ばず、その後は保身に専念する。いやはや誰もが同じことをやっている。

 総合失調症(精神分裂病)の本ではフロイトの名は不思議なほど出てこないし、本書でもフロイトのその方面との交流はスイスのブロイラー(ユングの師)程度である。これはフロイトが全く脳生理学とは別の立場(当時の異端)から出発しているからなのだろう。
 従順な高弟ハンス・ザックスやアーネスト・ジョーンズ、特にジョーンズはナチスからイギリスへ逃れるときに尽力し、死を看取った。この二人は『チェス棋士の心理学』にも出てくるので本書が役立ったし、いずれそちらでも触れるだろう。
フロイト―その思想と生涯
4061157833 ラッシェル・ベイカー 宮城 音弥

講談社 1975-01
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おすすめ平均star
starコンパクトでいて充実した内容
starフロイトは偉大!!!

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2006年11月10日

巖谷國士『シュルレアリスムとは何か』書評

 巖谷國士(いわやくにお)の『シュルレアリスムとは何か 超現実的講義』(297ページ、'02年、ちくま学芸文庫)を読んだ。音楽以外の芸術書は久しぶりな気がするが、以前から気になっていた本だ。著者はこの分野ではひじょうに有名で、著書や訳書も数多い。フランス語の引用も多いので、勉強を始めてて良かった。
 3つのテーマそれぞれの講義を元に再構成されているので読みやすい。ページの下約3分の1が注釈用スペースとなっていて、基本語からていねいに解説されているからでもある。「(笑)」が本来の用法で文末に頻出する(笑。

目次
I シュルレアリスムとは何か
 シュルレアリスムという言葉 「超現実」とは何か ワンダーランドと超現実、そして町 「自動記述」のはじまり 書くスピードの実験 「だれか」が出現する 危険なオブジェの世界へ 連続性の観点 シュルレアリスムと美術 コラージュとは何か デペイズマン、瀧口修造と澁澤龍彦 シュルレアリスムのその後、今後

 マグリットの絵画が大好きな私だが、シュルレアリスムについてはちゃんと読んだことがなかった。私も抱いていた和製語「シュール」のイメージでとらえられている誤解(澁澤龍彦のせいでもあるらしい)を吹き飛ばしてくれる。超現実は、現実離れではなくあくまで客観的な現実(オブジェ)なのだ。
 シュルレアリスムの主導者ブルトンの「自動記述」について聞いたことはあったが、この実験的手法がおもしろい。文章を書くスピードを上げていくと、内容が主観性から客観性へ移行していき、度を超すと幻覚症状まで引き起こすらしい。
 通常の筆記も行き当たりばったりで書くことが多いのだから(この記事はメモの再構成だが)、結局は程度の差に過ぎないという考え方ももっともだ。だから現実と超現実、覚醒と夢、正気と狂気は連続しているとする。チェスの早指しもやりすぎるとやばそうだが、同様の効果があるのだろうか。

 エルンストは木目がいろいろな形に見えてきてそれがフロッタージュという手法を生み出すことにもなったらしいが、私のこういう想像力は歳を取ってすっかりなくなったようだ。改めてマグリットの「光の帝国」を見ると、そもそも一枚の風景に昼と夜が混在していることをそれほど非現実的とは思っていなかったので、私は偶然にも(?)シュルレアリスムの精神に則っていたのかもしれない。

II メルヘンとは何か
 メルヘンと童話とのちがい おとぎばなしの発生 「眠れる森の美女」の例 神話・伝説・寓話とおとぎばなし 「昔々あるところに…」 森という大切なモティーフ 「妖精」とは何か 自我のない物語 「ファンタスティック」の誘い フェアリーランドをめぐって シュルレアリスムと妖精世界

 本章のメルヘンと次章のユートピアは、ともにシュルレアリスムに関連しているとはいえ、内容はそれぞれ拡散的だ。シュルレアリスムと同じく日本で本来の概念が誤解されていることへの著者の怒りが、これらのテーマを続けた真の原動力らしい(笑。
 メルヘンに最も近い概念をおとぎばなしとし、童話や神話との違いを説く。時空を超越して主人公の自我がないおとぎばなしには、その客観的世界観に自動記述と通じるものがあり、人間が太古の記憶を留めようとしているのではないかと推測する。

III ユートピアとは何か
 反ユートピアの立場から トーマス・モアと大航海者 ユートピアさまざま 「理想国」とはどんなところか ユートピアに「個性」はない 都市の照明について 自由の幻想について 時計、結晶、蜜蜂の巣 「理想都市」対「迷路」 マニエリスムとアトランティス神話 サドとフーリエの登場 シュルレアリスムの旅
あとがき
解説にかえて

 ユートピアは元来「どこにもない場所」という意味だが、これも日本ではグリーンピアとか「ピア」だけが一人歩きしているという笑い話が出てくる。西洋的なユートピアは、アジア的な楽園と違って突き詰めていくとがんじがらめに管理された地獄になるという。
 シュルレアリスムが反ユートピア的なので著者の立場も反ユートピアなのだが、今のユートピア的な日本に楽園を復活させるべきとまで言う著者には共感できない。私は、サドが描いたソドムにさえ自分の理想的な孤立した管理生活を見るような気がする。自らを律してもサディストになるのだろうか(笑。
シュルレアリスムとは何か
シュルレアリスムとは何か 巌谷 国士


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starシュルレアリスム入門書
starふむふむ×10
starこれは私にとって、最高の美術の教科書です。
star魔法の本
starSurrealismを知るにはこの本しかない!!

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2006年10月26日

冨田恭彦『哲学の最前線』書評

 冨田恭彦哲学の最前線』(208ページ、'98年、講談社現代新書)を読んだ。amazonのお薦めに従っていると新書ばかりになるが、踏み込んで深く読みたい人や主義が今一つ定まらないので当分はこの調子が続くだろう。
 哲学というと古代ギリシャ、中世以後はドイツからフランスへという感じで、本書のアメリカ哲学は20世紀の話なのになじみがない。先々週書評した『20世紀言語学入門』と重なるのは、ネイティブアメリカンの言語研究等のフィールドワークによって発展してきたことである。

目次
はじめに
第一章 アメリカ哲学の中の「解釈学」
 根本的翻訳……好意の原理……誇張された差異……われわれの考えは基本的に正しい……先入見……観察の理論負荷性……共通の母語……整合性を求めて
 解説 その一

 各章の主要部分は、ハーバード大学で先生と学生が語り合うというフィクションの形を取っているのがおもしろい。クワインの「根本的翻訳」という概念とその弟子デイヴィドソンの「根本的解釈」を中心に話が進んでいく。解説は短くて物足りないが参考文献も紹介している。
 いちばん印象に残ったのは、ヴィトゲンシュタインの『哲学探究』に出てくるという「アヒル・ウサギ図」(顔の前後を逆に見なすとアヒルとウサギのいずれにも見える絵だ。純粋な観察というものがあり得ない一例となっているが、それ以前に線描が物の輪郭線を表しているという前提さえも一種の先入見だと思って しまった。

第二章 指示理論をめぐって
 オー・ボン・パン……事実と信念……クワインの全体論……観察文……固有名……クラスター説……伝統的指示理論の全体像……何が問題なのか……指示の因果説……パトナム説……サールの反論……ローティ
 解説 その二

 伝統的指示理論をくつがえしたかに見えた「指示の因果説」は、サールやローティの反論を待たずとも怪しいと分かる。指示の根拠を指示対象の本質に求めるなんてことは、アリストテレスがやらかしたことではなかったっけ(笑。

第三章 連帯への道
 久々の再開……世界の関わり……感覚与件論……自文化中心主義……アルキメデスの点……その都度の試み……エマソン・ホール……鏡的人間観……科学・再考……相対主義?……客観性と連帯
 解説 その三

 ローティによると科学も宗教の一種となる。この辺りの事情はクーンをも想起させる。信仰心のない私にとって、どうやらクラシック音楽等の古典芸術が絶対的な真善美としてその代役を果たしていることともつじつまが合う(笑。結局そういうものを持ちづらい今日の若者は、歴史的にもまれな不安を抱えているのだろう。

 本書だけではアメリカの20世紀哲学さえ軽く触れたに留まるが、こう何もかも疑ってしまう現代の哲学はあまりおもしろくない気がする。しかし、現代を 知ってから過去にさかのぼるのも一興と考え、本著者の他書とローティには少しあたってみようと思う。
哲学の最前線―ハーバードより愛をこめて
哲学の最前線―ハーバードより愛をこめて 冨田 恭彦


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2006年10月22日

大西泰斗&ポール・マクベイ『ネイティブスピーカーの単語力 1基本動詞』

 大西泰斗&ポール・マクベイ著『ネイティブスピーカーの単語力 1基本動詞』を読んだ。以前からamazonのお薦めに入ってきていたシリーズなので、その中で図書館にあるこれを借りてみた。イラストが多いからページ 数のわりにスカスカで楽に読めると思ったが、今さらのハウツー本への抵抗か、意外と読むのが苦痛だった。
 まずは従来の単語暗記本を徹底的にこき下ろす。たしかに、単語はイメージが分かれば個々の用例の適訳をいちいち覚えなくていいというのは、英英辞典を使うレベルから言われることで、英文解釈や英日翻訳には欠かせない。問題は、これが発話や英作文に応用できるかどうかなのだ。

目次(下位区分と登場単語名省略)
はじめに
0.さあ、はじめよう
 言葉は言葉で説明できるようにはできていない。そこまで言われると、辞書さえ理屈っぽい言語学の産物となってしまう。たしかに、母国語を話せるようになるまでに辞書を使う者はいないだろうが。

1.移動をあらわす動詞
 基本的にgoが悪化、comeが好転するイメージなのがおもしろい。Just goは、まさに「逝ってよし」(笑。

2.変化をあらわす動詞
 becomeの特例「似合う」の意味も「〜になる」から強引に導き出しているが、これはたしかbe comeだったかの誤用が発端だったはず。

3.静的状態をあらわす動詞
 have使役構文まで「持つ」のイメージで押し切るのには驚かされるが、言語学や文法とは異質の体感的英語習得法ゆえんである。beが「存在」より 「=」で十分という理屈は、私もかねがね思っていた。

4.知覚をあらわす動詞
 feelが日英ともに元来触感を表す動詞であることを思い出させてくれた(汗。本来の意味で使うことが少なすぎる。

5.思考をあらわす動詞
6.伝達をあらわす動詞
 speak, talk, tell, sayの違いの説明が秀逸。使いこなせていてもこういう頭の整理になることがたまには必要だ。

7.入手をあらわす動詞
 I must get/have this washing-machine repaired. このget/haveの違いが分かったらノンネイティブとしては人間業ではないとまで書かれていて、私はもちろん…分からなかった(汗。

8.創造をあらわす動詞
9.インパクトをあらわす動詞
あとがき
 9.は続編の予告編になっている。

 文章もイラストも軽いノリで、Puffyやベッカムのような有名人の名前が織り込まれた例文が出てくる。30過ぎてから自動車学校へ通うようないらだた しさ(経験者)を覚えつつ、この程度のイメージなら、今まで目と耳から仕入れてきた大量の英語からすでに身に付けた気もした。
 イメージで広がる単語の意味にはたしかに日英ともに共通する部分が多いが、逆にイメージから勝手な英語を作るのは危険だし、地道に単語間の結びつき(collocation)を覚えるしかない部分もある。ちなみに今放送中のNHK月〜木23:00〜10「新感覚英語」も同趣向だ。
ネイティブスピーカーの単語力〈1〉基本動詞
ネイティブスピーカーの単語力〈1〉基本動詞 大西 泰斗 ポール マクベイ Paul Chris McVay


おすすめ平均 star
star基本動詞の持つイメージを自然にとらえる
star英語の試験に役に立った!!
star基本動詞のイメージ。
star基本動詞征服が英語マスターの鍵
starネイティブの捉え方

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ネイティブスピーカーの単語力〈2〉動詞トップギア ネイティブスピーカーの単語力〈3〉形容詞の感覚 ネイティブスピーカーの前置詞―ネイティブスピーカーの英文法〈2〉 ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力 ネイティブスピーカーの英文法―英語の感覚が身につく

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2006年10月12日

加賀野井秀一『20世紀言語学入門』書評

 加賀野井秀一の『20世紀言語学入門−現代思想の原点』(227ページ、'95年、講談社現代新書1248)を読んだ。またamazonのお薦めからで、好きな言語学もご無沙汰してるからリハビリのつもりだったが、客観的に要所を押さえたいい内容だった。私も流れを整理しながら思い出せたという感じだ。
 私の言語学との出会いは、最初の大学で教養課程にあった「普通ゼミ」である。20世紀後半に革命を引き起こしたチョムスキーの生成文法との衝撃的な出会いだった。同時に、その方面へ進もうとも学内には経済学部しかないという苦悩の始まりでもあった。

目次(下位項目省略)
プロローグ−「言語と指向」から「言語の指向」へ
1−ソシュール−最初の衝撃
2−構造言語学の誕生
3−アメリカの構造言語学
4−構造主義という知の炸裂
5−記号論の展開
6−生成する言語学
7−開かれた言語学を求めて
エピローグ−内側からしか開かぬ鍵

 謎めいたソシュールはもちろんのこと、ナチスの「おかげで」ヤコブソンとレヴィ=ストロースが出会えたというような脱線気味の話もいい。言葉の意味を人と離れたところで理論的に究明するなど、無理を承知で突き進んだ学者の時代背景から抜け出せない様が滑稽でさえもある。5までのまとめを以下に引用する(180ページ)。

 「ソシュール以来、言語学は言語そのものの本質を追究することによって、みずからを、たとえば音韻論的な明晰さの中で均質化し、体系化し、やがて学問としての立脚点を整備するとともに、ひいてはそこから、「世界」や「文化」や「認識」についての決定的に新しいさまざまなモデルを創りあげ、構造主義や記号論といった現代思想の大きな流れを生みだした。私たちは、いわば言語学の傍系という視点から、それらの領域をながめてもみたが、結果として、そこには、たがいに共通する思索の変遷が見てとれたように思われる。
 構造主義は、レヴィ=ストロースの主張するところから、ラカンをへて、フーコー、アルチュセール、バルトへとひろがり、さらにはポスト構造主義とよばれる人々のもとへと継承されるうちに、しだいに、動的なもの、開かれれたものになろうとしていた。記号論もまた、「伝達の記号学」から「意味作用の記号学」へ、そこからさらに「意味生成の記号論」へと、やはり同じような推移を見せてゆく」

 そしてチョムスキーの登場である。そのゼミで習ったときは、これはすごいと感心するばかりで内在する問題面には思い至らなかった。それでも意味論や語用論までいくと怪しいことこの上ない。現代では、言葉を額面通りの意味にしか受け取れない「人」さえ珍しくないことを考えれば、語用論の一般化がいかに途方もないことかが実感できる。

 ソシュールの『一般言語学講義』を知ったのは英語学の特殊講義だった。チェスの駒の動きを使った説明部分があると聞いたのに、未だに読んでいない。本書では、ソシュールの講義内容が『一般言語学講義』になるさいに歪曲された例としてその部分に触れているので、以下に引用する(82ページ)。

 「とくにイェルムスレウの思い入れは激しく、それはたとえば、ソシュールのかかげるチェス・ゲームの例でさえ、独自の解釈にまげてしまうほどになっている。ソシュールは『講義』において、チェスの例を二度にわたって使用していた。一つは言語体系の変遷の説明として、もう一つは駒の価値の非実質性の説明としてだが、イェルムスレウが好んだのは、とりわけ後者の例であった。
 もとよりチェスの駒は、先に音素のところで触れた将棋と同じく、それが象牙でできているか木でできているかなどといった実質にはかかわらない。ビショップならビショップという形式的に決められた機能としてのみ働く駒のたとえが、言語の徹底した形式化をめざす彼に喜ばれないはずはないだろう。
 だが、事はそこにとどまらず、イェルムスレウは、さらにチェス・ゲームのもう一つの意味として、それが「自己完結的な遊戯である」という側面をも独自に強調し始める。つまり、言語は、形式的で自己完結的な体系だと言いたいのである。以後、コペンハーゲン学派は、こうした体系を研究の前面にすえることになるだろう」

 イェルムスレウの思い入れのおかげで『一般言語学講義』でのソシュール解釈はゆがめられたかもしれないが、チェスへの言及は増えたようである。では、締めに一句。「翻訳は 自己制限言語への 挑戦だ」(字余り)。
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2006年09月30日

マクルーハン+カーペンター編著 大前・後藤訳『マクルーハン理論』書評

 M. マクルーハン+E. カーペンター編著大前正臣・後藤和彦訳『マクルーハン理論 電子メディアの可能性』である。読むのもたいへんだったが、どう書評を書けばいいかも途方に暮れている。理論というより、詩的、直観的、トピック的、曖昧、辛辣な警句、洞察、極論、予言の寄せ集めといったものだからだ。
 マクルーハンを初めて知ったのは二十数年前に『グレン・グールド なぜコンサートを開かないか』を読んだときだが、未だ読まずに過ごしてきた。メディアの先覚者という以外にも二人にはトロント在住という共通点がある。最近『共通感覚論』での言及を見てやっと借りてきたしだいである。

目次
 日本の読者へのメッセージ…M. マクルーハン
 テレビ時代の人間像−新版に寄せて…後藤和彦
 マクルーハン理論のエッセンス−訳者まえがき…大前正臣
 マクルーハン理論とは何か…J. M. カルキン
 メディアの文法…マクルーハン
1部 マクルーハニズム
 1 聴覚的空間…マクルーハン、E. カーペンター
 2 言語に与えた印刷物の影響…マクルーハン
 3 メディアの履歴書…マクルーハン
 4 メディア・アフォリズム…マクルーハン
 5 壁のない教室…マクルーハン
 6 テレビとは何か…マクルーハン
2部 コミュニケーションの新しい探求
 1 新しい言語…カーペンター
 2 触覚的コミュニケーション…L. K. フランク
 3 キネシクスとコミュニケーション…R. L. バードウィステル
 4 先史芸術の空間概念…S. ギーディオン
 5 動く目…J. タイアウィット
 6 純粋な色…F. レジェ
 7 口頭と文字のコミュニケーション…D. リースマン
 8 読むことと書くこと…H. J. チェイター
 9 コミュニケーション革命…G. セルデス
 10 仏教における象徴主義…鈴木大拙
 平凡社ライブラリー版 訳者あとがき
 解説−マクルーハン理論の源流 服部 桂

 再版のため本文の前後にたくさん文章がくっついている。マクルーハンの高弟カルキンがマクルーハン理論をうまくまとめている。翻訳は'60年代にしてはこなれているが、何度読み直しても修飾語の係り方が不明で原文にあたらないと分からない部分もあるし、ローカルなテレビ番組の話とかは仕方ないとしても、113,115ページのジョークはさっぱり分からない。
 下訳者が分担しているせいか、「流れ作業」がある部分では「アセンブリー・ライン」と無責任にもそのままになっているところがある(笑。内容は、'50年代マクルーハンが創刊した研究誌への投稿論文から日本向けに選択したものである。

 1部はほとんどマクルーハン自身の論文、2部はその細目を補足するようなテーマが並んでいる。まだ邦訳が出ない時期にこのメディア論を日本へいち早く紹介したのが、「これ(手帳)だけですよ」の竹村健一だったというのがおもしろい。
 大量印刷技術、映画、ラジオ、テレビというマスメディアが、人間の感覚や思考、生活、教育、経済、政治、娯楽、芸術等にどういう影響を与えたかが延々と綴られている。どの話にも触発されることが多いがいちいち書けないので、主立ったところに触れておこう。

 本や新聞のせいで視覚偏重になった感覚から映像メディアが聴覚を復権させたとする主張は、逆説的に思えるが、教育面でのテレビ利用の促進につながった。そのせいで私の世代でも小学校に視聴覚教材はあったが、当時のPTAの俗悪番組断罪等を考えると著者の先見の明が理解できる。
 新しいメディア環境は常に極悪非道なものとして扱われ、古いメディアは芸術になるという。古くなってようやくあみがたみが分かり、正当に評価されるのだろう。そういう社会学的な視点ゆえか、芸術と科学は同等にみなされている。主として美術史(写真等の影響)においてであるが。

 今では当然のものとなっていて我々の感覚器官を延長するメディアがなかった頃のことを想像するのは難しい。テレビのない時代どころかインターネットのない時代という個人の体験すら、もう思い出せないほどである。
 マクルーハンの問題提起を現代の視点で考えると、テレビがまだインターネットに取って代わられたわけではない。マスメディアの普及によって個人の自己表現が意味を失うという点では、インターネットは自己表現を復活させたと言えるが、メール機能はむしろ文字コミュニケーションへ回帰している。

 最先端の内容がない映像文化に辟易している古典好きの私は、マクルーハンによると、ABCイズム(200年前の英米知識人)へと逆流している。本を読みすぎてもバカになるらしい。そうならないように、こうやって書評を書いて知識を整理していておけばいいだろう(笑。
マクルーハン理論―電子メディアの可能性
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2006年09月23日

河野一郎『翻訳教室』書評

 河野一郎の『翻訳教室』(201ページ、'82年、講談社現代新書640)を、帰省時に実家近くにできたブックオフの105円コーナーで見つけたから買った。もう読んだことを忘れた本かもしれないと思ったが、翻訳関連本は今年になるまで借りて読んだことはないから初見だと分かった。
 著者は、アガサ・クリスティー、ブロンテの『嵐が丘』、トルーマン・カポーティ等、有名な作家作品の翻訳で知られるが、私的には最後に通信教育で受講したDHCの翻訳講座の編纂者の印象が強い。彼の弟子にあたる宮崎尊の講座に一度だけ出たことがあるが、やはり河野先生の話が出た。

目次
まえがき
1−はじめに−戦争・あいびき・インバイ・ブラックホール・リンチ・エッチな話
2−やさしい詩を「できるだけ正確に」訳してみましょう
3−やさしい推理小説を「できるだけ正確に」訳してみましょう
4−ポップソングの誤訳を見つけ、訳詞家になったつもりで、訳してみましょう
5−やさしいまんがを「わかりやすく、読みやすく」訳してみましょう
6−少しむずかしい童話を「わかりやすく、読みやすく」訳してみましょう
7−Newsweekの記事を、「できるだけ正確にわかりやすく、読みやすく」訳してみましょう
8−『刑事コロンボ』の誤訳を見つけ、母と娘の会話を「リズミカルに」訳してみましょう
9−Pan AmやCampariの広告文を「効果的に」訳してみましょう
10−広告の誤訳を見つけ、レインコートの広告文を「リズミカルに、効果的に」訳してみましょう
11−随筆を「できるだけ正確に、わかりやすく、読みやすく」訳してみましょう
12−かなりむずかしいイギリスの現代小説を「できるだけ正確に、わかりやすく、読みやすくリズミカルに」訳してみましょう
13−俗語や方言いっぱいのかなりむずかしいアメリカの現代小説を「できるだけ正確に、わかりやすく、読みやすく、リズミカルに、効果的に」訳してみま しょう
14−お別れにあたって−美しい”裏切り”のすすめ

 内容は目次のように実践的な「例題、解説、模範訳」の構成となっている。20年以上前の新書としては画期的な試みだったろう。
 1では、終戦後のFENで当時の辞書にもないnetworkが聞き取れなかったとか、辞書にdateの意味が「日付」しかなかったという話が印象深い。訳文にはやり言葉を使うと後世に古くなっておかしいと戒める著者だが、「ヤング」「ナウい」等を使った解説文体は、おちゃらけているとしても時代を感じ させる。

 4歌詞、5漫画の台詞まで取り上げているのがおもしろい。訳詞は、元来翻訳の門外漢のやっつけ仕事だった世界だが、やはりひどい訳が見せしめにされている。漫画も生きた口語という点で難しい。NHKがBBC製作のドキュメンタリーで、"Wall Street Lays an Egg"を「ウォール街は黄金の卵を産む」と原義とほぼ逆の誤訳をした話も、翻訳界では語り草である。
 7NewsweekはTimeに比べたらやさしいとはいえ、見出しが何気なく聖書に関連づけられていたりしてやっかいな例が扱われている。8では、肌が浅黒いとよく間違われるdarkが髪が黒いこととあるが、このたぐいは何度聞かされたことか。

 広告文も独特の世界だが、9でそじょうに上がったPan Am訳はよく本家から怒られなかったなというほどひどいものだ。12の「期待を裏切る文体」の話は、翻訳経験者の誰もが思い当たるだろう。逆に言えば、文 法知識の危うさ等がいかに「期待通りの文体」に助けられているかということである。
 14では、著者が私情をはさんで原文のニュアンスを裏切った懴悔話の告白だが、結果的には嘘も方便で丸く収まったというポツダム宣言時の翻訳例も紹介される。独白「翻訳とは本厄のことかと思うことがある」は身につまされる。
翻訳教室
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2006年09月07日

佐久間治『英語の語源のはなし』書評

 佐久間治『楽しみながらボキャブラリーが増える 英語の語源のはなし』(155ページ、'01年、研究社)を読んだ。 amazonのマイページに入ってきてページ数も手頃だから借りてみた。意外とこの手の本は読んだ記憶がない。楽しい内容だが、「ボキャブラリーが増え る」はちょっと言い過ぎだ(笑。
 著者は知らなかったが、ラジオ講座や河合塾の講師を経験しながら英語史研究家というのが一風変わっている。それぞれが、風刺から下ネタに及ぶ軽妙な語り口と、それを裏付ける該博な知識に役立っているのだろう。私もこういう在野の学者になりたい(汗。

目次
はじめに
第1章 身近な単語の意外な歴史
1 カナリアは鳥ではなく犬
2 プードルはフランスではなくドイツ原産の犬
3 アクセサリーとは「共犯者」という意味
4 トラベル(旅行)はフランス語トラバーユ(労働)と同じ語
5 ブランドとは「罪人に押した烙印」のこと
6 penとpencilは語源的に無関係
7 ジャンパー(jumper)とジャンプ(jump)も無関係
8 maleとfemaleも無関係
9 ライン川とは「川川」という意味
10 トランプの「ばば抜き」とはクイーンを抜くこと
11 ジャングルジムは商標名
12 フーリガンはならず者一家Houlihanに由来
13 McDonaldのMcは「息子」という意味
14 pianoの正式名称はgravicembalo col piano e forte
15 ピクセル(pixel 画素)はpictureとelementの混成語
16 ブラウザー(browser)とは「草を食う牛」という意味
17 ドルの省略記号$はSではなく8の略字
18 hyper=super, mega=million, giga=giant
19 trade wind(貿易風)のtradeは「貿易」ではない
20 minister(大臣)は「召使い」という意味だった
21 scavenger(腐肉を喰らう動物)は元「徴税役人」だった
22 quarantine(検疫)とは「40日」という意味

 目次を全部記すのは引用過多かもしれないが、これだけ見せられると本文を読まずにはいられなくなるだろう(笑。さすがに本章は有名な話が多いが、各話はほとんどが2ページ見開きで関連する話題にも触れていて盛りだくさんだ。
 20ではministerに関連して、チェスではないがknightとqueenも意味が出世した単語として触れられている。knight=少年→召使い→小姓→騎士、queen=売春婦、あばずれ女→女、婦人→王妃、女王。(「トリビアの泉」風に)クイーンの出世は駒の能力だけではなかった。

第2章 基本単語は奥が深い
1 フレッシュバターとは「無塩バター」のこと
2 air(空気)とair(態度、様子)は別の語
3 union(連合)とonion(たまねぎ)は姉妹語
4 Japan Bar Associationとは日本弁護士連合会のこと
5 smoke-free roomは「喫煙室」ではなく「禁煙室」
6 キュート(cute)はacute(鋭い)の短縮形
7 Good-byeはGod be with youの短縮形
8 becauseはby causeの短縮形
9 How come〜?はHow does it come that〜?の省略形
10 won'tはwill notの短縮形ではない
11 tooの「〜もまた」と「あまりに〜すぎる」は同じ意味
12 How do you do?のdoはgoの意味
13 becomeの「似合う」は勘違いから生じた意味
14 tellは「告げる」ではなく「数える」
15 girlは「少年」だった
16 upset(ひっくり返る)は意味がひっくり返った言葉
17 niceは「愚かな」という意味だった
18 「童(わらべ)」もpupil、「瞳(ひとみ)」もpupil

 4に関連してtoilet waterが香水とは恥ずかしながら知らなかった(汗。15、girlが少年だったのなら私もgirl…(以下略。17は実際に「トリビアの泉」で使われた。基本単語の語源を知ると30年ほども続いた謎が氷解する。昔理屈抜きで暗記させられた英語がうらめしい。

第3章 文法にまつわる意外な話
1 two years agoのagoは動詞
2 不定詞は一種の名詞である
3 3単現のSはつけなくてもいい
4 不規則動詞は単母音節語のみ
5 till〜やbefore〜の従節中でも仮定法を使った
6 I'm afraid of dogs.は受動態
7 The book sells well.はThe book sells itself well.の略形
8 比較のthanはthen(それから)と同一語
9 whatは単独で名詞にもなる
10 nextはnearの最上級だった
11 go-went-goneのwentは別の動詞の過去形
12 ratherはrathe(早く)の比較級
13 nineの-eは複数語尾で、wideの-eは副詞語尾
14 alcohol(アルコール)やalkali(アルカリ)のalは冠詞
15 不定冠詞は本来aではなくan

 2や12が目から鱗だったが、私的には11が思い出深い。塾の夏期講座で中学生を教えていたときに、「goの過去形がなぜwentか知ってるか?」と 使ったことがある。興味を引けたのはその一瞬だけだったが、wendが未だ廃語ではないとは知らなかった。いいかげんな先生だ(汗。

第4章 発音にまつわる意外な話
1 野球のバッティングとボクシングのバッティングは無関係
2 英国の高級車Jaguarは[ジャグワー]と発音する
3 ラムネとレモネードはどちらもlemonade
4 plum(プラム)とprune(プルーン)は同じ語
5 sunはsonで、sonはsunだった
6 語尾-iで終わる英単語はない
7 英語アルファベットにVの文字はなかった
8 古語yeは発音も意味も定冠詞theと同じ
9 couldのIはwouldとshouldを真似た綴り

 5、jの誕生など、生き物のように擬人化した言葉の変遷に引き込まれる。もっとも著者の希望的推測もあって手元のジーニアスの語源と合わない場合もあるのだが、ためになることの方がはるかに多い。それにしても和製英語の弊害って、一般レベルでは多すぎる。
英語の語源の話 - 楽しみながらボキャブラリーが増える
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2006年09月01日

中島義道『カントの人間学』書評

 冥王星の矮惑星への降格は、月より小さいと分かった今では仕方ない。私が天文少年だった頃は、地球の半分くらいとも言われていたが、大気圏内から見る限りでは大きさがまだ確定しなかったのだろう。笑ってしまうのはホルストの「惑星」にまで及ぶ報道ぶりである。
 冥王星の発見前の作曲時点にもどってちょうど良かったと思ったら、ちょうど冥王星入りのラトル盤がタイミングよく出るという。冥王星を聴く最後のチャンスだなどと宣伝してるのは、ベスト・クラシック企画で一山当てた東芝EMIだった(笑。今後は冥王星付きが出ないとなぜ言えるのか?

 「惑星」をほとんど聴かない私でも、マシューズが付け足した冥王星入りはフリーマン指揮チェコ・ナショナル響ですでに聴いているが、海王星の消え入るような女声合唱の後でさらに何が必要か。どうせなら、山師マシューズには冥王星が海王星の内側にあるうちにその順序で割り込んでほしかった。
 教科書を変えるべきかと教育現場もあたふたしているが、惑星かどうかなどということより、星自体は変わらないのに人間の都合で勝手に格付けしているだけ、人が世界を言葉で分節しているに過ぎないことを教えればいい(笑。


 中島義道カントの人間学』(230ページ、'97年、講談社現代新書1383)を読んだ。大学で美学を専攻しながらカントの「三大批判」すら読まなかったので、今頃になって気になっている。ほんとは「カント入門」のたぐいを読みたかったが(ちくま新書全部そろえろよ>松戸市図書館)、これはこれでおもしろかった。
 全体としては、カントやその研究者等の著作を引用しつつも、カント哲学にはあまり立ち入らず(知らなくてもいい代わりに勉強にもならない)、カント哲学と彼の人間性の比較、人格の形成された背景(特に幼〜青年期の貧困過酷な環境)等を明らかにする。

目次
まえがき

第一章 エゴイズムについて
 エゴイズムに陥るのは避けられない/論理的エゴイストとは何か/エゴイストと人間嫌い/反論に我慢がならないカント/有能な人をことごとく撃退するカント/美的エゴイストとは何か/美の主観的普遍性/カントの感受性/カントと騒音問題/道徳的エゴイストとは何か/優しさの暴力/カントはエゴイストか

 上記のサブタイトルだけでカントの哲学と人間性のギャップが見えてくる。理性をも批判の対象にした哲学者のこの言行不一致は、腹立たしいどころか痛 快ですらある。ルソーは教育論を書きながら我が子を捨てたが、カントは一生独身で教育論を書いている。
 いちばん共感したのは、騒音を避けて6度も引っ越したことだ。現代のドイツは騒音規制が厳しいと聞いているが、徐々にうるさくなる産業革命初期だったのだろう。ちなみに、ショーペンハウアーは騒音に鈍感な人はぼんくらだとまで言っている。

第二章 親切について
 親切は不完全義務である/負債を恐れ乞食を嫌ったカント/親切の弊害/博愛的な同情心について/幸福な人が道徳的になるには/無邪気は道徳的ではない

 苦労人に典型的な、自分に厳しく人にも厳しくという面を持っている。極貧の中でも負債を嫌ったから当然のように施しを求める者を許せなかった。幸福な人が道徳的になることの難しさについて、カントは世に言う「人生哲学」を語っている。

第三章 友情について
 わが愛する友人たちよ、友人というものは存在しないのだ!/友人を求めなかったカント/メロスはなぜ走ったか/生活の自立と意志の自律/不幸な少年時代?/負債からの自由/人生を二度と繰り返したくはない!

第四章 虚栄心について
 虚栄心とは?/虚栄心とは?/虚栄心と自惚れ/虚栄心と名誉欲/なぜ高慢はいつも卑劣か/カントと嫉妬心/昇進の遅かったカント

 似たような心情が並んでいるが、カントの鋭い分析によってこれらの違いが明らかになる。その眼力は、嫉妬の対象となる友人もいず、極貧にひたすら耐えるしかなかった子供時代から培われた。著者も便乗して、日本の大学の理不尽な昇進システムを猛烈に皮肉っている(笑。

第五章 生活のスタイルについて
 おしゃれなマギスター/没趣味な住まい/食卓の規則/料理と食卓のマナー/哲学談義は禁ずる!/非社交的社交性/時間厳守の裏にあるもの

第六章 容貌について
 小男カント/世間は容貌を重視する/男は醜くてもよい?/カントの肖像画

第七章 女性について
 強き者、汝の名は女なり!/二人のシャルロッテ/カントの女性に対する態度はオランウータンに対する態度と同じである/結婚によって女性は自由になり男性は不自由になる/学問のある女性は口髭をつけるべし/母と妹

あとがき

 後半はやや軽い話題で拍子抜けしたが、カントから偉大な哲学者の仮面を外そうとする著者の試みは成功していると思う。といっても、私はその偉大 さをまだ理解していない(汗。しかし、あまりに生硬な引用訳を見る限りでは、カントの著作を和訳で読む気になれないのは困ったものだ。
カントの人間学
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starカントの哲学は、個的人間に対する人間的な鋭い洞察に基づいている。
star生活の根
starカントを身近に感じました。

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2006年08月24日

Peter Coles『Cosmology』書評

 Peter Colesの『Cosmology』を読んだ。『Philosophy of Science』が良かった勢いで手を伸ばしたオックスフォード大学出版の2冊目で、天文少年だった私にはこの方がちょろいと思っていたが、後半辺りの量 子力学関係から難しくて参った(汗。
 宇宙論と訳されるCosmologyは、ジーニアス英和大辞典によると、宇宙の形成・体系・進化に関する天文学(Astronomy)だから、天文学より扱う領域が微妙に狭いことになる。内容をまとめてかつコメントする余裕がないので、新たに学んだ用語を章ごとに紹介してお茶を濁しておく(汗。

目次(訳)
序文
図と写真の索引
1 宇宙小史
 anthropomorphism=神人同形説、擬人観(論)
 Almagest=プトレマイオスの天動説集大成書
 Heat Death=熱力学死
 nebulae=星雲
 singularity=特異点(ブラックホールは一例)
 dark matter=暗黒物質

2 アインシュタインに関するもろもろ
 inverse-square law=逆二乗則
 photoelectric effect=光電(子)効果
 time dilation=時間膨張
 inertial mass=慣性質量
 frames of reference=基準系
 cartographer=地図製作者

3 最初の原則
 isotropic=等方性の
 cosmological principle=宇宙原理
 cosmological constant=宇宙定数
 theory of quantum gravity=量子重力理論
 
4 膨張する宇宙
 spectroscopy=分光学
 Doppler shift=ドップラー偏移
 theodolite=経緯儀
 parallax of a star=(恒星)視差
 variable=変光星
 globular cluster=球状星団
 telescope aperture=望遠鏡の口径
 radiocarbon dating=放射性炭素年代測定

5 ビッグバン
 steady state theory=定常宇宙論
 microwave background=マイクロ波背景放射
 black-body=黒体
 infrared=赤外の
 nucleosynthesis=核種合成
 deuterium=重水素
 thermonuclear=原子核融合反応の
 baryon=重粒子 lepton=軽粒子
 CERN=欧州共同原子核研究機関
 particle(subatomic) physics=素粒子物理学
 quasar=準星、クエーサー
 quantum electrodynamics=量子電磁力学
 fermion=フェルミ粒子 boson=ボース粒子
 tau=タウ粒子 Higgs=ヒッグス粒子
 neutrino=中性微子、ニュートリノ
 quantum chromodynamics (QCD)=量子クロモ(色)力学
 electroweak theory=電弱相互理論
 Grand Unified Theory (GUT)=大統一理論
 annihilation=対消滅

6 宇宙の何が問題か?
 kinetic(potential) energy=運動(位置)エネルギー
 escape velocity=脱出速度

7 宇宙の構造
 cosmography=宇宙図
 Great Wall=グレイトウォール
 supercluster=超銀河団(銀河団の集団)
 hydrodynamical=流体力学の

8 統合理論?
エピローグ
 wavefunction=波動関数
 Schroedinger equation=シュレーディンガー方程式(量子力学で物質波を表す波動方程式)
 uncertainty principle=不確定性原理
 graviton=重力子
 string theory=ひも理論
 anthropic principle=人間原理(宇宙の存在自体が人間存在と密接に関連しているとし、知的生命の存在が宇宙の物理状態を制約するとする宇宙論)

 おかげで単語帳を見返すように記憶を整理できた(笑。これで内容とレベルもある程度提示できただろうか。他に印象に残ったのは、「アンドロメダ星雲は近づいている」「初期宇宙では音速は光速に近かった」「波動と粒子の一方だけでは説明できない量子世界」「ホーキングは逆転時間論を後に放棄した」等である。
 ビッグバン、宇宙の膨張、逆転時間等は、子供の頃から知識として仕入れてきたが、その後文化系へ進んだので、その推測の理論的根拠に触れたのは初めてという感じだった。今後ホーキングの和訳等を読めば、本書の理解がさらに深まるだろう。
Cosmology: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)
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2006年08月18日

紅山雪夫『ドイツものしり紀行』

 紅山雪夫ドイツものしり紀行』(350ページ、'05年、新潮文庫)。こういう旅行エッセイは単行本ではおそらく初めて読んだ。著者は大検から東大へ(苦労人?)、日本旅行作家協会理事も務めたのが納得のすばらしい内容だった。旧題「ドイツの城と街道」だからか、観光地の少ない北東部には全く触れられていない。
 そもそもドイツ語を中1からかじり始めたくらいにドイツが好きだが、実は音楽以外はあまり知らない(汗。ドイツに関する英語の教科書みたいなものも探したが、フランスに比べるとあまり見あたらない。Lonely Planetという旅行ガイドのシリーズが著名だが、やはり日本語から読むことにした。

目次(最下位見出し省略)
カラー写真(8ページ)
はじめに
I ロマンチック街道を行く
 ローテンブルク
 フォイヒトヴァンゲン
 ディンケルスビュール
 ネルドリンゲン
 ドーナウヴェルト
 アウクスブルク
 ヴィース教会
 ノイシュヴァーンシュタイン、新白鳥城

 今ちょうどテレビ朝日の「世界の車窓から」でもこの辺りを巡っている。しかし鉄道は旧市街を通らないので、これらの名所を遠巻きに眺めて過ぎ去ってしまう。ロマンチック街道は特に昔の城壁が残っているのがポイントで、ローテンブルクは城壁の上をぐるりと全部歩けるのが魅力的だ。
 などと書きながら、昔は夜安全のために城門を閉めたことすら知らなかった(汗。そんな私にも分かりやすく全部で46の囲みコラムが挿入されていて、歴史、宗教、戦争、建築、芸術等の知識が効率よく吸収できるのがうれしい。

 崖っぷちに立つ美しい新白鳥城を建てたルートヴィッヒ二世の同性愛や精神病(?)については、ワーグナーや森鴎外まで登場させて詳しく触れている。ドイツ語の知識があるに越したことはないが、語源の説明等も詳しく、単なる旅行ガイド本を凌駕している。

II ミュンヘンとドイツ・アルプス街道
 ミュンヘン
 キーム湖
 ケーニヒスゼー
 ガルミッシュ・パルテンキルヘン
 ミッテンヴァルト
 リンダーホーフとオーバーアマガウ
 リンダウとメーアスブルク

 ミュンヘンといえば酒を飲まない私でもビールを連想するが、本書によると芸術の薫り高いところだと分かる。15年前にドイツへ行ったときにI、IIとも に寄れなかったのが残念だが、そのときはオランダからドイツへ足を伸ばすかどうかも分からなかったのだからどうしようもない。

III フランクフルトからライン河谷へ
 フランクフルト
 マインツ
 ライン河谷
 モーゼル河谷
 トリーア
 ボン

 ゲーテの生地として興味深いフランクフルトだが、ここは何と言ってもライン川下りだ。私の15年前もリューデスハイムからコーブレンツというコースは本書でもお薦めとされている。そもそも薄ら寒い10月末だったからあまり上流からは運行していなかったのだ。
 買うべきというライン川の名所絵地図も買わなかったし、何よりチェスの大会観戦に数人でやって来たついでだし、ろくに風景も見ずに船内のカフェで大会サイズのセットを広げてチェスをやっていたのだから何をか言わんやである。

 さすがにローレライを通過するときは中断してデッキに出た。近づいてからだと眺望的に良くないと書かれているように見るのが遅かったのかもしれないが、船のメガホン拡声器から流れるひずんだローレライの合唱しか思い出せないほどだ(汗。
 やはり、鉄道や船から眺めているだけではだめで、街道を歩いて城を見学しなければならない。しかし、残念ながら下船してから宿泊したコーブレンツは戦災で古都の面影がほとんどないと書かれている。出発までに時間がなくて入れなかった博物館は、本書にも載っていない。

IV ハイデルベルクと古城街道
 ハイデルベルク
 ネッカー河谷
 シュヴェービッシュ・ハル
コラム(46個)

 読んでみて、ドイツの領土に限定した歴史書があまりない理由が分かった。ローマ帝国やフランク王国に比べるとドイツ王国は歴史が浅いし、常に帝国自由都市等の地方自治が強力だったからだろう。同著者の『ヨーロッパものしり紀行』シリーズで視野を広げる必要がありそうである。
 すべての都市とはいかないが市街図も載っていて、「ここからの朝の眺めが写真に良い」などのポイントも押さえている。最新のガイドブックと併用すれば鬼に金棒だ。今後また行けるかどうか分からないが、テレビ等の映像で見るだけでも今まで以上に楽しめそうである。
ドイツものしり紀行
4101043256
ヨーロッパものしり紀行―くらしとグルメ編 ヨーロッパものしり紀行 神話・キリスト教編 ヨーロッパものしり紀行 城と中世都市編 ヨーロッパものしり紀行―建築・美術工芸編
紅山 雪夫

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2006年08月11日

鈴木孝夫『ことばと文化』書評

 鈴木孝夫の『ことばと文化』(209ページ、'73年、岩波新書)である。先月書評した安西徹雄『英語の発想』で古典的名著として引用されていたので読んだが、素材や議論がすべて明解ですばらしく、英訳されていることがうなづける。
 英語以外にドイツ語、フランス語はもちろん、ラテン語、ギリシャ語の他にも著者が特に研究したトルコ語が多く引用される。英文の引用にはなぜかアガサ・クリスティが多いが、平易だからか単なるファンなのか(笑。

目次(最下位項目は一部省略)
まえがき
一 ことばの構造、文化の構造
 共時的展開と通時的展開
 文化の項目と普遍的価値
 breakとはどういうことか
 ことばの構造性と辞典の記述
 「のむ」とdrinkの構造の比較
 breakの構造的な記述
 あらわな文化 かくれた文化
 It never rains but it pours.
 A rolling stone gathers no moss.

 和洋食、おじぎ、握手等身近なテーマで言葉の文化的な意味の違いから入る。いたずらに辞典で多定義する弊害に対比して、明解なdrinkやbreakの定義が示される。スプーンの使い方で、意外と気付かない文化の違いが明らかとなる。他に英和辞典の間違いも。

二 ものとことば
 ものとことばの対応関係
 ことばがものをあらしめる
 ことばの分節性と虚構性
 言語的相対主義
 ことばの分節性が世界を秩序づける
 lipと「くちびる」
 ことばのレベルと理解のレベル
 指示対象のあいまい性〜レンガと目で比較
 指示対象の領域のくいちがい〜
 顔の描写法と文化的選択
 西洋人の顎

 始めに言葉ありき。机の定義を通じての「世界の分節化」の解説は下手な哲学書より分かりやすい。waterは湯を含み、lipは口の周りを含むという分節の文化的相違は、たいてい無意識に吸収されるために表面化しにくい。
 顔の描写について、西洋人は顎を詳述するわりに鼻に触れないという事実は興味深い。鼻は目や口ほどに感情の表現力がないからとも思ったが、それでは鼻に触れる日本的描写にあてはまらない。イスラム圏では、当然ながら女性の鼻や口には言及しない。

三 かくれた規準
 形容詞の内容の相違
 相対的形容詞と絶対的形容詞
 潜在的比較文と明示的比較文

 形容詞には、遠いや珍しいのように、物自体の性質を表さないものがある。同じ「大きな」でも、大きなリンゴは相対的、大きな象は絶対的という違いがある。潜在的な比較の物差しには、種、比率、期待、適格、人形(ひとがた。著者提唱)がある。

四 ことばの意味、ことばの定義
 音と意味
 辞典はことばの意味を説明しない
 「石」とはなにか
 ことばの意味
 ことばの定義
 辞典で「石」を定義する必要はない
 名詞より動詞・形容詞の方が定義しやすい

 言語学では音に比べて意味の研究は遅れており、辞書の説明も循環定義に陥っている。「石」のような身近なものは定義しにくい。言葉について伝えられるのは意味ではなく定義だけである。特に定義の難しい名詞は、絵を使って説明するしか手だてがない場合がある。

五 事実に意味を与える価値について
 日本人は残酷か
 日本の犬と西洋の犬
 「西欧に見習え」
 日本と西洋における動物観
 価値体系を無視した概念の輸入
 日本語をはかる尺度は日本語自体

 犬や馬を例に文化を比較し、無条件の「西欧に見習え」がいかに馬鹿げているかを実証する。文字、音韻、文法、どれをとっても西欧語を物差しにするのは無理があり、日本語は不便だ非論理的だというのは「誤れる対象への自己同化現象」だと説く。

六 人を表わすことば
 1 自分及び相手をなんと言うか
 2 ヨーロッパ語の人称代名詞の歴史的背景
 3 日本語の人称代名詞の歴史的背景
 4 日本語の自称詞と対称詞の構造
 5 親族名称の虚構的用法
 6 ことばと行動様式
あとがき

 最後はまとめというより著者の研究成果であり、前章までがこの準備だったと言える。西欧語の人称代名詞をそのまま日本語にあてはめることも無理があると説く。逆にインド=ヨーロッパ言語は、有史以来人称詞が基本的に不変である。
 日本語の人称詞は親族的パターンを基本に社会的状況でもそれが流用される。その場の最年少者を基準にして「僕」と呼びかけたり、その子の身になって「おじさん」と自称したりすることは、英語を習う前ですら変な習慣だと思った人は多いのではないだろうか。

 小学生の頃、よく遊んでいた年下の女の子が、その母に向かってなぜ私のことをお兄ちゃんと呼ぶのかと聞いたことがある。子供は自分のために周りが気を遣っているとはうすうす感じながらも、そんな小さな頃から「おかしい」とは思っているものなのだ。
 本書がその頃出版されたのも興味深い。こんな研究はもっと早くになされていたと思っていたが、西洋にない現象ゆえに研究対象となりにくかった事情があるらしい。外国も類例がないこともないが、これほど徹底しているのは日本語だけである。

 相手との人間関係が確定しないと話しかけるのにも気を遣うため生じた「おたく」という言葉にも触れているが、これが国際語になるとは著者も想像しな かっただろう。親子が師匠と弟子の関係になるともう親子にはもどれないなどといった柔軟性のない人間関係も見ていてはがゆいが、TPOに応じて切り替えられない恥ずかしさの裏返しとも思われる。
 夫婦が互いにパパ・ママと呼び合うようになるのは、老け込む兆候と言われるが、子供ができればたいていそうなるものだ。この親子より夫婦関係の希薄さは、言語的特質のせいというよりは長年の日本人と日本語の相乗効果の結果なのだろう。

 第六章の最後でも指摘されているように、年少者を基準とする呼びかけは「甘え」の精神風土につながる。日本語は日本語でしかはかれないといっても、自己を相対化する妨げにならない程度には日本語も変わっていってほしいものだ。
 「あとがき」では著者が相手不在の一般書執筆の難しさを吐露している。明言していないとはいえ、これも本書のテーマと関連している。特に翻訳でもそうだが、相手が決まらないと文体さえ決められない。ほんとに日本語はやっかいでおもしろい。
ことばと文化
4004120985 鈴木 孝夫

岩波書店 1973-01
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2006年08月08日

Marvin Terban『Checking Your Grammar』書評

 Marvin Terbanの『Scholastic Guides - Checking Your Grammar and Getting It Right』(144ページ、'94年)、久々に英語学習書である。しかしこれはネイティブの9〜12歳向けで簡単すぎた。amazonの注文時に「なか見!検索」で確認したはずなのに、どうやら注文を間違えたらしい(汗。
 それでも、今後英語以外の言語も英語をベースとした本で勉強するつもりなので、文法用語をきっちり英語で押さえておくには良かった。第1部で文の構造、主部や述部等、第2部で各品詞について学び、第3部でスタイルや用法に触れる。

 小学生の頃だったか、国語の文法で主語と主部の範囲の違いをよく間違った記憶がある。教科書では申し訳程度のコラムのようにしか文法について書いてないわりに、テストでけっこうな問題数があって閉口したものだ。未だに手元に国文法の本がないのも問題だ(汗。
 主語=subjectは知ってるけど述部は何だっけという人は買って損はないだろう。以下のように、英語の文法用語は意外と簡単な単語で表される。本書に和訳本があったとしても、以下のような対応が覚えられないので無意味と言ってもいい。

述部 = predicate
平叙文 = declarative
等位接続詞 = coordinating conjunction
叙述主格 = predicate nominative
同格 = appositive
人称 = person
強意代名詞 = intensive pronoun
(動詞の)活用主要形 = principal parts
連結動詞 = linking verb
(形容詞の)原級 = positive degree

 英語の読み書きの参考書として最も必要なのは第3部のスタイルだ。必要なら句読法=punctuation等は見返すと思うが、いずれもっと詳しい本を買うだろう。しかし、翻訳をしていて文法書の必要性を感じたことはない。大した本を訳してないからか(汗。
Checking Your Grammar (Scholastic Guides)
0590494554 Marvin Terban

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2006年08月04日

中村雄二郎『共通感覚論』書評

 中村雄二郎の『共通感覚論』(389ページ、'79〜'00年、岩波現代文庫)である。通常は「常識」と訳されるcommon senseをアリストテレスのsensus communis'までさかのぼって本来の「共通感覚」という意味を復権させようという試みである。
 瀬戸賢一『メタファー思考―意味と認識のしくみ』木村敏『異常の構造』野矢茂樹『哲学の謎』等すでに批評したいろいろな本に関連が深い。何をするにも感覚のお世話になるから当然と言えば当然かもしれないが。

目次
第一章 共通感覚の再発見
 1 常識の地平を問うもの
 2 鎌田柳泓と戸坂潤の場合
 3 〈場としての約束事〉
 4 コモン・センスの精神病理
 5 五感の組み換え

 常識を破壊することでその存在を知らしめる例として、先日書評を書いたデュシャン等が引用される。2は、江戸時代にすでにこの問題に触れていた 文献の引用である。4は、前述『異常の構造』で知ったブランケンブルクの症例(自明が自明でなくなる精神病)である。
 期待していた「共感覚」については、少ししか触れられていないのが残念だが、禁欲的な中世は聴覚が現代より優位だったとか、セザンヌの静物画は触覚で描いているという話は興味深い。グールド関連書物でもよく見るマクルーハンは、発想はいいが詰めが甘いとされている。

第二章 視覚の神話をこえて
 1 視覚の逆理
 2 絵画の存在論
 3 脳の発達と視覚の支配
 4 触覚の現象学
 5 諸感覚の〈体性感覚〉的統合
 6 〈逆転視野の知覚〉問題

 五感の中で視覚はほんとうに優位かを検証する。1,2では、錯視の例として私も大好きなエッシャーの版画とマグリットの絵画が引用される。著者は、五感を止揚統合する概念として「体性感覚」を導入する。
 その後ろ盾として引用されるのはベルクソンの「運動図式」、メルロ=ポンティの「身体図式」やフッサールの「キネステーゼ」である。6は、逆さに見える眼鏡をかけ続けた被験者がどう慣れていくかという有名な認知科学実験だ。
 角膜移植で後天的に視力を回復した例でもそうだが、たしかに最初は色の羅列にすぎない網膜上の映像から形や距離を読み取るためには触覚が不可欠だろう。そう考えると、逆さ眼鏡をかけずとも逆さに映っている網膜上の映像が最初から正立して見えたのかさえ疑わしくなってくる。

第三章 共通感覚と言語
 1 イメージと良識の働き
 2 言述の力とコモン・センス
 3 レトリック喪失の時代
 4 〈デカルト派言語学〉をこえて
 5 生活世界の二つの論理

 共通感覚を衰退させたデカルトの合理主義を批判し、「イメージ」の回復を図る。コモン・センスの源流をローマ古典〜ルネサンス人文主義に求め、その継承者をヴィーコ、ベーコン、シャフツベリー、リード等とする。ヒューム等の懐疑派は論敵と見なす。
 4の「デカルト派言語学」は、私が大学で英語や言語学に首を突っ込むきっかけにもなったチョムスキーの変形生成文法のことである。その理論は翻訳プログラムにも役立ったが、統語論に比して意味論には応用できず、AI研究が頭打ちになっている現状を象徴するかのようだ。
 5は、ソシュール、ヤコブソン、ラカン等に打ち出された換喩と隠喩の対照から始まって、換喩=科学=写実主義=弁証法と、隠喩=芸術=ロマン主義=構造主義という図式が興味深い。

第四章 記憶・時間・場所(トポス)
 1 記憶と人間
 2 古代〈記憶術〉の知
 3 センスス・コムーニスと記憶
 4 時間と共通感覚
 5 〈場所(トポス)〉の諸問題

 1では、ベルクソンの「純粋記憶」からアリストテレスまでさかのぼって記憶力を復権させる。2では、キケロ、アリストテレス、アルベルトゥス、トマスと古代の記憶術をたどる。3も同様にたどるが、ここではプラトン〜新プラトン主義にも触れる。
 4では、エンデの『モモ』を通して社会的・文化的時間に触れているのが分かりやすい。逆に5は難解で、「終章」でも今後の課題として触れられているくらいだ。哲学用語に関してももう少し知識がないときついので正直音をあげた(汗。

終章
 1 開かれた展望
 2 残された問題

現代選書版あとがき
現代文庫版によせて
[解説]私事と共通感覚 木村敏
索引

 「終章」1は1〜4章のまとめなので、これを先に読んでから興味のあるところをつまみ読みしてもいいだろう。2では、共感覚、痛み(パッション)、音楽が今後の課題として挙げられているが、存命中に取り組めるのだろうか。


 本書はやや観念的ではあるが、私が「変身やフェチ」嗜好の分析のために常々探している方法論としてかなり使えると思った。例えば、五感のうち触覚だけは圧覚・痛覚等と細分化され、脳で感じる他の四感と区別して脊髄反射ゆえに体性感覚(他に内臓感覚もある)としていることである。
 知人に衣装フェチがいるが、肉眼はもちろんのこと撮り方によれば映像や画像でも萌えられる。特に厚みのある生地が好みであり、生地フェチというべきかもしれない。私などは見るだけで着たときの触感を想像しにくい(見栄え優先)が、これって共通感覚の欠如?
共通感覚論
4006000014 中村 雄二郎

岩波書店 2000-01
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2006年07月27日

嶽本野ばら『下妻物語 完 ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件』書評

 続編の嶽本野ばら下妻物語 完 ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件』も読んでしまった。今度はさすがに前もってあらすじを知っていたわけではないので一気にとはいかず、フィクションが苦手の私としてはいささかだれた感もある。
 桃子・イチゴ主役二人の言い回しが心なしか映画の逆影響を受けたようにも思ったが、この連載は映画の前から始まっているので気のせいかもしれない。しかし、二人のぶっ壊れよう、桃子の非人情と不真面目さ、イチゴの大バカっぷりは、前作よりはるかにパワーアップしている。

 最初はことあるごとに桃子が前作を振り返りながら話が進んでいく。1年経って二人は高3になっているが、イチゴのモデルのマネジャーをして学校をさぼっていた(モデル料もピンハネしていた)ために、イチゴは当然ながら桃子までダブリで卒業できなくなってしまう。
 20時の門限を律儀に守るイチゴと、実は中学まで万引きをしていたという桃子の意外な過去も明かされる。前作のVERSACE等のバッタもんネタ以外に今回はパクリが加わる。服装等のパクリはオッケーの桃子に対してイチゴは許せず、この笑いの伏線はクライマックスまで緊張を持続する。

 今回は竜二(映画版最強キャラ一角獣の竜二でやっと名前が確定)の代わりに、そのダチのセイジがかなり重要な役どころとなる。イチゴ並にお馬鹿な彼だが、夢を語ることでイチゴ、桃子のお祖母様とともに桃子の背中を押すことになる。
 春休みにBABY, THE STARS SHINE BRIGHTでバイトを始めた桃子はついに就職を決意し、ガンダム等にうつつを抜かす磯辺社長に何と啖呵(映画を彷彿)で活を入れる。桃子は理想的な形とはいえ、ついに社会と折り合いを付けたのだ。私も「キミしかいない」と言ってくれる会社があれば考えるが(笑。

 殺人事件はストーリーの骨子だが、やや冗長でどうでもいい感じがする。ネタばれを避けると、ホームズならぬポワロ的に桃子がこの謎を解き明かすというのがヒントである。事件自体も派手な展開はないし、全体的に前作の後日談の域を出ないので、本作の映像化は望めそうにない。
 東京へ引っ越す桃子は、イチゴから渡された餞別の特攻服を着、常総線車中で人知れず涙をこぼす。21世紀のティーンは、こんなすてきなジュブナイルを読めてうらやましい。桃子とイチゴのことをいつまでも忘れないでほしい。私も忘れない。
下妻物語・完―ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件
4093861536 嶽本 野ばら

小学館 2005-07
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2006年07月14日

デュシャン他著岩佐他訳『デュシャンは語る』

 マルセル・デュシャンピエール・カバンヌがインタビューして岩佐鉄男小林康夫が邦訳した『デュシャンは語る』を読んだ。実はデュシャンに関しては、有名な展示を拒否されたレディメイドの「泉」(男子小用便器)や、代表作「大ガラス」くらいしか作品を知らなかった。
 デュシャンを読もうと思ったのは、チェスの本を出し(いとうせいこう氏がブログで翻訳)、オリンピックのフランス代表になったほどの腕前が『チェス完全読本』等でも言及されており、しばしばmaroさんも取り上げているからである。

 普通は作品集とかデュシャン論とかを先に読むものかもしれないが、この捕らえどころのなさそうな人柄を先に知りたいと思い、それにはやはり本人の言葉がいちばんの近道だろうと判断して本書を手に取ったのだが、これが大当たりだった。
 心配な翻訳も、無生物主語をそのままにしている直訳調が目立つとはいえ、会話なだけに訳者もあまりに日本語離れした表現はおかしいという意識が働いたらしく、可もなく不可もなくというレベルに収まっている。

目次
《まったく驚くべき一生》(カバンヌの前書き)
八年間の水泳訓練
何か別なものへの窓
『大ガラス』を通りぬけて
働くよりも呼吸していたい
カフェのボーイの生活をおくっています
原注
あとがき
文庫版あとがき

 各タイトルはデュシャンの言葉から象徴的なものを抜き出したもので、インタビューの内容を代表するものではない。話はほぼ時系列順に進み、ロンドンで回顧展が開催中だったインタビュー時点へ至る。デュシャンはこの2年後に他界した。
 数は少ないが、めぼしい作品の小さな白黒写真も収められている。初期の絵画作品(タブロー)が初めて見られたし、モナリザの模写にひげを書き入れて出品したのがデュシャンだったことや、機械仕掛けの発明品のような作品も多く作っていたことが分かった。

 私との共通点が多いので独りでにやけてしまった。収入源が謎であること(生計は稼ぐことより消費を抑える問題)、出不精であること(自分の展覧会にすらほとんど顔を出さない)、そして製作をほったらかしたこと(「大ガラス」に遅延という概念を取り入れた)である。
 最後のほったらしの原因の一つがチェスであることまで同じと言えば、言い過ぎだろうか(笑。「大ガラス」は輸送中の事故でさらに箔が付いた。本人も百倍良くなったと言っている。当たり前だが、私はそこまで真似できないので地道にやるしかない(汗。

 デュシャンは、若い世代の作品には新鮮みがないと手厳しいが、反芸術(作品を作らないという究極)の後に何ができることはあるだろうか。デュシャンを知れば、ケージはその手法を音楽に応用しただけで、ウォーホールなどは山師に見えてしまう。
 芸術かどうかは後世が決めることという言葉は、今ではよく耳にする。芸術家が作品を芸術と意識して作るようになってからの歴史はたかだか300年にも満たない。その反動はそれまでにもあったのだろうが、デュシャンほど徹底的にやろうとした者はいなかった。

 予想通りチェスへの言及部分は多い。「王と女王」「チェス・プレイヤー」等の作品名だけを除いても、23〜25, 62, 101, 104〜105, 139, 147〜148, 161, 214ページに散見される。24ページから以下に引用しておこう:

 …チェスのひとつのゲームは、視覚的・造形的なひとつのものであり、静態的な意味では幾何学的とは言えなくても、動くのですから力学的なものでもあります。それはひとつのデッサン、メカニックな現実です。駒はそれ自体としてはたいしてきれいなものではありませんし、ゲームの形式にしても同じことです。でも、きれいなのは−《きれい》などという言葉を使ってよければ−運動です。だからそれは、たとえばコールダーのモビールのような意味で、まさにひとつのメカニックなのです。確かにチェスのゲームには、とくに運動の領域できわめて美しいものが存在します。しかし視覚的な領域には、まったくありません。この場合、美をつくり出しているのは、運動の、あるいは身振りの想像力なのです。それは完全に頭の中でのことです。
デュシャンは語る
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star心地よい脱力感とそれを支える頑なさ
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2006年07月11日

嶽本野ばら『下妻物語』

 ついに原作、嶽本野ばらの『下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん』(301ページ、'02年、小学館)も読んでしまった。そもそもつい最近まで、作者の名前は聞いたことがあっても、この原作は漫画だと思っていたくらいなのに(汗。
 原作が映画のノベライズかと思うほど忠実な映画化だったと評価されているように、実に映画通りだった。映画を先に見た者としてはこう言うしかない。映画は地上波でも放映されたから原作だけまだ知らない人の方が圧倒的に多いだろうし、そういう観点から比較してみよう。

 原作は地の文が桃子の一人称で書かれているので、これは映画が桃子役深田恭子のナレーションで進行するのと一致する。原作は解説が詳しいこともあって、ロココ趣味に関しては論敵ディドロまで登場する。他に芸能人の名前まで引き合いに出されるのは桃子というより作者の趣味だろう。
 イチゴは身長167cm桃子は150cmのチビでブス(!)という具体的な描写が出てくるが、もはや土屋アンナと深キョンを重ね合わせることしかできな い(笑。桃子という名前は『ハイティーン・ブギ』のヒロインに由来するから、ヤンキーのイチゴとあえて逆にした設定だったということが分かった。

 二人は、映画では桃子の家で初めて会話するが、原作ではその直前に電話で訪問の約束をする。映画は当然ながらそのへんははしょるし、対照的な二人がいきなり対面する方がヤンキーとロリータの出会いが衝撃的となる。
 そもそも二人は桃子が広告を出した個人情報誌で知り合うが、原作の桃子にはインターネット環境もあるので少々かったるい展開に思える。最初は下手な文字でイチゴがお馬鹿な中学生と連想させるためと、イチゴがネットをやりそうにないキャラだからだろう。映画では全くネットが出てこない。

 原作のイチゴは映画ほどは過激でなく弱気な面もかいま見せる。映画では桃子にも食らわした得意の頭突きは原作でも出てくるが、中学までいじめられっ子だったイチゴは高校でインチキカンフーを使って初めてケンカに勝つ。映画では族に入っただけで強くなったかのようである。
 映画の桃子が言う「『裏切る』と書いてに・ん・げ・んと読むの!」という台詞がナンセンスで好きだが、原作にないのが意外だった。映画のオリジナルは原作にしかない部分よりはるかに少ないが、他にはクライマックスでの桃子の長い啖呵が、原作ではむしろ火事場の馬鹿力的展開になっている。

 ロリータ服、バイク、パチンコのいずれも細かい描写が出てくるが、これらは映画だと一目瞭然だ。どこまでが作者の守備範囲か取材研究かが気になるが、いずれにせよこれらを全部理解できる読者はいるのだろうか。私には全部守備範囲外だ(汗。
 原作にしか出てこない内容は、映画ではラストで少しだけだったイチゴのモデルデビュー話や、桃子がパチンコで全勝する理由、代官山の刺繍屋閻魔が存在した(?!)等だが、ここまで気になる人はぜひ一読をお薦めする。私が珍しく一気読みしたくらいおもしろい。

 シリアスなメッセージとしては、対照的な二人の友情、我流でも信念を貫く桃子の生き様がメインだが、私は両メディアともで、桃子が好きなことを仕事にするのをためらうくだりに最も惹かれる。ロリータ服を着たいだけだからその製作者側には回りたくないという気持ちである。
 好きなことを仕事にする派の私としてはイチゴと同じく桃子の背中を押したい心境だ。汚い部分を見て嫌いになるなら、それは元々その程度のものなのである。しかし、桃子の懸念も理解できる。この辺りがどうなっていくのか、さらなる映画化を夢見ながら続編も読まずにはいられなくなった。
下妻物語―ヤンキーちゃんとロリータちゃん
4094080236 嶽本 野ばら

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star大傑作です。日本リバタリアン文学の白眉です。
star最高!!
star青春って素敵♪

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2006年07月06日

安西徹雄『英語の発想』

 熱帯夜の睡眠の楽しみは氷枕だが、アイスノンを破れたまま使い続けていたので新調した。タオルを巻いても湿気るとかゆみの原因になるので、ウェブ上で見つけたカバー付アイスノンが欲しかったが、マツキヨにはなく、安いアイスノンソフトを買った。保冷時間が短いが、柔らかいのが良さそうだ。


 安西徹雄の『英語の発想』(221ページ、'00年、ちくま学芸文庫)である。借りてまでは読まなかった翻訳技法書だが、amazonのマイページで推薦されて読んでみた。もっとも、著者に関しては『翻訳英文法』という名著が、私の翻訳勉強の出発点にもなっている。
 下手な翻訳書を読み終えた直後なこともあり、当たり前だがひじょうに読みやすかった。例題の英文は、アメリカ合衆国憲法の序文がやや難しいが、他は平易だし著者の文法的な説明も懇切で分かりやすいので、高校英語まで習った人なら難なく読めるだろう。

目次
はしがき
第一章 実例の研究=二題
 1−『ソロモンの指輪』
 2−『千羽鶴』
第二章 <もの>と見るか、<こと>と取るか
 1−名詞中心と動詞中心
 2−関係代名詞という大敵
 3−実体中心に分析するか、情況をすくい取るか
第三章 行動論理と情況論理
 1−「無生物主語」の構文
 2−動作主としての人間・感受する人間
 3−日本語に主語はいらない
第四章 客観話法か共感話法か
 1−日本語では間接話法は不可能である
 2−代名詞と時制の問題
 3−夢とうつつの合間を縫う
第五章 受動態と受身
 1−受動態をどう訳すか
 2−受身の主観性、情況性
 3−受身のパラダイム
文庫版あとがき

 目次より細かい小見出しまで書き出せば論旨の流れがもっと見えてくるが、多すぎるのでやめておく。「英語の発想」だから当然ながら日本語との比較であり、翻訳の問題がからんでくる。実例はいたずらに多くはなく、数種のものが何度も別のテーマでも扱われるので分かりやすい。
 実例から仮定を導き出し、それをまた実例で裏付けていく流れの繰り返しだが、理論の追求も平行して行われる。江川泰一郎の『英文法解説』のような定番から板坂元の『日本人の論理構造』といった文化的アプローチまでが引用される。

 英語と日本語の発想の違いを明らかにすることが本書の目的のようにも思えるが、受動態を扱う第五章ではそれが一転する。異言語間の表現やその根底にある思考の違いはあくまで傾向であり、全く相容れないものではない。そうでなければ翻訳などできない。
 個人的には翻訳技術のおさらいのつもりで手にしたが、まだまだ特に日本語の文法に関しては引用文献を読む必要を感じた。英文和訳の場合、英文 解釈に比べると日本語は自分の訳とにらめっこしているだけでは、なかなか飛躍できない限界が存在するようだ。
英語の発想
4480085882 安西 徹雄

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2006年07月02日

クーン著中山訳『科学革命の構造』

 スターデジオはここでだけ少し触れておこう。441ch「名録音盤」最終週だからか、ヘルマン・アーベントロートのブルックナー9番やヴィルヘルム・ケ ンプのベートーヴェン「悲愴」ソナタが心にしみた。438ch新譜、ブーレーズのマーラー2番はクールでもなく熱くもない不思議な安定感。


 Samir Okasha『Philosophy of Science』で最も気になったトーマス・クーンの『科学革命の構造』を中山茂の訳で読んだ。古い訳だからあまり期待はしてなかったとはいえ、それを上 回るひどさだった。直訳調は言うに及ばず、学術書としての使用に耐えないとの批判までウェブ上に見られる。
 科学哲学書といっても一般人も読めるレベルで書かれているはずなのに、論旨の流れだけを取ってみても句読点や文末表現のせいで流れがおかしいところがた くさんある。頻出する文体的に不適当な「いろんな」は、せめて「いろいろな」か「様々な」にしてくれないと気持ちが悪くてしょうがない。

 こういう訳でも公に出ているのはこれだけだから仕方ない。とりあえずは広く浅く読書の幅を広げている私としては、すぐに原文にまであたるつもりはない が、 それほどの価値がある科学哲学書、20世紀の傑作古典であることには間違いない。

目次
まえがき
第一章 序論:歴史のとっての役割
第二章 通常科学への道
第三章 通常科学の性格
第四章 パズル解きとしての通常科学
第五章 パラダイムの優先
第六章 変則性と科学的発見の出現
第七章 危機と科学理論の出現
第八章 危機への反応
第九章 科学革命の本質と必然性
第十章 世界観の変革としての革命
第十一章 革命が目立たないこと
第十二章 革命の決着
第十三章 革命を通しての進歩
補章−一九六九年

訳者あとがき

 本書の概説はウェブ上にいっぱいあるので省略する(汗。概略をつかめば、辛辣な第八章や、芸術や政治にまで話題が広がる第十二、十三章だけを読むのもお 薦めする。補章は、著者の教え子でもある訳者の提案で原著の改訂版より先に本書の訳で発表されたものである。
 循環論法の矛盾を突いてきた主な論敵ポパー等に対して、著者は自分の本意はこうだったと補章で答えている。この二人ではそもそも方法論が違いすぎてかみ 合わない。まさに著者の言うパラダイムが合わない。別の世界に住んでいるのだ。

 著者は、科学はたえず累積的に進歩していくという単純な一般認識を崩したかっただけで、ガリレオ、ニュートン、アインシュタインにしても、その革新へ至 る前段階を懇切に示している。「革命」という言葉が一人歩きして、世界は一部の天才だけが動かしていると誤解されても著者の責任ではない。
 本書の概念にしても、革命的というより過去の科学哲学や科学史の業績を新たな観点からながめたものであり、そのせいかパラダイムという造語も他分野への 応用範囲が広い柔軟性を秘めていた。「死ぬまで直らない親父の頑固さ」なども、結局はパラダイムのせいと言えそうだ。

 「訳者あとがき」に入ってやっと訳者の地の日本語力が分かったが、気の利いた四字熟語も効果的な読みやすい文章だ。こうなると著者と親交まであるのにな ぜ翻訳がこうなるのかが不思議だが、時代は'60年代、まだわけが分からない文章がありがたがられていた時代である?!
 訳者自身も迷って直訳へもどしたほど、著者のレトリックは翻訳泣かせであるらしい。ワープロもなければ今ほど簡単に推敲できないし、現代のように気の利 いた訳語が充実した辞書もなかった。そもそも、翻訳とはどうあるべきかという一般的な認識さえ今とは比較できない時代だったのだろう。

 蛇足ながら、チェスへの言及というか「チェス」が出てくる部分が2箇所あるので引用しておく。
43ページ:
 …同じようなルールがクロスワード・パズルや判じもの、チェスなどにも見つかる。

163ページ:
 …彼はむしろ、チェス競技者がはっきりした問題を、チェス盤を前にして、いろいろな駒の動かし方を試みて答を見つけようとしているようなものである。こ のような競技は、チェスの競技者でも科学者の場合でも、自分たちの手のうちをいろいろ試るものであって、ゲームのルールをあれこれするものではない。…

科学革命の構造
4622016672 トーマス・クーン 中山 茂

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star科学者も人間だということ
star科学史を学ぶ方の基本書!
starこれで「パラダイム」はモノにできる。

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2006年06月14日

野矢茂樹『哲学の謎』

 岩城宏之の訃報を知って朝から脱力してしまった。今年もベートーヴェン交響曲全曲演奏会ができるのかどうかと毎年心配ではあったけど。作曲家のジェル ジ・リゲティも亡くなった。死んでも世に残るものを私も創り続けていかないと。


 精神病から哲学へ渡って読んでいるが、今回は野矢茂樹の『哲学の謎』(204ページ、'96年、講談社現代新書1286)である。今さら 哲学入門書とも思ったが、意外と刺激的な内容だった。著者は'54年生まれの東大助教授。
 最大の特徴は、全編が二人の自分(著者)による対話になっていることだ。「はじめに」では、著者がかねがね疑問に感じていたことと説明するが、切り口は そうでもどれもが哲学上の大問題である。難を言うと、興味がある読者に推薦図書を記してないのが新書とはいえ物足りない。


目次
はじめに
1 意識・実在・他者
 生物が絶滅しても夕焼けは赤いか/死と他者/実在の世界はどこにあるのか/実在が視野から消える/他人の意識も視野から消える/死んでも世界は終わらな いか/他人の意識/純粋に内面的な意識/夢中の死

 自分の意識以外の存在は認めようがないことは、私も中学の頃に悩んだ。この独我論の妄想はけっこう根強くて、初めて海外(ヨーロッパ)へ 行ったときに、ほんとに外国があること実感し、スキポール空港の案内板に書いてあるオランダ語が予習した通りだったことが妙にうれしかったものだ。

2 記憶と過去
 五分前世界創造仮説/何が「正しい」記憶なのか/神の視点と人間の視点/記憶される過去・語り出される過去

 「五分前世界創造仮説」は、ラッセルが『心の分析』で提示した逆説で、論理的に反証できないのがおもしろい。ラッセルは読みたいと思いながら後回しに なっている。

3 時の流れ
 時間の中断/時間の流れの速さ/時の川岸/永遠の「いま」/複視点的世界了解/意味変貌・自己認識・時の流れ

 物があるから空間が生まれるという考え方に比べると、生物がいなければ時間はないとは考えづらい。時間は森羅万象の中でも究極の謎だろう。

4 私的体験
 逆転スペクトル/君が「赤」と呼ぶ色は何色なのか/知覚世界の自閉/意味の自閉/私的言語

 偶然だが、私も赤色は他人にも同じ色に見えているのかとか、赤という色を言葉で説明できないことにとらわれたことがある。私的言語はもはや言語ではない という議論もおもしろい。

5 経験と知
 経験の一般化/斉一性の原理/知の本能と習慣/何を一般化してもよいのか/室内鳥類学/経験の意味

 演繹じゃない推論は証明とは言えないというヒュームやポパーにつながる話と、一般化は文化等に依存するという話である。

6 規範の生成
 正常と異常/狂気・病気/「異常」ということ/孤独な規律/見本・手本/規範の学習

 精神病にも触れているし、先日紹介した『異常の構造』を明らかにお手本にしている(笑。

7 意味の在りか
 意味への問い/個と一般/一般観念/意味理解/言語の構造/語と文/ものの名前

 我々が言葉を使えなければどれだけのことしかできないかを想像するのは意外と難しい。哲学は、結局言葉の問題に帰する。

8 行為と意志
 猫の顔洗いは行為なのか/意志という動力/未知の惑星にて/アニミズム/意志から意味へ/意図の探求/馬と乗り手

 チェスねたになるが、「チェックメイト」という言葉が手詰まりのメタファーとして出てくる。専門的にはちょっと突っ込みたくなる用法だ(笑。

9 自由
 人間もまた物の塊にすぎない/自然という観点・実践という観点/随意筋と不随意筋/「しないでもいられた」/決定された世界/非決定の世界/虚構の介入
あとがき

 8と9は、「意味の中に生きる」という表現からしてもポスト構造主義的で、フーコーとかが出てきそうな内容である。このあたりのことは、オックスフォー ド大学 出版のFree Willでいずれ読む予定。


 サブタイトルが具体的なので簡単な感想だけにしたが、ほとんどが思春期に自我を確立する頃に気付いて悩んだことだから懐かしくも あった。こういうことを考えたことがない人って逆にいるのだろうか? 哲学の初心者が刺激を受ける最初の本にはいいだろう。
哲学の謎
4061492861 野矢 茂樹

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star「哲学科って何してるの?」という疑問を持っている人に読んでもらいたい
star日常会話から入る哲学
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2006年06月02日

木村敏『異常の構造』

 昨日は、整形した釈由美子がいっそうかわいいテレビ朝日「7人の女弁護士」で荒川静香が女優デビューした。クールな検事役なので、元々の表情なのか緊張してこわばっているのかよく分からない。受け口のせいでサ行やラ行が聞き取りにくい滑舌の方が問題だが、浅田姉妹よりはずっとましだった (笑。


 統合失調症(精神分裂病)関係の本、今回はやや古典を読んだ。木村敏異 常の構造』(182ページ、'73年、講談社現代新書0331)である。著者は1931年生まれで京大医学部卒。和辻哲郎の業績を独自に発 展させた「あいだ」論が特に有名。
 目次に沿って簡単に触れていく。

1−現代と異常
 異常への関心/異常への不安/自然の合理性という虚構/合理性の虚構と不安

 科学進歩への反発のように「異常への関心」(怖い物見たさ)が生じてきた。自然(宇宙)は存在自体からして不合理なものなのに、人間が合理性の殻を被せ た。この合理性の虚構は、「異常への不安」を解決するため必要と説く。

2−異常の意味
 量的な異常/質的な異常/精神の異常/狂気という異常/常識の欠落
3−常識の意味
 常識の語義/共通感覚/共通感覚から常識へ/常識の規範化

 身長や体重の平均との差は「量的な異常」、美醜は「質的な異常」で、あくまで多数者正常の原則が働く。「精神の異常」は、量や質では表せない常識外れの 異常と見なされる。
 常識の語源をcommon senseからアリストテレスまでさかのぼる。また「共通感覚」が出てきたので、これはいよいよmaroさんにも指摘された中村雄二郎の『共通感覚論』を 読まねば(汗。

4−常識の病理としての精神分裂病
 精神分裂病とは/症例
5−ブランケンブルグの症例アンネ
 母親からの話/アンネ自身の追想/入院時の所見/面接記録とその後の経過
6−妄想における常識の解体
 他覚的症状としての常識欠落/症例/世界の二重構造

 4から実際の症例も出てくる。分裂病患者の出てくる家庭は、ある意味すでに家族が分裂病と言うべきと主張する。6で、自己の未確立が恋愛対象と自分自身 との区別さえ曖昧にするとの症例解釈が出てくるが、これは一般的に広まりつつあるコスプレ等の変身願望にも通じる気がする。

7−常識的日常世界の「世界公式」
 常識の構造/個物の個別性/個物の同一性/世界の単一性/日常世界の世界公式/1=1でない世界
8−精神分裂病者の論理構造
 常識と合理性/症例/1=0

 分裂病では、7のサブタイトル「個物の個別性」「個物の同一性」「世界の単一性」等が自明性を喪失する。8では、アリエッティの指摘がおもしろい。「未 開人」に見られる「あのインディアンは速く走る」「牡鹿は速く走る」「したがってあのインディアンは牡鹿である」という思考様式が分裂病者に類似している というのである。
 この強引な三段論法もメタファーならば(例えば「韋駄天」もそう)許容範囲だ。考えてみれば、常識人には身に染みついている慣用句も、こういう言語レベ ルでつまずく分裂病者に対しては常識が傲慢な猛威を振るっていることになる。

 妄想的自己再生が性同一性混乱を引き起こす症例に触れているが、これがかつて性同一性障害が精神病と見なされてきた根拠なのだろう。また、このために今 でも、 性同一性障害が真性かどうかは、慎重な診断手順を要する。
 症例の解釈でいちばん興味深いのは、自分が多数いる妄想を抱く患者は、世界も多数にすることでつじつまを合わせようとしている。つまり、そこから患者は 患者なりに合理化を図ろうとしているのが読み取れるということである。

9−合理性の根拠
 近代精神医学の欺瞞/非合理排除の論理/現実性と生への遺志/異常者排除の社会的「正当性」
10−異常の根源
 社会的存在概念としての「全」と「一」/家庭環境の問題/分散型家族と密着型家族/個別化の不成立/分裂病治療の意味
あとがき

 正常人こそ無能力であり、常識を解体することでしか異常を真に理解できないと論じてきた著者は、「あとがき」で、その反精神医学的立場が究極的には反生 命に落ち着くしかない(常識の否定=人間の共存否定)と悲観的に締めくくっている。


 本書は、分裂病の症例までを扱いつつも一貫して「異常」を論じている点で極めて異例である。弟のために読み始めた分裂病関連の書物だが、哲学や言語学と 科学との間に位置する点でとても興味深くなってきた。私自身も偽自己を確立しただけの擬似分裂病の気がしている。
異常の構造
4061157310 木村 敏

講談社 1973-09
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おすすめ平均star
star「異常」の構造を通して「正常」の構造を解き明かす
star正常と異常のあいだ
star内容覚えてないけどおもしろくなかった

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2006年05月30日

Samir Okasha『Philosophy of Science』

 昨晩TBSで「下妻物語」が放映された。時間的にどの部分がカットされるかをマニアックに予想し、カット部分もほとんど気付いた(汗。今、本ブ ログで使っている背景デザインテンプレート「でんでん虫」は、IEだと右袖がいちばん下に表示されてしまうようだ。オペラを使っているので気付かなかっ た。そのうち替えよう。


 先週から火曜はチェス書評の日だが、ちょうど読み終わったSamir Okashaの『Philosophy of Science - A Very Short Introduction』(144ページ、'02年、オックスフォード大学出版)を紹介しよう。ノンフィクションを中心にスラスラ読める レベルの洋書事 始めに選んだ本だが、レベルはドンぴしゃ、内容も抜群におもしろかった。
 A Very Short Introductionシリーズは100冊を超えており、10冊以上が本書も含めて邦訳されている。まず一冊選ぶのは迷ったが、トップセラーなのと内容 の客観性で決めた。意外にも、入門書のわりには著者の主観が色濃く出た本が多いと評価されている。各タイトル(試訳)に沿って見ていこう。

第1章 科学とは何か?
 現代科学の起源 科学哲学とは何か? 科学と似非科学

 恥ずかしながら科学哲学という学問分野は初めて知った。しかし、その存在や研究対象は何となく想像が付く。「現代科学の起源」では、その後何度も言及さ れる天動説から地動説への移行やニュートンの万有引力、アインシュタインの相対性理論、ダーウィンの進化論、ワトソンとクリックが発見したDNA等に触れ る。
 ここまでは常識的な内容なので、地球を中心に回る意味のgeocentricに対してheliocentricが太陽を中心に回るという意味と推測でき たりしておもしろい。「科学哲学とは何か?」の具体例「科学と似非科学」では、主にカール・ポッパーの科学批判が語られて次章に続く。

第2章 科学的推論
 演繹と帰納 ヒュームの問題 最良の説明への推論 蓋然性と帰納
第3章 科学における説明
 ヘンペルの説明包括モデル(?) 対称の問題 無関係の問題 説明と因果関係 科学ですべてを説明できるか? 説明と還元

 「演繹と帰納」は、これほど分かりやすいものを日本語で読んだことがなかった(汗。屁理屈にも思える厳格なポッパーの理論の元となったヒュームによる と、演繹と違って帰納法は科学の証明には使えず、一可能性の説明に留まるとされる。第3章はその延長線上で様々な問題に触れる。

第4章 実在論と反実在論
 科学実在論と反実在論 「無奇跡」論争 観察可能/不可能境界 説明不十分論争
第5章 科学の変遷と革命
 科学の論理実証哲学 科学革命の構造 比較不可能性とデータ依存理論 クーンと科学合理性 クーンの影響

 第4章では、論争が論理から現象面へ移っていく。目に見えないような(小さな)ものがほんとうにあると言えるか、それでは観察可能と不可能の境界はどこ にあるのか等の論争が展開される。誰もが一度は疑問を持ったことがある事柄だろう。
 第5章は本書の山と言っていいだろう。トーマス・クーンが'70年代に引き起こした科学革命、パラダイム転換である。私はこれをやめた会社の研修のとき まで知らなかった(汗。科学以外の経営理論等にまで影響を与えた概念である。クーンについては末尾にある推薦文献からさらに読みたい。

第6章 物理学、生物学、心理学の哲学的問題
 絶対空間をめぐるライプニッツ対ニュートン 生物学的分類問題 脳はモジュール化されている?
第7章 科学とその批判
 科学主義 科学と宗教 科学は価値自由か?

 第6章は、まずニュートンが主張した絶対空間とそれを論駁するライプニッツの応酬がおもしろい。未だに完全に解決したとは言えない問題らしい。生物の分 類は、進化論の前後も変わらずリンネ式でいいのかという問題の検証。そして、脳はどれほど機能に応じてモジュール化されてるのかという話。

 第7章は、平たく言えば科学の長所と短所の話。「科学主義」では、'90年代にイギリスで狂牛病が人間に影響ないと誤診されたが、だからといって科学の 権威が一気に失墜したりはしないほど科学が生活に根付いていることが示される。
 「科学と宗教」は、再びガリレオやダーウィンの登場。進化論は遺伝子の裏付けで確実なものとなったが、まだアメリカの高校、特にアーカンソー州では創造 論と並立して教えねばならないことになっている。私は高校で生物と地学のどちらか選択なので受けなかったが、その生物の先生も進化論反対の立場だった。
 「科学は価値自由か?」では、物議を醸した社会生物学に触れる。例えば、レイプする男の方が子孫を残しやすいから自然淘汰でレイプ性格が優勢になる説が ある。これをレイプを是認するものとして退けるのは科学的立場として正しくない。この立場が価値自由である。


 要約しただけで長くなったので部分訳はやめておく。原文の英語レベルは、amazonの「なか見!検索」を利用されたし。今は巻末の文献から次に何を注 文しよ うかと迷っている。もちろん、このシリーズの他の本も平行して読んでいくつもりだ。

 数学が苦手というだけで理科系を「あきらめて」文化系に進んだ人は私を含めて多いと思う。無意識に科学を「少年」のまま封印していた私は、本書に触れて 長年の胸のつかえを発散した気がする。専門家レベルでは文系から理系への変更は困難だが、翻訳レベルではそうでもない。
 何でも仕事を受けていた頃は、生物化学機器パンフレット翻訳をしたこともある。もう専門用語の羅列は御免だが、出版翻訳の対象ジャンルとして考えるとひ じょうに可能性が広がった。何よりの収穫は、科学書は(専門的な学術書を除けば)想像していたより読みやすいということだ(汗。
Philosophy of Science: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)
0192802836 Samir Okasha

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2006年05月25日

田島昭『精神分裂病のなおし方―分裂病がなおった』

 昨日はNTV「ザ・ワイド」でまた危険な自転車を扱っていると思ったら、警官の注意を聞かなかった二人乗りの高校生2組が摘発されて家裁に送られたとい うニュースを聞いてすっきりした。知っていても体験しないと分からないという不可思議な連中には、見せしめにもなるだろう。


 先週に続いて読んだのは、田島昭精 神分裂病のなおし方−分裂病がな おった』である。タイトル通り、ずばり症例と治療法の羅列がほとんどで投薬の種類と量とその変更まで事細かに記されているが、カルテをその まま転記した内容は分かりにくい。
 著者は薬物療法を第一とするが、根本的な治療は原因を取り除くカウンセリングとする一般的な立場を取っている。「はじめに」で分裂病の犯人を「世間の常 識」とするが、14章では「社会が非常識を許容するようになってきたからいずれ分裂病はなくなる」という楽観的な予想もしている。

目次
はじめに
序 −いくつかの症例−
1 人間は保護された孤独と、保護された生活集団の間を行きつもどりつする
2 自由への道とは
3 「分裂病は存在する」しかし、出現しないで済んだ病気かもしれない
4 再発を反復してきた分裂病患者の経過が良い時期の検討
5 精神分裂病の再発と、精神症状・生活状況・患者の行動パターンの相関について
6 再び「対人関係面と進路方向選択」の検討
7 結婚とは何か、夫婦とは何か、そして、夫婦の自己主張と精神分裂病
8 海と山と分裂病
9 一日は二十四時間
10 精神分裂病に於ける拒絶・無為・自閉・意欲減退・病識欠如とは
11 「精神分裂病」とは何か
12 経過良好な十症例
13 分裂病の発症予防
14 分裂病に関するいくつか
15 分裂病の治療とは押しつぶされた自我の再構築である
あとがき

 「序」からいきなり数十ページにおよぶカルテの記述(日付とメモ)で始まるので、本書の構成は目次だけではよく分からない。他に3,4,5,6,11も ほとんどがカルテや患者とその親族からの手紙である。そのせいか書き下ろし部分は対照的に表現が文学的だ。
 ほとんどは20年前までの臨床例なので社会風俗等に古さを感じる。特に入院を繰り返すほどのひどい病状のわりには仕事への復帰や新たな就職を果たす。妙 なところに感心してしまった。高度成長期ゆえになせる技だったのか。

 弟のために読んでいるとはいえ、自分と近い患者も出てくるのがおかしい。クラシック音楽好き、外出と騒音嫌いで寝るときは耳栓をする。クラシック音楽は ダイナミックレンジが広くて弱音で耳を凝らさねばならないから、騒音嫌いとは因果関係があるはずだ。
 弟は主にハイビートのトランス系の音楽でいら立ちを収めているようだが、常人なら普通高揚するものだから、過覚醒の妄想状態を構築しているのかもしれな い。理由は違えど、音楽は我々兄弟には欠かせないものとなっている。

 妄想が進むと自分の考えていることが読み取られている感じ「つつ抜け」体験が起こるらしいが、これはドラマや映画であった「サトラレ」のアイデアとなっ たのだろう。逆に他人の声がテレパシーのように聞こえてくる思考伝播(幻声とは微妙に違う)という症状もある。
 電波(いわゆるデムパ)という表現があるが、これを読むと伝播の方がしっくりくる。ひょっとして元々伝播だったのが2chお得意の当て字操作で電波 に替わったのかと推測したが、調べてみると「電波を感じる」という発言からきているらしい。しかし、伝播でも何となくニュアンスは合っている(笑。

 本書は、構成の散漫さや内容の重複が最大の欠点だが、著者は、辛辣な社会批判から分裂病予防法の成立まで希求する熱血漢である。投薬以外のカウンセリン グは、基本ラインはあるものの試行錯誤の世界だと分かる。どうりで世にカウンセラーと呼ばれる職業は多い。
 進路や結婚に関する原因が主だが、それ以外にも「二分法」の押しつけに柔軟に対応できないと発病するという説明が興味深い。「はい」と「いいえ」しかな いアンケートに「どちらでもない」と感じる人は多いはずだ。これを軽くいなせず真面目に考え込んでしまう人はやばいのである。
精神分裂病のなおし方―分裂病がなおった
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2006年05月19日

森山公夫『統合失調症−精神分裂病を解く』

 昨日夕方のNTVニュース「リアルタイム」で、性同一性障害と診断された小2(!)の男子が女子として登校しているというので、あわてて録画したが映像 など映るわけがない(汗。小1まで男子なら周りの子もそのことは知っているだろうが、子供はいい意味で柔軟性があるのでうまくいってほしい。
 私も病院の待合室等で子供に「お姉ちゃん」と声を掛けられるとうれしい(「おばさん」とは言わせない?)。性同一性障害は、'70年代くらいまでは服装 倒錯等としてまだ精神病の一種と思われていた。独りで悩んでいると以下のような精神病と同様の症状を引き起こしかねないが。


 弟に役立てばと思って借りてきた森山公夫の『統合失調症−精神分裂病を解く』(ちくま新書361、'02年)である。まずは この病気を概観したかったが、'34年生まれの精神医の解説(やや現代の主流からは外れるらしいが)は期待通り分かりやすかった。
 タイトルで分かるように、精神分裂病(schizophreniaの直訳)は本書発刊年に統合失調症という名称に改められた。旧称は予備知識がな ければ多重人格と混同する感じさえ抱かせるが、統合失調症も定着するまではピンと来ないだろう。

序章 精神分裂病から統合失調症へ
I 精神疾患とはなにか?
第1章 精神の危機と自明性の喪失
第2章 狂と狂気
第3章 汎精神疾患論の提起

 著者は、第I部で汎精神疾患論を提唱する。妄想症状を軸として統合失調症の脱構築(デリダ?)を試みるのである。第1章の「精神の危機」 と は、家族、地域共同体、国家と社会の複雑化に人間が対応しきれなくなってきた状況を指す。
 その結果、「なぜ人を殺してはいけないのか?」などという自明な問いに答えねばならないという馬鹿げた現象まで起こっている。これが「自明性の喪失」で ある。昔(おそらく)存在しなかった病気なので、当初は症状が同じで直らない脳の生理的機能障害と見なされたのが悲劇の始まりだった。

 第2章「狂と狂気」では、夏目漱石、孔子、ツヴァイク等の引用から、人間が社会と折り合いをつけられないときに生じる普遍的な「狂気」を解説し、後に統合失調症を迫害妄想論として人間学的に読み解く拠り所とする。第3章では、ハイデガー、ヘーゲル等の引用もあって興味深い。
 「汎精神疾患論」は、精神病を究極的に一つの病とする考え方で、第II部以降で概観する精神分裂病の診断史とは対照的である。私の弟が「統合失調症に鬱 と自閉症の傾向あり」と診断されていることから考えても、これらの疾病を細かい症状に基づいて峻別することに意義を感じられなくなってくる。

II 関係失調としての統合失調症
第4章 「精神分裂病」概念のはらんできた矛盾
第5章 迫害妄想論の展開
III 迫害妄想病の人間学的構築
第6章 迫害妄想型の三段階
第7章 対人/社会恐怖様段階
第8章 迫害的幻覚・妄想期
第9章 夢幻様状態
終章 「慢性化」の問題と「経過型」について
あとがき 主要参考文献

 第II部以降は、精神分裂病の診断史と著者の見解が多くの症例と入り交じる。完全に理解するには、歴史の流れと頻出する微妙に異なる概念用語をノートに 整理していく必要があるだろう。それでも、第8章以降は幻覚が生じる原因等が分かりやすく説明されている。
 本書の欠点は、著者も認めるように妄想以外の症状と治療法に触れていないことである。しかし、最初に統合失調症を概観するには手頃でお薦めできる。他の 本を未読なので比較は難しいが、症例と治療法の羅列だけの本は後で読んだ方がいいだろう。
統合失調症―精神分裂病を解く
448005961X 森山 公夫

筑摩書房 2002-08
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2006年04月20日

Steele他『Scholastic Atlas of the World』

 スワローズにはあまり触れたくない期間が続いていたが、昨日はジャイアンツに今季やっと初勝利した。石川だけでなく藤井も一久もいいのに、1-0負けが 多いので勝ち負けが打線の調子しだいになっている。去年リーグ最低得点で4位になった辛勝大敗パターンが大勝惜敗に変わっているのだから仕方ない。


 月曜に届いたばかりだが、レファレンス類は全部読まなくても書評できる からうれしい(読まずに書評するのも十八番だが(汗。というわけで、"Scholastic Atlas of the World"(224ページ、'03年、Scholastic Reference)である。ウェブ上の世界地図はろくなものがないので前々からこういうのが欲しかった。
 amazonカスタマーレビューにあるように、アメリカの小学生向けだから地図自体は日本の中学生地図帳より情報が少ない。しかし、安価でこの手の類 がないので思い切って買ってみた。名所の写真が散りばめられ、統計的データも(アメリカとの比較だが)添えられている。

 日本は見開き2ページで紹介されているが、地図が大きく場所を取っていて、写真は札幌雪祭りと鼻の丸い旧式の新幹線だけ。関東の地名表示は東京以外に横 浜、川崎、千葉のみ。アメリカとの比較は、時差と平均寿命(米76、日80)、車所有率(米48、日37)。豆知識は天皇と青函トンネル。他、面積、人 口、言語、宗教、通貨。

説明文冒頭の対訳:
 SOME OLD JAPANESE PAINTINGS and woodcuts show beautiful islands set in blue seas, the sonwy slopes of Mount Fuji, or cherry blossoms in the spring. Others depict glowing paper lanterns, temples and shrines, or simply furnished but beautiful wooden houses. People dressed in silk robes, called kimonos, or farmers planting rice are shown in still other paintings and woodcuts.
 日本の古い絵画や木版画は、青い海に浮かぶ美しい島々や雪の積もった富士山の稜線、春の桜を描写しています。他にも、ちょうちん、寺院、神社や簡素な木 造家屋 の美しさを表したものがあります。着物という絹織物に身を包んだ人 々や稲作農家も、絵画や木版画に見られます。

 これだけ見ると「まだ時代錯誤?!」とびっくりするが、次のパラグラフでちゃんと大都会や近代産業について触れられている。しかし、「忙し いビジネスマンが昼食に冷飯の弁当を食べている(訳)」という説明はちょっと笑える。全体的には、まだ名前も把握してない独立国を手軽に知るにも良さそ う。
Scholastic Atlas of the World
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2006年04月12日

『The Concise Oxford Dictionary of Music』

 6日に届いた"The Concise Oxford Dictionary of Music"第4版を紹介しよう。オックスフォードのペーパーバック・レファレンスは百種類近くも出ていて比較的安価だ。音楽に関し ては他にMusical TermsとMusical Worksも出ている。本書は音楽全般を扱っており、音楽にゆかりのある地名も多く載っている。
 815ページに小さめの文字で、用語、作品名、作曲家、作詞家&台本作家、演奏家、歌手、オーケストラ等14000語がぎっしり詰まっている。著名な作 曲家は作品リスト付き。作品名は主に重要なバレエとオペラを掲載。楽器は歴史付き。存命の音楽家も豊富に収録している。

 amazonカスタマーレビューにもあるように、イギリス人編者マイケル・ケネ ディのせいで、同国人への偏りは感じる。例えば、マーラーが 1ページ半弱に対してエルガーは2ページを占めている。ちなみに全項 目中で最大はおそらく3ページ半のモーツァルトだろう。
 省スペースに情報を詰め込むため、3ページに渡って定義されている略号が説明文中に頻出する。楽器名や国名は分かりやすいし、cond.= conductor等はすぐに類推できるが、主にイギリスの音楽団体を表す大文字の頭文字は難しい。分からなくてもかまわないが。

 量が期待外れだったGlenn Gouldを対訳する:
Gould, Glenn (Herbert) (b Toronto, 1932; d Toronto, 1982). Canadian pianist, composer, and writer. Debut Toronto at age of 14 in Beethoven's 4th pf. conc; Washington DC and NY 1955, Eur. tour 1957, London 1958. Salzburg Fest. debut 1958. Toured USSR. Exceptionally wide repertory, from 16th-cent. kbd. works to jazz. Highly idiosyncratic performer with mannerisms to match. In 1964 gave up public perf. in favour of recordings. Recorded complete cycle of Schoenberg. Brilliant and controversial writer whose essays were pubd. in The Glenn Gould Reader (1985).
グールド、グレン(ハーバート)(生1932 トロント、没1982 トロント)。カナダ人ピアニスト、作曲家、著述家。トロントにてベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を弾いて14歳でデビュー。1955年、ワシントン DCとニューヨークでリサイタル。1957年、ヨーロッパ、1958年、ロンドンへツアー。1958年、ザルツブルク音楽祭デビュー。ソ連ツアー。レパー トリーは、16世紀の鍵盤音楽からジャズまで広範。特異な演奏は見合ったマニエリズムを伴う。1964年に公開演奏を放棄。レコーディングに専念する。 シェーンベルクの全集を録音。物議を醸す才気ある著述家として、エッセイ集「グレン・グールド著作集」(1985、和訳1990)がある。

 和書では、音楽之友社の『新音楽辞典 楽語』を学生の頃から使っていて楽語以外の情報も欲しかったが、高いので姉妹本まで買わなかった(汗。本書は作曲家を中心にパラパラめくっているだけでも 楽しいが、曲目や演奏に関しては当然ながらCD案内書等を買うべきだ。
 そういうたぐいは和書に山ほどあるから洋書をわざわざ買う意味は見出せないが、本書が輸入盤のライナーノートを読む人向けなように、隠れた輸入盤を発掘 するにはいいのかもしれない。
The Concise Oxford Dictionary of Music (Oxford Paperback Reference)
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2006年04月05日

E. D. Hirsch Jr.『What Your 6th Grader Needs To Know』

 かなり前に、アメリカの学校教材で英語を勉強する方法を提唱したが、グ レード6(小学校六年生)の各教科をまとめた本がひじょうに良かったので紹介しよう。編者はあのE. D. Hirsch Jr.で"What Your 6th Grader Needs To Know"であ る。
 400ページ足らずのB5をやや横長にした大きさで、紙は白くてペーパーバックより上質、コーラル色の二色刷で写真も豊富である。英文は、原作のレベル をあまり変えていない文学はやや難しいが、他は英検準2級レベル以上なら、専門用語を適宜調べる程度で十分読める。

目次
謝辞
総序文
本書の使い方−両親と先生のために

I. 文学(主な項目を記す。以下同様)
 小説 演説 詩 神話 言語学習 文学鑑賞 ことわざ 外国の表現

 小説はロミオとジュリエット、旬のオリバー・ツイスト等を数ページにまとめたもの。演説はケネディとキング牧師、詩も黒人系のものが多くてアメリカらし い。ことわざは日本人でも最低限知っておきたいものばかり。

II. 地理、世界の歴史、アメリカの歴史
 地理:丸い地球と平らな地図 世界の砂漠
 世界の歴史:アメリカ独立への戦い ヨーロッパ 大英帝国 アフリカ 日本
 アメリカの歴史:第1次世界大戦 その後 もう一つの戦争へ 連合国が敵に '50年代 人種差別と市民権 '60年代

 本書の1/3ほどを占め、異文化を知る意味で最もためになる部分。地理は英語の方が図法名がシンプルで分かりやすい(Conic Projection=正角円錐図法)。世界的な問題となっている砂漠化を大きく取り上げている。砂漠がどうしてできるかの説明が秀逸。
 Civilizationは文明(化)ではしっくりこないので歴史とした。世界とアメリカの分類は便宜上であり、アメリカが世界の中心となっていく(な らざるを得なかった)ことが強調されている。メキシコとの戦争等、日本の世界史ではあまり習わない内容もあって興味深い。

 産業革命は自動織機から始まるが、その発明にチェスの「トルコ人」が影響を与えたという話は何で読んだんだっけ? 私の勉強の仕方が悪かったのかもしれ ないが、産業革命の明るい面ばかりを見てきた日本人にとっては、子供を含めて朝から晩までこき使われた当時の劣悪な労働環境の描写は衝撃的である。
 戦争に関しても、初めての大量殺戮が可能となった第一次大戦で、塹壕をはさんで身動きが取れなく、先に突進した方が死ぬしかない悲惨な状況が良く描かれ ている。攻撃せずにほんとに脅しだけで済むのなら、近代兵器の意義を認めねばならない気にもさせられる。

 北朝鮮がボロクソに書かれているのは当然として、日本については第二次大戦時を除けば好意的である。以下に日露戦争の部分から久しぶりに対訳してみよ う。

p.143より
 Before the battle, Togo sent a message to his sailors: "The country's fate depends upon this battle. Let every man do his duty with all his might." The great Battle of the Sea of Japan began in the morning and raged until sunset. By the time it was over, the Russians had lost nearly all of their ships and almost five thousand men, whereas only one hundred and sixteen Japanese had been killed. The Russian navy was crippled. The Japanese had won one of the greatest sea battles in history.
 開戦前に、東郷平八郎は海兵たちに伝言した。「我が国の命運はこの戦争にかかっている。各人が全力で任務にあたるように」。日本海での大海戦は、朝から 日没にまで及んだ。終わってみれば、ロシアはほとんどすべての軍艦と5千人の兵士を失ったが、日本は116人が戦死しただけだった。ロシア海軍は無力だっ たのである。日本人の歴史的な大海戦での勝利だった。

III. 芸術
 音楽 美術

 小学生には難しいからか30ページ足らずである。特に音楽は基本的な調性の説明以外はアメリカの民謡等を扱い、いわゆるクラシック音楽がほとんど見られ ない。明治からヨーロッパを範とした日本とはずいぶん違う。それに比べると写真で説明できる美術の素材は幅広い。

IV. 算数
 桁 階乗 小数 分数 計量法 比率 幾何学 面積と体積 整数 分布や確率

 私のように文化系には、これ以降の分野の単語にうとくなる。しかし、意外と日常語で表される数学用語を知るのは楽しい。もちろん内容は完全に分かってい るから辞書を引かなくても、例えばfraction=分数等はすぐに分かる。応用問題はさておき、アメリカでは基礎計算は階乗まで小学校で習うのに驚かさ れる。

V. 科学
 生物学 物理学 化学 水の驚異 科学者の話

 ここはまだ少ししか読んでいないが、日本の理科よりずいぶん進んでいる感じがする。

 全般を通して、○○については"What Your 5th Grader Needs To Know"を参照という風に、レベルの区切りではなく5,6年本で内容が分かれている。例えば、南北戦争に関してはすべて5年本になっている。なのでいず れそれも買う必要がある。
 上記のようにひじょうに英語は易しいが、歴史や科学では専門語も多い。自分の英語語彙の弱い部分を確認して強化できるということである。中学生以上向け でこのような全教科本はないので、この後は各ジャンルの生徒向けノンフィクション本に進めばいいだろう。

 この手の本を対訳した和書もいくつか出ているが、主として高校生レベルの教科書の一部を引用して用語を中心に解説している。政治経済等の現代的なジャン ルが中心のようである。結局、日本語で読んでも分からない分野を英語で勉強するのは無理な話だし、日本語がよく分かっている分野なら対訳は不要と思うのだ が。
What Your 6th Grader Needs to Know: Fundamentals of a Good Sixth-Grade Education (Core Knowledge Series : Resource Books for Grades One Through Six,)
0385314671 E. D. Hirsch

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2006年03月29日

Jack London『The Sea-Wolf』

 まだ先週紹介した『英語多読完全ブックガイド』からは一冊も買ってないが、10年ほど前に初めて受講したフェローアカデミーの翻訳通信講座のときにプレ ゼントされたペーパーバックを久々に引っ張り出してきた。当時最初だけ読んでほったらかしてしたジャック・ロンドン(1876-1916)の"The Sea-Wolf"である。
 この洋販(Yohan)出版の語彙1000〜4000語ラダー版は、和書扱いだが洋書にはない作品もあって見逃せない。本書は2000語なので知らない 単語はほとんど出てこないし、海洋専門用語は太字になっていて巻末に解説がある。長さは原作の半分くらいになっている。

 そのぐらい易しければスラスラ読んでもっと上のレベルへ行きたいところだが、実際は4日でトータル15時間くらい(p.10/h)かかってしまっ た。昔読みかけたところまではすぐだったが、スラスラ読めているのにそれを後ろから冷静に眺めるもう一人の自分が出てきて白けさせる、という感じだろう か。
 よほどの名作か英語の勉強という口実でもないとフィクションを読まない理由の一つでもある。他には、私自身がすでにフィクション並の人生を送っているこ とや、厳密な意味で男女のどちらにも感情移入できないこと、音楽や絵画に比べて、小説、映画、演劇等は私の中では芸術と呼ぶには具象的過ぎることが上げら れる。

 簡単に粗筋に触れておこう。主人公ハンフリーは、サンフランシスコからのフェリーで遭難し、アザラシ猟漁船ゴーストに救助されて一命を取り留める。しか し、そ こは血も涙もないキャプテン・ウルフが支配する地獄の世界だった。
 35歳でもひ弱で肉体労働経験もないハンフリーは、屈辱のキャビンボーイをさせられる。しかし、弱肉強食の世界を通して自立することを学んでいき、つい にはキャプテン補佐(メイト)にまで上り詰め、ハンフリー同様途中で救助された女性の愛も勝ち得る。

 印象深いのは、ハンフリーがウルフの書斎にシェイクスピア、ダーウィン等の本を見つけるくだりである。ハンフリーにとって、その凶悪なウルフの裏の顔は 一筋の光明かと思いきや、全然そうは問屋が卸さない。他の水夫やハンターと違ってインテリの二人は哲学を語り合うが、決して分かり合えない。
 これらの知識は、むしろウルフの残忍さを徹底させるために役立ったようである。盲目になって死にかけながらもハンフリーにかみつき、魂の存在を否定する 救いのない男を通して作者が描きたかったものは、ハードボイルドと言えばそれまでだが、何だったのだろう。

 読んだことがなくてもこの話を全く知らない人は少ないのではあるまいか。ロンドンの作品は、日本では『野性の呼び声』や『白い牙』の方が有名らしいが、 調べてみるとこの『海の狼』は11回も映像化されていて、アメリカでは'90年代のテレビドラマでチャールズ・ブロンソンが主演している。
 私もおそらく、そのうちのどれかを父親の膝の上に座って白黒テレビで見たのだろう。映像的にも哲学問答的にも訳しごたえがありそうだと思って 読んでいた。だから時間が掛かるのはしょうがない(汗。
THE SEA WOLF 海の狼
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 うまいのかどうか知らないが、和訳↓
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