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2007年07月21日

木田元『ハイデガーの思想』書評

 木田元の『ハイデガーの思想』(240ページ、'93年2月、岩波新書(新赤版)268)を読んだ。20世紀最大の哲学者ハイデガーについては、なぜか学生の頃から手つかずで、『存在と時間』の新訳は読みやすいと聞きながらも本書を借りてきてしまった(汗。
 本書は、長命で時期によって立場も変化したハイデガーの主に前期の『存在と時間』にこだわり、ハイデガーの情報より問題意識に重点を置く。ナチス協力問題については、著者もかばう気がないと明言し、表裏 のあるしたたかさを指摘する。


目次
序章 一つの肖像
 一 二人のユダヤ人
 二 「ハイデガー論争」
 三 私のハイデガー体験

 『存在と時間』は一種の文化革命を想定して書かれ、それがナチス党 員になる原因だったと推測する。著者十代、ドイツ語を習いたての頃か ら『存在と時間』の原書に取り組む苦労話がおもしろい。

第一章 思想の形成
 一 フライブルク修業時代
 二 マールブルク時代
 三 神学と哲学のはざまで

 同い年のヴィトゲンシュタインと比べると貧乏な家庭に生まれた。神学から哲学史研究へ進んだので、数学出身の師匠フッサールとの決別は、ハイデガーが師匠の現象学を拡張したこととともに時間の問題だった。

第二章 『存在と時間』
 一 壮大な断片
 二 『存在と時間』の構成
 三 『存在と時間』成立の事情−『ナトルプ報告』と『存在と時間』−

 未完に終わったが、第一次大戦後の絶望的社会背景が大きく影響している。当初は「実存哲学」の原典として受け取られたが、ハイデガーの意図は「存在一般の意味の究明」。

第三章 存在への問い
 一 「存在とは何か」
 二 存在了解
 三 時間と存在
 四 現象学と存在論

 環境に縛られた動物と違い、人間が環境から少し身を引き、シンボル体系として世界を構築する。やや著者の主観的解釈入りだが、当時の生物学からの知識も援用されているのが興味深い。

第四章 ハイデガーの哲学史観
 一 哲学史家としてのハイデガー
 二 伝統的存在論の解体
 三 『現象学の根本問題』
 四 カントの存在概念
 五 本質存在と事実存在
 六 〈存在=被制作性〉という存在概念
 七 ハイデガーとニーチェ

 哲学史家であることを強調。存在=現前性=被制作性。ギリシャ哲学:形が構造を基礎付ける。

第五章 『存在と時間』の挫折
 一 『存在と時間』第一部の構想
 二 文化の展開の企てとその挫折

 『存在と時間』の端的なまとめ。己の時間化には、本来性(死の覚悟)、非本来性(不定の可能性)。ニーチェ→行き詰まった人間中心主義から本来性へ立ち返らせる試み→ナチス? 存在了解→存在の生起、前後期で思索が転回。

第六章 形而上学の克服
 一 〈哲学〉とそれに先立つ〈もっと偉大な思索〉
 二 〈ピュシス〉についての思索
 三 形而上学の成立
 四 プラトンとアリストテレス
 五 ニーチェによる形而上学克服の試み

 「自然(ピュシス)←→イデア(→神→理性)」「質料(ヒュレー)←→形相(エイドス)」「事実存在(エクシステンティア)←→本質存在(エッセンティア)」の分化が形而上学成立の準備となった。日本語の「存在」には、この乖離がないのが興味深い。

第七章 ハイデガーとナチズム

 無自覚な行動、無神経な発言、言い訳。ナチス党員としては主流派でなかった。「解体」の後を継いだデリダは擁護している。

第八章 後期の思索−言語論と芸術論−
 一 『ヒューマニズム書簡』−後期の言語論−
 二 詩人たち
 三 「芸術作品の起源」

 まず存在があり、言葉になり、詩人が守護する。の解釈でも高い評価。芸術作品に一つの世界を開く存在論的機能を認める。詩人や芸術家だけに「あの原書の存在」を期待する。

終章 描き残したこと
 一 哲学の運命
 二 晩年

 自己を思想内に置くことで挫折せざるをえない哲学。後年の「技術と芸術の関係論」が興味深い。ハイデガーの思想は、現代を読むための壮大な思考実験

ハイデガー略年譜
あとがき

 参考文献で特に気になったものは:
ユクスキュル、日高訳『動物から見た世界』
メルロ=ポンティ、滝浦他訳『行動の構造』
デリダ、港訳『精神について−ハイデガーと問い−』


 「〈存在〉」のように哲学用語は括弧で区別し、ギリシャ語やラテン語のルビも多く、高度な内容が理解しやすく書かれている。『存在と時間』の新訳はぜひとも「買って」読もうと思わされた(汗。
 前後の時代が彼を通ってしか越えられない点では、音楽のおけるバッハのような存在だろうか。それぞれ形而上学、バロック音楽を集大成した点での偉業は申し分ないが、相対的にどこまでが独自の業績(創作)かが分かりにくい点で も似ている気がする。

 それにしても、『存在と時間』については、私は「死は常にそこにある」 という当時の社会背景から解釈した実存哲学的書物と「思わされて」きた。本書では、己の時間化の本来性という表現がこれに該当するが、実存哲学を期待する向きには本書は全くそぐわない。
 「存在」は哲学最大の問いである。ライプニッツの「なぜ何もないのではなく、何かが存在するのか」を自問するたびに私は途方に暮れる。いや、もうこれ自体が一種の快感にすらなっている(笑。

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posted by 水野優 at 16:03| Comment(3) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何だかわかりにくいが誤解を防ぐ手段なのですね(+_+) >「(存在)」
Posted by Rina Katase at 2007年07月21日 19:39
「ちくま学芸文庫版」は素晴らしい訳で、私も愛用してます。同文庫のマイケル・ゲルヴェン「『存在と時間』註解」も、手ごろな副読本でおすすめです。
が、
「世界の名著」訳が一番読みやすいですよ(註が見開き最後に載っていて内容的量的にも適度。このシリーズは全般的にいいです)。ただ、現在は絶版になっており、新しく中公クラシックスとして出てますが、バカ高くなっています。「世界の名著」は古本屋によく出回っているのでそこでゲットしてみてはいかがでしょう。
Posted by kanedaitsuki at 2007年07月22日 09:13
Rinaちゃ:
 目次に添えたメモの羅列は、しばらく見ないと自分でも分からなくなる板書の丸写しのようになっています(汗。

金田さん:
 毎度ご助言ありがとうございます。「世界の名著」はショーペンハウアーで探しても行き当たったのですが、読みたいものがたくさんありそうです。ブックオフ以外に神保町にも一度行かねば。地の利を生かせてません。
Posted by 水野優 at 2007年07月22日 15:06
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