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2011年10月22日

トーマス・ベルンハルト/岩下真好訳『破滅者 グレン・グールドを見つめて』書評

 いずれグールドをモデルと した人物が登場する映像作品を作るつもりなので、ちょっと気が早いが借りてきて読んだのだが、じつにひどい小説だった。今月の帰省の車中から読み始め、途 中で何度やめようかと思ったが、やめておいたほうが良かった。

 作家はオーストリアの劇作 家、小説家、詩人で、正規の音楽教育も受けている。'82年のグールドの訃報を聞いてから1年余りで書き上げて'83年に発表した話題作だが、自国の政 治、国民、風土をぼろくそにけなす(ウィキペディアによると)持ち前の過 激ぶりが全面に出ている。
 訳者はドイツ語を専門とす る音楽評論家だが、いくら本 書がグールドの十八番「ゴルトベルク変奏曲」の小説版だと解釈できるとしても、「…だっけ、と、私は思った」のような表現を何百(誇張ではない)も訳でそ の通りに再現されてはたまらない。それを別にしても訳は稚 拙レベルだ。ドイツ語の翻訳家はどれほど不足しているのだろう。

 私は、グレン・グールドの 音楽が好きな人が本書を読む必要は全くないと断言する。私は、この作家と訳者の他の本を今後読むことはない。ストーリーという殻をかぶって作家自身のルサンチマンをぶちまける、こんな読みにくい だけの散文小説でプロとしてやっていけるのが不可思議だ。
 もちろん、直接的な表現を 避けるために芸術という形を 取るなら普通のことだが、この作者は主人公にそれを一人称で語らせているから、直接表現と変わらない。それほど自国に文句があるなら政治家になるか、国外 へ移住すればいい。

 最近は動画制作のための実 用書を読むことが多くなったし、これをきっかけにますますそうなるだろう。1並びの2011年11月11日に、水野倶楽部の初作品としてチェストランス出版 のCM第1弾を発表する予定 だ。

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posted by 水野優 at 17:57| Comment(6) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

遠藤周作『深い河』書評

 図書館に本を返す日に、予約していた本の到着が間に合わなかったので借りた。最寄りといってもそんなに近くない図書館は小さな分館だし、所蔵の本はほとんどがメジャーな小 説なのでスルーしていたが、10年ほど前に深田恭子が いいと言ってはまっていた本書がハードカバーであったので借りてきた。
 遠藤の本は、若い頃に読んだ軽い大衆小説の イメージが強かった。だから、自身のクリスチャンと しての体験等が色濃く出た本書のような作品は初めて読んだ。最初は、晩年になって今風の読みやすい文体になったとか、シンクロニシティの技法を使っているななどと 冷ややかに分析していたのだが、50ページを過ぎた頃から圧倒された。こんなに引き込まれて読んだ小説は久しぶりだった(単に小説をあまり読まないからで もあるが)。

 神を信じることの空しさを通して日本人にとっての神、キ リスト教とは何かを問いかけるテーマは、信者でない私にはピンとこないが、大津が言う「どの宗教の神も結局同じ」という 考え方には同意する。人が生の支えとし、死と向かう合うために神が必要なら、宗教の違いはどうでもよさそうだ。主要登場人物5人のうち、この大津と美 津子の対照的な人生が軸になって進んでいくのだが、美津子の根本的に人を愛せない性格にも妙に共感を覚えた。
 無口な日本人夫の典型として描かれる磯辺に しても、日本人にとってはそれが当たり前なわけで、美津子が演技と思わなければボランティア活動をできないことも、むしろうなずける。西洋人のほうこそ、 「愛してる」と言い合う習慣がマンネリで形骸化しているとは言えないか。口に出して言ってればその気になってくるということもあるだろうが。宗教の違いも こんな文化の違いに還元して しまいたくなる。

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2011年08月29日

木村泰司『名画の言い分』書評

 これも佐々木俊尚が「文庫化されたのを買おう」とツイッターで書いていたので、図書館から借りてきた。無料ならハードカバーのほうが字も大きくていい。 いきなり驚かされるのは、ボッティチェリの絵画プリマヴェーラの前に著者が映り込んでいる表紙だ。自己顕示欲の強い私でもここまで はなかなかできない(紙版の白黒印刷に画像を載せてもグラデーションが出ないし)。
 著者の講演活動では、これが名刺代わりにもなるのだろう。私より若いのにスキンヘッドなのもインパクトがあっていい。出版社さえいいならこういうの は、ありだ。イケメンの作家はこれからどんどん表紙に自分を出すべきだろう。

 『名画の言い分』数百年の時を超えて、今、解き明かされる「秘められたメッセージ」。著者は、「絵は感覚で見るものとごく当たり前に思っている人たち に、絵は見るものではなく読むもの」 だと一貫して主張している。古代ギリシャ・ローマから印象派までの絵画や彫刻を、歴史的・宗教的にもわかりやすく解説しながらひもといていく。誰にでもお 奨めできるレベルだ。

 自分が得意な音楽とどうし ても比較してしまうが、音楽に比べると絵は一瞬にして全体像をとらえられるし、前衛的な抽象画を除けばたいていは風景か人物が描いてあるから、わかるわか らないではなく、好き嫌いの問題だと即断してしまうのだろう。
 絵に関してはマグリットだ けで満足しているが、本書冒頭の40ページほどの写真資料の中では15〜17世紀頃のフランドル絵画が興味深い。印象派にもっと興味があるか、出版社へ行 くついでがあれば、国立新美術館で やっているワシントン・ナショナ ル・ギャラリー展へ行くところだが。

名画の言い分 数百年の時を超えて、今、解き明かされる「秘められたメッセージ」
木村 泰司
名画の言い分 数百年の時を超えて、今、解き明かされる「秘められたメッセージ」
巨匠たちの迷宮-名画の言い分 美女たちの西洋美術史 肖像画は語る (光文社新書) 西洋美術史から日本が見える (PHP新書) 名画の秘めごと―男と女の愛の美術史 裏側からみた美術史 (日経プレミアシリーズ)
posted by 水野優 at 13:49| Comment(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月01日

エアーズ著 山形訳『その数学が戦略を決める』書評

 『電子書籍の衝撃』を読ん でから著者の佐々木俊尚をツ イッターでフォローしている。彼は文庫化さ れた本を良く紹介するが、本書もその一つだ。文庫化は評価の定着と長期的な有用性の証と考えられるし、映画等のエンタメ分野でも数学的手法が使われていると 知って読んでみた。

 著者の本職は法律だが、自らも絶対計算に手を染める。山 形浩生の訳も一度読んでみたいと思っていた。出 版翻訳だけでも食えるほど出しているのに、本職は違うらしい。リスク分散かもしれない。アメリカの本家テレビ番組「クイズ・ミ リオネア」のことを「大金持ちになりたい人集まれ」などと訳しているのがおもしろいが、忙しくて日本版ミリオネアの存在を知らないのかもしれない。解説で な ぜかみのもんたが出てくるのに。 そう言えば、『ボ ビー・フィッシャー 魂の60局』でちぇすのすけさんに指摘された「失われた環」は、どうせ知らない人にはわからないんだか ら、「ミッシング・リンク」で良かったと今さら思った。山形訳は「数学屋」のような砕けた表現が私と近くて好感が持てるが、自然な日本語かどうかでは気に なる箇所が多い。第一線のプロでも得てしてこういうものだ。頻出する「〜の聖杯」という表現は、日本人には不親切だろう。私にはわからない。

 計量経済学というと私が最 初に入った大学で、数式ばかりで文系学生にはさっぱりと思った記憶しかないが、この絶対計算、回帰分析等の手法が意外なほど身近に多用されていることが、 本書では豊富な実例でわかりやすく語られている。各章の終わりにまとめがあるので、忙しい人はそこから興味ある実例だけをたどるのもいいだろう。
 目当てのエンタメに関して は、どういう脚本が当たるかを高確率で当てる手法があるらしいが、その内容は企業秘密だ。現場の反発は当然激しいが、芸術もビジネスの一つにすぎない。私もフリー になって自分で意志決定するようになってからは、厳密には計算せずとも同じようなことをやっていることに気づかされた。

 ありきたりだが、チェスが出てくる部分を引用しておく。
p22
 チェスのグランドマスターであるゲーリー・カスパロフが、ディープ・ブルーコンピュータに負けたのは、IBMのソフトウェアのほうが賢かったからだと思 われがちだ。でもその「ソフトウェア」というのは実は、各手の力を順位づける巨大データベースなのだ。コンピュータの速度は重要だが、決定的な役割の一部 を果たしたのは、コンピュータが七〇万に及ぶグランドマスターのチェス対局データベースにアクセスできたということだ。カスパロフの直感は、データベース による意志決定に負けたのだ。
p135
 …カスパロフ対IBMのコンピュータのチェス王座決定戦のようなものだ。…

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2010年09月06日

小林秀雄『モーツァルト』書評

 学生の頃「無常という事」の全文を国語の長文問題で読んだことがあ る以外は、「モオツアルト」さえ未読だった。この長音を使わない表記が印象的だったが、今回読んだ集英社文庫では本文まで通例の 「モーツァルト」になっており、シュウマイと一字違いのシュウマンに比べて逆に浮いている。
 モーツァルトだし、小林秀雄だし、昔から知っているから読んでおかねばと思ったしだいだが、文体とこの手の評論(?)は全く参考にならなかった。しかし、理屈を超越した説得力のようなも のは感じる。「モーツァルトの疾走するかなしさ」という表現は万人が 納得するところだ。

 疾走するかなしさの例として、弦楽五重奏と交響曲第40番という2 つのト短調曲が引用されている。25番交響曲も含めて私も同感だが、 私は2曲の短調ピアノ協奏曲と違って2つの短調交響曲を好きになれな い。
 このへんを反ロマン主義の著者と比べるとややこしくなるの で、自分の思うところを書いておく。古典期はモーツァルトに限らず短調曲が少ない。そもそも長調か短調かは曲の最初か主要部分がそうであるだけで、コード 進行的には両者が混ざっている。ニ短調ピアノ協奏曲は長調との交替が 頻繁で多分にロマン的だから小林には気に入らなかっただろう。
 より古典的にかっちり書かれているせいか、交響曲は短調独特の哀愁が抑圧され、私などは滑稽ささえ感じてしまう。感情移入をさせずに疾走して去っていく悲しみという点では、小林と私の感じ方は 同じだと思うが。



 『チェス 終盤の基礎知識』は編集がほぼ終わったのに、図書コード等の申請遅れで出版がずれ込むと思っていたら、ワードからのpdf変換を100ページ一気にやるととんでもなくCPUに負荷がかかることが 分かった。今回は友人のハイスペック機に頼るしかないが、映像や音楽ソフトならともかく、DTPでさえ2.3GHzのCPUではだめとは…。出版は9月下旬予定。
 いずれちゃんとレビューするが、チュートリアル機能等が技法書執筆 に生かせるかもと思い、Chessmaster Grandmaster Editionを買った。結局久々の対戦にはまってしまい、レイティング1660まで上がった。レベルはUSCFにしても甘い感じがする が、たしか に人間くさい手を指してくるし、私は人間相手よりソフトの方が好きかも。

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おすすめ平均 star
star「常なるもの」とは何か。
star「批評」と「文学」の境界について
star日本にも本物の評論家がいた

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2010年08月09日

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』書評

 もう3年前になるベストセラーをやっと読んだ。それまでにも著者は爆笑問題の番組とかでよく見かけた。本書はタイトルの結論を導くほど大それた内容では もちろんなく、生化学の過去の研究から著者の体験までを追いながら自分なりの生物観を描き出す。読み物としておもしろく、専門以外の該博ぶりも披露してい る。上級の科学エンタメだ。



 最近は自分の創作活動に役立つ実用本を優先して、天文や生物学等の本は読んでなかった。今後もよほどのものしか読まないと思う。自分が生きている間にも パラダイムシフトが起こるほどの大発見はあるのだろうが、そのためにまた新たな謎が生まれるのは必定で、きりがない気がする。
 こんな風に思う学者がいたら失格者だろうが、私は40代になるまでそのことに気付かなかったようだ。20代には何とか大学に残るか評論方面にでも進めた らい いと思っていたが、それは大きな間違いだった。評論に関してはブログで書評(最近はかなりいい加減)こそやっているが、私は大学の研究のような厳格で地味 な作業には全く向いていなかった。

 今さらだが、私は根っからのアーティスト気質だ。アーティストは何かを客観的に証明する必要などないが、一部の熱狂的支持者を得られる。それだけでも大 変な名誉と満足なのに、金にならないとか過去の偉人に自分が張り合えないという理由で活動をやめてしまう。私もそうだった。
 今後の個人出版本は自分でレイアウト等のデザインもするし、技法書以外に小説も訳すので芸術作品として世に出さねばならないと今まで以上に思っている。 そして、その先には映像作品制作を見据えている。

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おすすめ平均 star
star書名でうれた?ごく普通の分子生物学/細胞生物学のエッセイ本
star生物学について無知ならそこそこ楽しめる?
star科学者目線の文学、もアリじゃない?

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2010年06月09日

金原瑞人『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』書評

 最近は各国語の発音を調べるために図書館でいろいろ借り始めているが、分館で見つけてついでに借りた本に触れておこう。気楽なエッセイ集で後半はあまり 翻訳の話でもなくなっている。著者はあの金原ひとみの父親で法政大教授、ヤングアダルト、マイノリティ文学の翻訳が多く300冊を超える。
 翻訳家、特に古い人はひょんなことで初仕事が舞い込んだ場合が多い。著者は中学で大して勉強しなくても得意だった英語が高校で落ちこぼれ、医学部をあき らめて入った英文学科でまた開眼したという。私と似ている。

 大きく流れを追うと、「ぼくの翻訳事始め」では、ハーレクインロマンスの訳のときは男名ではまずいらしく「鏡美香」というペンネームにしたという話が笑 える。 「翻訳は悩ましい」、これは翻訳家の誰もが同意する部分。横書き小説があってもいいという革新派でもある。文体が時代を経て古くなることに関しては、翻 訳家は若い頃に出会って感動した文体に終生こだわるからいう。その時点から時代より遅れた文体を使っているわけだ。
 翻訳学校などでも新しい表現に通じた教師は少ないし、まだ辞書にも載らず一般に認められていない表現など使うなと言われる。しかし、少しでも長く読まれ たいなら古い文体は使わない方がいい。もちろんすぐ廃れる新しい表現もよけいに古さを感じさせるから良くない。私も文体にこだわりがないことを長所にすべ きと思った。
 そして「翻訳家に未来はあるか」「本をめぐる出会い、旅、人」「あとがき」それに「対談」と「鼎談」が1つずつはさまれている。

 著者は時給千円にもならない仕事でもたくさんこなすことで翻訳を生業としてきた(大学の仕事は別として)。本書でもこれから目指す人のために可能な二足 のわら じパターンを提案している。しかし、今後は電子出版によって版権のアドバンス(前払い)も見直されて個人の高額印税翻訳出版の道が開けていくのではないか と思う。
 私は個人出版の方はまず版権を取らなくてもいいものから始めるから自分の著書のように出せる。図書コードの取得は数年前と比べてたやすくなったし、取次 流通もamazonにある程度入ってくれるから後は実績しだいだろう。
 しかし、先立つものは印刷製本代で、それも薄いものからしか出せそうにないので、まずはアヴェルバッハの『チェス 終盤の基礎知識』を9月に予定している。この利益をフィッシャー『思い出の60局』の印刷製本に回すことになる。それまでに『ボビー・フィッシャーを探し て』が出て いるのやら。

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starカレーの話はほとんどない。
star『フランダースの犬』と『不思議な国のアリス』を翻訳した菊池寛!
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2010年05月19日

佐々木俊尚『電子書籍の衝撃』書評

 予告通り電子出版の話だが、いつ以来か分からないほど久し振りに新書を新品で買った。中古本どころか図書館の予約待ちすら待てないほどamazonへの 期待が大きかったからである。著者はメディア関連の類書をいくつか出しており、個人出版に関して1章を割いている本書に決めるのには時間は掛からなかっ た。

 iPad対キンドルの話から始まる。アップルとamazonの出血覚悟の熾烈なシェア争いの内幕が語られる。著者は全般にわたり書籍より電子化が先行し た音楽業界モデルをたびたび引用する。CDというパッケージを買わずにiTuneでDLして聴取する形態を音楽のアンビエント化と呼んでいる。私のスター デジオを聴くだけで済ます形態も放送メディアとはいえ似たようなものだ。まだ100枚以上CDは持っているが、ケースとジャケットは捨てて盤だけファイリ ングしている。それもいずれHDDとかに入ったら処分するだろう。
 本が多すぎて床が抜ける心配をしている人に比べたら全然問題ない私でも、紙の本は極力減らしたいと思っている。本は紙の匂いや感触を味わいながら読むも のだと言い張る輩は未だに原稿を手書きしているご老体か、本の内容(文字や図表)以外のパッケージとしての付加価値に踊らされているとしか思えない。実体 がないと所有した気分になれないのだろう。ところが、所有したとたんに映像や音楽は再生しなくなるものだ(笑)。私がスターデジオをよほどのもの以外あま り録音しなくなったのは、「また放送されるだろう。録音してもそれまでに再生しないだろうし」と思うようになったからで、さらにアンビエント化している。 ちょっと特殊な例だが。

 とはいえ、今まで国内的に電子書籍が全然普及しなかった体質でもあり、すでに紙で出ているベストセラー等が電子化されなければiPadも中途半端な端末 に終わってしまう。本書は、悪名高い取次&再販価格維持制度とその歴史的経緯までも振り返って批判するが、電子出版に関してはあくまで強気で明るい未来を 提示している。しかし、今利用されている主な電子書籍が携帯電話でのコミックスという現状には正直あまり希望が持てない。携帯が不要でPCしか使わない私 には、携帯で何でも間に合わせたいという感覚が想像できないからでもある。
 電子出版の普及はともかく、米amazonでは元手0の高印税個人出版を受け付けており、本書第3章で詳説されているのでとにかく自分の本を出したい人 は必読だ。このサービスはまだ英語以外にドイツ語フランス語にしか対応しておらず、最高印税率70%はamazon側の様々な条件をクリアした場合のみな のでデフォの35%と考えた方がいい。今発売中の『週刊アスキー』にも電子出版の特集があり、日本語テキストの画像化で日本語非対応の壁を破って米 amazonから和書を電子出版している人が載っている。オンデマンドで24時間以内に印刷製本してくれるのも魅力だが、この場合は日本からの注文に対し て送料約12ドルと1週間ほどの時間がかかってしまう。

 メジャー翻訳出版できるシステム(版権取りは個人で難しく、アドバンス等の初期費用がかかるので、著作権切れか十年留保に該当する原書)に関してまとめ てみた。メジャーの定義はISBNコード付きとする(書店に並ぶか否かは問わない)。

出版形態
印税
長所
短所
部数と利益
既存出版社から
7〜15%
書店配本。編集以降の作業をお任せ。
低印税。やり取りが面倒。電子化対応不明。
2千部
28〜60万円
個人出版社として
30%
少しは(?)書店配本され、直販も電子化もできる。
既存出版社ほど宣伝にならないわりに経費がかかる。編集まで自前。売れ ないと自腹。 1千部
60万円
米amazon
35%
amazonで電子も紙も買える。元手(リスク)なし。
amazon独占(他で売れない)。書店配本なし。
1千部
70万円
電子出版社から
〜50%
ある程度の宣伝効果。
amazonより元手がかかる。紙も出すなら経費高額。
1千部
40万円
自費出版
85%
最高印税。マイペース。
書店配本なし。印刷製本代が先にかかる。1冊ずつ発送作業。売れないと 自腹。
1千部
70万円
 紙1部2000円、電子1部1000円とする。ただし自費出版は紙1部1000円。

 だいたい比較できるように5つの場合を考えてみた。売れる部数予測がいちばん難しいが、'70年までに初出した200ページ程度のチェス書で、まだ紙で 買いたい人が多いだろうから電子出版はおまけのように考えている。同出版社からでも通常紙だと印税が下がるが、単価が電子より高い分同じと概算していい。

 既存出版社からの部数を最大にしているのは書店配本や宣伝効果というより図書館からの購入を想定している。うちの近所でつぶれた書店主が「学校への納入 だけ続ける」と言ってたくらい。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の世界だ。印税に幅はあるが期待しない方がいい。
 個人出版社は自分で出版社を立ち上げた場合で、私もあまり分かっていないが、書店配本はほとんど期待できないだろう。印税30%は編集が自腹になって上 がった分だけ。装丁で見劣りしなくても図書館に入らない分売れない。図書館にないから買ってもらえるかもしれないが。これなら、自分で編集までして大手か らリスク負担で委託販売する方がいい(小笠さんがこれに近い)。
 米amazonは、リスク0、紙でも元手なしで売れ、印税もそこそこだが、現状ではアメリカとの取引になるのでまだ静観するしかないと思う。
 電子出版社は大手ならある程度の宣伝効果があるだろうが、紙の場合取次を通すからか高すぎる。電子出版の初期費用も数万円くらい取られるようだ。総じて メリットは少ない。
 自費出版は面倒そうで数年前にだめと思ったが、紙で売るならまだ十分ありだ。印税に入らない分は印刷製本の20万円(A5, p.200, 1000部)と発送費10万円で、利益はamazonと同じになった。1冊ずつの発送作業がいちばんたいへんだが、コンビニまでメール便を出しに行くくら いは健康にいいかもしれない(笑)。

 電子出版うんぬんと言いながら、自分が売る方としてはどちらでもいい。電子出版がきっかけになって本を手軽に出す権利がマスから個人へ下りてくることが 重要なのだ。月6,7万円の生活費の私が十分出版翻訳で食っていけるし、他につまらない仕事をする時間をもっと創造的活動に使えるようにからだ。

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star不安。
star年間100冊程度で「活字中毒」を自称するようではこの程度か…
star状況はよくわかるのだが

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iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (brain on the entertainment Books) アップル、グーグル、マイクロソフト クラウド、携帯端末戦争のゆくえ (光文社新書) ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術 (宝島社新書) 2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書) マスコミは、もはや政治を語れない 徹底検証:「民主党政権」で勃興する「ネット論壇」 (現代プレミアブック)
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2009年12月23日

蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』書評

 帰省したときに2冊あるからともらった蛇蔵&海野凪子『日本人の知らない日本語』 メディアファクトリー('09/2 p.141)。漫画なのでその日に読み終わったが書評するかもしれないから持って帰ってきた。日本語ブームは斉藤孝辺りが仕掛けた頃からうさんくさいと思っていたが、本書は 笑い飛ばせる内容だ。
 おそらく増版ごとに変わる帯に32万部突破とあるからすごい。これほど類似本が ある中で突出できるのは漫画の力だろう。著者の日本語教師の身近に漫画家がいたからできた企画であり、そうでなければ本書のよ うなものが生 まれたかどうかさえ分からない。

 本書の笑いは、日本語教師とはいえネイティブは当然と思って見過ご していることを外国人学習者に理詰めで質問されて回答に窮する、また はとんでもない勘違いが露呈するところにある。日本が好きで日本語を学ぼうという学習者はたいてい極端な日本像を持っているから、英語を学ぶ日本人よりとんでもない勘違いが起こ るのだ。

 慣用句の語源に関してはたしかにテレビのクイズ番組で初めて知るこ とも多く、自分のそういう知識も英語より手薄になっていることは否めない。しかし、語源や難読漢字の知識などはないよりましという程度で今さら深入りしようとは思わな い。
 英語の場合はラテン語やギリシャ語の語源を知っていると覚えたり意味を推測しやすいからいいわけで、日本語だとそういうメリットはさほどないし、語源と 意味が逆転している場合とかも多い。日本人はもっと総合的な文章表現力を つけるべきだが、テレビやゲームのクイズで扱えるのはこういう内容が限界なのだろう。

日本人の知らない日本語
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おすすめ平均 star
star日本語を外国人がどう感じているのかがわかる
star続篇に期待
star漫画形式で読みやすい

声に出して笑える日本語 (光文社知恵の森文庫) かわいいころを過ぎたら日本人なら知らないと恥ずかしい“難解漢字” (宝島SUGOI文庫) 天ぷらにソースをかけますか?―ニッポン食文化の境界線 (新潮文庫)ル・オタク―フランスおたく物語 (講談社文庫)
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2009年12月15日

竹内著嵯峨野構成『理系バカと文系バカ』書評

 最近はめっきり書評をしなくなった。出版翻訳が優先なので読書量も減っている。宇宙物理や生物学、哲学のような興味ある教養系はさっぱり読まなくなり、作曲技法、スコア(オケ&演奏用ピアノ)、作 詞、演劇等、映像作品制作に必要な実用系ばかりなので、このへんは書 評すべきかどうか決めあぐねている。
 それでも先日の帰省のときに新書を3冊ほど読んだ。珍しく105円 より高いのに買った竹内薫著嵯峨野功一構成『理系バカと文系バカ』 PHP新書586('09/3)は、ちょっとめくって前半がおもしろそうだし、帰りの新幹線の暇つぶしが他になかったから。PHP「文庫」だったら絶対に 買わなかっただろう(笑。

目次(最下位項目除く)
はじめに
序章「理系」「文系」って、そもそも何だ?
第1章 こんなタイプが「理系バカ」「文系バカ」!?
 @「文系バカ」と呼ばれる10の事例
 文系バカ@血液型診断や占いが気になって仕方ない
 文系バカA取扱説明書は困った時にしか読まない
 文系バカBたいていのことは「話せば分かる」と信じている
 文系バカCダイエットのために「カロリーゼロ」のドリンクをガブ飲みしてしまう
 文系バカDアミノ酸、カルニチン、タウリンなどのカタカナ表示にすぐ飛びつく
 文系バカE「社会に出ると因数分解なんて必要ないよね」と言ったことがある
 文系バカF「インド式算数」を学ぶより、電卓を使えばいいと思っている
 文系バカG何でも平均値で物事を判断してしまう
 文系バカH抗菌コートのトイレじゃないと入りたくない
 文系バカI物理学と聞いただけで「難しくて分からない」と思ってしまう
 A「理系バカ」と呼ばれる10の事例
 理系バカ@できれば他人と深く関わらないで生きてゆきたい
 理系バカA新型、最新テクノロジーの商品を買うために徹夜してでも並ぶ
 理系バカB相手が関心のないことを延々と話す−女性との会話も下手
 理系バカC独善的で、いつのまにか相手を怒らせている
 理系バカD「もっと分かりやすく説明して」と、よく言われる
 理系バカE分からないことは、何でもネットで検索してしまえ
 理系バカF感動するポイントが人とズレている
 理系バカG文系より理系の方が人間として「上」だと信じている
 理系バカHUFOや心霊現象について語ることは犯罪に近いと思う
 理系バカI以外とオカルトにハマりやすい
第2章 理系と文系、どっちがトク?
第3章 日本は理系人間が育ちにくいのか?
第4章 「理系センス」がある人はどこが違うのか?
第5章 文理融合センスを磨く5カ条
おわりに
理系ワールドを楽しむオススメの10冊

 著者は一般向けに科学を分かりやすく紹介するサイエンスライターだ からこういう内容には打って付けだが、下世話なネタに関しては構成の嵯峨野がかき集めたようだ。私自身は理系寄りの文系だから、「はじめに」にあるように、身長が0.8倍だと体重(体 積)は約半分になるという概算を著者がすると妻が理解できずに不思議がったという話は、私なら著者の立場だ。現に180cmの男性の体重が80kg、 144cmの女性の体重が40kgなら人並みだ。三次元空間にいながらそれを理解していない文系人間が多い。
 本書はもちろん文理融合を理想としてその足がかりを目指している。 第1章の文系と理系のそれぞれ10のバカ、私は1つずつくらい該当した。文系はDくらいで、空気清浄機をマイナスイオン目当てではないとはいえ、それに引 かれて 買ったことは確かだ。理系はEくらいだが、本書ではたわいもないことまで携帯で検索する意味で言っている。私の場合は、翻訳で分からないことを安易な検索 だけで済ませて裏を取らないことの方が問題だ(汗。

 第2章についてはあまり考えたこともないが、理系出身の官僚へのアンケートで「何 になるかは文系が有利だが、何をするかについては理系が充実している」という回答が印象的だ。文系の方が職業選択でつぶしが効くということ だろうが、文系か理系かで迷うならとりあえず理系にした方が後で変更が効くと昔から言われている。
 第3章は昨今、実はずっと前から言われている深刻な理系離れについ て。事業仕分けで予算が削られればさらにピンチだが、文系というか芸術系はもっとやばい。芸術は通常文系と見なされているが、理系の作家も増えたし、総じて制作側には理 系的知識が必要だ。コンピューターを使う場合があるだろうし、作曲などは数学に近いものがある。私は絶対音感もないしコードの聴き当てもできないが、メロ ディー に理屈だけで音を出さずにコードを付けたりする。だからベートーヴェンは耳が聞こえなくなっても作曲ができたと言えばおこがましいが、私ほど何をするにも理論先行の文系人間は珍しいと最近特に思う。

 文系と理系のバランスが悪くてもどちらかが図抜けていればまだましで、世の中はどちらも大したことがない人の方が多いのだろう。そういう人たちが総じて 文系と言われる(文系を隠れ蓑にする?)から理系の方が高級に見える。
 本書では触れられていないが、理系的割り切りをあまり早期に学ぶと文系的想像力を伸ばせなくならないかと思った。例えば、生物学の知識があると、 人間のような意識を持っていない生物の営みに感心したりそれを擬人化して考える発想がなくなりはしないかと。元々動物に興味がない私は、進化論を知ってか らますます本能で行動しているだけの動物に興味がなくなった。でも、ぬいぐるみには愛情を感じる(笑。
 これは幼い頃の情操教育の問題だから本書の範囲外なのだろう。理系 人間でも、専門外の理系知識にうとい専門バカはいる。多くの文系人間 も、ブラックボックスの中を知りたいと思っているのにコンプレックス が邪魔をしているのが現実だ。そういう人には、本書では紹介されていないが、秀和シ ステムの図解入門シリーズはどうだろう。

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2008年12月18日

クリスマス・キャロル('70ミュージカル版)

 イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの原作を'70年にBBCが忠実に映像化したクリスマス映画の定番。昔はNHKの地上波でよく見たが、最近だとさ すがに放送してもBSだろう。昨日スカパーで数年ぶりに見て温かい身持ちになれた。Thank You Very Much等の歌は耳に残る。

 非情な金貸しスクルージは、クリスマスイブの夜も貧乏人に返済を迫って苦しめる。帰宅すると、7年前に亡くなった共同経営者マーレーの亡霊を見る。彼に 今晩3人の亡霊が順に訪れることを聞かされて尻込みするスクルージだった。
 それぞれの亡霊はスクルージに過去・現在・未来を見せた。まだ夢を持っていた過去の自分を思い出し、妻を見捨てたことを後悔し、親類が今の自分を嫌って いることを実感し、未来の人々が自分の死を祝福していることを知って愕然とする…。

 ディケンズの名を世に知らしめたこの名作は彼の博愛的な生き方にも示されている。邦訳も多く、映画化も'51年から'01年のアニメ版まで7作ほどある が、最も有名なのはこのミュージカル版だろう。
 しかし、金貸しはシャイロックを初めとして悪徳の権化のように描かれるが、金貸しすらいなければ貧乏人はどうなるのか。もちろん真面目に働いても報われ ない社会制度を批判しているのだろうが。

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2008年05月01日

中山元『フーコー入門』書評

  中山元の『フーコー入門』を読んだ。著者は東大中退の翻訳家で、在野の思想家という風が魅力的だ。実践的な観点から生涯にわたって思想が変遷したフーコーを、逆に一本筋の通った哲学者として描こうとしている。

目次(下位区分割愛)
序 現在の診断−フーコーの方法
 ミシェル・フーコー年譜
第1章 人間学の〈罠〉
第2章 狂気の逆説−『狂気の歴史』『臨床医学の誕生』
第3章 知の考古学の方法−『言葉と物』『知の考古学』
第4章 真理への意志−『監視と処罰』
第5章 生を与える権力−『知への意志』
第6章 近代国家と司牧者権力
第7章 実存の美学−『快楽の活用』『自己への配慮』
終りに 真理のゲーム

あとがき

 カントとニーチェの影響が強いが、フーコー自身はゲイだったので、同性愛を断罪するカントを克服する必要があった。ゲイであることに関しては共感以上に悲壮感が漂う。著作の引用から最も印象に残った部分を以下に挙げる(訳著者)。

 十九世紀の「人間愛」が、狂気を「解放」という偽善的な形式で閉じこめたこの「道徳的なサディズム」なしには、この心理学というものは存在しなかっただろう。

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star素人でも視点が変わる
star近代の権力に抗う方策
starほんのさわり

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2008年04月29日

一川誠X池上彰『大人になると、なぜ1年が短くなるのか』書評

 一川誠X池上彰の『大人になると、なぜ1年が短くなるのか?』を読んだ。誰もが疑問に思ったことがあるテーマだろうし、けっこう売れた本らしいので気になっていた。一川は山口大で「時間学」を研究する認知科学者。池上はおなじみのジャーナリスト。

目次(下位区分割愛)
[はじめに]一川誠
第1章 ヒトはどうやって時間を感じているのか
第2章 文化がヒトの時間を作る
第3章 からだ時間とこころ時間
第4章 こども時間に比べておとな時間はなぜ速く流れるのか
[おわりに]池上彰
参考文献・時間学の入門書

 1〜3章が本題の予備段階となっていて、1章は認知科学的考察。(赤・緑・青以外の)四番目の橙色錐体細胞が発見された話や、フラッシュラグ現象によってサッカーのオフサイド判定は人間の審判では無理という議論が興味深い。

 2章の文化による時間感覚の違いは、よく言われるような日本人の厳格さやせっかちさ等。効率化や合理性の中でいかに我々が多くのものを失っているか。通勤から解放されても放送メディアに拘束される私にも頭の痛い話だ(汗。
 3章は、生理学心理学的データに基づいた時間の考察。結局これが4章と最も関連深い。

 100年ほどからある俗説「今まで生きた時間の長さと比べるから、歳を取ると相対的に時間が速く過ぎるように感じる」がどう扱われているかを知りたいことも、本書を借りた理由だった。これにも触れられているが、個人差が大きいので信憑性は薄いらしい。
 本書が根拠とするのは、代謝、心理的時間、イベント数等である。特に代謝が減退する午前中は心理的時間が遅いので物理的時間が速く進み、代謝が盛んな子供は時間が遅く進むように感じる説明は納得できる。

 私は会社を辞めてフリーになって9年になるが、速く経ったとは思わない。充実していなかったからと言えばそれまでだが、充実した時は速く経ち、「充実度X心理的時間」の総量が一定なら、結局物理的時間と同じく、誰もが公平な時間を体験しているのかなとも思う。ずいぶんしみったれた考え方だが(笑。

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starサッカーのオフサイドの判定はビデオを導入した方がいいとも提案

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2008年02月09日

渡部昇一『英語の語源』書評

 渡部昇一英語の語源』(講談社現代新書480、'77/6、p.206)を読んだ。人 間、思考、性、自然、家等の基本語成立過程を古代までさかのぼり、東洋言語との大胆な関連仮説まで呈示する。単語レベルの語源本とは一線を画す必 読の傑作。

目次(下位見出し省略)
はじめに
序−語源をさぐる意味
1−「人間」のイメージ
 最初はいきなり漢語等も出てきて面食らうが、目から鱗の話が多くて 徐々に引き込まれていく。キリスト教への改宗に際して、その神を自国 の言葉で表すと土着の神が消え、別の言葉で表せば土着の神が残るという話が、その実例とともに特に興味深い。

2−思考・音楽・記憶
 日本で音楽に関する緻密な学問体系が生まれなかったことを、当時言われ出した西洋人との右脳左脳の違いを引用して済ませてしまっている。私は、もっと前 にマックス・ウェーバーが推測したように、残響音の長い石造りの教会 に比べて障子や襖でできたデッドな家では複雑な和声体系が生まれなかったのが当然と思う。

3−女性・生まれ・血統
 女性=包まれた男、gentleと夏目漱石、キングとエンペラーの違い等がおもしろい。

4−自然−生み出す力
5−家・パン・領地−家父長のイメージ
 チェスに関する記述(p.156〜157):
「 英語にはイタリア語から入った単語は比較的少ないから、ドンナの方はあまり使われないが、フランス語からきたdameやmadamはよく用いられた。 ま ず「ma」(私の)がつかないdameの方であるが、これは当初は、語源どおり「女主人」の意味に用いられたことはladyの場合と同じである。チェスで も、昔はクイーンといわずよくデイムといっていた。また歴史的には貴族の夫人や令嬢にも用いられていた。細かくいえばladyよりひとつランクが下の階級 に用いられたが、現在のわれわれには関係がないであろう。」
 ドンペリのドンは家(Don)から来ている。ホストクラブの頭の悪 そうなホストと客はほとんど知らないことだろうが、私もドンペリがシャンパンだということすら長らく知らなかった(汗。

6−母性と父性−保護者のイメージ
●−索引
 feminineやfeminaのfe-は、吸う→豊かさを表してきた。コスプレでよく見た「吸血鬼ハンターD」のFeliciaが豊満なのが納得できる(笑。

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starもうちょっと英語の例があっても良かったかも。
star語源探求の入り口
star単語の秘密がよく分かる

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2007年12月31日

木村敏『時間と自己』書評

 今年は読んでもまだ書評していない本があるが、木村敏の『時間と自己』(中公新書674、'82/11、p.193)は間違いなくベスト だった。この著者ではすでに『異常の構造』を書評し た。精神病理学を専門としながら哲学的評価も高い。
 本書では、時間のとらえ方が自己を規定することを、分裂病(現在は 統合失調症)、鬱病祝祭(躁病・てんかん)の3点の考察から導く。西洋的「もの」を「こ と」ととらえ直すことにより、「永遠の今」等の展望が開ける。


目次
第一部 こととしての時間
 1 ものへの問いからことへの問いへ
  ものの世界
  ことの世界
  ことの日本的特性
  こととことば
  ことと時間
  ものとことの共生関係
  離人症におけることの欠落
 2 あいだとしての時間
  時間の計測
  デジタル時計とアナログ時計
  ベルグソンの純粋持続
  ものとことの差異と時間
  アリストテレスの時間論
  ハイデッガーのアリストテレス解釈
  あいだとしてのいまの拡がり
  共同体時間について

 「ものとこと」も「あいだ」も著者が和辻哲郎の思想を発展させたものである。ものはこととしてのみ認知されるがもの がなければことは成立しないので、ものとことは相互依存関係にある。 もの=存在、こと=現象という対立図式が連想されるが、著者の意図するところではないだろう。ことをもの(言葉)へ変換する困難として翻訳に言及されているのも興味深い。
 時間の継起的つながりを実感できない離人症は「こと」の重要性を知 らしめる実例である。この場合に失われた「あいだ」としての時間は、本書が書かれた'80年代らしくデジタルア ナログの対照というこれ以上ない好例で説明されている。

第二部 時間と精神病理
 1 分裂病者の時間
  時間と精神病理
  分裂病の精神病理
  自己の自己性
  主語的自己と自己の述語作用
  分裂病者のアンテ・フェストゥム意識
  未来先取的な人たち

 我々は時間をまず物理的な観測対象と考えがちだが、その前提となる 時間の発見と同時に個我が誕生した。時間をさかのぼれないのは人間の観測が非物理的だからという説明になると、頭が混乱してくる。それほど我々は時間を自 明と考えている。
 アンテ・フェストゥムとは、一歩先の未来を生きようとする分裂病者を指す意識である。分裂病に親和的なのは芸術家や理論学者で、鬱病は実 務家だという。やはり私は分裂病寄りだ(笑。

 2 鬱病者の時間
  鬱病の精神病理
  鬱病者のポスト・フェストゥム意識
  自己の役割同一性
  役割的自己のポスト・フェストゥム意識
  現在完了の不成立
  鬱病と共同体時間

 ポスト・フェストゥム意識は、逆に過去に執着する鬱病者の意識である。考え方が変われば、何年も続けてきたことでも一瞬で見限れ る性質の私には、理解しがたい病だ。コレクターの収集癖は、過去の自 分を否定できないからやめられない悪循環だとかねがね思っている。
 欧米諸語には過去と現在をつなぐ完了形という時制があるが、鬱病の 原因となった厳格な社会制度を最も早く確立した地域としてつじつまが 合う話である。次章にもあるように、アフリカ原住民には元来鬱病がなかったが、都会化にしたがって鬱病が増加したという。
 いずれにせよ、健常者が健常者でいられるのは、分裂病と鬱病の間で奇跡的に留まっているからに過ぎない。『異常の構造』で著者が示した見解と同様 である。

 3 祝祭の精神病理
  第三の非日常性
  睡眠てんかんと覚醒てんかん
  永遠の現在
  躁病と祝祭
  イントラ・フェストゥム的狂気
  祝祭的自己の現在性
  原始社会の時間と狂気

 これは前の2つとは別次元の様相を示す。イントラ・フェストゥムは、という瞬間に永遠を求める躁病て んかん者の意識である。発作をオナニーのように自己制御して楽しむてんかん患者や、ドストエフスキーの作品に見られる著者自身のてんかん体 験が興味深い。

第三部 時間と自己−結びにかえて
あとがき

 カントハイデガーデリダは、みんな分裂病者の時間を考察しているとする。時間とは何か?とはそれ 自体不可能な問いであり、自己の病理は時間の病理である。


 私自身にあてはめるとどうなるかというと、分裂病寄り(ほぼ同じ環境で育った弟がそうなった)だが鬱病は理解不能とすでに書いた。てんかんではないが、 頸動脈を押さえて気絶させられるのは気持ちよかった(汗。お祭り騒ぎが好きだったのは若い頃だけで、小説以上に奇な日常を生きている私には不要といったと ころである。
 著者は、健康人のもとにも訪れる非理性の例として、愛の恍惚、死との直面、自然との一体感、宗教や芸術の世界における超越性の体験等を挙げている。私は 芸術体験でほとんど間に合っているので、自然との一体感は未だに無縁だ。カルト宗教等でだまされる人は、これらがいずれも欠如しているのだろう。


 読書の蓄積もまだまだ足りないとはいえ、翻訳以外にいずれ自分で執筆することも見据えると、いいかげん読むジャンルを絞っていかねばならない。理科系 ジャンルはあくまで参考程度にして、哲学や精神分析関連、特にみすず書房の書籍を今後買いあさることになりそうだ。

 本ブログは今年転機を迎えたものの、なかなか「チェスがメイン」から脱却できませんでした(まだタイトルに付いてるし(汗。来年は、1行の記事でもいい からもっと気楽に書ければいいなあ。
 では、新年が皆様にとって良い年でありますように〜。

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star苦手な距離感
starメタ思想本
star「存在と時間(ハイデッカー)」に続く、木村氏による「時間と自己」。「時間と自己」に迫る思考力、筆力 が凄い。

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異常の構造 (講談社現代新書 331) あいだ (ちくま学芸文庫) 心の病理を考える (岩波新書) 自己・あいだ・時間―現象学的精神病理学 (ちくま学芸文庫) 自覚の精神病理 新装版―自分ということ
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2007年09月13日

永井均『これがニーチェだ』書評

 永井均の『これがニーチェだ』(221ページ、'98、講談社現代新書1401)。猛暑の中の図書館通いを休んでいたので、久々の書評は春にブックオフで買ったものである。ニーチェは、かねがね超人思想に憧れながらも、ご多分にもれず読んでなかった(汗。
 さらに情けないことに、ワーグナーと友人だったニーチェ自身も作曲家で、現在でもピアノ曲のCDが発売されていることを初めて知った。当時の音楽に関する著作もあるのに、ニーチェ関連ではシュトラウスの「ツァラトゥストラはこう語った」を聴いてきただけとは…。

目次の抜粋(裏表紙より)
●道徳批判−諸空間への序章
なぜ人を殺してはいけないのか

 以前精神病の書評で「自明」のこと(自明と思えないなら異常)と簡単に扱った、少年犯罪でも脚光を浴びたテーマである。著者は、ニーチェの言う聖人の代表として大江健三郎を引き合いに出し、彼がこの質問を一蹴したことを、ニーチェのキリスト教(とその道徳)批判へとつなげる流れが分かりやすい。

●ニーチェの誕生と、『悲劇の誕生』のソクラテス像

 ハイデガーが指摘したように、ニーチェはソクラテス以降のイデアに縛られて膠着する以前の原初的なエネルギーを持つ哲学を文献学的に掘り起こそうとした。
 ニーチェは神学から始めて文献学と哲学の間を行ったり来たりしたが、著者によると、哲学の方法論をしっかり学ばなかったために、自分だけが超越的なパースペクティヴで物を言う誤謬を犯した。だからニーチェの著作には俗っぽい「人生哲学」的解釈の余地があるのかもしれない。それはさらなる誤謬となるのだろうが。

●第一空間−ニヒリズムとその系譜学
神の死とニヒリズム
●第二空間−力への意志とパースペクティヴ主義
●『反キリスト』のイエス像と、ニーチェの終焉
●第三空間−永遠回帰=遊ぶ子供の聖なる肯定
永遠回帰の襲来
意志の否定

 著者がニーチェの生涯の思索経緯に従って3つの空間を設定する本書の根幹部分だが、これが難しい。そのときは納得しても、他の空間との違いうんぬんとかになるとさっぱり頭が付いていかない。ニーチェの原文からの引用(著者訳)はいいので、やはり原文をある程度読むしかないようだ。
 原文(訳)で推奨されているのは、『この人を見よ』、『ツァラ〜』(第3部以降)、『反キリスト』(白水社全集か同イデー選書の西尾訳)。『悲劇の誕生』は処女作だしワーグナーに関する記述があるから最初に読みたいが、どうにも難解らしい。

 あとがきにあるように、意外にも『これがニーチェだ』というタイトルは著者が決めたものである。たしかに著者自身も主観が強い内容を認めているし、原書やもっとスタンダードな入門書を先に読むべきと思う。しかし、おもしろい入門書であることは確かだ。


 さっきNTV「ザ・ワイド」でも見たが、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』がバカ売れしている。読みやすい新訳、大きい活字と広い行間、主要登場人物が書かれた栞等、まだまだ古典が売れる工夫はあるものだ。もちろん現代と通じる普遍性を持つ名作だからだろうが。

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おすすめ平均 star
starニーチェに対する態度
starニーチェの一つ解釈を提示
star分かりやすいのもどうだろうかと。

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2007年08月09日

マーク・ピーターセン『日本人の英語』書評

 マーク・ピーターセンの『日本人の英語』(p.196、'88年4月、岩波新書(新赤版)18)である。いろいろな本で推薦や引用をされているので、読んでいて「これだったか」と引用箇所に気付いたところもあった(笑。英作文に役立つし、英語に関わる日本人必読の書である。
 「あとがき」によると、元々雑誌『科学』で'86〜'87年に連載されたからか、各章冒頭の文学引用以外は社説論文素材が多い。アメリカ人著者の日本語には不思議な丁寧さが感じられるが、平均的な日本人が書くおかしな英語に比べれば、本人が謙遜するには及ばないほどすばらしい。


目次
1 メイド・イン・ジャパン はじめに
 母のコートと私のラジオ 英文説明書もメイド・イン・ジャパン
 英語を支える論理 日本人にとっての問題点
 英語の頭脳環境へ

 メイド・イン・ジャパンはかつての安かろう悪かろうから見違えるようになったが、日本人の英語は変わらない。著者の日本語と比較する。

2 鶏を一羽食べてしまった 不定冠詞
 aは名詞につくアクセサリーではない
 「数えられる物」と「数えられない物」
 ビールがうまくなった

 ネイティブの発想では、冠詞が先に決まり、それに名詞がくっつく!

3 あの人ってだれ? 定冠詞
 theも名詞につくアクセサリーではない
 「話題」か「注目のまと」か 余分なthe症候群

 一つ一つの名詞がどう限定されているかを分析しながら読むべし。

4 間違いの喜劇 単数と複数
 25通りの可能性 冠詞と数は環境で決まる

 例文による前章の実践。

5 思いやりがなさすぎる 純粋不可算名詞
 純粋不可算名詞と純粋可算名詞
 可算性の純粋さを汚さぬために
 英語の意味的カテゴリーで考える
 英語の数意識 電子レンジと冷蔵庫
 飼っている猫は一匹

 aかtheか(「〜か」か「〜は」か)の説明。

6 文脈がすべて 冠詞と複数
 shynessとthe shyness the+〈中村先生〉もありうる
 一つしかない天と地と宇宙の始まり the+〜ing+of+名詞

 theの有無を中心に。

7 慣用の思し召し さまざまな前置詞
 「〜で」はいつもbyとは限らない 受動態のbyは動作主を導く
 多様な前置詞でより豊かに

 by, withの違い等。

8 意識の上での距離 onとin
 inとonの空間関係 一貫している論理
 時間表現のinとon 意識の上での距離

 get inとget onの相違点説明が秀逸。

9 「かつら」と「かもじ」 offとout
 二次元関係と三次元関係 休暇と失業
 回転軸の違い イディオムのニュアンス

 overとaroundの対照も。

10 明治な大学 名詞+of+名詞
 A of B 上野動物園のパンダ
 ...of...の五つのタイプ

 〜 Universityとthe University of 〜の違い。

11 もっと英語らしく 動詞+副詞
 慣用表現の鍵は副詞 awayがもつ共通の意味
 比喩的なacrossとそうでないacross

 動詞run, put, getだけで聖書の現代訳ができる。

12 点と線 完了形と進行形
 「日曜日に何ばかりしているのですか?」
 英語は「時」、日本語は「相」 勉強の成果は?
 過去の五つの形

13 泣きつづける彼女 未来形
 未来の三つの形 「毎日毎日」を感じさせる進行形
 泣きつづける進行形 現在完了形の意識と使い分け

 前章の未来編。米人でも過去と現在完了の区別が怪しくなりつつあるらしい。

14 去年受賞したノーベル賞 関係詞の二つの用法
 制限的用法と非制限的用法 句読点を正しく付ける
 前置詞と関係代名詞 どの語が先行詞か

15 アダルトな表現をめざして 先行詞と関係節
 先行詞問題 先行詞が遠すぎる時
 文章をよりアダルトに 関係副詞も活用しよう

 14,15は、先行詞が離れる場合の解決法が参考になる。

16 慎重とひねくれ 受動態と能動態
 受動態の使いすぎを避けよう 慎重さも大切だが……
 主語と述語の距離 放っておけない「離れすぎ問題」

 木下是雄の『理科系の作文技術』に触発されての内容。

17 知識から応用へ 副詞
 応用の段階へ 「特に・とりわけ」問題
 愛されている「したがって」

 日本人が「したがって」に相当する英単語を使いすぎることには同感。

18 したがってそれに応じる 副詞と論理構造
 「したがって」というよりは「〜に応じて」
 consequentlyとaccordingly as a resultとconsequently
 大げさすぎる"Therefore, ......"

 「したがって」類語の厳密な使い分け。

19 「だから」と「だからさ」の間 接続詞
 マイナーな論理的表現 さまざまな接続詞
 therebyとthus 論文にふさわしいhence

 なぜか藤谷美和子の名前が出てくる(笑。理由を示すforは文学的表現にしか使わない方がいいと言うが、チェス書でけっこう見かける気がする。thereby(行動によって)、hence(状態によって)の対照が分かりやすい。

20 自然の流れを大切に おわりに
 一人の男の子と戦争したとき? 英文の順序と流れ
 Genji Hikaruなんて、あんまりだ 心中するのは決まった相手一人とだけ
 最後の問題は「流れ」

 私も大学の講義で聞いたことがあるが、日本人が自ら姓名を英語に合わせて逆に名乗るのがおかしいと言われている。このいらぬ取り越し苦労のせいで、本来姓が先の名前の中で日本名だけが国際的に逆に呼ばれるようになってしまった。

あとがき


 著者の変な日本人英語の原体験は、子供頃アメリカに輸入されていた日本製鉱石ラジオの説明書だという。その後自らも日本語を学ぶようになり、変な英語が生じる理由も分かるようになった。章タイトルのわざと不自然にした日本語にそのニュアンスが生かされている。
 外国人が書く変な日本語の理由が分かるようにならないと、私の英語力もまだまだなのだろう。本書の続編も読まねばだが、いつもながらに仕事をないがしろに読書ばかりではいけないので、しばらくは図書館通いを控えて蔵書を読み返して書評しようと思う。

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2007年07月28日

Holzhey『Giorgio De Chirico』書評

 初めて画集を紹介しよう。Magdalena Holzhey(解説)の『Giorgio De Chirico』(96ページ、 '05年、Taschen)である。タッシェンの翻訳版画家別シリーズとは別のラインアップかもしれない。少なくとも本書に関しては翻訳版は出ていないようだ。
 ジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)である。磯野貴理子(現貴理)や玖保キリコの方が有名かもしれないが、私もそれほど詳しくは知らなかった。ギリシャ生まれでイタリアへ移住した長命な画家。シュルレアリスムの先駆的存在で、その作風は「形而上絵画」とも呼ばれる。

目次
アルゴ船の出帆
現代人の孤独
日常物の形而上学
「Pictor classicus sum」(意味深で訳せない(汗))
「彫像、家具、諸々」
「私は常に描きたいように描いてきた」
年表
文献選集

 久し振りに対訳しよう。「アルゴ船の出帆」の冒頭から第3段落(p.7):
 De Chiroco paints recognizable objects, but he combines them in such a way that familiar and everyday things - a girl bowling a hoop, an open carriage, a train, a glove, a tower - become strange, secretive, apparently meaningless objects. In an early text he wrote: "To become truly immortal, a work of art must escape all human limits: logic and common sense will only interfere. But once these barriers are broken, it will enter the regions of childhood vision and dream." De Chirico was the first artist of the modern era to recognize and translate the ambiguity of the visible world. With his Pittura Metafisica he created what the Surrealist writer André Breton would later call the "modern myth": pictures of a new melancholy, which lend pictorial expression to the loss of meaning and sense of alienation experienced by modern man.
 デ・キリコの描くもの自体は見分けがつくが、輪を転がす少女、無害客車、列車、手袋、塔といった見慣れた日常物が、その組合せ方によって、秘めやかで不 思議な一見無意味なものになる。初期の彼は述べている。「真に不滅たるには、芸術作品は人間の限界を超えねばならぬ。論理や常識は邪魔になるだけである。しかし、ひとたびこの障壁が取り壊されれば、子供の頃の視野と夢の領域へと入り込める」。デ・キリコは、視覚世界の曖昧さを認識し描き出した最初の現代画家である。彼の生み出した〈形而上絵画〉を、シュルレアリスム作家アンドレ・ブルトンは後に「現代の神話」と呼んでいる。それは、新たな憂鬱の絵画、意味の喪失と現代人の疎外体験感覚を絵画的に表現したものである。

 前半はシュルレアリスムの基本定義に等しいが、彼の素材は日常的といってもその舞台設定にギリシャ的な神話性を感じる。荒涼とした時間の止まった空間は、まさに現代のパルテノン神殿を連想させる。
 表紙のおそらく最も有名な作品「街の神秘と憂鬱」は、たしかルパン三世の映画「ルパンVS複製人間」でルパンと銭形が追いかけっこをする背景に使われたはずだ。たびたび出てくるノッペラ坊のイメージも、プロレス漫画の 怪人〜全身タイツのプロタイプではないか?(笑。

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2007年07月21日

木田元『ハイデガーの思想』書評

 木田元の『ハイデガーの思想』(240ページ、'93年2月、岩波新書(新赤版)268)を読んだ。20世紀最大の哲学者ハイデガーについては、なぜか学生の頃から手つかずで、『存在と時間』の新訳は読みやすいと聞きながらも本書を借りてきてしまった(汗。
 本書は、長命で時期によって立場も変化したハイデガーの主に前期の『存在と時間』にこだわり、ハイデガーの情報より問題意識に重点を置く。ナチス協力問題については、著者もかばう気がないと明言し、表裏 のあるしたたかさを指摘する。


目次
序章 一つの肖像
 一 二人のユダヤ人
 二 「ハイデガー論争」
 三 私のハイデガー体験

 『存在と時間』は一種の文化革命を想定して書かれ、それがナチス党 員になる原因だったと推測する。著者十代、ドイツ語を習いたての頃か ら『存在と時間』の原書に取り組む苦労話がおもしろい。

第一章 思想の形成
 一 フライブルク修業時代
 二 マールブルク時代
 三 神学と哲学のはざまで

 同い年のヴィトゲンシュタインと比べると貧乏な家庭に生まれた。神学から哲学史研究へ進んだので、数学出身の師匠フッサールとの決別は、ハイデガーが師匠の現象学を拡張したこととともに時間の問題だった。

第二章 『存在と時間』
 一 壮大な断片
 二 『存在と時間』の構成
 三 『存在と時間』成立の事情−『ナトルプ報告』と『存在と時間』−

 未完に終わったが、第一次大戦後の絶望的社会背景が大きく影響している。当初は「実存哲学」の原典として受け取られたが、ハイデガーの意図は「存在一般の意味の究明」。

第三章 存在への問い
 一 「存在とは何か」
 二 存在了解
 三 時間と存在
 四 現象学と存在論

 環境に縛られた動物と違い、人間が環境から少し身を引き、シンボル体系として世界を構築する。やや著者の主観的解釈入りだが、当時の生物学からの知識も援用されているのが興味深い。

第四章 ハイデガーの哲学史観
 一 哲学史家としてのハイデガー
 二 伝統的存在論の解体
 三 『現象学の根本問題』
 四 カントの存在概念
 五 本質存在と事実存在
 六 〈存在=被制作性〉という存在概念
 七 ハイデガーとニーチェ

 哲学史家であることを強調。存在=現前性=被制作性。ギリシャ哲学:形が構造を基礎付ける。

第五章 『存在と時間』の挫折
 一 『存在と時間』第一部の構想
 二 文化の展開の企てとその挫折

 『存在と時間』の端的なまとめ。己の時間化には、本来性(死の覚悟)、非本来性(不定の可能性)。ニーチェ→行き詰まった人間中心主義から本来性へ立ち返らせる試み→ナチス? 存在了解→存在の生起、前後期で思索が転回。

第六章 形而上学の克服
 一 〈哲学〉とそれに先立つ〈もっと偉大な思索〉
 二 〈ピュシス〉についての思索
 三 形而上学の成立
 四 プラトンとアリストテレス
 五 ニーチェによる形而上学克服の試み

 「自然(ピュシス)←→イデア(→神→理性)」「質料(ヒュレー)←→形相(エイドス)」「事実存在(エクシステンティア)←→本質存在(エッセンティア)」の分化が形而上学成立の準備となった。日本語の「存在」には、この乖離がないのが興味深い。

第七章 ハイデガーとナチズム

 無自覚な行動、無神経な発言、言い訳。ナチス党員としては主流派でなかった。「解体」の後を継いだデリダは擁護している。

第八章 後期の思索−言語論と芸術論−
 一 『ヒューマニズム書簡』−後期の言語論−
 二 詩人たち
 三 「芸術作品の起源」

 まず存在があり、言葉になり、詩人が守護する。の解釈でも高い評価。芸術作品に一つの世界を開く存在論的機能を認める。詩人や芸術家だけに「あの原書の存在」を期待する。

終章 描き残したこと
 一 哲学の運命
 二 晩年

 自己を思想内に置くことで挫折せざるをえない哲学。後年の「技術と芸術の関係論」が興味深い。ハイデガーの思想は、現代を読むための壮大な思考実験

ハイデガー略年譜
あとがき

 参考文献で特に気になったものは:
ユクスキュル、日高訳『動物から見た世界』
メルロ=ポンティ、滝浦他訳『行動の構造』
デリダ、港訳『精神について−ハイデガーと問い−』


 「〈存在〉」のように哲学用語は括弧で区別し、ギリシャ語やラテン語のルビも多く、高度な内容が理解しやすく書かれている。『存在と時間』の新訳はぜひとも「買って」読もうと思わされた(汗。
 前後の時代が彼を通ってしか越えられない点では、音楽のおけるバッハのような存在だろうか。それぞれ形而上学、バロック音楽を集大成した点での偉業は申し分ないが、相対的にどこまでが独自の業績(創作)かが分かりにくい点で も似ている気がする。

 それにしても、『存在と時間』については、私は「死は常にそこにある」 という当時の社会背景から解釈した実存哲学的書物と「思わされて」きた。本書では、己の時間化の本来性という表現がこれに該当するが、実存哲学を期待する向きには本書は全くそぐわない。
 「存在」は哲学最大の問いである。ライプニッツの「なぜ何もないのではなく、何かが存在するのか」を自問するたびに私は途方に暮れる。いや、もうこれ自体が一種の快感にすらなっている(笑。

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2007年07月08日

斎藤環『生き延びるためのラカン』書評

 斎藤環の『生き延びるためのラカン』(256ページ、'06年11月、バジリコ木星叢書)を読んだ。切実そうなタイトルだが、主にひきこもりを診断する医師である著者が、今の時代からこその(フロイト〜)ラカンを強調する。
 中学生まで見据えたような語りかける軽い文体で、時事的な話題からサブカルチャーまで織り交ぜ、ひんぱんに「脱線〜閑話休題」を繰り返す(笑。自身が「ラカニアン」ではないからむしろ分かりやすく書けると主張するが、内容の展開はかなり手強い。


目次(読書時のメモから転載)
Lecture 1 なぜ「ラカン」なのか?
 ジャック・ラカン、仏のカリスマ。ラカンの切れ味の実例。

Lecture 2 あなたの欲望は誰のもの?
 欲望は他人の欲望。欲望の無根拠性。満たされない心を欲する。

Lecture 3 「それが欲しい理由」が言える?
 ラカンの引用。他者≒言葉。言葉は存在の代理。

Lecture 4 「こころ」はどれほど自由か?
 意外に大きい言葉の音的連想。ボケとツッコミは精神分析。

Lecture 5 「シニフィアン」になじもう
 言葉に依らないイメージはない。自分の鏡像を見て以来、イメージ=実在、言葉=虚構になり、ものを殺した。

Lecture 6 象徴界とエディプス
 エディプス・コンプレックス〜ラカン的去勢

Lecture 7 去勢とコンプレックス
 フロイトの去勢とエディプス・コンプレックス(男女それぞれの場合)。ファルスが究極の欲望へ。エロスとタナトス。

Lecture 8 愛と自己イメージをもたらす「鏡」
 想像界の起源が「鏡像段階」。愛が自己→他者。

Lecture 9 愛と憎しみの想像界(イマジネール)
 想像界は自己愛的。近親憎悪のケース〜ラカンの「症例エメ」。

Lecture 10 対象aをつかまえろ!
 対象a=欲望の原因。欲しいもの自体ではなく、それを買える可能性が欲望を生む。自分だけは特別という「リアルな幻想」が本当の自分(対象a)を探す。対象aは、性的倒錯者には客観的、精神病者には実体化。

Lecture 11 すべての男はヘンタイである
 様々なフェティシズムは、精神分析の正当性を支持する根拠。原始宗教研究〜マルクス、クラフト=エビング、フロイト。母親のペニス代わり→戦闘美少女。同性愛(フロイトの無理な説明)。男はマザコンが基本。

Lecture 12 欲望はヴェールの彼方に
 覆いは現実よりも価値ある。モンローがパンチラを生んだ。幽霊でも、控えめの表現がリアリティを増す。自己イメージに基づく「共感」の限界。

Lecture 13 ヒステリーはなにを問うか
 ジャネが多重人格分析で再評価。ヒステリーは、フロイトによると有害なイメージの抑圧、ラカンによるとイメージを介する表現。

Lecture 14 女性は存在しない?
 女性を言葉で明確に定義づけることはできない。各種享楽について。人間は性的にも本能をなくした。おたく(自分の立場が基本)と腐女子(自分の立場より関係性)。

Lecture 15 「精神病」とはどんな事態か?
 自明性の喪失。ダブルバインド。心を統合する象徴界の故障。

Lecture 16 「現実界」はどこにある?
 現実も虚構の一種。トラウマは、言葉やイメージを超えたために通常の記憶にならなかった。思い出させて言語化する治療。反復こそ人を人たらしめている要因。著者は、ラカンにも精神病は手に負えないと考える。

Lecture 17 ボロメオの輪の結び方
 心≒言動=症状→存在証明。ジェームズ・ジョイスの場合。

Lecture 18 転移の問題
 失敗を糧にしたフロイト。転移セクハラ大将ユング。

Lecture 19 転移・投影・同一化
 多数の引用によるまとめ。心と情報が対立するから精神分析に意味がある。心の不便さが人を人たらしめている。

精神分析の倫理 あとがきにかえて
 わかればわかるほどわからなくなるからラカンの理論はすばらしい。

ラカン主要著作リスト
索引


 吉田戦車の作風やジョジョの「スタンド」等は、私が何とかギリギリ知っているサブカルだが、そういう著者の本領が発揮された『戦闘美少女の精神分析』もおもしろそうだ。以前お世話になった太田出版だから、遊びに行ったらもらえるかも(汗。
 オカルト的で気にくわないユングより、構造主義者にもされているラカンは気になっていた。しかし、ラカンの原典はメタファーや引用のオンパレードだという。とりあえず、日本一分かりやすい本書を読んで興味を持てなければ、ラカンは合わないと決めつけていいだろう。

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2007年07月01日

ミチオ・カク著/斉藤隆央訳『パラレルワールド』書評

 ミチオ・カク著、斉藤隆央訳『パラレルワールド 11次元の宇宙から超空間へ(Parallel Worlds - A Journey Through Creation, High Dimensions, and the Future of the Cosmos)』(437+40ページ、'06年1月、日本放送出版協会)を読んだ。
 長いがamazonの好レビュー通りのすばらしい本だった。特に歴史的な叙述でも学者の人間的葛藤が生き生きと感動的に語られており、類書と一線を画している。ただし、「はじめに」に書かれている「予備知識なしでも理解できる」はちょっと無理がある。
 NHK出版の翻訳書は定評があるが、この訳者も理系出身の専門翻訳家のようで、「ロ」ーズベルト大統領のように正しい発音もちゃんと調べていい仕事をしている。日系人の著者自身が日本語に訳したと言われても納得するほど読みやすい文章である。


目次(引用著書や私的に気になったこと)
はじめに

第I部 宇宙
第一章 宇宙が赤ん坊だったころ
 WMAP/宇宙の年齢/インフレーション/多宇宙(マルチバース)
 M理論と十一次元/宇宙の終わり/超空間への脱出

 素粒子の違いをひもの振動の違いに還元し、ひも理論による宇宙の交響楽が図表化(和声=物理学、メロディー=科学、等)されているのが興味深い。はるか昔に宇宙の調和を音楽にたとえたピタゴラスに関しても後に触れられている。

第二章 パラドックスに満ちた宇宙
 ベントリーのパラドックス/オルバースのパラドックス/
 反逆者アインシュタイン/相対性のパラドックス/
 力は空間のたわみ/宇宙論の誕生/宇宙の未来

 オルバースのパラドックス(宇宙は無限ならなぜ夜空は暗い)にエドガー・アラン・ポーが ほぼ正しい答えを出していたことに驚かされる。しかも、ポーはビッグバンの原形とも言える「超原子」というアイデアの創始者でもある!

第三章 ビッグバン
 高貴な天文学者エドウィン・ハッブル/ドップラー効果と膨張宇宙
 ハッブルの法則/ビッグバン/ひょうきん者のジョージ・ガモフ
 宇宙の台所/マイクロ波背景放射/あまのじゃくフレッド・ホイル
 定常宇宙論/BBCのラジオ講座/星のなかの元素合成
 定常宇宙への反証/恒星の一生/鳥の糞とビッグバン
 ビッグバンが個人に与えた影響/Ωとダークマター/COBE

 これまた部外者のカントが、18世紀に渦巻星雲をすでに島宇宙と推測していた。かと思えば、時代を先駆けすぎた20世紀で最もかわいそうな天文学者フリッツ・ツヴィッキーの話も興味深い。

第四章 インフレーションと平行宇宙
 インフレーションの誕生/統一を求めて
 宇宙はひとつの力で始まった/偽りの真空/モノポールの問題
 平坦性問題/地平線問題/インフレーション理論への反応
 カオス的インフレーションと平行宇宙/無から生じた宇宙
 ほかの宇宙はどのようなものなのか?/対称性の破れ
 対称性と標準模型/検証可能な予言/超新星−Λの復活
 宇宙の段階的な進化/予言

 ポール・アンダースンの古典SF『タウ・ゼロ』。上記ツヴィッキーとは対照的に、失業寸前からインフレーション理論によってMIT準教授の職を得たアラン・グース。インフレーション〜マルチバース理論は、発散や特異点を解消でき、無から有を生じる(すべての物質やエネルギーに対称性や反〜がある)点で、最も納得がいく。

第II部 マルチバース
第五章 次元の入口とタイムトラベル
 ブラックホール/アインシュタイン−ローゼン橋
 回転するブラックホール/ブラックホールを観測する
 ガンマ線バースター/ファン・ストックムのタイムマシン/
 ゲーデルの宇宙/ソーンのタイムマシン
 負のエネルギーにからむ問題/寝室のなかの宇宙/
 ゴットのタイムマシン/タイムパラドックス

 アイザック・アシモフのSF『神々自身』。カール・セーガンの小説 『コンタクト』。ロバート・ハインラインの短編SF『輪廻の蛇』。アイザック・アシモフの『永遠の終わり』。

第六章 量子論的な並行宇宙
 トワイライトゾーン/知の怪物、ジョン・ホイーラー
 決定か不確定か?/森のなかの木/猫の問題
 原子爆弾/経路積分/ウィグナーの友人/干渉性の消失
 多世界/ビットからイット/量子コンピュータ
 量子テレポーテーション/宇宙の波動関数

 ダグラス・アダムスのSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』。フィリップ・K・ディックのSF『高い城の男』。オラフ・ステープルドンの古典SF『スターメイカー』。シュレーディンガーの猫から18世紀の バークリー(!)にまで言及。
 チェスへの言及部分その1(物理学者ポール・エーレンフェストの発言)(p.193):
 「ボーアとアインシュタインが次々と新しい例を持ち出し、まるでチェスの試合のように対話する場に居合わせたたのは、素晴らしい体験だった。…」

第七章 M理論−すべてのひもの母
 M理論/ひろ理論の歴史/十次元/ひも理論のブーム
 宇宙の音楽/超空間での問題/なぜひもなのか?/対称性
 標準模型を導き出す/M理論/超重力/十一番めの次元
 ブレーンの世界/双対性/リサ・ランダル/衝突する宇宙
 ミニ・ブラックホール/ブラックホールと情報のパラドックス
 ホログラフィック宇宙/宇宙はコンピュータのプログラムなのか?
 物理学の終着点

 H・G・ウェルズのSF『透明人間』『素晴らしき来訪』。エドウィン・アボット『平面国』。超空間からピカソダリデュシャンに言及。ボーアによると「万物理論は奇 想天外でなければならない」!
 チェスへの言及部分その2(p.285〜286)
 チェスのルールがわかっても、それだけではチェスの名人になれない。同じように、宇宙の法則がわかっても、宇宙のさまざまな謎の答えを知る名人にはなれないのだ。

第八章 設計された宇宙?
 宇宙の偶然/人間原理/マルチバース/宇宙の進化

 人間原理についてちょっと誤解していた(汗。宇宙が人間のような知 的生物が生まれるようにし向けられているとするのが人間原理(様々な程度があるが)だが、人間がそう思うのはたまたま人間が存在できる偶然に立ち会ったからに過ぎないというのが私の支持する考え方で、これはコペルニクス原理と呼ばれる。

第九章 十一次元のエコーを探す
 GPSと相対性理論/重力波検出器/LIGO/LISA
 重力レンズとアインシュタイン・リング
 あなたの部屋にもあるダークマター
 SUSY(超対称性)ダークマター/スローン・スカイ・サーベイ
 温度ゆらぎを補正する/電波望遠鏡を連結する
 十一番めの次元を測る/大型ハドロン加速器
 卓上型の加速器/今後の展望

第III部 超空間への脱出
第十章 すべての終わり
 熱力学の三法則/ビッグクランチ/宇宙の五段階
 知的生命は生き残れるか?/宇宙を飛び出す

第十一章 宇宙からの脱出
 文明のタイプI、II、III/タイプI文明/タイプII文明/タイプIII文明
 タイプIV文明/情報テクノロジーを加味する/タイプA〜Z
 ステップ1 万物理論を打ち立て検証する
 ステップ2 自然に存在するワームホールやホワイトホールを見つける
 ステップ3 ブラックホールに探査機を送り込む
 ステップ4 ゆっくりとブラックホールを作る
 ステップ5 ベビーユニバースを作る
 ステップ6 巨大な粒子加速器を建造する
 ステップ7 爆縮機構を生み出す
 ステップ8 ワープドライブ・マシンを作る
 ステップ9 スクイズド状態による負のエネルギーを利用する
 ステップ10 量子論的な遷移を待つ ステップ11 最後の望み

 グレッグ・ベアのSF『永劫』。本書の最もエキサイティングな「知的生命子孫のビッグフリーズから別宇宙への脱出」案。原子ほどの大きさに圧縮した自動解凍型ナノロボットをワームホールから突破させるのが「最後の望み」。

第十二章 マルチバースを超えて
 歴史をたどる/コペルニクス原理と人間原理/量子論的な解釈
 マルチバースによる解釈/物理学者が考える「宇宙の意味」
 われわれ自身の意味を生み出す/タイプI文明への移行

 ダグラス・アダムスのSF『宇宙の果てのレストラン』。ラリイ・ニーヴンの短編『時は分かれて果てもなく』。ドーキンスに影響されたスティーヴン・ワインバーグの著書『宇宙創成はじめの三分間』は読ん でみたい。


 映画の引用は省いた。SFも読みそうにない。それにしても、この手の著作にはシェイクスピアの引用(小田島訳)とへの言及は必ず出てくる。日本人が書いたものと比べて統計を出せばその違いは明らかだろう。
 本書の他の収穫としては、今まであまり意識しなかった宇宙論天文学の違いがはっきり語られている。あくまでデータ分析に重点がある天文学に比べると宇宙論はずいぶん無責任に勝手な説ばかり並べ立てている(笑。粗っぽく言うと量子論はその間くらいだろうか。

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はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く ビッグバン宇宙論 (上) 眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く ビッグバン宇宙論 (下) 時間はどこで生まれるのか
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2007年06月25日

村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』書評

 村上春樹・柴田元幸の『翻訳夜話』(245+XVページ、'00年10月、文春新書129)を読んだ。翻訳が好きでたまらない二人の著者によるとりとめのない翻訳談義が、東大生〜若手翻訳家による質問に答える形で綴られている。
 本書は出たときから知っていた。このフォーラム2で収録されている翻訳学校の生徒を交えての討論の頃、私はその学校に通っていた。出版翻訳志望でも私はノンフィクション系だったから、柴田先生とは面識もなく、この討論会にも参加はしなかった。それどころか、私はこの二人の著書・訳書をこれまで全く読んだことがな い(汗。


目次
翻訳の神様 まえがきにかえて 村上春樹

フォーラム1 柴田教室にて
 偏見と愛情 かけがえのない存在として
 作家にコミットすること 雨の日の露天風呂システム
 ビートとうねり

 東大で柴田の講義に村上がゲストで登場し、柴田や学生が村上に質問する形で進められる。

フォーラム2 翻訳学校の生徒たちと
 「僕」と「私」 he said she said
 テキストが全て ヒントは天から降りてくる
 日本語筋肉トレーニング 翻訳の賞味期間
 百面相と自分のスタイル kidneyオブセッション
 「涙目」と「あばずれ」 越えられない一線
 複雑化する愛

 バベル翻訳・外語学院の生徒を前にしての同様のフォーラム。

海彦山彦 村上がオースターを訳し、柴田がカーヴァーを訳す
 村上・カーヴァー「収集」
 柴田・カーヴァー「集める人たち」
 村上・オースター「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」
 柴田・オースター「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」

 互いに得意で既訳も出している作家を二人があえて入れ替えて翻訳したもの。原文も巻末に収録。

フォーラム3 若い翻訳者たちと
 "Collectors"の「僕」と「私」
 良いバイアス・悪いバイアス 訳者というペルソナ
 作家に義理はあるか? トランスレイターズ・ハイ
 声の大小 I Don't know you
 キュウリみたいにクール 二人のオーギー
 再び賞味期限 カキフライ理論
 カポーティとフィッツジェラルド

 若手翻訳者6人を交えてのフォーラム。上記「海彦山彦」を素材とする内容だが、著者による原文の謎解きから始まり、若手も自らの経験を持ち出し、かなり高度に切り込む。

あとがき 柴田元幸


 読みながらのメモが多すぎて全部まとめられなくなってしまった。著者の作品に触れていなくてもそうなるのは、当然私の翻訳への思いと重なる部分が多いからである。

 翻訳雑誌等に「あれこれできないと翻訳家になれません」とあるのを見ると、翻訳できなくなる(笑)と言う柴田には特に同感だ。インターネット以前のニフティの翻訳フォーラムに関しても、最初からやたら敷居が高いと感じさせられて入る気も起きなかった。
 ネチケットなんてのもほとんどは常識をわきまえていればすむのだから、ネットの特例だけ書けば済む。昔は、ネチケットを振りかざしてやたらネットの特異性を強調している輩が多くて閉口したものだ。

 有名作家でありながらこれほど多数の翻訳も手がける村上の経歴については気になっていたが、実は翻訳を趣味で始めており、作家になることなど考えてもいなかったらしい。しかし、英語の名文を解明したい思いが高じて、結果的には作者としての文体を得ることになる。
 村上が小説と翻訳の仕事の交替で精神的バランスを取っているのは興味深い。文体を初めとして村上は小説と翻訳の違いを強調するが、直訳調の翻訳と翻訳調の文体は本人が主張するほど別物ではない。翻訳調を文体に取り込んだ作家は多いが、これほど顕著な人は珍しいのではないか。

 読んでなかったのにここまで言えるのは、DHCの単発セミナーに参加したときに宮崎尊先生から「村上の訳は意外にあっさりした直訳調」と聞いたからでもある。そのときの課題レイモンド・カーヴァーのSo Much Water So Close To Homeが、なんと村上の初めての翻訳作品だった。
 これは村上が言うようにたしかに傑作だ。私もこれが入っている短編集を買って読んでみたが、他はオチが分からないものが多くて半分くらいでほっぽり出してしまった。どうも現代の病めるアメリカのリアリズム小説というのがそもそも肌に合わなかったのだ。傑作を除いては。

 「海彦山彦」のカーヴァーのCollectersで二人の訳を比べると、断然村上に軍配を上げたくなった。ややつっけんどんで、行間の含意まで訳に出そうとする柴田とは対照的だが、これがカーヴァーには合っている。作家としてのカリスマ性や単に私が先に読んだからと言えなくもないが。
 もう一つオースターの作品も、村上を先に読んだせいか村上の方がいいと思ってしまう。読後冷静になると柴田のうまさも見えてくるが、「どうだうまいだろう」というファインプレーなのだ。本人の意図を後で読んでやはりと納得させられた。「海彦山彦」より「海千山千」と言うべきだ。

 すっかり村上派になってしまったが、私自身が柴田同様、伝統的システマティックな翻訳勉強法を経てきたから、柴田同様、村上に憧れるのは当然かもしれない。村上の翻訳調の具体例は、彼自身が質問に答える会話の中にすら見られる。
 p.42で「…、ほとんどどこにもいかないんじゃないかな」と、質問に答えているが、これはgo nowhereの直訳としか考えられない。これはオースター訳(p.153)でも出てくる。小説『ねじまき鳥クロニクル』内の「個人的にとらないでくれ」(p.221)を英訳者に「そんな表現は日本語にない」と言われた話は傑作だ。Don't take it personally.と、いかに英訳しやすいにしても。
 他にも(p.222)、「キュウリみたいにクール」cool as a cucumber、「犬のように死ぬ」die like a dog、後者はどこかで見た気がする。凡人がやれば、押しつけがましい下手な英語信者と片づけられるところだろう。

 村上は翻訳中にジャズを聴いているらしいが、原文と翻訳の関係を曲と演奏にたとえるところでは(p.89)、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番を引き合いに出し、バックハウス、グールド、ケンプ、ブレンデル、ポリーニと挙げている。このメンツでグールドが2番目なのが見逃せない(笑。
 しかし、作家の背景よりあくまでテキスト重視を主張する点では、作曲家と楽譜の関係とは異なる。それでも、カーヴァーの下手な初期作品は、見るに見かねて内容を変えない範囲で訳し直したらしい。これをストコフスキー流の楽譜改竄と言えば言いすぎだろうが。
 そういえば、小説をまず英語で書いてから和訳したという話で、桑田佳祐がまずでたらめ英語で曲を作った話を連想した。私も、アプローチは全く違うだろうが、文章のリズムはかなり重視する。

 私の悲劇は小説が翻訳のきっかけでなかったことかもしれないが、それでも進む道は見つかりつつある。文体や作風にも向き不向きがあるからいいことばかりではないはずだ。フィクションを勉強がてらに英語ばかりで読んでいけば、私も村上のような文体になるのだろうか(笑。
 以下に村上の名(迷)言を記して終わりにする。

 翻訳は作家と読者を結ぶかけがえのない仕事に思える。
 自分の欠点は語学力(笑)。
 良い文章には、ビートとともにうねりが欠かせない。
 ..., he said, ...型文章を翻訳どころか日本語の小説にも使う(笑)。
 翻訳は、最も効率の悪い読書である。
 翻訳とは、極端に濃密な読書である。

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翻訳夜話2 サリンジャー戦記 翻訳教室 ライ麦畑でつかまえて グレート・ギャツビー 「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
posted by 水野優 at 13:28| Comment(5) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

リチャード・ドーキンス著/垂水雄二訳『遺伝子の川』書評

 リチャード・ドーキンス著、垂水雄二訳『遺伝子の川(サイエンス・マスターズ1)』(238ページ、'95年、草思社)である。彼の代表作は『利己的な遺伝子』だが、amazonレビューで文体が冗長と書かれているので、ページ数がいちばん少なく総括的な内容の本書から読むことにした。
 実際は巧みな比喩(それゆえ誤解も生じるが)のせいで、やや直訳調(下訳者に引っ張られているのだろう)もさほど気にならず、リズミカルな流れでぐいぐい読ませてくれる。


目次
まえがき

1 ディジタル・リバー
 ディジタル・リバーは、そのディジタル性で革命的な遺伝子が未来へ伝えられる流れを、エデンの園から流れ出る川へとたとえている。進化とは突然変異自然淘汰の繰り返しに過ぎない点を徹底しており、何度もここに立ち返ることが冗長に感じられるのかもしれない。
 元々は同じ細胞が生物の身体各部に応じた細胞に変化していく仕組みが、簡単ながら説明されているのが興味深い。
 恒例のチェスに言及する部分をp.28から引用する:
「現代の電子開閉機構はきわめて速いので、回線の時間を細分することができる。どちらかというと、チェスの名人が自分の時間を細かく使い分けて二〇面打ちをこなしていくようなものだ。」

2 全アフリカとその子孫
 文化的相対主義をサロン哲学と厳しく批判し、その実例「月を木に引っかかったひょうたんと思っている民族」の間違いを論駁するのがおもしろい。さらには、祖先をたどると親が2人祖父母が4人と等比級数的に増えていくのに、昔の世界人口は今より少なかった。これはどういうわけか?と、つかみは十分すぎるほどOK(笑。
 本章の肝であるアフリカのイヴへとたどる試みは、性によって二分されずに母方のDNAが不変に継承されるミトコンドリアに基づくものだが、論敵である創造論者への皮肉であるはずの「イヴ」がよけいな誤解も生じて両刃の剣になっている。分子時計の話も興味深い。

3 ひそかに改良をなせ
 一見進化では不可能なような、ランがハチを擬態であざむく生殖戦略や、昔学校で習ったミツバチの8の字ダンスの成立過程を見事に仮説説明する。ただの皮膚上に魚程度のができるまでに50万年あれば十分という試算モデルも紹介する。
 動物にしては賢そうな認識判断力も裏を返せばあきれるほど単純な本能遺伝の集積に過ぎない。これと比較すれば、後天的に学ばねばならないことが多すぎる複雑な人間社会で脱落者が多いのは無理からぬことに思える。

4 神の効用関数
 ダーウィンは、生物の生態を調べていくにつれ、神がこんな残酷なことをさせるはずがないと確信するに至ったという。ダーウィンを何度も引用する著者は、自然はただ感情がないという意味で非情なだけと説く。漱石の「非人情」を連想した。
 「神の効用関数」も、神とあろうものが(非情は別として)動物の殺し合いという低効率なことをさせるわけがないという皮肉である。DNAの生存を賭けた利益の争奪戦は『利己的な遺伝子』に詳しい。生物は遺伝子が生き延びるための乗り物に過ぎないという思想はSFファンタジーの格好のテーマになった(全然読んでないが)。
 ちなみに、死ぬときに苦痛を和らげる脳内物質が分泌されると聞くが、遺伝子が生き延びるためにはどうでもいい死にかけの脳に、進化が情けをかけるのだろうか?

5 自己複製爆弾
 原語が分からないが、爆弾という訳が最後までなじめなかった。本章では、起源から様々な臨界点を突破して進化する生物をその普遍性と(地球における)特殊性に分けて考察する。「不幸の手紙」との比較がおもしろい。そういえば、ネズミ講は元々生物のたとえだ(笑。
 ホーキングの著作で人間が文化によって進化速度を飛躍的に向上させたとあったが、これこそがドーキンスがミームと名付けたもので、それは宇宙への臨界点も突破し、ボイジャー2号へグールドの演奏とともに乗り込んだ。

あとがき
 ホーキングとペンローズみたいに、ドーキンスには同じ進化論者でもスティーヴン・ジェイ・グールドという論敵がいる。深い教養と巧みな語り口らしいからこちらの「グールド」も気になるが、とりあえずドーキンスは全部読み たい。図書館にある範囲で(汗。


 私が非情な自然を嫌い、ナイーブで直截的な表現よりソフィスティケートされた芸術に偏向する理由が見えてきたような気がする。突然変異と自然淘汰の結果である現在は、人間原理に関して宇宙論にそのまま通じている。

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posted by 水野優 at 17:10| Comment(2) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月10日

行方昭夫『英語の発想がよくわかる表現50』書評

 行方昭夫(なめかたあきお)の『英語の発想がよくわかる表現50』(187ページ、'05年、岩波ジュニア新書502)を読んだ。語学本もやや久々になるが、ジュニア向けとはいえこの新書シリーズはいろいろと勉強になるのであなどれない。
 '31年生まれで東大名誉教授の著者は訳書も多いせいか、50の英和対照例文の暗記という本書の主目的以外にも、英和翻訳に役立つ知識を多く散りばめている。「あとがき」によると、最近の会話偏重文法軽視の英語教育に苦言を呈するのが、本書執筆の動機だったという。


目次
はじめに

I 英語らしい英語 日本語らしい日本語
 1 waterは水じゃないの?
 2 「来る」と「行く」
 3 英語は「大」から「小」へ
 4 youに注目!
 5 間違いだらけの乗り換え案内
 6 退屈なのは誰のせい?
 7 興奮しているのはどっちなの?
 8 いらいら・うんざり
 9 「情けは人のためならず」
 10 流行語や新語にとびつくより

 I〜IVは3〜5ページずつの各項の最後が3つの英和対照例文で締めくくられているので、タイトルの50とは違って全部で120ほどになる。本文中の自然な和訳に比べると、なぜか例文の和訳はやや古めかしかったりリズムが悪かったりするのは玉に瑕。
 本章では3が、目から鱗の内容だった。6では壇ふみ、8では新庄剛志の英会話失敗談まで引用されていて興味深い。

II この英語はどう訳す?
 1 Where is my pen?を何種類もの日本語にしてみよう
 2 コンテクストは大切!
 3 多い? 少ない?
 4 イディオムは化合物
 5 「バケツをけとばす」のがおかしい?
 6 まだ辞典に出ていない表現 その1−you know
 7 まだ辞典に出ていない表現 その2−my dear lady
 8 落ち着いて内容をとらえよう
 9 辞典の訳語はどう使う?
 10 比較級と否定
 11 名詞・動詞・形容詞の関係は?
 12 形容詞が名詞化した例

 2の最後にあるコンテクストの重要性を示す好例を引用しよう。The other day I went into the theatre to see a Caesarian. 私も「劇場か映画館へカエサルを見に行った」と考えてしまったが、続きを読むと、theatreは手術階段教室、Caesarianは帝王切開手術と分かる(汗。

III 小さな違いに注目
 1 maybe, perhaps と probably
 2 quite と very
 3 well と properly
 4 「思う」のいろいろ
 5 類語辞典はどう使う?
 6 おおげさな言い方
 7 and のいろいろ
 8 of は「の」だと思いこまないで!

 2のquiteの「まあまあ」と「かなり」の両義性に関しては、私はratherにも感じる。チェスの形勢判断に使われていると、「やや」優勢か「かなり」優勢か決めあぐねるときがあるのだ。8では、リンカーンの演説government of the peopleを(人民を統治すること)とする著者の恩師の解釈が興味深い。

IV 文全体の姿に気をつけよう
 1 句読点で意味が変わる!
 2 文と文の因果関係
 3 省略されているのは何?
 4 仮定法で省略されるのは?
 5 日本語ではなじみのない無生物主語
 6 仮定法は仮定だけではない!
 7 英語に敬語はない?
 8 挿入構文に慣れよう
 9 描出話法を見分ける!
 10 翻訳の手作業は続く!

 2、英語に文章の流れを示す接続詞が少ないことは、私もかねがね思って注意してきた。4、日本語では仮定表現にした方が分かりやすいケースが多いのも、チェスの翻訳をしていると山ほど出てくる(笑。

V さらに意欲のある人のために
 1 名文の徹底理解
 2 さまざまな英語
 3 多読のすすめ

 本章は全く構成が違い、1では長文例題の和訳を通してI〜IVのおさらいをしつつ、字面だけではない作者の真意に迫る。2、イギリスの下町訛りの例でベッカムが出てくる。彼がそうとは知らなかったので、今後注意して聞いてみよう。

あとがき

 本文中で触れているものも含めて有益な推薦文献が紹介されているので、その中から以下に特選しておく。
江川泰一郎『英文法解説』(実は座右の英文法書を持っていない)
佐々木高政『和文英訳の修業』(著者のバイブル。私も大学の英作文で使用)
中村保男『新編 英和翻訳表現辞典』(高いから未だに買ってない)
マーク・ピーターセン『日本人の英語』(これはすぐ読もう)


 著者の海外での失敗談も多く語られているが、それだけ昔の英語学習がたいへんだったのだ。今は英和辞典一つとってみても恵まれている。
 著者の文体で唯一気になったのは、「多いです」のような「形容詞+です」の多さだ。大正時代までは稚拙な表現とされてきたから、この世代の学者が頻用するのが解せない。私はあまり使わないようにしている。

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star内容は面白いのだが…
star英語を教える立場の方々にもお薦めします

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posted by 水野優 at 13:52| Comment(4) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月03日

鈴木康央『北の人 グレン・グールド』書評

 鈴木康央の『北の人 グレン・グールド』(96ページ、'99年、鳥影社)を読んだ。最近は自然科学書が続き、特に音楽関係をご無沙汰していたが、グールドとマーラー関連は読破しておきたいと思っている。チェスがなければ彼らのHPを作っていたに違いない。
 クラシック音楽で出版すれば必ずそこそこ売れるグールド本だが、翻訳物でないのは珍しい部類に入り、めぼしいものはかつて書評した横田庄一郎本くらいである。本書にはそれほどの期待もせず、薄いから軽く読めると借りてきたが、これがなかなか良かった。


目次
まえがき

第1部 グレン・グールド考
第I章 グレン・グールドという人
 奇行の数々や衝撃のライブ引退等、主な経歴に触れるが、これだけではグールド入門にはちと不十分だろう。著者は「あとがき」でも、本書によってグールドを知って癒される人が増えることを望んでいるが、そういう人が次章以下を読んで理解できるとは思えない。

第II章 絵画的演奏
 グールドの(特にノンレガートの明確な)演奏は点描画にたとえられることが多いが、(著者がたしなむ)水墨画にふさわしいという。たしかにグールド自身も白と黒の間の微妙なグレー階調が好みという点でもうなずける。
 そもそも猫が鍵盤を歩いても同じ音が出るピアノで様々な音色を出したいならそういう電子ピアノでも弾くべきだ。かつて七色の音色と言われたミケランジェリにしても、調律の占めるウェイトがひじょうに高かったのだと思う。グールドがロマン派の作品をあまり引かなかったことも、「グレー」に聞こえる理由の一つだろうが。

第III章 事実と真実
 楽譜(事実)とグールドの演奏(真実)の対比と言えば、音楽ファンにはそれ以上の説明は不用だろう。

第IV章 グールドと三島由紀夫
 三島のロールシャッハテストの記録から、意外にも二人には共通性が多いと解く。トーマス・マン愛読、人間関係嫌い、皮肉やおふざけ好き等。

第V章 グールドとベートーヴェン
 けなしながらもグールドが実はベートーヴェン好きという主張には大いに共感できる。グールドが、自らの「知」に収まりきらないベートーヴェンのデモーニッシュな「情」の魅惑に気付いたからこそ、三大ソナタをあれほどへんてこりんに弾いたのだろし、「田園」ソナタのように強弱の激しいグールドは他にない。

第VI章 ワワ
 ワワとは、グールドが特に後年に愛したスペリオル湖近くの小さな町である。著者は、そんなトロントから900キロも北上した酷寒の地へ向かった。その目的は、グールドがかつて滞在した痕跡探しから、グールドの「北の理念」の追体験へと浄化されていく。

第2部 グレン・グールドVS三島由紀夫
 「まえがき」で本書はグールドと三島を通しての自分探しと述べているが、ここで二人を黄泉の世界で架空対談させている。いろいろなテーマについて音楽と小説でそれぞれの立場の違いが語られていく。
 グールドの発言が生前の記録に忠実なので、(私は三島のことはあまり知らないが)三島についてもそうなのだろう。二人が20世紀末を憂う発言、携帯電話のマナー等の卑近な話題にまで触れるのは笑える。
 三島から今後の音楽界予想を聞かれ、グールドが「コンサート消滅予想」が外れた弁明までするのは芸が細かい(笑。最後は「結局テクノロジー?」で締めくくるが、テクノロジーだけで他人とつながって隠遁できる現代にグールドが存命していないことが改めて悔やまれる。

あとがき
参考文献
ディスコグラフィー&アーカイブ・コレクション一覧


 著者は様々な仕事の経歴を持つようだが、専門はユング心理学で、この二人には「共時性」を感じるらしい。自費出版にも思える出版はそのへんのコネだろう。これで私が三島作品を読むかどうかとなると、それはまた別の話(笑。

北の人グレン・グールド
鈴木 康央
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2007年05月26日

小川義男編著『あらすじで読む世界の名著No.1〜3』書評

 小川義男編著『あらすじで読む世界の名著 No.1〜3 世界文学の名作が2時間でわかる!』である。著者は狭山市の高校校長で、NTV『世界一受けたい授業』に本書をネタに出たのを見たことがある。『〜日本の名著』No.1〜3の好評を受けて出たシリーズである。
 amazonレビューでは、後から出た類似書には明らかに質の悪いものもあるらしいが、本シリーズは同校の主に国語と英語教諭が担当(印税は学校へ?)しているせいか、大きな欠点は見られない。それでも親族に「君」と呼びかける等の滑稽さは残っているのは、元にした翻訳(巻末に記載)が概ね古いからだろう。

 私のフィクション嫌いは改めて繰り返さないが、そもそも下記ほどしか読んだことがない私には、こういう企画はありがたい(汗。こんな形で読んでも文学の神髄には触れられないという指摘はあるだろうし、そういう思想こそがこういう企画の実現を妨げてきたようにも思う。
 編者が述べるように、これをきっかけに気に入った作品を全訳原書へとチャレンジして行けばいいのであり、本書でしか触れずじまいになったとしても粗筋さえ知らずに終わるよりは有意義な人生を過ごせるだろう。

目次(括弧内は私が過去に触れた程度。◎=訳したい)
No.1
『誰がために鐘は鳴る』ヘミングウェー
『動物農場』オーウェル
『風と共に去りぬ』ミッチェル
『怒りの葡萄』スタインベック
『阿Q正伝』魯迅
『車輪の下』ヘッセ◎
『ジャン・クリストフ』ロマン・ロラン
『桜の園』チェーホフ
『ドリアン・グレイの肖像』ワイルド(抄訳)◎
『女の一生』モーパッサン
『アンナ・カレーニナ』トルストイ
『罪と罰』ドストエフスキー
『レ・ミゼラブル』ユゴー(映画)
『はつ恋』ツルゲーネフ
『嵐が丘』E・ブロンテ◎
『アッシャー家の崩壊』ポー
『若きウェルテルの悩み』ゲーテ(粗筋)
『リヤ王』シェークスピア(粗筋、原書(シェイクスピア物語))
『ドン・キホーテ』セルバンテス(粗筋)
『ガリア戦記』カエサル

 1作品につき5〜7ページのペースは厳守されており、『風と共に去りぬ』では登場人物を把握しきれないうちに終わってしまう(笑。特にロシア文学は似た ような長い名前が混乱してなじめないが、粗筋で読む場合はこの欠点をかえって助長するかもしれない。

No.2
『異邦人』カミュ
『武器よさらば』ヘミングウェー
『魔の山』トーマス・マン
『デミアン』ヘッセ
『変身』カフカ(冒頭)
『狭き門』ジード
『どん底』ゴーリキー
『居酒屋』ゾラ
『戦争と平和』トルストイ
『アンクル・トムの小屋』ストー夫人(抄訳)◎
『緋文字』ホーソーン
『ジェーン・エア』C・ブロンテ◎
『三銃士』デュマ(抄訳)
『検察官』ゴーゴリ
『ゴリオ爺さん』バルザック
『赤と黒』スタンダール
『ファウスト』ゲーテ(粗筋)
『失楽園』ミルトン
『神曲』ダンテ
『水滸伝』施耐庵
『マクベス』シェークスピア(歌劇、粗筋)
『三国志演義』羅貫中

 p.53『どん底』内で(おそらく)チェスを指すシーンが出てくるので以下に引用する。
「帽子屋と巡査のメドヴェージェフは将棋を指している」
 1902年の作品だが、ロシア革命前でも貧民層が指すほどチェスは盛んだったのだろうか。粗筋で削られなかったくらいだから、原文(全訳)にはもう少し具体的な描写があるかもしれない。

No.3
『赤い子馬』スタインベック
『飛ぶ教室』ケストナー◎
『森は生きている』マルシャーク
『O・ヘンリ短編集』O・ヘンリ(一部訳)◎
『イワンのばか』トルストイ
『にんじん』ルナール
『小公女』バーネット◎
『十五少年漂流記』ヴェルヌ(抄訳)
『幸福な王子』ワイルド(演劇、原書)◎
『クオレ』アミーチス
『宝島』スティーブンソン(訳)
『人形の家』イプセン
『家なき子』マロ(改作TVドラマ)
『トム・ソーヤーの冒険』マーク・トウェイン(アニメ)
『若草物語』オールコット(粗筋)◎
『白鯨』メルヴィル(映画)
『不思議の国のアリス』キャロル(原書、映画)
『クリスマス・カロル』ディケンズ(映画)
『モンテ・クリスト伯』デュマ
『青い花』ノヴァーリス
『ガリヴァー旅行記』スウィフト(粗筋)
『ヴェニスの商人』シェークスピア(抄訳、原書(シェイクスピア物語))

 O・ヘンリーが粗筋で読むとだめだった。元々短編だから、さらにはしょることでどんでん返しの味わいが損なわれるのだろう。

 特に引かれたのは、ドイツ文学に顕著な自らの信念に人生を捧げる作品と、フランス風メロドラマとはちと違うイギリスのブロンテ姉妹の幻想的なラブロマンスである。ロマン・ロランは期待ほどではなかった。今後どれだけ訳せるかな。

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2007年05月06日

ラッセル著/高村訳『哲学入門』書評

 バートランド・ラッセル(1872-1970)著、高村夏輝訳『哲学入門(The Problems of Philosophy)』(284ページ、'05年3月、ちくま学芸文庫)である。原著が1912年初出の著作権切れだから訳したいと思った直後にこの読みやすいと評判の新訳を知った次第で、意地を張らずに読んでみた(笑。
 旧訳のひどさは知らないが、本訳はたしかにすばらしい。原文がウェブ上にあるから、久し振りに原文、本訳、私訳の一部を並べてみたかったが、ほとんどそんな必要もない。これを読んでもちんぷんかんぷんなら、精読できていないか科学哲学的思考に不向きと断言していい。


目次
前書き

第1章 現象と実在
 画家(どのように見えるか)と哲学者(どのようであるか)の区別。我々は見え方から実在の形を推論してしまう。説明こそ違えど、歴史的に「実在」が認められてきたと説く。

第2章 物質は存在するか
 デカルト以後を回顧し、存在すると考えるのは本能的であり、その方が事実を説明しやすいと説く。本能的信念が調和階層体系を成すように整理することが、哲学にできるつつましい役割。

第3章 物質の本性
 物理学空間との照応。時間に関して両者の違いは顕著。物質は心的→観念論

第4章 観念論
 意外にも主流だった観念論。バークリの「実在は神の心の中の観念」を反ばくする(物をとらえる働きと対象を区別する)。存在に面識すれば存在を確認できるが、その逆は成立しない。

第5章 面識による知識と記述による知識
 面識を基礎にした記述による知識。動物は面識する自己を意識できない。理解可能なすべての命題は、面識対象のみを要素とする=根本的原理。

第6章 帰納について
 太陽が明日も昇ることは帰納することしかできない=蓋然性←→確実性。帰納の蓋然性は、経験によって証明も反証もできない。

第7章 一般性原理の知識について
 帰納より確からしい。経験論vs合理論。アプリオリ。倫理学。演繹と帰納の比較。

第8章 アプリオリな知識はいかにして可能か
 ヒュームが純粋的アプリオリを総合的としたのに応え、カントの批判哲学は合理論と経験論を和解させるが、アプリオリの命題が成立する範囲を不当に制限した。

第9章 普遍の世界
 プラトンのイデア論。関係性を持つ普遍の問題。普遍は思考の対象となるが、思考そのものではない。普遍は有り(being)、存在 (existence)とは別の世界。

第10章 普遍に関する私たちの知識
 普遍が有る証明。これまでをまとめると、真理の知識はどれも直観的知識に依存する。

第11章 直観的知識について
 記憶を例に取り、自明性に度合いがあることを示す。

第12章 真と偽
 真と偽は何を意味するか。真理は整合性から導けず、真理の本性は事実との対応からなるこを示す。信念は、存在するためには心に依存し、真であるためには心に依存しない。

第13章 知識、誤謬、蓋然的な見解
 どうすれば真偽を知ることができるか。絶対的/部分的保証の真理。蓋然的な見解は組織的にするだけでは確実性を得ないが、斉合性が助けになる。

第14章 哲学的知識の限界
 形而上学(ヘーゲル)批判。本質的に「哲学=科学」だが、哲学は批判的。懐疑論は何も成さない。誤謬の可能性を減らせばよい。

第15章 哲学の価値
 心の栄養。善のため。諸科学のため。偏見から逃れるため。哲学的観想←→自己顕示欲の哲学。問いそのものが哲学を学ぶ目的。

ドイツ語版への序文
参考文献(プラトン〜カント)
訳注

解説 ジョン・スコルプスキ(入門書にこれ以上を求めるのはないものねだり)
訳者解説 高村夏輝
索引


 「ドイツ語版への序文」で著者も触れているが、本書の初出以後はゲーデルの不確実性理論や相対性理論等のパラダイム革命が続いた。そのための改訂はなされていないが、時空の無限分割や普遍等に関する議論は、現代の感覚からするとラッセルに分が悪い。
 訳注も多く、「訳者解説」では、ラッセル=経験論者の誤解を解いている。翻訳チェックを野矢茂樹にしてもらったらしく、どうりで読みやすさに納得した。明解な文体で古くて新しい諸問題を扱う哲学入門書の最高傑作といえる。

 真理の希求より可能性に留まるラッセルの謙虚な態度は私好みだが、ウィトゲンシュタインのようなカリスマ性には乏しいかもしれない。二人の友人関係を損ねるきっかけになったという第15章は、それゆえに興味深い。
哲学入門
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star素晴らしい。
star読んでexcitingという保証はしませんが
star最終章で哲学の存在意義が語られる

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2007年04月19日

冨田恭彦『科学哲学者 柏木達彦の多忙な夏』書評

 冨田恭彦著『科学哲学者 柏木達彦の多忙な夏 【科学ってホントはすっごくソフトなんだ、の巻】』(235ページ、'97年1月、ナカニシヤ出版)である。以前読んだ『哲学の最前線』の著者が、ここでは(明らかに自分がモデルの)主人公柏木達彦に理想の(?)学者像を託し、小説形式で哲学論議が進んでいく。
 結局『哲学の最前線』以来、クワイン、デイヴィドソン、ローティ等は松戸市図書館にあまりないこともあって読まずじまい。本書は5冊出ている柏木達彦シリーズの初巻にあたり、松戸市にはこれしかないからそれ以外は読まないだろう(汗。次の引っ越し先はとにかくもっと蔵書数の多い街にしなければ。


目次(括弧内は、出てくる用語や私の補足)

第一話 梅雨明けの頃に
 第一章 パラダイムなんかこわくない(クーン、科学革命)
 第二章 なるほどの天文学史(ピタゴラス、天→地動説)
 第三章 共通のものさしがない(パラダイム間共約不可能性)
 第四章 世界の見え方は、概念図式とともに(相対主義は正しいか?)
 第五章 デイヴィドソン登場(相対主義概念の前提にもの申す)
 第六章 問題はどこにあるのか
 第七章 翻訳できない言語なんて
 第八章 フィールド言語学者の言語哲学(クワイン、根本的翻訳、好意の原理)
 第九章 われわれの信じていることをもとにするしかない(根本的解釈)
 第十章 われわれの信じていることはたいてい正しい
 第十一章 培養槽の中の脳(デカルト、懐疑論、「マトリックス」の世界)
 第十二章 同じ母国語の中で(母国語でも同じこと)
 第十三章 文化人類学(人類学、民族主義の反動。異文化理解は不可能ではなく、理解する気のあるなしだけ)

第二話 夏休み前最終講義
 第一章 桃太郎の解釈学
 第二章 現実を物語として見ると(要は先入見と整合性の追求)
 第三章 逃げてきたトラの話
 第四章 二酸化炭素の確かめ方(事実は事実そのものとして成立しているのではない)
 第五章 解釈学的循環(全体との関係でしか解釈できない。まさに翻訳の問題)

第三話 ウイスキー・スルメ・ピーナッツ
 第一章 一般教養(加算的総合→創造的総合)
 第二章 メタファーの話
 第三章 観察の理論負荷性(アヒルにもウサギにも見える絵)
 第四章 観察は理論とどう関係するか(観察の前提になっている理論と観察によって確かめられるべき理論がある)
 第五章 論理的原子論(ラッセル)
 第六章 全体論的科学観(一つ一つの文の真偽は全体との関係において決まる)

第四話 図書館のロビーで
 第一章 論理実証主義(ウィーン学団)
 第二章 意味基準の問題(ヘーゲルの形而上学まで無意味に)
 第三章 (完全な)検証可能性(検証可能性で有/無意味に分かれ、有意味な文にさらに正誤がある)
 第四章 検証可能性ではなぜうまくいかないのか(一般法則は無限個の検証を強いられる)
 第五章 (完全な)反証可能性(反証は一例で済むが…)
 第六章 意味基準のその後(意味基準自体がその基準内に収まりにくい)

第五話 大掃除の翌日
 第一章 大掃除の日に
 第二章 デカルト的不安(欺く神と感覚の不確かさ)
 第三章 鏡としての不安(ローティ)
 第四章 相対性の事実に抗して(プラトンのイデアも鏡)
 第五章 論理実証主義の場合(これも鏡)
 第六章 感覚与件ではなぜうまくいかないか(感覚与件の事実は科学の言葉にならない)
 第七章 分析性の問題(再びクワイン)
 第八章 鏡的人間観・再説(基礎づけ主義)
 第九章 真理の対応説(我々の考えは事実と対応しないと意味を成さない)
 第十章 自文化中心主義(ここから始めるしかない)
 第十一章 客観性と連帯(みんなで一緒に考えていこう)
 第十二章 様々なヴォキャブラリー(科学の語彙は特権ではない)
 終章 傍観者か当事者か

[解説] 古くからの友人代表 西島恒之


 読後にメモをまとめるのがたいへんなので、この目次にメモを併記するパターンに落ち着いてきた(汗。これだけで流れが分かる人はもっと難しい本を読むべきで、小説体の本書は楽に読めるとはいえ、かったるすぎるだろう。
 読後感は『哲学の最前線』のときと大差なく、理詰めでは何も解決し ない(理詰め自体が危うくなった)という凡庸な考え方に後戻りしたような現代の 哲学にがっかりさせられる。こういう手法は、違うパラダイムで生きざるを得ない精神 病患者の理解に役立てばいいと思うが。

 チェスに触れた文がp.228にあるので最後に引用しておこう。
「もう一つ例を挙げれば、こういうことになるだろう。戦争をチェスの語彙で語る。そうすると、優勢なのはどちらか、どのような戦況なのかはよくわかるだろう。だけと、兵士の悲惨な姿は、それでは伝わらないだろう。だから、兵士の心情を描けるような語彙を用いる。そうすると、同じ戦争が、非常に違った相貌のもとに伝えられることになる。」
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posted by 水野優 at 15:01| Comment(2) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月13日

ホーキング著/佐藤訳『ホーキング、未来を語る』

 スティーヴン・ホーキング著、佐藤勝彦訳『ホーキング、未来を語る Stephen Hawking  The Universe in a Nutshell』(239ページ、'01年12月、アーティストハウス/角川書店)を読んだ。ホーキング本は2冊目で、新しいものから順にたどっている。
 各章には以下のように長い副題が付いている。著者によると第1,2章がその後の根幹となるので、3章以降は好きなところから読んでもいい。だから1,2章の凝縮した説明がちんぷんかんぷんなら、『ホーキング、宇宙のすべてを語る』を先に読む必要がある。


目次(括弧内は私の補足、用語等)

序文

第1章 相対論について
 アインシュタインはいかに二十世紀物理学の二本の柱である相対論と量子論の基礎を造ったのでしょうか?
 (アインシュタインは量子論にも貢献しながら、その不確定性を認めなかった)

第2章 時間の形
 アインシュタインの一般相対論は時間に対して深遠な概念をあたえています。相対論と量子論はどのように調和させることができるのでしょうか?
 (虚時間(!)が難しい)

第3章 クルミの殻の中の宇宙
 宇宙にはいくつもの歴史があり、そのひとつひとつがごく小さなクルミにより決まっているのです。
 (やはり虚時間が難解。人間原理)

第4章 未来を予測する
 ブラックホール内で情報が失われると、私たちの未来を予測する能力はどのように弱められるのでしょうか?
 (事象の地平面。ホーキングが「スタートレック Next Generation」に出演した話)

第5章 過去を守る
 時間旅行は可能なのでしょうか? 高度な文明では、過去に戻って歴史を変えることができるのでしょうか?
 (宇宙ひも。時間ループ。時間旅行の希望を残すユーモアで締めくくる)

第6章 私たちの未来は?
 私たちの未来は《スタートレック》に描かれているようになるのでしょうか? 生物学的生命や電子的声明は、今後どのようにその複雑性を発達させていくのでしょう?
 (また「スタートレック」出演話。DNA等の話にそれる。易しい章)

第7章 ブレーン新世界
 私たちはブレーンの中に住んでいるのでしょうか、それともただのホログラムにすぎないのでしょうか?

用語集
推薦文献
訳者あとがき


 本書の原題を直訳すると「クルミの中の宇宙」だが、これは『ハムレット』 の台詞に由来し、「井の中の蛙大海を知らず」のように我々の住む宇宙をちっぽけなクルミの中にたとえている。7章の最後では同じくシェイクスピアの『テンペスト』からbraveにbraneをかけて見事に締めくくる。
 「訳者あとがき」によると、下訳はまた長男だが、シェイクスピアの部分は最新の小田島訳を参考にしたそうで、ここがいちばん訳すのがおもしろかったそうだから、たまに親父ギャグの入るホーキングの語り口をもってしても物理学の翻訳は制約が大きいらしい。

 ホーキングの主要三作は古い順に『ホーキング、宇宙を語る(A Brief History of Time)』、本書、『ホーキング、宇宙のすべてを語る(A Briefer History of Time)』だが、最初のは未読(内容も古くなったし読まないだろう)とはいえ、徐々に内容は易しくなるようだ。
 本書は、読者の要望や著者の反省によってカラー図や写真が多く入れられた。しかし、文章に関しては訳者も新しい本ほどうまくなっているので、この時点では著者、訳者、読者(私)の誰のせいか不明だが、分かりにくい部分が散見される。

 『〜宇宙のすべてを語る』にはない第6章DNAの話は印象的だ。人間は文化的進歩で生物的進化をはるかに追い抜き、今やDNAの直接操作で進化を加速しかけているというくだりが興味深い。虚時間とブレーンという時空に関するそれぞれの概念が難しいので、もう少し他の和書を読んでみよう。
ホーキング、未来を語る
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star文系にはちとむずかしい
star宇宙ひもの解説が特に良い
starホーキング博士の約5年前(2001年)の予言を今楽しんでみましょう

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posted by 水野優 at 15:23| Comment(3) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

バルト著、蓮實+杉本訳『映像の修辞学』書評

 ロラン・バルト著、蓮實重彦+杉本紀子訳、『映像の修辞学』(162ページ、'05年9月、ちくま学芸文庫)である。先日書評したホーキング本の直後なので、哲学書を読む気が正直萎えてしまった(汗。
 やはり『エクリチュールの零度』とかを先に読まないとだめのようだ。バルトの翻訳出版が集中した'80年前後はもっぱら図書館で音楽書をあさっていたが、記号論を気にしつつも背表紙を見るだけで終わった。


目次
イメージの修辞学 パンザーニの広告について
 三つのメッセージ
 言語的メッセージ
 外示的イメージ
 イメージの修辞学
写真のメッセージ
 写真のパラドックス
 共示の手法
 1 トリック
 2 ポーズ
 3 被写体
 4 撮影効果
 5 美的配慮
 6 構成法
 テクストとイメージ
 写真の無意味性
映画について 「カイエ・デュ・シネマ」誌によるインタヴュー

ロラン・バルトまたは複数化する断片 蓮實重彦
 断片は誘惑する
 誘惑と媚態
 「突拍子もないもの」
 具象と抽象
 二つの肉体=二度の魅惑
訳者あとがき 訳者
文庫版訳者あとがき 言葉に魅せられた/魅入られた人 杉本紀子

カバー裏表紙より:
イメージは意味の極限である。映像=イメージをめぐる3つのテクスト(2篇の論文と1篇のインタヴュー)が1冊に。広告写真からいくつもの記号を掬い上げ、イコン的なメッセージと言語的メッセージを丹念に読み取ってみせる「イメージの修辞学」。報道写真やグラビア写真などを取り上げ、フォトジェニックな構図・手法、テクストとの関係を記号学的に論じる「写真のメッセージ」。作品の意味が宙吊りになる魅力についてブニュエルの「皆殺しの天使」を引きながら闊達に語る「映画について」。イメージから記号を読み取る鮮やかな手つき、言葉の持つ官能性を存分に味わえるロラン・バルトの独壇場。

カバー表紙見返しより:
ロラン・バルト(Roland Barthes)
1915‐80年。記号のシステムとしてのテクスト分析により、それまでの批評言語を刷新し、現代思想に計り知れない影響を与えたフランスの批評家。当初、“社会的神話学”から出発し、“記号学”“テクスト性”“モラリテ”の時代を経て、テクストの快楽の実践へと至った。1980年、名声の絶頂期に交通事故により死去

蓮實重彦
東京大学大学院博士課程修了。東京大学名誉教授

杉本紀子
東京大学大学院博士課程修了。和光大学表現学部教授。専攻、フランス文化


 「映画について」までがバルトの著作で、この3編をまとめた本書の構成は独自のものである。写真や映画という卑近なテーマゆえに、一流の芸術評論としても読めるが、映画に関しては当該作品を見ておく必要があるだろう。
 蓮實の「ロラン・バルトまたは複数化する断片」は、過去のバルト和訳の問題点等に触れながらもその文体自体がバルトの和訳より翻訳調で、一種のパロディといった風である。その一方で「訳者あとがき」は短すぎる。

 結局、最後の杉本の「文庫版訳者あとがき」がいちばん分かりやすい解説になっている。ソシュール言語学を言語以外にも拡張し、イデオロギーに関してサルトルから影響を受ける。そして、翻訳を拒絶するかのような官能的(バルトはやたらこう形容される)な文体。
 講義中に一学生から方法論について受けた質問を真摯に受け止め、それがきっかけでバルトの関心の方向までもが変わったという話は特に印象深い。見習うべき姿勢だと思った。
映像の修辞学
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ロラン・バルト映画論集 表徴の帝国 明るい部屋―写真についての覚書 エクリチュールの零(ゼロ)度 物語の構造分析
posted by 水野優 at 11:23| Comment(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする