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2005年08月02日

ジャック・ピノー『クレイジー・チェス』書評

 チェスの伝道師ピノーさん(日本人の伝道師は小笠さんらしい)は、『ダイナミックチェス入門』という名著で特に知られている。これほどチェスとその歴史を愛した元日本チャンピオンをJCAは除名にした。
 
 しかし、内容については例によって辛口でいく。まず、「私は(が)」が多い。多すぎる。翻訳の基本的技術では初心者レベルだ。自分の話ばかり続くのなら逆に主語は省けるはずである。これでは著者が自己中に見えてしまう。
 著者のフランス語を日本語に訳したのは、あとがきによると知人の新谷優さんとなっている。訳は日本人の奥さんが担当と聞いていたが、最終的なニュアンスの修正だけらしい。しかし、お二人はあくまで協力者だろうし、チェスに詳しくない点は仕方ない。
 
 まえがき  序章 チェスと私
 第1章 基本からゲームまで
  1 招待客  2 基本からゲームまで
 第2章 ブリッカブラック・チェス スタイルの玉手箱
  1 ナイト・パラダイス
  2 ビショップ・ペア
  3 キャスリングをするべきか否か……それが問題だ
 ウイーン・オープニング−あとがきにかえて
 
 第1章は、著者がチェスを始めるきっかけから始まり、「招待客」ではチェスのルーツから各国のボードゲームに松田道弘さんのように触れ、「基本からゲームまで」でやっと駒の動かし方に入る。チェスを覚えようとする読者にはまどろこしいかもしれない。
 ルールと記譜法の説明が後回しなせいで、その前に少し出てくる手筋や実戦譜が、結果的に分かりにくくなっているのは残念だ。第1章では、第2章のように実戦譜の本譜が変化手順と区別できるように太字になっていないのも見にくい。
 
 洋書と同じような大袈裟な表現も多いのだが、直訳調の文体ゆえとも考えられる。私がリライトするだけでもかなり変わるだろう。ただし、著者が女主人とチェスを指したり、昔のヨーロッパへさかのぼったりする文章上の演出は別の問題だ。
 私はフランス語は分からないが、内容につっかかって立ち止まっても、たいてい「原文」の言いたいことは想像できるから、誤訳か誤植かとかは判断できる。しかし、チェス用語にも不慣れな初心者が読んだらどうなるだろう。
 
 致命的と思ったものを挙げておく。p.33「駒得したいなら、駒をできる限り交換しなさい」は、「駒得したなら〜」の間違いだろう。これを初心者が鵜呑みにするとちょっと困る。
 p.50「ナイトが斜め前のマスに行くには最低何手必要でしょうか?(中略)最低でも4手必要です」斜め前のマスなら2手で行けるから、これは斜めに2つ目のマスのことだろう。
 
 キャスリングのルール説明の最後に、クイーン側キャスリングできるかどうかを審判に聞いたコルチノイの話が出て来た。Kittiさんが何かで読んだとコメントされてた話はこれだろう。
 最初の実戦譜は、パリのオペラ座でモーフィーが二人の貴族相手に快勝したあの有名なゲームである。このときゲームをしながら見ていたオペラはモーツァルトの「フィガロの結婚」だったと書いてある。
 
 些末なことだが、Znosko-Borovskyは"How Not to Play Chess"でこのときのオペラは「ノルマ」(ベルリーニ)としており、モーフィーのゲーム集を書いているSergeantは「セビリアの理髪師」(ロッシーニ)としている。フィガロは物語としてはセビリアの続編に当たるが、いったいどれが真実だろう。
 
 間違い探しはまだ続く。p.90ではReuben Fine(1888-1942)となっているが、これがほんとうなら私は十年留保に頼らずとも彼の著作を翻訳出版できるからひじょうにありがたい(笑。これはカパブランカの生没年だ。
 しかし、Chessvilleにある著作権切れの文献にはカパブランカの"Chess Fundamentals"はない。権利が更新されているのだろうか。Ed. Laskerの"Modern Chess Strategy"しかないのでは話にならないが、まずはこれを訳すべきという気もする。実はこれも持っていたのに手放してしまった(汗。
 
 p.149「致命的な正方形」。これは明らかに「致命的なマス」の間違い。しかし、フランス語のcarreもsquareと同じく「正方形」と「マス」の両方を意味することが分かった。他には、アルビン・カウンター・ギャンビットのはめ手筋に2回言及する無駄があった。
 あとがきにかえてのビエナ(フランス人でなくてもこの英語読みはいやん)・ゲーム集では、私も大好きな1900年頃のウイーンを舞台に話が進む。惜しむらくは、3つに枝分かれする5手目からの棋譜が全部1つずれて6手目〜になっている。
 プレーヤー名は、フランス語っぽくなっているのもあるのだろうが、仮名で書いてあるのを見たことがない名前が多いので、むしろ参考になった。p.118「湯川さんは『ビショップ・ペア』というタイトルを付けることをOKしてくれるでしょうか」は、内輪ネタとして笑わせてもらった。
 
 問題は、これが『ダイナミックチェス入門』という一般向けに徹した内容から一転して、次は好きなことを存分に書こうという著者の個人的な欲求から発していることだろう。といっても、内容は決して独りよがりのものではない。
 ルールや歴史から始まって濃い内容のミニチュアゲームが続くこの構成は、理論的には初心者でも読み通すことはできるが、基本的な戦略や戦術を知らずしてはその半分も理解できない。そのへんを扱った本を先に読んでおくべきだ。
 
 というわけで、チェスを愛する皆さんにお薦めできる本です(説得力ないなあ)。次にピノーさんに会ったら何て言おうかしら(汗。
クレイジー・チェス
4309263631ジャック ピノー

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posted by 水野優 at 00:01| Comment(6) | TrackBack(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
加藤です。クレイジーチェスは一般の書店においてあるのを見たことがありません。よって私は読んでません。昔は買いたかったけど、今は他に読む洋書がいろいろ買えるんで後回しに。今度アマゾンで買って読みましょうか。
Posted by kathmanz at 2005年08月03日 19:26
 私もそういえば書店で見たことないですわ。購入はぜひ↑のリンクからお願いします(汗。
Posted by 水野優 at 2005年08月03日 19:44
ごぶさたしてます。確かに件のエピソードはこの本で読んだものでした。といっても立ち読みですがw)。近所のショッピングモールの中の書店には置いてありました。
Posted by Kitti at 2005年08月04日 09:53
 それはさすがに日本の書店なんでしょうね(笑。お名前の綴りをサンリオのキティ(?)にしてしまったので直しておきます。失礼しました。
Posted by 水野優 at 2005年08月04日 11:53
 ちょっと気になったのでコメントさせていただきます。

 ダイナミックチェス入門が絶版とありますが、アマゾンでも売っていますし書店でも見かけることがあります。

 以前の版か何かが絶版になったということでしょうか?
Posted by enju at 2005年08月09日 12:57
 ここではお初です>enjuさん
 たしかにamazon他ネット書店にありますねえ。伝え聞いた情報を元に書いてしまいました(汗。修正します。ご指摘ありがとうございました。
 昨日「どくぜんてきブログ」を見てenjuさんもG-Tools使われてたのにやっと気付いたところです(笑。
Posted by 水野優 at 2005年08月09日 13:39
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