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2007年01月26日

ファイン『チェス棋士の心理学』3 世界チャンピオン アンデルセン

 2) アドルフ・アンデルセン(1818-1879)は、多くの点でスタントンと対照的である。アンデルセンはブレスラウ(当時はドイツ領Breslau、現ポーランドのブロツワフWroclaw)に生まれ、数年の家庭教師職の後、生涯ブレスラウのギムナジウム(ドイツの9年制高校)で国語と数学を教えた。女性としゃれた会話もできたと伝えられているが、結婚はしなかった。

 チェスの経歴は、1851年のロンドン大会優勝から華々しく始まった。その後は時と場所が許すかぎりチェスを指したが、教職のために招待を辞退すること が多かった。しかし、大会以外でも非公式なゲームを指している。実際に知られているかぎりでは、教授職は別として人生において真の関心事はチェスだけだった。チェスへの献身とそのたぐいまれな業績により、ブレスラウ大学は1865年に名誉博士号を授与した。学界によるこのような粋な計らいは、これ以来繰り返されていない。

 ライバルの両強豪モーフィーとシュタイニッツに破れても、アンデルセンは決して気に病まなかった。チェスをするのが好きで、勝ち負けは大したことではなかったかのようである。

 学校の先生をする独身男の平穏な生活においてチェスが果たしていた役割は明白である。それは彼にとって最大の性的はけ口だった。スタントンと全く異なり、アンデルセンは口論をせず敵も作らなかった。1851年のロンドン大会でのただ一つの不満は、「けしからん」高額賞金だったという。残存する故郷へ宛てた手紙には、あらゆるものがいかに高価だったかについて事細かに書かれている。しかし、他のすべての棋士や大会主催者は親切で、取り決めにも満足したと述べている。人生でチェス以外のことはすべて無難に規制されていた。自分をほんとうにさらけ出すことができたのはチェスだけだったのである。

 したがって、アンデルセンの棋風は全チャンピオンの中でも最もロマン的である。攻撃とサクリファイスには根拠があるものもないものもある。現実界で無変化に甘んじる男は、チェスの空想世界では平穏な役割には我慢できない。すべては流動的で、開かれ、大胆で、威勢がよく、冒険に満ちていなければならない。彼は次代の棋士(successor)について絶望的に述べている。「モーフィーと指す者は、彼を罠に掛ける希望など捨てるしかない。いかに狡猾に仕掛けた…」。アンデルセンが棋風を変える可能性はなかった。心理的に、彼は変われなかったのである。


 不滅・不朽局を除けばスタントンほどおもしろい話がないからか、アンデルセンはこれだけ。次のモーフィーは7ページあるからどう切るかがまた悩みどころ。最後の段落successorは「後継者」で済ましがちだが、弟子でもなく棋風も違うモーフィーをアンデルセンの後継者と呼ぶのはちとおかしい。
The Chess Games of Adolph Anderssen: Master of Attack
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Pickard & Son Pub 1996-11
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この記事へのコメント
 いや、結構面白いですよ。「The World's Great Chess Games」と重なる部分もありますが、「性的はけ口」かあ。アンデルセンが結婚していたら、十九世紀的な感覚の前戯ながら、ここぞの破壊力はエバーグリーンだったんですね。
Posted by maro at 2007年01月31日 00:15
 本書が本書だけにプライベートでやんちゃな方がネタ的におもしろいかなと思ったのですが、The World's Great Chess Gamesも買えるうちに買っておけばよかったです。
 結婚といえば某所で知りましたが、おめでとうございます。笑>ここぞの破壊力はエバーグリーン
Posted by 水野優 at 2007年01月31日 18:17
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