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2007年05月06日

ラッセル著/高村訳『哲学入門』書評

 バートランド・ラッセル(1872-1970)著、高村夏輝訳『哲学入門(The Problems of Philosophy)』(284ページ、'05年3月、ちくま学芸文庫)である。原著が1912年初出の著作権切れだから訳したいと思った直後にこの読みやすいと評判の新訳を知った次第で、意地を張らずに読んでみた(笑。
 旧訳のひどさは知らないが、本訳はたしかにすばらしい。原文がウェブ上にあるから、久し振りに原文、本訳、私訳の一部を並べてみたかったが、ほとんどそんな必要もない。これを読んでもちんぷんかんぷんなら、精読できていないか科学哲学的思考に不向きと断言していい。


目次
前書き

第1章 現象と実在
 画家(どのように見えるか)と哲学者(どのようであるか)の区別。我々は見え方から実在の形を推論してしまう。説明こそ違えど、歴史的に「実在」が認められてきたと説く。

第2章 物質は存在するか
 デカルト以後を回顧し、存在すると考えるのは本能的であり、その方が事実を説明しやすいと説く。本能的信念が調和階層体系を成すように整理することが、哲学にできるつつましい役割。

第3章 物質の本性
 物理学空間との照応。時間に関して両者の違いは顕著。物質は心的→観念論

第4章 観念論
 意外にも主流だった観念論。バークリの「実在は神の心の中の観念」を反ばくする(物をとらえる働きと対象を区別する)。存在に面識すれば存在を確認できるが、その逆は成立しない。

第5章 面識による知識と記述による知識
 面識を基礎にした記述による知識。動物は面識する自己を意識できない。理解可能なすべての命題は、面識対象のみを要素とする=根本的原理。

第6章 帰納について
 太陽が明日も昇ることは帰納することしかできない=蓋然性←→確実性。帰納の蓋然性は、経験によって証明も反証もできない。

第7章 一般性原理の知識について
 帰納より確からしい。経験論vs合理論。アプリオリ。倫理学。演繹と帰納の比較。

第8章 アプリオリな知識はいかにして可能か
 ヒュームが純粋的アプリオリを総合的としたのに応え、カントの批判哲学は合理論と経験論を和解させるが、アプリオリの命題が成立する範囲を不当に制限した。

第9章 普遍の世界
 プラトンのイデア論。関係性を持つ普遍の問題。普遍は思考の対象となるが、思考そのものではない。普遍は有り(being)、存在 (existence)とは別の世界。

第10章 普遍に関する私たちの知識
 普遍が有る証明。これまでをまとめると、真理の知識はどれも直観的知識に依存する。

第11章 直観的知識について
 記憶を例に取り、自明性に度合いがあることを示す。

第12章 真と偽
 真と偽は何を意味するか。真理は整合性から導けず、真理の本性は事実との対応からなるこを示す。信念は、存在するためには心に依存し、真であるためには心に依存しない。

第13章 知識、誤謬、蓋然的な見解
 どうすれば真偽を知ることができるか。絶対的/部分的保証の真理。蓋然的な見解は組織的にするだけでは確実性を得ないが、斉合性が助けになる。

第14章 哲学的知識の限界
 形而上学(ヘーゲル)批判。本質的に「哲学=科学」だが、哲学は批判的。懐疑論は何も成さない。誤謬の可能性を減らせばよい。

第15章 哲学の価値
 心の栄養。善のため。諸科学のため。偏見から逃れるため。哲学的観想←→自己顕示欲の哲学。問いそのものが哲学を学ぶ目的。

ドイツ語版への序文
参考文献(プラトン〜カント)
訳注

解説 ジョン・スコルプスキ(入門書にこれ以上を求めるのはないものねだり)
訳者解説 高村夏輝
索引


 「ドイツ語版への序文」で著者も触れているが、本書の初出以後はゲーデルの不確実性理論や相対性理論等のパラダイム革命が続いた。そのための改訂はなされていないが、時空の無限分割や普遍等に関する議論は、現代の感覚からするとラッセルに分が悪い。
 訳注も多く、「訳者解説」では、ラッセル=経験論者の誤解を解いている。翻訳チェックを野矢茂樹にしてもらったらしく、どうりで読みやすさに納得した。明解な文体で古くて新しい諸問題を扱う哲学入門書の最高傑作といえる。

 真理の希求より可能性に留まるラッセルの謙虚な態度は私好みだが、ウィトゲンシュタインのようなカリスマ性には乏しいかもしれない。二人の友人関係を損ねるきっかけになったという第15章は、それゆえに興味深い。
哲学入門
4480089047 バートランド ラッセル Bertrand Russell 高村 夏輝

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おすすめ平均star
star素晴らしい。
star読んでexcitingという保証はしませんが
star最終章で哲学の存在意義が語られる

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posted by 水野優 at 16:27| Comment(2) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ラッセルの慎ましいアティテュードは水野様向きなのかな(^-^;
読み易そうなイメージは翻訳の丁寧さと相まってのことか。
このところわたしは世界の記述方法についてはご存じの通り
ホーキング寄りです。
Posted by 片瀬理奈 at 2007年05月07日 23:55
 ラッセルは倫理や社会問題にも取り組んだせいでこういう立場なんでしょう。芸術家は支離滅裂な方がおもしろいけど、学者はやっぱりねえ(笑。
Posted by 水野優 at 2007年05月08日 00:23
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