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2006年01月04日

マスターズ第13回:不朽−アンデルセン

 夕べETVで「ハートで感じる英文法」を見た。本放送でおもしろそうと思いながらなかなか見られなかったのだが、なんと講師はメルマガを取っている大西 泰斗だった。前置詞、仮定法、助動詞等の使い分けを丸暗記じゃなくイメージで身に付けようという試みはすばらしい。
 私は仮定法とかは理屈を覚える前、というか頭の中で整理するのをさぼってるうちに自然と身に付いたから結果的にはこの方法と同じだろう。ところで、大西 先 生、日本語の訛り(発音が英語風になってしまった?)がデーブ・スペクターのようで変(笑。
 今朝NHK「生活ほっとモーニング」に出ていた松田聖子見逃した(泣。


 1851年ロンドン大会優勝でプロプレーヤーを意識したアンデルセンだ が、盤上以外では慎重で保守的な彼は、ブレスラウへもどっての面倒を見ることにする。続く数年間は国際大会に出ず、非公式なゲームを指した。
 1853年にベルリンでJ・デュフレンと指したゲームが当時の中で は「不朽」と呼ばれる名局として残っている。デュフレンは駒の位置的 (ポジショナル)感覚があまりなかった が、アンデルセンの天才的なプランの価値を損ねるものではない。

アンデルセン−デュフレン

1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. b4 Bxb4 5. c3 Ba5 6. d4 exd4 7. O-O d3 8. Qb3 Qf6 9. e5 Qg6 10. Re1 Nge7 11. Ba3 b5 12. Qxb5 Rb8 13. Qa4 Bb6 14. Nbd2 Bb7 15. Ne4 Qf5 16. Bxd3 Qh5









1r2k2r/pbppnppp/1bn5/4P2q/Q3N3/B1PB1N2/P4PPP/R3R1K1 w k - 0 17

17. Nf6+ gxf6 18. exf6 Rg8 19. Rad1 Qxf3 20. Rxe7+ Nxe7 21. Qxd7+ Kxd7 22. Bf5+ Ke8 23. Bd7+ Kf8 24. Bxe7+ 1-0

 アンデルセンは、1857年のマンチェスター大会では不調で、翌年 のモーフィーとの有名なマッチにも敗れる。1861年のコリッシュとのマッチに勝利して復活し、1862年ロンドン大会でも優勝し、同年のルイ・ポールセンとのマッチに引き分ける。
 アンデルセンが世界チャンピオンと呼ばれることに疑問の余地はな かった。しかし、その座をかけた1866年のマッチでシュタイニッツと 対決する。シュタイニッツが勝って新チャンピオンを名乗ると、誰も反論するものはなかった。

 シュタイニッツの勝利は意外だった。引退したモーフィーがまたアンデルセンと対決すると期待されていたからでもある。ロマンティックな時代は終わりを告げる。新感覚のプレーヤーが登場し、旧世代の 成立しない攻撃やサクリファイスをはね返した。
 新世代は無理攻めをせず、堅牢なセンターを築き、終盤へ向かう長いプランを立て、巧妙に駒を配置する技術(ポジショナル・プレー)を発展させた。アンデルセンは、1871年にツカートルトに、1876,77年にポールセンに破れる。旧世代の彼にもう復活 の機会はなかった。

 時代が変わっても、その反動であるかのように、フランク・マーシャルや ミハイル・タリのようなロマン派を彷彿とさせる大天才が後に現れる。 ここではアンデルセンのライバル、コリッシュに触れておけばいいだろう。
 ハンガリー生まれのイグナーツ・コリッシュ(1837-1889)は、ロシアのチェス愛好家ウルソフ皇太子の秘書のとき、チェスにはまる。イギリスへ渡るとそこでプロとし て生計を立てる。それほどに彼は強く、24歳でポールセンと引き分け、ハルヴィッツとホルヴィッツを破った。

 アンデルセンとのマッチでも、最初は引き分け、2回目は半ポイント差で惜敗したほどである。パリに移住してから、モーフィーとのマッチがささやかれたが 実現しなかった。モーフィーはではやらず、コリッシュは賭でしかや らなかったからである。
 1867年のパリ大会では、腕がなまっていたにもかかわらず、ウィナウアーや新チャンピオン、シュタイニッツを押さえて圧勝する。ツカートル トは絶賛した。「コリッシュは喉元にかみつくトラで、それに比べたら シュタイニッツはポーンをかすめ取るこそ泥だ」

 その後コリッシュは表舞台から去る。銀行業に手を染めてついには業 界の大立て者になり、金銭的にチェスを支援した。1870年バーデンバーデンと1882年ウィーン大会は、彼の資金援助がなければ開催できなかったのであ る。
 コリッシュが1860年代の全盛期にシュタイニッツとマッチで対戦 しなかったのは悔やまれる。コリッシュは飛ぶ鳥を落とす勢いだったし、シュタイニッツもポジショナル・プレーを磨いて待ち受けていたのだった。


 『完全チェス読本1』にも、コリッシュは最強のアマチュアとして触れられているが(たぶんネタ本同じ(汗)、賭プロの時期はあったわけだから、それを言 うなら生涯アマの世界チャンプ、エイベ(ボトビニクも?)が最強だったのではないだろうか?!
posted by 水野優 at 15:36| Comment(0) | マスターズ(チェス近代史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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