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2006年01月05日

ピノー『ジャック・ピノーのダイナミックチェス入門』

 HPの方のチェス書翻訳は、昨日『いけないチェスの指し方』を再開しようと読み直すと、それまでの訳のひどさに愕然とした(汗。結局最初から目を通して 手を 入れたが、原文の文体(おそらく編集したラインフェルドの英訳)に律儀に引っ張られすぎていた。
 後ほどましになっていくのは、自分がうまくなっているのではなく、原文と訳で文体の折り合いがついて落ち着いてくるからだろう。昔の本は、初心者向けの 内容 でももったいぶった書き方で、最近のジュニア向けの入門書とはえらい違いだ。訳はせめて中学生がスラスラ読めるくらいにはしたい。


 一度読んだ和書を書評のためにまた読み直す作業はたまらなく苦痛だ。レ ビューページで数行でお茶を濁している今さらブログで取り上げるほどでもない入門書は、本棚にあってももう手に取る気にならない。読みながら書き留 めるとメモは膨大になるが、ほとんどは内容の誤りばかりで使えない。
 洋書なら売れそうなネーミングの本書は、サン・テグジュペリの有名な言葉で始まる。全体的には、著者の後発本と比べるとずいぶん普通だが、湯川さん のお目付に抑圧されながらもピノー節が全編に垣間見られる内容になっている。目次(最下位分類等省略)とともに章ごとに見ていこう。

第1章 チェスのルールを覚える
 1 チェスボードと駒
  チェスボード
  駒の種類と並べ方
 2 チェスのルール
  駒の動かし方
  チェック&チェックメイト
  キャスリング
  駒の強さの比較
  アンパッサン
  ステールメイト
  「チェス語」を覚えよう
 練習問題・1[ルールについて]
        2[1手詰]

 ルールと基本戦術の同時進行説明は基本的には反対だ。クイーンをルックと交換するのは損だと最初に教えられると、それを禁手と誤解される恐れが あるからである。しかし、紙数が少ない中ではそれもやむを得ないだろう。逆に、歴史まで引用し、ルール説明が単調にならずに成功している例である。
 ルールの最初で「相手のキングを動けなくした方が勝ち」とあるが、「取った方が勝ち」と同じく厳密には正しくない表現だ。「”チェック”と言うことに なっています」も、意外と見られる。著者が誤解しているわけがないから、初心者はチェックを発声すべきという考え方だろうか。

 本書の特徴として最も多く指摘されているのは局面図のビショップだろう。著者のこだわりで、僧正帽子でなく道化師の形になっている。読み終わる頃に慣れ るとは思うが、本書で初めて接する人にとってはどうだか分からない。図面に書き込まれる多くの記号(駒の効き、ライン、動き、境界)は大いに役立つ。
 ポーンの動きの説明からいきなり3個同士の見合いポーンの突破手順まで飛躍するのが難しい。p.21のポーンの進め方の説明では、1図の手は必要と思え ない。p.23のポーンのブロックの仕方は、意外と他書で見かけないのですばらしい。p.24アンパッサンは、ピノーさんなら由来の説明も欲しかった。

第2章 エンディング
 エンディングで練習する
 1 クイーン・ルーク・ビショップ・ナイトのエンディング
  1 キング対キング+クイーンの場合
  2 キング対キング+ルークの場合
  3 キング対キング+2ビショップの場合
  4 キング対キング+ビショップ+ナイトの場合
  5 キング対キング+2ナイトの場合
  6 キング+2ナイト対キング+1ポーンの場合
  チェス小曲集1〜4
 2 ポーンのエンディング
  キングの正方形
  オポジション(見合い)
 練習問題・1[クイーン・ルーク・ビショップ・ナイトのエンディング]
        2[ポーンのエンディング]

 章の扉からp.35「手を打つ」が気になるが、序盤より先に終盤を持ってきたのはうまい。古くは私が翻訳中のメイソンもそうしており、むしろ標準的かも しれない。誤植が目立ってくるが、3と8、aとdの間違いが多いのは、チェスを知らないスタッフの読み間違いか。湯川さんは未だに原稿を手書きしてそうだ し。
 p.42「キングとビショップ、またはナイトを合わせて角の2マスしかコントロールできない」は、見過ごせない。キングだけで2マスだから合わせて3マ スだ。難解なB+Nメイトは局面図の活用で分かりやすい。ポーンの終盤で「正方形」が場合分けで詳説されているのは秀逸。p.75、1〜3図の正方形は意 味不明だが。

 p.74「(c7の黒Kが)Kc6と後ろに下がらず」とあるのは気になる。黒にとってc6はc7より前だ。白黒不変に表現するなら前後より上下を使えば いい。占拠(駒のいるマス)と支配(駒が効くマス)の混乱が少し見られる。英語でもoccupyとcontrolのあいまいなときがあるが、微妙な終盤で は重大な問題になる。
 p.83「勝てるゲームを引き分けにしてしまいました」いずれにせよ引き分けのはず。p.88下段「Qg3チェックメイト」はあり得ない。p.90解答 6のように、チェスを知らない人がピノー原稿を直訳したような文体が散見される。湯川さんがノータッチの部分なのだろう。

第3章 オープニング
 オープニング…定跡への序章として
 1 キングを中心とする「斜めライン」
  斜めラインの威力を知る例題6
 2 キング斜め前のポーンは「アキレスけん」
  f7とf2のポイント
  実戦から学ぼう
 3 ナイトの動きに注目!!
 練習問題[テーマ別のオープニング]

 序盤は、定跡の前にキングが危うい典型例に触れる二段構えでおもしろみが増している。p.99キングズ・ギャンビットの別名「ロマンチック」や p.106「ひつじ飼いのチェックメイト」は著者らしい。p.113釘付け(ピン)に対する「釘抜き」は湯川さんの言葉遊びっぽい。
 著者二冊目の『クレイジー・チェス』とダブるゲームがけっこうあるが、それは先に出た本書のせいではない。著者の持ち味はネタそのものより切り口だか ら、それもありなのだろう。最初から出し惜しみしなければ、そう新しいものばかり出せるわけがない。読まなくても『チェスの花火』が想像できる。

第4章 定跡・選抜20ゲーム
 定跡・テーマと狙い
 1 白e4のゲーム
  Aグループ
  Bグループ
  1 天才モーフィーの芸術的な速攻
  2 強烈ダブルルーク攻め
  3 センターライン、恐怖のピン
  4 早過ぎたキャスリング
  5 センター支配の威力
  6 速さと圧力
  7 ポーンの壁
  8 フィッシャー神話
  9 クイーン詰め
  10 出過ぎたポーン
  11 モダンとクラシック
 2 白d4のゲーム
  Aグループ
  Bグループ
  12 団結の強さ
  13 最後に笑うもの
  14 タイミングのミス
  15 システムの勝利
  16 理論的展開
  17 ザイツェフの夢
  18 一瞬の終局
 3 白Nf3のゲーム
  19 新定跡で一世風靡
  20 クイーンとナイト

 定跡も3つの初手をバランスよく配置するが、詳細に目をつぶったのは賢明だ。例えば、p.136ではペトロフ・ディフェンスは無視されている。その わりには、『クレイジー・チェス』にもあるp.138のイタリアン・ピノー変化(アクセレレイテッド・メラー・アタック?)に触れずにいられないという感 じ。
 p.56「ペルペチュエル」(パペチュアル)くらいのフランス語発音はいいが、p.139「スティニッツ」(シュタイニッツ)やp.155「ステグバー ト・タラッシュ」(ジークベルト・タラッシュ、原綴りも違う)はさすがに勘弁してほしい。d4ゲーム辺りから締め切りに追われたか、おかしな日本語が増え てくる。

 p.184エイベについての書き出し「オランダの人。」には腰が抜けた。人間なのはみんな知っている(笑。p.197「クローズゲーム(ポーンが中央を 占領 する)」はちょっと違う。スラッシュだけで区切った変化手順は見づらいから変えるべきだろう。
 p.162「キングのこめかみ」(黒のf7等のこと)はフランス語原文の直訳だろうが、p.157親父ギャグ「とんでもナイト」は湯川さんの仕業だろ う。 頻出するポーンの「2段バネ」(最初の位置から2マス進むこと)は、跳躍をバネにたとえる古い表現が分かりにくい。私は最初、わざと1つずつ進める意味と どちらか迷った。

第5章 チェスの歴史と変形チェスゲーム
 1 オールドチェスに挑戦
  シャトランジーにトライ
  シャトランジーの問題1〜3
  チェスのその昔…
  変形チェスゲーム
 2 詰チェスは芸術作品
  ロイドの問題:1〜2
 練習問題[詰チェス]
第6章 チェックミステリー劇場
 「アンパッサンの謎」
チェスの組織
あとがきにかえて

 入門書と銘打っておきながらここまで欲張るかと思うが、読んでみるととてもおもしろい。この辺りはピノー、湯川両氏の共通フィールドゆえかひじょ うにいいできだ。特に第6章はスマリヤン顔負けのうまさで驚いた。
 皇帝さんを初め、本書をチェス和書ナンバー1に推す人は多い。私も個人的には小野田本がやはり1位だが、入門、上達、エンターテイメントの三拍子そろっ た 点では、たしかに最高のできばえである。これからチェスを始める人には誰にもお薦めできるし、買って損はない。
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posted by 水野優 at 18:31| Comment(4) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
謹賀新年、ちょっと遅いけどコメント出すタイミングがなかったので。

>読まなくても『チェスの花火』が想像できる。
なんと鋭いこと。以前水野さんが「クレイジーチェスを深化させたもの」と指摘されてましたが、「チェスの花火」はダイナミックチェスも深化させてますって。シャトランジーの話題がまた載ってるんです。ネタばれになるのであまり言えませんが、
>それは先に出た本書のせいではない。著者の持ち味はネタそのものより切り口だから、それもありなのだろう
そういうことなのでしょう(汗。

「2段バネ」は「囲碁用語からの転用」でしょうね。湯川さんの本「1手詰め2手詰め」にも使われてる表現ですが、おっしゃるとおりまぎらわしい。

今年もよろしくお願いします。
Posted by kathmanz at 2006年01月06日 23:18
 本年もよろしくお願いします。
 「読まなくても〜」は勢いで書いただけです(汗。3冊通じて脈々と流れが続いているって、小説家のようですなあ。
 囲碁用語とは不勉強でした。指摘ありがとうございます。

 今年は新連載も増えて、お勉強したい人向けにもなります。なので例会の勉強会の方へはまだしばし行けません(汗。
Posted by 水野優 at 2006年01月07日 14:33
はじめまして。古い記事へのコメントで申し訳ありません。僕は、p.48(K+B+Nvs.Kエンディング)の「このコンビでのチェックメイトは、ビショップの利きマスと同色のマス目の角に限られる」という部分に引っかかりました。この「角」を「四隅の4マスのどれか」と解釈してしまったので、後にPndolfiniの"Endgame Course"を読んだ時、21、22、23、24の敵Kをh7のマスで仕留める問題に苦労しました。多分、この本の「角」は、「角近くのマス」という意味を含むのでしょうが、初心者にとっては困ります。あと、p.194の実践譜で、ニムゾビッチの相手が「デンカー」となっていますが、「Johner」をデンカーとするのは誤植の域を超えていると思うのですが。長々とすみません。ブログやHPをもとに勉強させていただいておりますので、これからもよろしくお願い致します。
Posted by 儒学者 at 2007年04月03日 00:01
 いえいえ、コメントありがとうございます。
 実は「ダイナミック〜」は図書館で借り、パンドルフィーニ本はもう手放してしまって何となくしか文意が分からないのですが(汗、初心者向けの記述には細心の注意が必要ですね。
 私も訳しながら自分でもっと詳しい解説を付けたいときや自分でも理解しきれないときがあります。こちらこそよろしくお願い致します。
Posted by 水野優 at 2007年04月04日 17:06
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