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2010年11月29日

ナボコフ、若島正訳『ディフェンス』書評

 最近は読書に時間を使えず(ついチェスマスターで遊んでしまうからでもあるが)、読破に1か月以上もかかった。結論から言うと、意図がよく分からない小説だ。ナボコフ自身が経験したロシア革命前後の混乱とロシア文学の伝統への反逆が反映されているそうだが、私はどちらにも疎い。
 それでも、この異様なほど多い隠喩的描写によって、著者が新しいものを創造しようとする気概は感じられる。しかし、重訳という形でこれが伝わったのかどうかは分からない。若島正に無理なら誰にもできないような気もする。

 ルージンという内向的な少年がチェスに魅せられ、プロ棋士になっていく。ストーリーもその前後を映画のフラッシュバックのように回想する。チェス以外は全く冴えないルージンにまさかの恋人ができ、チェスと人生の頂点を迎えるが、そこを折り返し点とし、健康のためにチェスを禁止された後半は、過去から逃れるように破滅へと突き進む。
 ライバル、トゥラーティ(訳者によるとレティへの暗示)との決戦が指し掛けのまま、チェスまでやめてしまい、その後はチェスを通してすべてを見るような生活が描かれる。チェスのこういうネガティブな描写は、日本の坂田三吉的棋士像とも全く異なる。カスパロフも『決定力を鍛える』で、知性的なチェスと非社会的棋士という世間が抱くイメージのギャップを指摘している。
 訳者によると、ナボコフのプロブレム作家としての実力は大したことなかった。実戦力はもっと低かったのだろう。思うに、彼はプロ棋士の地位をおとしめることで時間ばかり浪費させるこのろくでもない知的活動にささやかな復讐をしたのだと思う。私がチェス小説を書いても同じようなことをするだろう。

 チェスの具体的な手順は全くといって出てこないので、そのへんを期待する向きにはつまらないだろう。本書は著者の英語版への「まえがき」があるという異例の構成だが、そこに出てくる不滅局等を訳者が「解説」で触れているくらいだ。
 別物とまで言われている映画版「愛のエチュード」はスカパーに入った頃に見たが、さっぱり覚えていない。女性監督がラブストーリーに仕立て直したそうで、またの機会があれば見てみたい。

 正直なところ、チェス小説の最高傑作がこれやツヴァイクのSchach Novelleと言われているようではチェスが浮かばれない。ノンフィクションでの最高傑作「ボビー・フィッシャーを探して」でもプロ棋士の悲哀は存分に描かれているが、そこにはまだ温かさがある。「不滅の60局」と同時期に出せれば最高だ。

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ウラジーミル・ナボコフ 若島 正
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posted by 水野優 at 12:46| Comment(0) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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