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2007年04月19日

冨田恭彦『科学哲学者 柏木達彦の多忙な夏』書評

 冨田恭彦著『科学哲学者 柏木達彦の多忙な夏 【科学ってホントはすっごくソフトなんだ、の巻】』(235ページ、'97年1月、ナカニシヤ出版)である。以前読んだ『哲学の最前線』の著者が、ここでは(明らかに自分がモデルの)主人公柏木達彦に理想の(?)学者像を託し、小説形式で哲学論議が進んでいく。
 結局『哲学の最前線』以来、クワイン、デイヴィドソン、ローティ等は松戸市図書館にあまりないこともあって読まずじまい。本書は5冊出ている柏木達彦シリーズの初巻にあたり、松戸市にはこれしかないからそれ以外は読まないだろう(汗。次の引っ越し先はとにかくもっと蔵書数の多い街にしなければ。


目次(括弧内は、出てくる用語や私の補足)

第一話 梅雨明けの頃に
 第一章 パラダイムなんかこわくない(クーン、科学革命)
 第二章 なるほどの天文学史(ピタゴラス、天→地動説)
 第三章 共通のものさしがない(パラダイム間共約不可能性)
 第四章 世界の見え方は、概念図式とともに(相対主義は正しいか?)
 第五章 デイヴィドソン登場(相対主義概念の前提にもの申す)
 第六章 問題はどこにあるのか
 第七章 翻訳できない言語なんて
 第八章 フィールド言語学者の言語哲学(クワイン、根本的翻訳、好意の原理)
 第九章 われわれの信じていることをもとにするしかない(根本的解釈)
 第十章 われわれの信じていることはたいてい正しい
 第十一章 培養槽の中の脳(デカルト、懐疑論、「マトリックス」の世界)
 第十二章 同じ母国語の中で(母国語でも同じこと)
 第十三章 文化人類学(人類学、民族主義の反動。異文化理解は不可能ではなく、理解する気のあるなしだけ)

第二話 夏休み前最終講義
 第一章 桃太郎の解釈学
 第二章 現実を物語として見ると(要は先入見と整合性の追求)
 第三章 逃げてきたトラの話
 第四章 二酸化炭素の確かめ方(事実は事実そのものとして成立しているのではない)
 第五章 解釈学的循環(全体との関係でしか解釈できない。まさに翻訳の問題)

第三話 ウイスキー・スルメ・ピーナッツ
 第一章 一般教養(加算的総合→創造的総合)
 第二章 メタファーの話
 第三章 観察の理論負荷性(アヒルにもウサギにも見える絵)
 第四章 観察は理論とどう関係するか(観察の前提になっている理論と観察によって確かめられるべき理論がある)
 第五章 論理的原子論(ラッセル)
 第六章 全体論的科学観(一つ一つの文の真偽は全体との関係において決まる)

第四話 図書館のロビーで
 第一章 論理実証主義(ウィーン学団)
 第二章 意味基準の問題(ヘーゲルの形而上学まで無意味に)
 第三章 (完全な)検証可能性(検証可能性で有/無意味に分かれ、有意味な文にさらに正誤がある)
 第四章 検証可能性ではなぜうまくいかないのか(一般法則は無限個の検証を強いられる)
 第五章 (完全な)反証可能性(反証は一例で済むが…)
 第六章 意味基準のその後(意味基準自体がその基準内に収まりにくい)

第五話 大掃除の翌日
 第一章 大掃除の日に
 第二章 デカルト的不安(欺く神と感覚の不確かさ)
 第三章 鏡としての不安(ローティ)
 第四章 相対性の事実に抗して(プラトンのイデアも鏡)
 第五章 論理実証主義の場合(これも鏡)
 第六章 感覚与件ではなぜうまくいかないか(感覚与件の事実は科学の言葉にならない)
 第七章 分析性の問題(再びクワイン)
 第八章 鏡的人間観・再説(基礎づけ主義)
 第九章 真理の対応説(我々の考えは事実と対応しないと意味を成さない)
 第十章 自文化中心主義(ここから始めるしかない)
 第十一章 客観性と連帯(みんなで一緒に考えていこう)
 第十二章 様々なヴォキャブラリー(科学の語彙は特権ではない)
 終章 傍観者か当事者か

[解説] 古くからの友人代表 西島恒之


 読後にメモをまとめるのがたいへんなので、この目次にメモを併記するパターンに落ち着いてきた(汗。これだけで流れが分かる人はもっと難しい本を読むべきで、小説体の本書は楽に読めるとはいえ、かったるすぎるだろう。
 読後感は『哲学の最前線』のときと大差なく、理詰めでは何も解決し ない(理詰め自体が危うくなった)という凡庸な考え方に後戻りしたような現代の 哲学にがっかりさせられる。こういう手法は、違うパラダイムで生きざるを得ない精神 病患者の理解に役立てばいいと思うが。

 チェスに触れた文がp.228にあるので最後に引用しておこう。
「もう一つ例を挙げれば、こういうことになるだろう。戦争をチェスの語彙で語る。そうすると、優勢なのはどちらか、どのような戦況なのかはよくわかるだろう。だけと、兵士の悲惨な姿は、それでは伝わらないだろう。だから、兵士の心情を描けるような語彙を用いる。そうすると、同じ戦争が、非常に違った相貌のもとに伝えられることになる。」
科学哲学者 柏木達彦の多忙な夏―科学ってホントはすっごくソフトなんだ、の巻
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科学哲学者 柏木達彦の冬学期(ウィンター・ターム)―原子論と認識論と言語論的転回の不思議な関係、の巻 科学哲学者柏木達彦の春麗ら―心の哲学、言語哲学、そして、生きるということ、の巻 科学哲学者 柏木達彦の秋物語―事実・対象・言葉をめぐる四つの話、の巻 科学哲学者・柏木達彦の番外編―翔と詩織、あるいは、自然主義と基礎づけ主義をめぐって、の巻 観念説の謎解き―ロックとバークリをめぐる誤読の論理
posted by 水野優 at 15:01| Comment(2) | 英語/翻訳/文芸/科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
夏休み前の教官と学生の哲学談義という感じですね(^-^; パラダイムの相違の理解に役立つといいですね。松戸にないと読まないのか(笑)
Posted by 片瀬理奈 at 2007年04月20日 01:09
 補足どもです。
 しかし、私の読む本はみんなお見通しですなあ(笑。
Posted by 水野優 at 2007年04月20日 20:18
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