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2006年12月15日

ファイン『チェス棋士の心理学』2 チェス概論 その6

 組織化力−一般推論の一側面−も欠かせない。チェスプレーヤーは、駒が最大に働けるようにそれらの動きを調整して統一を図れねばならない。この意味においてチェスの戦略は軍事戦略と類似しているので、ウェスト・ポイントのような陸軍士官学校では、伝統的にチェスが必須科目となっている。

 想像力は、チェスでは視覚化力と関連して用いられるが、ある程度は独立した能力でもある。チェスは、それ自体が人工的な創造物である。音楽や美術、文学のように独自の世界を有しており、現実の物事とは無関係で日常の出来事には適応できない。とりわけ、チェスと芸術界をつなげるものは創造的表現の機会である。(キングや他の駒と)自己を重ね合わせる機会は、もう一つの事柄につながる。

 これらの知的能力を利用し、本能的エネルギーをこのように抑圧するためには、自我がそうとう強靱でなければならない。賭博師やトランプ師の能力と違い、チェス棋士の防御力は比較的老齢期になって顕著となる。したがって、思考が行動に取って代わることは、一見するとよく知られた妄想メカニズムの単純な一例に思われるが、これをチェスの全般に当てはめても単純化の行き過ぎになるだけである。純粋な妄想と違い、チェスプレーヤーは行動で空想を止め、ファンタジーワールドから復帰するので、自我の高度な発達水準が要求される現実の能力もうまく使える。

 平均的なチェスプレーヤーには、ゲームの知的な魅力はきわめて意識されており、実際に大いなる利点と見なされている。チェスをする理由を聞かれれば、脳と脳が対決する技能競技だからと答えるだろう。

 それとは対照的に、攻撃性は深く抑制されている。チェスが敵対感情のはけ口になっていることを知ると、多くの者は驚く。ゲームの性格が攻撃性の隠蔽に一役買っているのである。まず、殴り合いは実際にもシミュレーションとしても出てこない。前述したように、敵の駒を取るという通常の目的は、チェックメイトというさらなる巧妙な目的に転換する。キング以外のすべての駒は取ることができる。キングはチェックメイトするしかない。つまり、キングが攻撃(チェック)されながらルールに則った(チェックを防ぐ)手を指せない状態がチェックメイトである。ルールに則った手を指せない状態に追い込むだけでは不十分で、それはステイルメイトと言い、ゲームはドローになる。キングは攻撃されていなければならないが−キング以外の駒だと取られる前の段階−それでも取られることはない。

 チェスの他のどのゲームとも異なるこのような複雑な事情は、意識されない言外の意味に満ちているに違いない。例のキングが象徴する3つの意味に適応するなら、チェックメイトは、まず去勢を、次に隠れた弱点の露呈を、3番目に父親の崩壊を意味する。3つとも、無意識に留まっているに違いない。したがって、チェスプレーヤーは自らの敵対的感情を認めることができない。

 プレーヤーが上達するにつれ、チェックメイトという加減された一撃でさえ後景へ退いていく。やがて、チェックメイトにされる可能性よりはるか前に、圧倒的な戦力差に降参つまり投了するレベルに達するのである。マスター同士のゲームでは、異常な事態でもないかぎりはチェックメイトまで続かない。千局に一回も起こらないことである。

 経験がほとんどないプレーヤーはたいてい、キングへのあからさまな攻撃に最大の楽しみを見いだすようになる。上達するにつれ、陣形的(position)プレー、ポーンの巧みな駆け引き、使用可能な戦略等の微妙なニュアンスに重きを置き始める。ここでも、あからさまな攻撃性は影を潜めていく注8
 注8:多くのチェス批評家があからさまに攻撃する愚直な傾向を克服できないために、不幸にもチェスの文献がばかげた注釈であふれている。 一つには、批評家が自身のエディプスコンプレックス的欲望をチェスマスターに実現してもらいたいという無意識の願望があるからに違いない。


 imaginationは想像(力)と訳していてcreativity創造(力)とうまく使い分けられていると思ってきたが、第2段落のimaginative expressionは「創造的表現」とした。チェスで言うと盤面を頭で視覚化するまでは「想像」だが、戦略を生み出す等のアウトプットはimaginative...でも「創造」とすべきだろう。
 最終段落の「使用可能な戦略」はopen strategyである。公開されたプログラムopen sourceのような用法だろう。
この記事へのコメント
(注8)がなかなか面白いですね。
あまり自信はありませんが "open strategy" は選択が
開いたままの戦略、つまり全て読みが決定しているわけではない
自由度の高い戦略、と言った感じの意味ではないでしょうか。
うまい訳語は思いつきませんけれど…
この時代の open に "open resourse" のような
意味があったとは考え難いので。
Posted by kshara at 2006年12月15日 10:50
 デザイン変えて注が読みにくくなってしまいました(汗。

 言われてみるとそういう感じもしてきました。文脈的にもその方がしっくりしますね。うまく意味をぼかすのも難しく、他には「柔軟性がある」「融通が利く」くらいでしょうか。
 ググるとOpenStrategyという会社もあるようで、open strategyはopen resourse strategyを意味する経営用語のようです。現代のメディアが生み出した用法なのでしょうが。
Posted by 水野優 at 2006年12月15日 14:22
初めまして。最近チェスを始めた者です。日本語のチェスの情報が少なくて、ネット上をいろいろ探していましたところ、水野さんのブログとウェブサイトへたどり着きました。
チェス関連の情報の翻訳を無償で公開していただいて、私のような英語の不得手な者にはとても助かっています。
特に名著だけれど英語が難解だということで評判の「The Ideas Behind the Chess Openings」の翻訳を見つけたときは声を上げて喜びました(^^)。
一言お礼を申し上げたくてカキコしました。ありがとうございます。
これからもこの意義ある翻訳のお仕事をすすめられることを期待しています。
なんだかタダで読ませてもらっているのが心苦しいです。せめて本を購入するときにはここからリンクをたどっていこうと思います。
Posted by fianchetto at 2006年12月17日 03:43
 初めまして。うれしいコメントありがとうございます。

 好きな翻訳は仕事にはならないもので、今後は別の仕事をしながらこれを続けるつもりです。翻訳を志したきっかけもチェスですし、一般の古典名著を下手な既訳よりうまく訳してやろうという気持ちもありますが、それは他の人にもできることだし、チェス書の翻訳はずっと続けると思います。
 最初の頃の下手さが丸わかりですが、それだけ上達したということで(汗。

 始められたばかりだと日本語でも難解なところは多々あると思います。最低限知っておくべき用語集作成や、原文の説明不足の補足等もおいおいしていくつもりですが、原文の古さを現代の観点から補足するのはさすがに私の能力を超えてしまいます。
 amazonからのご購入は、皆さんからのねぎらいのご褒美と思っております。HPに設置したストアを今後も使いやすくカスタマイズしていきますのでよろしくお願いします。
Posted by 水野優 at 2006年12月17日 11:08
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