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2006年12月08日

ファイン『チェス棋士の心理学』2 チェス概論 その5

 会話に関しても同様な矛盾が見られる。原則としてほとんどのプレーヤーはゲーム中にしゃべらないが、例外として非公式戦ではそれと正反対にしゃべり出すと止まらない者もいるのが興味深い。ある者は、ルイス・キャロルの詩を暗唱する。また、ある者は独特で無意味な独り言さえつぶやく。チェックをするときに"Shminkus krachus typhus mit plafkes schrum schrum."と言うと、もう一人が"Let us go to Vera Cruz with four aitches."と必ず応える。通常の会話では絶対出てこない文句である。まるで、あらゆる身体的活動が子供並みであることが許されているかのよう。も ちろん、言葉が本来の意味から乖離しているのは妄想思考に特有である。

 これら様々な両極性は、思考過程を研ぎ澄ますために役立っている。自我は、葛藤を克服するために知的手段と空想を利用する。しかし、この過程が遠大になりすぎることは許されない。ゲームの性質により、プレーヤーが常に現実に引きもどされるからである。思考は行動に取って代わるが、行動もまた思考の流れを妨げない。この点において、チェスプレーヤーは例えば、外部からの刺激があっても空想をやめない空想家や精神分裂症(総合失調症)患者とは区別される。

 思考過程そのものは、科学研究上の問題にある意味で比肩するほど高度な秩序を要求する状態と、単なる妄想的両面価値を表現する状態との間を行きつもどりつする。したがって、行動から思考への移行は、個人の知的能力を発揮させるためでもあり、行動によって引き起こされる様々な不安を避ける防御的方策でもあり、これらの理由が混在しているためでもある。

 チェスでは、何よりも知的側面が強調される。知的側面とは何だろう? 1925年に成されたロシアの研究はこの疑問に答えようとしたが、方法が今日の基準に比べるとお粗末すぎた。我々は、いくつかの概念を試験的に提起することしかできない。

 チェスにおいては、4つの知力、記憶力、視覚化力、組織化力、想像力が優勢と思われる注7
 注7:デイヴィスは、1952年にウェクスラー‐ベルヴュー知能テストによる要素分析(9)において、明確に7つの要素を識別した。このうちの3つ、視覚化、一般推論、概念関連演繹は、上記の4つと密接に関連する。知的側面は、ハートマンの言うところの(21,22)基本的に自律的な自我の機能とここでは仮定している。

 チェスを上手に指すためには、数百や数千の局面をあらかじめ知っている必要がある。名人の記憶力は高度に専門化かつ熟練しているので、しばしば素人には信じがたい離れ業を見せてくれる。マスターは五六十局を同時に対局できる。一手ずつ指しながら盤の前を次々と移動するのである。ある盤の局面がポーンを1マスずらすというふうに微妙に変えられていても、すぐにその違いに気付くだろう。本人は意識していなくても、六十局すべてにおいて正確にある程度の記憶の糸をたどっていることは明らかである。

 視覚化は欠くことができない。プレーヤーは、実際に手を指すとき以外は駒を動かしてはいけないからである。アダマール(19)の研究が数学的創造性にお いて視覚化が大した役割を果たしていないことを発見したことは、注目に値する。数学者は、より抽象的に思考する傾向があるからである。これは、数学とチェスのどちらかを選択する際の決定要因かもしれない。

 視覚化力が発展し続けたマスターは、盤や駒を見ずに指せる(「目隠し(チェス)」)ようになる。どのマスターでも、1局の目隠しチェスくらいは難なく指せるし、もっとたくさん指せるマスターも多い。今日の世界記録はナイドルフが保持する45局である。こんな多数のゲームを独りで同時にこなすためには、45個の常に変化するチェス盤のイメージを頭の中に思い描き、盤の番号とイメージを正しく対応させ、すべてのイメージを正確かつ意のままに視覚化できねばならない。電光石火の計算力(4)を持ってしても、この能力はもっぱら目隠しチェスに限られる。だからといって、早くに他の分野で同等の経歴を築いていても視覚記憶能力はそこで発達できないという意味ではない。記憶力は、視覚化においても大きな役割を果たす。一般に公開目隠しチェス対局の終了後には、主役の棋士は、すべてのゲームの指し手を正しい順序で正確に一つずつ言うことができる。
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