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2007年08月01日

Vukovic『チェスの攻撃技術』序論

 戦闘(action)は、チェスを競技たらしめている根拠であり、狙い(threat)−広い意味での攻撃−を擁する戦闘は、ゲームの最も際立った特徴を成している。

 棋士の想像力や注意力、集中力や意志力、巧妙さや狡猾さ等、盤上でせめぎ合う様々な主観的要素は、理論的考察に抵抗し、遵法者(observer)によっても計測できない。あらゆるゲームでそれらを即座に知覚することは、それがいかに重要とはいえ、主観的要素と理論的考察の葛藤や関連を知覚することになる。これら戦闘の最終目的は、原則的に、相手のキングをメイトすることなので、この目的を伴う戦闘は、直接的にせよ間接的にせよ、攻撃(狭義のattack)またはメイトを狙う攻撃(mating attack)と呼ばれる。これが本書の主題である。

 チェスにおける最も重要な戦闘、古代にはゲームの中心要素として、攻撃は、ゲームのあらゆる展開局面で現れ、様々な形で認知されてきた。さらに、チェスのルールは常に攻撃機会を増大促進する方向へ変革されてきたと言える。

 現代ヨーロッパのチェスを生み出した1485年頃の大変革は、新たな攻撃機会の地平を開き、チェス技術の豊かな進歩期間を先導した点で特に重要である。名人の実戦において攻撃が防御を優越したチェス史上の3世紀の間は、熟達は攻撃技術の習得を意味した。フィリドールの陣形的な(positional)考え方によって初めて、防御プランが成熟し始め、1世紀後に、天才立法者(legislator)シュタイニッツによって見出されることとなる。

 モーフィーからシュタイニッツ、ラスカーへと至るチェスの古典期には、攻撃の重要性が徐々に低下した。陣形的理解を深めることが、防御技術を完璧にできる根拠にもなったからである。しかし、続く新時代には、カパブランカやとりわけアリョーヒンによって攻撃技術も同様に磨かれた。中でも、正確な作戦に基づくキャスリングした陣形に対する攻撃技術である。アリョーヒンの攻撃的かつダイナミックな棋風は頂点を極めた。この時期が引き続き今日まで至っているが、再び直接的な攻撃のリスクを徐々に避けて、新たな方法が模索される傾向にある。この主な理由は、いかなる弱点もない攻撃的な棋風というものが見あたらない からだが、単に、今日の大会状況では定跡を研究する方が得策かつ有利だからでもある。今日の定跡はまだひじょうに未熟で、センターのマスに関するニムツォヴィッチの考え方をきめ細かく発展させたものだということは、肝に銘じておかねばならない。未だに埋めるべき隙間がたくさんあり、新手を生み出す可能性に満ちている。したがって、強いマスターたちは、定跡を勤勉に自己研鑽して現代的な「安全第一」の棋風へと向かう傾向がある。この新定跡の泉が枯れ始めるときに、攻撃の問題が再浮上するだろう。それは、アリョーヒンが組み立てた攻撃の原則が完全に理解されたときや、天才のひらめきを呈したアリョーヒンの攻撃 技術がすべてもっと身近なものになったときかもしれない。これらは、本書の最後で議論すべき問題だろう。ここでは、チェス棋士にはひじょうに様々なタイプ、初心者ではないが、かといってマスターでもなく、ポイント稼ぎ屋(point-hunters)でもなく、ゲームから美的満足感を得ることを第一目的とする者までいることを指摘するにとどめておこう。そういう棋士にとっては、攻撃的ゲームは陣形技術的ゲームより魅力的だし、リスクを気にせず攻撃を続けられる。彼らのゲームは、定跡書で注釈を付けられたりしないからである。ならば、そういう棋士が攻撃の一般原則を熟知しないでいるべき理由はないだろう?  自らが最も心得た攻撃的棋風を極めない理由はないだろう?


 結局ブコビッチ(ほんとはヴコヴィッチなんだろうけど、この頃妥協気味)の『チェスの攻撃技術』を始めることにした。私の持ってるパーガモン版(英米式)は422ページだけど、字は大きいから3年で何とか終わらないかな…。
 各章の典型例を駆け抜ける序論は、序文と違って飛ばせない。第2段落は大したことは言ってないけど、メタフォリックなobserverをそのまま生かしたから分かりにくくなってしまった(汗。理論を遵守する棋士という感じだろうか。

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Vladimir Vukovic
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posted by 水野優 at 16:12| Comment(4) | Vukovic『チェスの攻撃技術』戦術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いよいよ始まりましたね。
この本は持ってはいますけれど途中で放ったらかしになっているので、この連載で勉強させてもらおうと思っています。
Posted by kshara at 2007年08月01日 20:17
 早速へぼ訳で始まってしまったので、原文と付き合わせておかしいところを指摘していただければと(汗。
 こういう形だから仕方ないですが、序文は最後に訳したいものですね。
Posted by 水野優 at 2007年08月02日 15:30
現行版だと、

To the outside observer, a chess game is dominated by the conflict between the two players. The ultimate aim of each player is , as a rule, the mating of the opponent's king...

となっていて、これだと「外部の観察者(observer)にとっては」と訳すのが妥当かと思われます。旧版から一部文章が落ちているのか、英訳し直しなのか、よく分かりませんですが。
Posted by kanedaitsuki at 2007年08月04日 18:05
 どもです。私のパーガモン版'91('65原典と同じ)は:
The players' imagination and caution, concentration and will-power, skill and cunning, all subjective factors in the struggle taking place on the chess-board, resist theoretical treatment and cannot be assessed by the observer, whose immediate perception in any game, whatever its importance, is that of the conflict and involvement of two actions.

 おそらく新英訳なのでしょうが、actionがplayerに意訳されたりで新訳の方がすっきりしてそうです。observerは第三者くらいの意味のようですね。原文がクロアチア語ならお手上げですが。
Posted by 水野優 at 2007年08月05日 12:04
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