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2005年12月07日

マインゾーン著安田訳『チェスの教室 3 より強くなるには?』

 日曜のNHK「トップランナー」で造形作家の松村しのぶを見た。海洋堂に入りながら動物のフィギュア製作にこだわり続けた頑固さがおもしろい。最初は絵 を志したが背景が描けなかったとか(ここは見損ねた)で立体へ活路を見出すべく転向した。
 私など、美術の教育は義務教育しか受けていない。絵は幼稚園のとき、母親の絵を描く時間にひたすら信号機を描いて父に怒られ、自分から描くことをやめ た。写生で木の葉を緑一色に塗る私は、赤や黄色も混ぜなさいと言われたが、私にはそんな印象派のような色彩は見えなかった。

 松村の「平面より立体の方がかんたん」という言葉にはひじょうに共感した。立体の光と影を平面に写し取る「絵」など私も描きたくない。写真に写った物を 見て元々の立体にもどすのが性に合っている。キャラクターイメージ全盛の時代に、「実際にある物」を作るという点でも松村と同じだ。


 今回は久しぶりに和書、フランシス・マインゾーン著フランス・チェス連 盟協力、安田哲訳、日本チェス協会監修『チェスの教室 3 より強くなるには?』(122ページ、'81年、白水社)で ある。松戸市の図書館では、全3巻中この第3巻しかなかった。
 借りるまでは読んだことがあるかどうか思い出せなかったが、目を通してみると少し覚えている部分があった。すでに洋書を買っていたし、当時で1冊 1500円はそろえる気にならず、図書館で済ましたのだろう。

 このシリーズはもちろん1〜3とレベルアップしていくのだが、第1巻『さあチェスをはじめよう』はミシェル・ドルイー、第2巻『実戦のたのしみ』はジ ム・ピショと、別の著者となっている。元々フランス・チェス連盟の企画として書き下ろされたからである。
 フランスに帰化したアリョーヒン以降強豪を生み出せずにいたフランスは、フィッシャーの影響もあってか、本シリーズを出版した。フランス滞在中に成相訳 『チェスの本』でチェスを覚えた訳者は、息子のためにこの第1巻の原著を買う。そういういきさつから邦訳にまで至った。

 例によって、目次に沿って少しずつ見ていこう。

目次
はじめに 表記法
第1部 チェスの原則
 初心者があいてのときの勝ち方
 初心者あいての中盤戦
 3つの実戦例

 役駒(ピース)、(大)入陣((クイーン側)キャスリング)、筋(ファイル)、対角線(ダイアゴナル)、棋理(general principle?)等、純日本語による訳語が支配的で、時代とJCA監修を考え合わせれば当然である。役駒は「キングとポーンを除く駒」と最初に説明 があった。他も第1巻に説明があるのだろう。

第2部 基本的終局
 2つのビショップによるメイト
 ビショップとナイトによるメイト
  デレタンの三角形 ビショップとナイトによる押さえ込み
 キングとポーン対キング
  基本形 「勝点」をめぐる戦い 「ポーン損」をどう引き分けるか はなれた見合い 正方形 「トレビュシェ」 敵陣へのキングの侵入
 良いビショップ対ナイト
 ナイトの終局におけるポーン得
 駒割り
  ルーク対ビショップ 悪い隅にいるキングとビショップ−ルークの勝ち 良い隅にいるキングとビショップ−引き分け ルーク対ビショップの終局で勝つた めの基本形 ルークとポーン対ビショップとポーン
 良いビショップ対悪いビショップ
 ポーンの昇進
 ポーン1つ多いルークの終局
  リューセナ定石の勝ち フィリドール定石の引き分け 実戦の例

 「デレタンの三角形」という呼び名は初めて見たが、2ビショップのメイトを図示するには、「効き」をマス目に書き込んだ×印とともに役立つ。K+ PvsKでは、「ポーンが6段目に達していればオポジションに関係なく勝ち」等原則を示す配慮が見られる。和書では意外と見逃される点である。
 「トレビュシェ(投石機に似たポーンの残り方)」という言葉も初耳だったが、西村氏の小辞典にはある。ボウリングのピンの残り方の名称もそうだが、西洋 人はこういう命名がうまい。しかし、チェス用語でもない「フィネス」(finesse巧妙な術策)を、英単語でもあるとはいえカナのままにしているのはい ただけない。
 この紙数でピースの終盤まで扱っているので、フィリドール局面(定石はおかしい)は読者自身で検証されよと無責任な内容となっている。当時のフランスの みかもしれないが、メイトの記号が「≠」なのはおもしろい。互角の正反対だから理にかなっている。今「#」と書かれるのは縦棒を一本増やしただけなのか も。

第3部 戦略、戦術、実戦
 目標の変更
  1つの側から他の側へ 第2前線の開戦
 ポーンを捨てて圧力をかける
  第1例 第2例
 危険にさらされている駒
 反撃に注意
  第1例 第2例
 2重ポーンの弱点
 強い3重ポーン
 ビショップのペア
  第1例 第2例
 ポーンのラッシュ
 色違いのビショップ
 キングが攻撃に参加するときにおきる危険に注意
 勝局を勝つ
 戦略構想を忘れないこと
 まちがいを誘う
 ゲーム中にメイトの基本形を頭に描こう
 相手が予想していない手をさす
 予想もしていない手で相手が来たらどうするか

 「廊下のメイト」には面食らったが、フランスではバックランク メイトのことをそういうらしい。Mat du couloirかな。「ポーンのラッシュ」は英語と同じだが、ストームの方がよく見るかも。第3部から急に内容が高度になり、おそらく'80年代のチェス 和書では最高レベルに達する。シリーズ本ならではである。
 最後の「わざと相手が予想しない手を指せ」という駆け引きは、麻雀の捨て牌に迷彩をほどこすほど難しく、無理にはできないだろう。しかし、局面とその後 の方針だけを示して後の手順を考えさせる試みや、優勢側が徐々に敗勢になっていく実例等、一筋縄ではいかないおもしろさがある。

第4部 トレーニング、チェス以外の準備、序盤定石の選択
 もっとも良い手を見出す方法
 チェス上達のために
 スポーツの必要性
 序盤定石の選び方
 第3部にでてきた盤面までの実戦手順
第5部 練習
 白の手を見つけてください
 練習問題の解答

 第3部で戦略戦術の具体例を見た後で、第4部は一転抽象的にまとめようとするが、紙数がないのでかなり無理がある。おまけに、一般原則を示すわけでもな い(訳者が「棋理」と呼ぶそれらの事柄はすでに前巻で紹介されているのだろうが)。例えば以下のごとく。

 一手ごとに
●最大限の可能性を続く手に残し、
●相手の可能性を最大限にもぎ取ってください。

 まるでコンピュータチェスのプログラムを作るかのようだ(笑。少しかみ砕いた説明が続くが、訳者自身がかみ砕けてないらしく、意味が通らない。全般的に ひじょうにいい翻訳(JCAのおそらく用語訳のフォローも)なのでここだけが悔やまれる。
 トレーニング法の一つとして座禅が上げられているのはおもしろい。Zenは本国以上に普及しているかもしれない。練習問題は中級レベルのメイトか駒得に なる34問である。当たり前のことかもしれないが、この時期の本で記譜の誤りがほとんどないのはすばらしい。
 「序盤定石の選び方」では、相手があまり知らないがあまり不利にならない、黒なら反撃できるものを選べと解く。白だと、シシリアン3 c3やルイ・ロペスのエクスチェンジ、QGDのエクスチェンジ、黒では、ピルツ、モダン、シシリアン、東(キングズ)インディアンかグリュンフェルト。局 面を地図に見立てた「東西」表現がおもしろい。

第6部 基本となる10のゲーム
 ラルセン布局(ラルセン対スパスキー)
 クイン・ポーン布局(スパスキー対ペトロシアン)
 モダン・ベノニ(スパスキー対フィッシャー)
 フランス防御(フィッシャー対ラルセン)
 シシリア防御(カルポフ対コルチノイ)
 シシリア防御(フィッシャー対スパスキー)
 シシリア防御(バーン対フィッシャー)
 ニムツォビッチ防御(ボトビニク対カパブランカ)
 グリュンフェルト防御(スパスキー対フィッシャー)
 東インディアン防御(ペトロシアン対スパスキー)
訳者あとがき

 ラルセン布局のゲームは「チェス・マスター・ブックス やさしい実戦集」にも載っているからおなじみ。定跡名はともかく、ストーンウォールを「オランダの駒組み」とされるとちと分かりにくい。JCAは昔、石壁 戦法としてたっけ。見ての通りやはりフィッシャーのゲームが多い。
 奥付の訳者略歴の主要訳書に成相氏の『チェスの本』と書かれているのは、同じ白水社ゆえの微笑ましい誤りだ。訳者は理学博士だが、そんなことを感じさせ ない分かりやすく自然な日本語を操る。原文がフランス語だけに、誰かさんの本と比べたくなるのは私だけだろうか(笑。


 私も最近は、カタカナより短い漢熟語の方が表現も締まっていいと思うようになってきた。「漢熟語=強引な将棋用語の転用=将棋を知らないと分からない」 という偏見があったのかもしれない。話し言葉では「役駒」などと言わないだろうから、「役駒」と書いてピースと読むかそうルビをふってあると思えばいいの かも。
 オープンファイルという訳語を使うからといって、ファイルをオープンにすると言わねばならない道理はない。「開く、閉じる」とはあまり書かないが、ファ イルを「開ける、ふさぐ」は自然に使えるようになった。訳語の「縛り」が文の流れを阻害しているケースは多そうだ。

表紙画像 南 海書林(古書店)に発見。
posted by 水野優 at 16:14| Comment(2) | チェス(和書評) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
毎度、松戸のkathmanzです。
このシリーズもよく読みました。私からすると3分冊にする意味はないですね。高いだけです。それはフランス協会の都合でしょうね。「子どもには分厚い本は向かない」とか?

第3巻の「デレタンの三角形」難解です(汗
ようするに「B+N+Kで裸Kをチェックメイトするとき応用される概念」らしいのだが。

「チェスの花火」と「クレイジーチェス」あわせて読み進んでます。話題はとっくに沈静化してますが(笑、そのうちコメントします。


Posted by kathmanz at 2005年12月07日 20:35
 たしかに3冊まとめても『ダイナミックチェス入門』のボリュームに及ばないかも。
 K+B+Nのみのメイトは、それぞれの駒の役割まで説明されてあっても、追い込むときに間違えますよね。絶対間違えない方法を説明したいものです。
 話題はBCEの羽生さんに取って代わったようですね。彼のおかげで日本のチェスがブレークしたら(期待してないけど)、翻訳で稼ぎたい(笑。
Posted by 水野優 at 2005年12月08日 11:24
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