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2007年04月17日

ファイン『チェス棋士の心理学』3 世界チャンピオン ラスカーその2

 ラスカーの人格は、先達シュタイニッツとは正反対である。思いやりがあって礼儀正しく、表だった敵意のたぐいは全く感じられなかった。彼を知る者は、いかなる論争も避け、誰に対しても冷酷な言葉を発さないラスカーに感銘を受けた。ラスカーは、自身の理性的な気質に誇りを持っていたのである。

 1930年代の初めの数年間、ラスカーはアインシュタインと親交があった。アインシュタインは、後にラスカーの伝記に序文を寄せている。中でもアインシュタインは、二人が相対性理論に関して長々と議論したと語っている。ラスカーは、真空中での光の速度が無限とは証明されていないと珍しく反論した。この仮定が相対性理論の土台となっているので、アインシュタインは、この仮定が証明か反証されるまで相対性理論を正当化できなくなる。アインシュタインは、特に当面確実な証明方法がないからといっていつまでも待てないと応酬し、加えて、そのチェス棋士気質のせいで、いかに不本意な結論への道筋に対しても忍耐強いとラスカーを形容した。この気質においては、何かが定義されることが要求されない。結局、チェスはゲームに過ぎないからである。この点で、両面価値が抑圧されていることはラスカーにとって好都合だった。そうでなければ、彼の一流の頭脳は物理学になにがしかの貢献をしたことだろう。

 人生におけるこの切り離された知性の領域であるチェス活動は、どういう役割を果たしたのだろう? ラスカーに受け入れられる形としてもっぱら生み出されたのは本能的満足感だが、つまりそれは知性だけだった。ここかしこでチェスから得られるつかの間の喜びを与えてくれるラスカーだが、その喜びは意識的に否定されている。かつてタラッシュはこう述べた。「ラスカーはほとばしるような情熱に欠けている」。そして、1914年セント・ペテルスブルクでのカパブランカに対する名高い勝利に関して以下のように記している。

 観衆は、固唾を飲んで最後の数手を見守った。黒陣の崩壊はずぶの素人にも明らかである。ついにカパブランカが自分のキングを倒した。何百人の観衆から、私がチェス棋士として生涯味わったことのない喝采が湧き起こった。それは、劇場で全観衆から自然にとどろく雷鳴のようなものである。ただラスカーだけは、それをほとんど気にも留めていなかった。注11
 注11:イタリック著者。R. F.

 言い換えると、ときにはチェスで本能的な喜びを感じることができた点においてラスカーは偉大だったのである。したがって、彼の対局は減っていき、さらには9年間も対局せず、チェス界で得られる優位に正当な価値を見いだせなくなった。とりわけ、彼の攻撃性は増大する反動形成(reaction-formation:無意識的衝動を自我によって承認されるように反対のものに変える自己防御作用)に屈し始める。多くのチェス以外の企画も完成できなくなった。そうすることが攻撃的行動の遂行を意味するからである。マゾヒスティックな傾向が現れて、攻撃性と混ざり合う。第一次世界大戦中には、ドイツが戦争に勝たねば文明が滅びることを論証する本を書いた。1921年のカパブランカ戦での早過ぎる投了は、マゾヒスティックな決断だったに違いない。ラスカーは「老い」過ぎたと感じていたが、それでも1935年に至るまでに多くの若手を破り続けた。1925年には、チェス界で「不当に扱われていると感じる」。ラスカーの最後の病気(前立腺病)を診断した医者は、すぐに治療を受けていたらもう何年か延命できただろうと言った。知性が発達しすぎた結果、ラスカーは肉体を否定したのである。


 「ラスカーは、真空中での光の速度が無限とは証明されていないと珍しく反論した」は、原文でLasker offered the unusual objection that it had not been demonstrated that the speed of light in a vacuum is infinite...だが、相対性理論では「光の速度が観察者に寄らず一定」だから、infiniteはdefiniteの誤りではなかろうか。
 今回は訳の流れがうまくいかなかったが、ラスカーに関してはファイン博士の解釈(こじつけ)も今一つさえないということにしておこう(お。
Grand International Masters' Chess Tournament St. Petersburg, 1914
1843821621 Emanuel Lasker

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この記事へのコメント
職場から打ってます。ちょっと一息。
ラスカーってやっぱプロにも説明しにくいんですね。
ラスカーの1914年本はタラッシュに比べるとあまりに薄っぺらで、買っても人によっては腹が立つかも。
Posted by maro at 2007年04月18日 15:31
 フィッシャーがサロン的と批難したラスカーの相手がいやがる手を指す棋風というのは、正直理解できていません(汗。
 どうりでHardinge Simpoleでもこの値段なわけですね(笑>薄っぺら
Posted by 水野優 at 2007年04月19日 15:09
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