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2007年05月10日

ファイン『チェス棋士の心理学』3 世界チャンピオン カパブランカその2

 カパブランカは、チェス以外のゲームや競技にもひじょうに通じていた。ブリッジの達人で、テニスにも堪能、コロンビア大学では野球チームの選手だった。何事においても勝つことが、明らかに人生の目的となっていたのである。精神分析用語では、彼は男根自己愛(phallic-narcissistic)人格に分類される。そういう男性によく見られるように、性生活の目的は無意識のうちに征服欲となり、ドン・ファンその人かと思わせるようになる。カパブランカは、肉体関係を持った時点でその女性には興味がなくなったのである。

 男性に対しては、傲慢無礼に振る舞った。この場合でも自己愛が顕著である。敗者としては哀れで悪名高かった。1913年にハバナでマーシャルに負けたときは、市長に観衆をすべて部屋の外へ出させてから投了した。

 世界チャンピオンになってからカパブランカがチェスに飽き足らなくなるまでには、あまり時間はかからないことが判明した。彼は、もう現行のチェスは指し尽くしたから、盤を拡張して新しい駒を付け加えようと提案する。彼は決して研究せず、決して非公式対局をせず、大会以外の場所では実際ほとんどチェスをしなかった。チェスをすでに征服したという幻想を抱いたために、チェスにこれ以上悩まされることが無意味になったのである。

 この幻想から無敵神話が生まれた。『私のチェス経歴(My Chess Career)』では、以下のように書いている(7)。

 一ゲームも負けないと思う境地にほぼ達したことが、生涯に何度かあった。そして敗れ ると、敗局が私を夢の国から地上へと引き戻す。

 決して打ちのめされることがない夢の国はなじみ深いもので、それは母親への回帰である。カパブランカは、口唇に関する執着が強かった。とりわけ料理を好み、行きつけの数軒のレストランに自分専用のメニューを用意させていたと聞かされても、意外ではない。絶え間ない不安と熱狂がおそらく高血圧の原因であ り、これは、幼児期に憧れの母親を発見できずに口唇期で固着(fixation: 精神が未発達の段階に留まること)した男性によく見られる症状でもある。

 チェスがカパブランカの人生で果たした役割は極めて明らかである。彼は勝とうと躍起になり、天性の才能によって勝つことができた。父親(ラスカー)を倒すことに成功してしまうと関心を失った。これは、自分が全能だという幼稚な空想を実現させようとしていたことを意味する。

 この幼稚な全能への退行は、ときおりゲームを台無しにした、素人でも防げるとてつもない悪手(例えば、1914年セントペテルスブルクでのタラッシュ戦、1927年のアリョーヒンと最初のマッチ、1929年カールズバッドでのヨーナー(Johner)戦)を説明することもできる。そのときどきで、彼は白昼夢にふけり(「一ゲームも負けないと思う境地にほぼ達した」)、単に現実の局面と距離を置いていたに違いない。

 カパブランカの棋風は、実利主義(materialistic)と言い表すのが最適である。1ポーン得か陣形的な優位を勝ち取ると、後は完璧なテクニックでそれを勝利に導く。12歳のときのコルゾ戦のような若い頃のゲームでも、このやり方に従っている。彼は、若い棋士のほとんどが経験する「いかなる犠牲もいとわないロマンチックな攻撃」時代を経なかったと思われる。

 実利主義の棋風は、男根自己愛傾向の流れを直接くむものである。何かに勝てばご褒美がもらえる。カパブランカは盤面の理解がずば抜けて早く、特に若い頃は同時代の棋士の誰よりも早指しだった。いったん優位に立ってしまえばもう考える必要がなく、歓楽の国へ隠遁できたのである。


 カパの棋風を表すmaterialisticの適訳が難しい。英語は物質主義から功利主義まで幅広いから便利だが、positional advantageまで含んでいるので日本語だと「駒得主義」ともできない。やや抽象的ながら「実利主義」としたが、ニュアンスとしては「反投機主義」かも(笑。
 次回からアリョーヒン。
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この記事へのコメント
こう読んでくると、やっぱラスカーを理解するのが一番むずかしそうですね。
原文を知らないのですが、「1927年のアリョーヒンと最初のマッチ」は「マッチの第一局」と解釈できる可能性は無いですか?
Posted by maro_chronicon at 2007年05月10日 21:44
 まだ3人残っているので結論はお待ち下さい(笑。
 原文は、Alekhine, first match game, 1927とそっけないものです。私は把握してないのですが、maroさんがそう聞かれるということは、この大ポカは第1局にあるんですね。
Posted by 水野優 at 2007年05月11日 17:45
二人のマッチは一回しか無かった点が気に掛かりました
第一局はアリョーヒンの妙手16...Nxc2から17...Qxf4を見落として負けています。ただし、「素人でも防げるとてつもない悪手」とはとても言えません。カパらしからぬポカであるのは確かですけど。
Posted by maro at 2007年05月11日 22:06
 なるほどカパの前半でもアリョーヒンが再戦を避けたことに触れながら、唯一のマッチだったことを忘れてました(汗。
 確認しましたが、たしかに初歩的なポカではありませんね。むしろアリョーヒンに、クイーン取られを見落として、相手も取らなかったゲームがあったような(笑。
 とりあえず、secondはないけどfirst matchとしておきましょう。
Posted by 水野優 at 2007年05月12日 15:54
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