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2007年03月05日

ファイン『チェス棋士の心理学』3 世界チャンピオン モーフィーその5

 モーフィーの棋風の分析は、ある歴史的な偶然性のために錯綜している。モーフィーのチェスが活発だった時期は1年余り(1857〜1858)であり、それは現代の状況に比べるとチェスの発達がまだ初期段階だった頃である。強いマスターが増えたために、一世を風靡した大胆で威勢の良い棋風が衰え、もっと巧妙で洗練された保守的な棋風に道を譲るようになった。チェスの批評家はこの傾向を嘆き、モーフィーこそが、現代の腰抜けどもを目隠しで倒すコンビネーション・プレーの天才だと持ち上げた。これは、「昔は本物の男らしい野球選手、チェス棋士、ボクサーがいた」等とありきたりの不平を言う老世代の戯言に過ぎない。

 モーフィーの棋譜集に含まれる真剣勝負の55局に限ると、想像力をたくましくしても名局と呼べるものは少ない。ほとんどはひどく退屈なゲームである。コンビネーションを明確に読む能力(棋風以前の能力の問題)がモーフィーにあって対戦相手になかった。さらに、陣形的(position)プレーの重要性を直観的に理解することは、当時は全くといって知られてなかった。

 事実、モーフィーの棋風をアンデルセンやパウルセン等の主要対戦相手と比較すると、展開(development: 初期位置の駒を活動できる位置まで繰り出すこと)の原則の理解度に関して主たる違いがある。

 これは、ある意味ではモーフィーの人格の根源的な部分の表出に違いない。陣形的プレーは、基本的にはチェスの駒を最も効果的な方法で組織化する能力である。モーフィーが精神疾患の中で異常に自己を組織化していく様を検討した。他の強迫神経症や偏執病的な人格においても、このように極端な組織化が見られることがよく知られている。したがって、モーフィーの陣形的プレーの発達は、意味深長な方法で自分の世界を構成する試みから喚起された。そのチェスへの適用のみが生来の才能に発揮されたのである。

 これまでの理論的考察により、モーフィーの精神病の症状は十分に理解される。チェスにおいてまず父親へのライバル心が顕著だったが、その後は精神病的退行同一化(regressive psychotic identification)が支配した。チェス経歴を通じて、モーフィーは「紳士らしい」性格で評判だった。攻撃性を完全に抑圧したのである。彼の衣服を取り上げた、つまり秘密を暴露しようとしたと伝えられるビンダーへの同性愛的攻撃のみをきっかけに、さらなる抑圧症状が襲った。不安の欠如は、多くの観察によると自我の強さというより弱さの徴候である。モーフィーは、あらゆる人間の感情に縛られていない振りをしなければならなかった。神経衰弱になった おかげで、チェスに昇華する以前のモーフィーの特質が明らかになった。記憶は子供の頃の状況に逆戻りし、視覚は、オペラ鑑賞や女性の顔を凝視することの他にも、女性の靴を自室で半円形に並べるという奇妙な性癖により、のぞき趣味に堕した。なぜそんな風に靴を並べるのが好きなのかと聞かれて、モーフィーは答えている。「これを見るのが好きなんだ」。組織化と偏執病のそれの関連は言及されてきたことである。偏執病も、チェスに昇華された攻撃への恐怖の退行的表現といえる。非現実のチェス世界を受け入れられる代わりに、モーフィーは空想と現実を区別する能力を失った(精神病を通して父親と同一化した)。しかし、これらのことにもかかわらず、自我は入院しなくてもすむ程度には健全に保たれた。


 おもしろいが訳もしんどかったモーフィーは今回で終わり。次からは自作の「マスターズ」でも触れてない領域、シュタイニッツに入るので楽しみ。一般向けの内容だからとはいえ、「陣形的プレー」は我ながら情けない訳。tacticalと相反するpotisionalの訳語を何とか作れないものか。
 私自身も、趣味に毛が生えた程度のブログ記事をこれほど「組織化」して続ける点では、偏執病や神経症のようなものだが、一方では徹底的な合理化や経済化を自己に課す「超自我」も有している(笑。
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この記事へのコメント
「positionnal」は幅広い文脈で使われるので一つの訳語で済ませられないのではないかと考えています。

私が以前から考えている訳語は将棋から借用した「大局観」です。「positional play」は「大局観指法」です。あるいは「大局的指法」でも良いかなと思っています。駒の損得や駒割にとらわれないで全体的に形勢を判断する意味で、それほど的外れの訳ではないと思います。

ただ「positional advantage」「positional draw」「positional sacrifice」には合わない感じで別の訳語を作る必要があります。

「陣形的」は「positional advantage」「positional draw」には合っているのではないかと思います。
Posted by Yamagishi at 2007年03月05日 20:17
 大局〜はかなり意味の広い用語でちょっと漠然としすぎと思っていましたが、言われてみるとそうですね。特に、一般向けで用語の厳密な定義が問題にならない本文のような場合は使えそうです。HPの方で差し換えます。助かりました。
 positional...にすべて応用できる訳語はなさそうですね。このへんは私も部分的にポジショナル〜を使っています。

 以前指摘された「戦型」もために使っていますが、陣形とのニュアンスの違いを考えると、また頭が痛くなってきます(笑。
Posted by 水野優 at 2007年03月06日 14:06
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