ホームページは「チェストランス」です。古い記事では図の駒が表示されません。

2007年12月31日

木村敏『時間と自己』書評

 今年は読んでもまだ書評していない本があるが、木村敏の『時間と自己』(中公新書674、'82/11、p.193)は間違いなくベスト だった。この著者ではすでに『異常の構造』を書評し た。精神病理学を専門としながら哲学的評価も高い。
 本書では、時間のとらえ方が自己を規定することを、分裂病(現在は 統合失調症)、鬱病祝祭(躁病・てんかん)の3点の考察から導く。西洋的「もの」を「こ と」ととらえ直すことにより、「永遠の今」等の展望が開ける。


目次
第一部 こととしての時間
 1 ものへの問いからことへの問いへ
  ものの世界
  ことの世界
  ことの日本的特性
  こととことば
  ことと時間
  ものとことの共生関係
  離人症におけることの欠落
 2 あいだとしての時間
  時間の計測
  デジタル時計とアナログ時計
  ベルグソンの純粋持続
  ものとことの差異と時間
  アリストテレスの時間論
  ハイデッガーのアリストテレス解釈
  あいだとしてのいまの拡がり
  共同体時間について

 「ものとこと」も「あいだ」も著者が和辻哲郎の思想を発展させたものである。ものはこととしてのみ認知されるがもの がなければことは成立しないので、ものとことは相互依存関係にある。 もの=存在、こと=現象という対立図式が連想されるが、著者の意図するところではないだろう。ことをもの(言葉)へ変換する困難として翻訳に言及されているのも興味深い。
 時間の継起的つながりを実感できない離人症は「こと」の重要性を知 らしめる実例である。この場合に失われた「あいだ」としての時間は、本書が書かれた'80年代らしくデジタルア ナログの対照というこれ以上ない好例で説明されている。

第二部 時間と精神病理
 1 分裂病者の時間
  時間と精神病理
  分裂病の精神病理
  自己の自己性
  主語的自己と自己の述語作用
  分裂病者のアンテ・フェストゥム意識
  未来先取的な人たち

 我々は時間をまず物理的な観測対象と考えがちだが、その前提となる 時間の発見と同時に個我が誕生した。時間をさかのぼれないのは人間の観測が非物理的だからという説明になると、頭が混乱してくる。それほど我々は時間を自 明と考えている。
 アンテ・フェストゥムとは、一歩先の未来を生きようとする分裂病者を指す意識である。分裂病に親和的なのは芸術家や理論学者で、鬱病は実 務家だという。やはり私は分裂病寄りだ(笑。

 2 鬱病者の時間
  鬱病の精神病理
  鬱病者のポスト・フェストゥム意識
  自己の役割同一性
  役割的自己のポスト・フェストゥム意識
  現在完了の不成立
  鬱病と共同体時間

 ポスト・フェストゥム意識は、逆に過去に執着する鬱病者の意識である。考え方が変われば、何年も続けてきたことでも一瞬で見限れ る性質の私には、理解しがたい病だ。コレクターの収集癖は、過去の自 分を否定できないからやめられない悪循環だとかねがね思っている。
 欧米諸語には過去と現在をつなぐ完了形という時制があるが、鬱病の 原因となった厳格な社会制度を最も早く確立した地域としてつじつまが 合う話である。次章にもあるように、アフリカ原住民には元来鬱病がなかったが、都会化にしたがって鬱病が増加したという。
 いずれにせよ、健常者が健常者でいられるのは、分裂病と鬱病の間で奇跡的に留まっているからに過ぎない。『異常の構造』で著者が示した見解と同様 である。

 3 祝祭の精神病理
  第三の非日常性
  睡眠てんかんと覚醒てんかん
  永遠の現在
  躁病と祝祭
  イントラ・フェストゥム的狂気
  祝祭的自己の現在性
  原始社会の時間と狂気

 これは前の2つとは別次元の様相を示す。イントラ・フェストゥムは、という瞬間に永遠を求める躁病て んかん者の意識である。発作をオナニーのように自己制御して楽しむてんかん患者や、ドストエフスキーの作品に見られる著者自身のてんかん体 験が興味深い。

第三部 時間と自己−結びにかえて
あとがき

 カントハイデガーデリダは、みんな分裂病者の時間を考察しているとする。時間とは何か?とはそれ 自体不可能な問いであり、自己の病理は時間の病理である。


 私自身にあてはめるとどうなるかというと、分裂病寄り(ほぼ同じ環境で育った弟がそうなった)だが鬱病は理解不能とすでに書いた。てんかんではないが、 頸動脈を押さえて気絶させられるのは気持ちよかった(汗。お祭り騒ぎが好きだったのは若い頃だけで、小説以上に奇な日常を生きている私には不要といったと ころである。
 著者は、健康人のもとにも訪れる非理性の例として、愛の恍惚、死との直面、自然との一体感、宗教や芸術の世界における超越性の体験等を挙げている。私は 芸術体験でほとんど間に合っているので、自然との一体感は未だに無縁だ。カルト宗教等でだまされる人は、これらがいずれも欠如しているのだろう。


 読書の蓄積もまだまだ足りないとはいえ、翻訳以外にいずれ自分で執筆することも見据えると、いいかげん読むジャンルを絞っていかねばならない。理科系 ジャンルはあくまで参考程度にして、哲学や精神分析関連、特にみすず書房の書籍を今後買いあさることになりそうだ。

 本ブログは今年転機を迎えたものの、なかなか「チェスがメイン」から脱却できませんでした(まだタイトルに付いてるし(汗。来年は、1行の記事でもいい からもっと気楽に書ければいいなあ。
 では、新年が皆様にとって良い年でありますように〜。

時間と自己 (中公新書 (674))
木村 敏

時間と自己 (中公新書 (674))
中央公論新社 1982-01
売り上げランキング : 24723

おすすめ平均 star
star苦手な距離感
starメタ思想本
star「存在と時間(ハイデッカー)」に続く、木村氏による「時間と自己」。「時間と自己」に迫る思考力、筆力 が凄い。

Amazonで詳しく見る

異常の構造 (講談社現代新書 331) あいだ (ちくま学芸文庫) 心の病理を考える (岩波新書) 自己・あいだ・時間―現象学的精神病理学 (ちくま学芸文庫) 自覚の精神病理 新装版―自分ということ
posted by 水野優 at 15:53| Comment(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。