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2005年12月16日

マスターズ第10回:チェスクロック

 昨日自分の受験の話を書いたからか、受験参考書の注文までamazonアソシエイトからいただいてうれしい。スマリヤンについて書き忘れたが、論理 ジョークに接すると、日本 と海外のギャグの違いも見えてくる。日本の中だけでも概して理屈っぽさを嫌う関西では、関東ほど受け入れられない傾向があるだろう。
 先日、NHK月曜23:15の「英語でしゃべらナイト」では、日本のお笑い芸人が外国人相手に英語でネタを披露していて興味深かった。数年前にウェブ上 の投票で決まった「世界一おもしろいジョーク」の話題もあり、和訳するとおもしろさが半減することを改めて感じた。
 論理的に伏線を張りながらナンセンスな落ちで肩すかしのパターンが王道に思える。ではドタバタ(スラップスティック)は海外では受けないかという と、そんなことはない。「風雲!たけし城」はヨーロッパで大人気だし、「志村けんのばか殿様」は海外進出らしい。


 アンデルセンの偉大な経歴が始まることになった1851年ロンドン大会 だが、多くの課題が露呈した。その運営、プレーヤーの処遇、ルールの問題などを解 決しなければ、今後の健全な大会運営は実現しない。例えば、ドローの場合をどうするか? 慣習通り再戦としたため、進行が遅延した。
 この問題は、1867年のダンディー大会で、(今日まで続く)両者に半ポイントずつを与える規則を採用してやっと解決する。それ以上に切迫した問 題は、何らかの形で持ち時間制限が必要なことだった。さもないと、遅いプレーヤーは際限なく時間を引き延ばす。
 実際、気短なスタントンは、ウィリアムズという田舎者と指したときにかんしゃくを起こしてゲームを投げ、大会本で不満をぶちまけている。「ウィリアムズ はどの手も計画的にゆっくり指すので、見物人も不満を露わにした。一手に2時間かけたゲームが20時間も続くなど、もはや正気の沙汰ではない」

 その後チェスクラブでどうすればいいか議論が続く。1852年のハルヴィッツ対レーヴェンタールのマッチでは、一手ごとに20分の制限が課せられた。 しかし、明らかにそれ以上の長考が必要な局面があるため不評に終わる。
 『チェスプレーヤー誌』にこういう手紙が寄せられた。「各プレーヤーの手元に3時間の砂時計を置き、友人が、プレーヤーの手番のときは砂時計を立て、相 手の手番のときは水平に寝かせておく」というものだ。6時間で必ず終わる。サドンデスの時間設定は意外と早くに考え出されたのである。

 同じ1852年にはラサ男爵のアイデアも同誌で発表された。ラサは、スタントン対聖アマン戦の消費時間を考慮し、一手に20分を超過したら1ギニーの罰 金(!)を提案した。そして、ついに自分の時計を止めると相手の時計が動き出す装置を使わなければ解決できないという結論に達した。
 しかし、実現には時間を要した。1861年のアンデルセンとコリッシュのマッチにはまず砂時計が使われる。2時間で24手の時間設定である。マン チェスター・チェスクラブのトーマス・ブライト・ウィルソンが考案した初の機械式チェスクロックは、1883年のロンドン大会でようやく使われた。

 これは今日のアナログ式チェスクロックの原形であり、2つの文字盤にそれぞれ針とフラッグ(旗)が付いている。考えている間は自分の時計が進み、手を指 してボタンを押すと自分の時計が止まって相手の時計が動き出す。フラッグが落ちたときに既定の手数を指していないと、時間切れで負けになる。
 時間切迫という亡霊にすべてのプレーヤーが取り憑かれ始めた。遅指しのプレーヤーは残り数分で20手以上も残し、局面で勝っていても時間で負けるゲーム が続出した。視界の片隅で時計を一瞥して絶望するプレーヤーを見るのは痛ましいが、すべてはチェスの未来のためだった。スタントンの時代までのプレーヤー には縁が なかった苦悩である。
Staunton's City: Chess in London, Simpson's and the Savoy
1843821672 Raymond Keene Barry Martin

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posted by 水野優 at 15:03| Comment(0) | マスターズ(チェス近代史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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