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2007年06月03日

鈴木康央『北の人 グレン・グールド』書評

 鈴木康央の『北の人 グレン・グールド』(96ページ、'99年、鳥影社)を読んだ。最近は自然科学書が続き、特に音楽関係をご無沙汰していたが、グールドとマーラー関連は読破しておきたいと思っている。チェスがなければ彼らのHPを作っていたに違いない。
 クラシック音楽で出版すれば必ずそこそこ売れるグールド本だが、翻訳物でないのは珍しい部類に入り、めぼしいものはかつて書評した横田庄一郎本くらいである。本書にはそれほどの期待もせず、薄いから軽く読めると借りてきたが、これがなかなか良かった。


目次
まえがき

第1部 グレン・グールド考
第I章 グレン・グールドという人
 奇行の数々や衝撃のライブ引退等、主な経歴に触れるが、これだけではグールド入門にはちと不十分だろう。著者は「あとがき」でも、本書によってグールドを知って癒される人が増えることを望んでいるが、そういう人が次章以下を読んで理解できるとは思えない。

第II章 絵画的演奏
 グールドの(特にノンレガートの明確な)演奏は点描画にたとえられることが多いが、(著者がたしなむ)水墨画にふさわしいという。たしかにグールド自身も白と黒の間の微妙なグレー階調が好みという点でもうなずける。
 そもそも猫が鍵盤を歩いても同じ音が出るピアノで様々な音色を出したいならそういう電子ピアノでも弾くべきだ。かつて七色の音色と言われたミケランジェリにしても、調律の占めるウェイトがひじょうに高かったのだと思う。グールドがロマン派の作品をあまり引かなかったことも、「グレー」に聞こえる理由の一つだろうが。

第III章 事実と真実
 楽譜(事実)とグールドの演奏(真実)の対比と言えば、音楽ファンにはそれ以上の説明は不用だろう。

第IV章 グールドと三島由紀夫
 三島のロールシャッハテストの記録から、意外にも二人には共通性が多いと解く。トーマス・マン愛読、人間関係嫌い、皮肉やおふざけ好き等。

第V章 グールドとベートーヴェン
 けなしながらもグールドが実はベートーヴェン好きという主張には大いに共感できる。グールドが、自らの「知」に収まりきらないベートーヴェンのデモーニッシュな「情」の魅惑に気付いたからこそ、三大ソナタをあれほどへんてこりんに弾いたのだろし、「田園」ソナタのように強弱の激しいグールドは他にない。

第VI章 ワワ
 ワワとは、グールドが特に後年に愛したスペリオル湖近くの小さな町である。著者は、そんなトロントから900キロも北上した酷寒の地へ向かった。その目的は、グールドがかつて滞在した痕跡探しから、グールドの「北の理念」の追体験へと浄化されていく。

第2部 グレン・グールドVS三島由紀夫
 「まえがき」で本書はグールドと三島を通しての自分探しと述べているが、ここで二人を黄泉の世界で架空対談させている。いろいろなテーマについて音楽と小説でそれぞれの立場の違いが語られていく。
 グールドの発言が生前の記録に忠実なので、(私は三島のことはあまり知らないが)三島についてもそうなのだろう。二人が20世紀末を憂う発言、携帯電話のマナー等の卑近な話題にまで触れるのは笑える。
 三島から今後の音楽界予想を聞かれ、グールドが「コンサート消滅予想」が外れた弁明までするのは芸が細かい(笑。最後は「結局テクノロジー?」で締めくくるが、テクノロジーだけで他人とつながって隠遁できる現代にグールドが存命していないことが改めて悔やまれる。

あとがき
参考文献
ディスコグラフィー&アーカイブ・コレクション一覧


 著者は様々な仕事の経歴を持つようだが、専門はユング心理学で、この二人には「共時性」を感じるらしい。自費出版にも思える出版はそのへんのコネだろう。これで私が三島作品を読むかどうかとなると、それはまた別の話(笑。

北の人グレン・グールド
鈴木 康央
北の人グレン・グールド
鳥影社 1999-06
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posted by 水野優 at 12:30| Comment(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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