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2010年05月12日

『The Genius and the Misery of Chess』レビュー

『The Genius and the Misery of Chess』 Zhivko Kaikamjozov 2008 Mongoose p.224

 チェスの歴史書を1冊訳したいともずっと思っているが、起源まで遡るのではなく棋士の人間ドラマを紹介したい。本書は中世からカルルセンまで時代の幅は 申し分ないが、世界 チャンプがかなり抜けた小物が多い選択となっている。悲劇も含んでいるためにしかたないのかもしれない。1人あたり平均4ページ、棋譜は1,2局を簡単に 解 説。 著者はハンガリー人。
 フィリドール〜フィッシャーを名文で描いたショーンバーグの『Grandmaster of Chess』にフィッシャー以降を補足して出す方がいいというのが正直なところ。

参考までに、以下は「序文」の訳

 昔のチェス名人の輝かしい功績を読む機会は多いわりには、チェスのせいで不幸な棋士が神経衰弱になったり、あげくの果てに保護施設や救貧院へ入れられた ことはほとんど知られていない。対照的に、神童、チェスの天才児の人生は成功に満ちあふれた最たるものである。これらの神童はその幼い時期に信じられない 業績を打ち立てる。しかし、彼らの前途有望な道のりが運命に妨げられ、不幸な苦境に身を捧げることになる場合もある。本書ではそういう物語を並べた。老い たマスターの悲哀、神童の勝利、それらはときに幸運と不運の両極端である。
 シュタイニッツ、アリョーヒン、シュレヒター、ルビンステインといった有名なチャンピオンが悲惨な死を遂げたと言うと、読者は驚かれるかもしれない。 チェスのマスターは40か50またはそれ以上の歳まで長らく成功し続けるつもりでいる。しかし、長年の過酷なトーナメント生活はマスターの健康を蝕むに十 分である。それに、昔の最強トーナメントが長期間にわたって劣悪な状況で行われたことも忘れてはならない。例えば、1882年のウィーン、1883年のロ ンドン、1889年のニューヨークだが、1883年のロンドンでは、戦いがあまりに激しかったために優勝したヨハネス・ツッカートルトはただの1局もド ローにしなかった。当時は、事前に取り決めをする「グランドマスター・ドロー」というものがまだなかったのである。ドローが何度でもやり直しになるトーナ メントもあり、極端なケースでは、フランスのマスター、ローゼンタールは1つのトーナメントで20局ものドローを再対戦させられた。そういう過酷な環境が 彼の心身に与えたダメージは想像することしかできない。
 しかし、過去のマスターたちには選択の余地はなかった。彼らには休むことなど考えられなかった。貧しい世界に暮らし、その収入は家族を支えるにはあまり に乏しかった。第二次世界大戦以前のプロ棋士で幸せな老後を迎えた者が数少なかったのは、こういう理由からである。他の棋士たちは戦争中に窮乏や飢えで亡 くなった。今日では、チェスに命を賭ける者は過去の悲しい思い出に過ぎない。チェス界は裕福になり、チェスの社会的地位も向上してきた。最高の才能にあふ れた棋士には立派な生活が保障されるようになった。
 近年の神童たちはその限界を打ち破り続けている。ウクライナのルスラン・ポノマリオフは18歳の誕生日前にFIDE世界選手権を制した。彼の同胞カヤキ ンは12歳でグランドマスター(GM)になった。インドのハンピー・コネルは、不倒と思われていたユディット・ポルガールの記録より3か月早い15歳と1 か月27日でGMの称号を獲得した。ハンピーは、現在女子のレイティング・リストでユディットに次いで2位である。
 当然ながら、すべての天才児が幸運に恵まれるわけではない。本書に登場する24人中6人の命が悲劇的な最期を迎えた。そのうちの2人、アメリカのポー ル・モーフィーとロバート(ボビー)・フィッシャーは、精神病を患い、その経歴の最後には深刻な心理的問題との葛藤が目立った。他の3人ジョアッキーノ・ グレコ、マルク・ストールベリ、クラウス・ユンゲは非業の死を遂げた。グレコの足跡は遠い異国で途絶えており、ユンゲとストールベリは第二次世界大戦の苦 しみの中で亡くなった。
 
 本書には包括的な伝記は書かれていない。棋士たちの人生を彩った歓喜と悲劇を棋士たちの真髄として発見できるだろう。今までに考えたこともない視点から チェスと棋士たちを満喫されることを願っている。

The Genius and the Misery of Chess
The Genius and the Misery of Chess
Mongoose Press 2008-10
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posted by 水野優 at 14:23| Comment(0) | チェス(洋書評 その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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