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2007年02月18日

ファイン『チェス棋士の心理学』3 世界チャンピオン モーフィーその3

 モーフィーが自らをプロではないと言い続けた重要性も見逃せない。1858年にヨーロッパからニューヨークへ凱旋したとき、その歓迎ぶりはたいへんなものだった。歴史上初めて、アメリカ人が旧大陸の国々と同等であるばかりか、各国から選び抜かれた代表にも勝ることを実証したと広く受け入れられたゆえに、モーフィーはアメリカ文化の名声を高めたのである。ある大学での大歓迎会に出席したモーフィーは、マスが真珠と黒檀のチェス盤と金銀の駒から成る記念品を贈呈された。色の付いた駒が数字を表す金時計も受賞している。

 この贈呈式では、歓迎会会長ミード大佐が、スピーチの中で職業としてのチェスについてほのめかし、モーフィーはその最も輝かしい代表であると述べた。モーフィーは、たとえ暗示的でもプロ棋士と見なされることには強く反対し、ミード大佐を歓迎会から外せと言わんばかりに怒りを露わにした。このときのスピーチで、モーフィーは以下のような発言もしている。


 チェスはひじょうに楽しくかつ科学的であるばかりか、最も道徳的な娯楽でもあります。他の金儲けが最終目的のゲームと違い、チェスは、金のためでも名誉のためでもなく擬似的に戦うことにより、それ自体が知性に訴えるものです。チェスは、断固として賢者のゲームです。トランプ台をチェス盤に取って代えれば、公衆道徳は目に見えて改善されるでしょう。

 チェスは、今までもそうですが、どのみち娯楽以外にはなりえないでしょう。他のもっと真面目な余技がおろそかになるほどのめり込むべきではありません。礼拝のときにもチェスが頭から離れないようではだめで、けじめを付け、それなりの領分に制限する必要があります。単なるゲーム、過酷な人生の息抜きとして こそ、チェスは奨励されるべきです。
Morphy's Games of Chess
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この記事へのコメント
「仕事のときにもチェスが頭から離れないようではだめで、けじめを付け、それなりの領分に制限する必要があります」。
いてて、、、。19世紀の棋士に説教されてもた。
「過酷な人生の息抜きとしてこそ、チェスは奨励されるべきです」。
息抜きだからこそ、チェスが過酷な人生そのものになる、ということくらいモーフィーは知ってたでしょう。
Posted by maro_chronicon at 2007年02月19日 12:22
 このモーフィーの発言は訳に苦労してまだ納得できませんが、最近は時間が取れなくてこのくらいが限界です(汗。最新の研究から見ておかしい記述があれば教えてください。19世紀のヨーロッパ大会の招待状が日本に来ていたのは驚きですね。
 サム・ロイドの友人が、チェスにこのままズルズルはまったら人生を棒に振ると言ってきっぱりやめた話が未だに印象深いです。私はなまじ強くなくて良かった(笑。maroさんが対局にふける人を軽蔑する気持ちも分かります。
Posted by 水野優 at 2007年02月19日 23:26
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