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2011年02月19日

トーマス・グラヴィニチ 西川賢一訳『ドローへの愛』書評

 これを最初に知ったのは小川洋子が『猫を抱いて象と泳 ぐ』を書く際に参考にした小説リストだった。ずいぶん新しい作品なのを知ったのは読み始める前で、作者は私より10歳も若いド イ ツ人。訳者はゲルマニストと称するほどのドイツ語の専門家らしいが、古い言い回しの中で妙に現代風の言葉が浮いているのが気になる。ユーモアの処理はうま いのだから、そんなことは媚びずにやった方が良かったのではないかと思う。
 いきなり訳の話になってしまったが、それでも『ディ フェンス』と比べると読後感はさわやかだ。主人公カール・ハフナーの不器用で切ない生き方や、その祖父の時代まで断片的なエピ ソードを遡る手法などは『ディフェンス』そのままなのに。これが小川氏に最も影響を与えた作品に違いない。

 20世紀初めのヨーロッパ、当時の実際の世界チャンピオン、エマヌエル・ラスカーにハフナーが10番勝負で挑戦する。その前半5局(ハフナーのホーム、 ウィーン)と後半5局(ラスカーのホーム、ベルリン)が舞台となっている。カールというドローの名人でラスカーに挑戦したといえば、分かる人もいるだろう が、ハフナーは当時ドロー・マスターと呼ばれたカール・ シュレヒターをモデルにしている。
 他にも、登場はしないが当時の強豪たちの名前がいろいろ出てくる。作者が学生の頃チェスの選手だったから、この処女作にチェスを織り込み、評判が良かっ たから日本でも翻訳されたということらしい。90年代のことだから、河出書房新社にまだチェス好きの山本氏がいたのかもしれない。私が『ボビー・フィッシャーを探して』の翻訳の話を 持ちかけたときにはもういなかったのは確かだが。

 ハフナーは前半の最後に勝って1勝4分で折り返し、後半も4局目まですべて引き分けて最終局までもつれる。ハフナーは世界チャンピオンになれるのだろう か? 現実にはラスカーはカパブランカに チャンピオンを奪われるのだから、それを覆すような展開にはしないだろうと予想はつくが、これ以上のネタばらしはやめておこう。
 具体的な手順は出てこないが、英訳には最終局の棋譜が載っているらしい。訳者はチェスにそれほど関心がないからか、それを本書に引用していないのが残念 だ。ドイツ語の原題Die Arbeit der Nachtを直訳すれば『夜の仕事』だから思い切ったタイトル訳だが、これはチェスファンに対しても本質を突いた名訳といえよ う。

ドローへの愛
トーマス・グラヴィニチ 西川 賢一 Thomas Glavinic
ドローへの愛
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posted by 水野優 at 22:33| Comment(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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