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2005年06月14日

横田庄一郎編『漱石とグールド 8人の「草枕』協奏曲』書評

 またお気に入りの横田さん本。この企画の元となった『「草枕」変奏曲−夏目漱石とグレン・グールド』は以前読んだ。それに触発された各界8名の寄稿を横田が編集している。
 最初にずばり斬ってしまうと、この本まで読む必要はなかったかもしれない。よかったのは、横田が全体を総括する序文と、ターニー、グエン、石田、樋口の4人くらいなのだ。
 
 グールドが愛読し、臨終時に聖書と共に枕元にあった『草枕』を英訳したアラン・ターニーは、短い文章だが、自らの英訳を通して漱石の「非人情」や「則天去私」に触れている。彼と生前のグールドが会っていたらおもしろかったろうに。
 サダコ・グエンは、二人の関係を「北のピアニストと南画の小説家」とし、寄稿者の中ではグールド側に属しながらも自らがたまたま漱石が大好きということで、ひじょうに両者のバランスが取れた内容になっている。
 
 ジョーン・ヘブは、グエンの友人で、グールド所有の『草枕』がパリで紛失(盗難)する前にその書き込みをメモった功績は大きいが、主張は日記風に散漫で、グエンの和訳も今ひとつ冴えない。
 音楽評論家、石田一志は、作曲家グールドの時代錯誤な面まで取り上げ、本書では音楽的に最も難解な内容になっている。それでいて漱石側の掘り下げも深い。
 
 同じ音楽評論でも相澤昭八郎は、グールドファンなら誰でも知ってるような話でお茶を濁している。ごく一般的な読者には石田より読みやすいからこれは両方あって正解なのだろうが。
 神経内科医の河村満は、脳内機構から非人情を理解しようという企てだが、まず脳の説明に多くのページを割いたわりには大した効果をあげていない。
 
 NHKアナウンサー長谷川勝彦も、同じく自らの経験から朗読の難しさを説くが、これも前振りが長すぎる。それでもグールドがカナダラジオ局で行った『草枕』朗読(これがグールドと漱石を結ぶ唯一の資料と言ってもいい)批評は鋭い。惜しむらくは文章が読みにくい。
 最後は文芸評論家、樋口覚。当然ながら漱石に関しての深い記述でいろいろ興味深いことを知らされた。おそらくこれを加筆した『グレン・グールドを聴く夏目漱石』も発売されているので読まねば。
 
 グールドがこの『草枕』とともに愛読したトーマス・マンの『魔の山』も芸術家の生きる苦悩を扱った内容だし、私もこの手の内容には共感するのだがなかなか読めないうちに歳を取ってしまった。
 そういえば阪大の独文学特殊講義でマンの『ブッデンブローク家の人びと』を無謀にも原書講読したことがある。もっとも課題はなく、先生の解説を寝ぼけ眼で聞いていただけで、残念ながらその原書はもう手元にない。
 プルーストの大著『失われた時を求めて』などは抄訳が出ているのに手が出せない。フィクションを読むには相当な大義名分が必要になりそうだ。
 
 樋口は、グールドに関連してベンヤミンにも触れていて『複製技術時代の芸術』はもちろん『翻訳者としての使命』も音楽解釈になぞらえている。後者は翻訳の課題として訳したことがあるのだが、ちくま学芸文庫の訳はひどくて参考にもならなかった。
 樋口はT.S.エリオットの『荒地』にも触れているが、これも英文学特殊講義の思い出がある。幸いこれは原書があるし、この第2章A Game of Chessは、何かのおりにネタにしたい。
 
 今回は文学ネタの方が多かったから文学カテゴリーに入れておこう。 
posted by 水野優 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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