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2007年03月19日

ファイン『チェス棋士の心理学』3 世界チャンピオン シュタイニッツその1

 4) ヴィルヘルム・シュタイニッツ(1836-1900)は、1836年にプラハで生まれ、故郷では子供の頃から最強の棋士として知られた。学校では数学に秀でる。1858年には、ウィーンの高等工業学校(Polytechnische Anstalt)に入学した。しかし、ほどなくして正規の学校教育を諦め、残りの人生をチェスに捧げることになる。1862年にイングランドへ移住し(プラハを離れた理由は不明)、20年間ほど自活した。強敵が増えてくると1882年にアメリカへ移住し、何度か離れたものの亡くなるまでそこに留まった。
 シュタイニッツにとって、チェスは人生の情熱すべてをかけるものだった。モーフィーと違い、シュタイニッツはチェスをゲーム以上のものと見なし、チェスでの成功を誇りにした。シュタイニッツの伝記作家バッハマンは、1896年に自分宛に書かれたシュタイニッツの手紙を以下のように引用している。彼の人物像が見て取れる(1)。

 チェスは臆病者のものではありません。チェスは、過去の指し手の模倣に執着するのではなく、ゲームの奥深くまで独自に探求しようとする一人前の人間のものです。たしかに私は気難しくて論争好きですが、徹底的な分析によってしか明らかにできない局面に関して表面的なコメントばかり聞かされれば、論争好きにならないはずがありません。混乱から逃げるためだけに昔ながらの方法に寄りかかり固執している様を見れば、それを憂えないわけもないでしょう。もちろんチェスは難しい。実践と真面目な反省が必要で、それには勤勉に研究するしかありません。妥協をしない論争でしかその目標に到達できないのです。ところが、ひじょうに残念なことに、論争は真実へ向かうどころかその妨げになっているように見えます。しかし、真実へ向かう道から私を逸れさせることは誰にもできないでしょう。

 シュタイニッツの家族は彼を(ユダヤ教の)トーラー学者(rabbi)にさせたかったらしいが、代わりに彼は現代チェスの創始者となった。モーフィーは輝かしい彗星だったが、シュタイニッツは40年間チェスに没頭して現在の形のチェスを確立した。彼は大局観の概念を明確化し、定跡を分類し、センターの支配等今日なお有効な古典的原則を確立し、チェスの全般的な水準と技術がかつてないほどのレベルにまで高まることに寄与したのである。
 距離を置くモーフィーとは好対照に、シュタイニッツは何に関しても攻撃的だった。そういう訳で、サージェントは述べている。「スタントンのペンは胆のうに浸されていたが、シュタイニッツのペンは硫酸に浸されていた」。


 最後の比喩は、胆汁より硫酸の方が強酸性ゆえに辛辣という表現だが、日本語ではそもそも辛辣さを酸性で表現しないのでちと分かりにくい(辛辣というように、せいぜい味くらいか)。日本人が思う以上に、単語そのものにこういう意味がしみ込んでいるのだろう。
William Steinitz, Chess Champion: A Biography of the Bohemian Caesar
0786428465 Kurt Landsberger

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